第51章『ツンデレ公爵は恋に落ちる』その4
ひんやりとした石壁に囲まれた地下通路。手燭の小さな灯りが、二人の顔をほの暗く照らしていた。
手際よく布を縛り終えたシャルロッテは、ふっと息をついてリドの顔を見上げた。至近距離で見つめ合う瞳と瞳。いつもは氷のように冷ややかな公爵の瞳に、いまは戸惑いと、隠しきれない熱が宿っている。
「……手慣れているな」
「これでも名門貴族の娘ですから。……それに、あなたに死なれては困ります」
シャルロッテが凛とした声で応えると、リドは微かに口元を緩めた。冷徹な「黒狼公」が見せた、初めての小さな微笑みだった。
「お嬢様! 傷の手当ては終わりましたか? 追手がいつこの扉を破ってくるか分かりません!」
通路の先で警戒に当たっていたエミーナが、金髪を揺らしながら心配そうに振り返る。その隣で、ロゼッタが冷静に石壁を叩き、逃げ道の構造を探っていた。
「心配いりません、エミーナ。この隠し通路は王宮の外の森……サン・ジュリアン修道院の裏手へと繋がっているはずです」
「修道院ですって……? では、全ての始まりの場所へ戻るということですか」
ロゼッタが黒髪を揺らし、鋭い眼差しでリドを見る。リドは深く頷き、怪我をした腕を庇いながら立ち上がった。
「そうだ。王宮に刺客を放ち、余を罠にはめた黒幕——その目的は、あの修道院の地下に眠る『アルヴの書』の真の力を解放することにある。奴らは王国の実権を握るため、その力を求めているのだ」
「やっぱり……! 私が夢で見た惨劇も、すべてはその『アルヴの書』が引き起こすものだったのですね」
シャルロッテの胸の鼓動が速くなる。運命のパズルが、いま一つずつ繋がっていく。
「シャルロッテ」
突然、リドに名を呼ばれ、彼女はハッと息を呑んだ。それまで「小娘」や「鼠」としか呼ばれていなかったのだ。リドは真剣な眼差しで、まっすぐに彼女を見つめていた。
「お前の見せる『未来』と、余の『剣』。そして、その忠実な二人の侍女の力があれば……抗えぬはずの運命とやらも、書き換えることができるかもしれん」
「公爵閣下……」
「だが、ここから先は本当の泥沼だ。引き返すなら今だぞ」
シャルロッテは淡い栗色の髪をきゅっと結び直すと、一歩前へ踏み出した。横ではエミーナが楽しそうにナイフを指で弄び、ロゼッタが短剣を握り直して不敵に微笑んでいる。
「引き返すつもりなんて、最初からありません。あなたの運命も、私の運命も……私たちが自分で選び取るのですから!」
暗闇の向かすかに差し込む光を目指し、四人は静かに走り出した。陰謀と予知夢が交錯する夜は明けていない。しかし、恐怖に震えていたかつての少女の心には、もう迷いはなかった。




