第50章『ツンデレ公爵は恋に落ちる』その3
暗闇を打ち破る金属音と悲鳴が、豪華絢爛な大広間からバルコニーへと響き渡る。仕掛けられた毒煙がじわじわと会場を満たし、悲鳴を上げる貴族たちがパニックに陥る中、黒覆面の刺客たちが乱入してきた。
「狙いは黒狼公だ! 生かして返すな!」
「お嬢様、下がって!」
エミーナが叫び、ドレスの裾を威勢よく破り捨てて身軽になると、隠し持っていた二丁の投げナイフを疾風のごとく放つ。鋭い刃は一直線に迫る刺客の腕を貫いた。
「無駄な動きは禁物です、エミーナ。……お嬢様、私から離れないでください」
黒髪を揺らすロゼッタは、長めの前髪から覗く冷静な瞳で敵の動線を見極め、長剣を手に襲いかかる刺客の不意をついて急所を正確に突いていく。可憐な見た目からは想像もつかない侍女二人の見事な連携に、刺客たちの足が一瞬止まった。
だが、敵の数はあまりにも多すぎた。数人の刺客が影から躍り出ると、シャルロッテの頭上にある重厚なシャンデリアの鎖を切り落とした。
「しまっ——!」
巨大な鉄とガラスの塊が、凄まじい勢いでシャルロッテへと倒れ落ちてくる。死を覚悟し、思わず目を瞑ったその瞬間。
視界が眩い銀光に包まれた。
リドが長剣を一閃させ、降り注ぐ鉄の鎖とガラスを力任せに叩き割ったのだ。激しい火花が散り、激痛に耐えるようにリドがわずかに顔を歪める。
「なっ……閣下、お怪我を!?」
「……かすり傷だ。余計な心配をしている暇はない」
リドの右腕から一筋の血が滴り落ちていた。シャルロッテはハッと息を呑む。彼が怪我を負ったのは、自分を庇ったからに他ならなかった。
(この人は……冷徹なフリをして、本当は誰よりも傷つくことを恐れているだけなんだ……!)
シャルロッテの胸の奥で、予知夢の恐怖が強い意志へと変わっていく。夢の中で血に染まっていた彼の剣。それは王国を滅ぼすためのものではなく、誰かを護るために奮われたものだったのではないか。
「ロゼッタ、エミーナ! 王宮の隠し通路の鍵は、あのシャンデリアの土台の後ろにあるわ! 私に続いて!」
「お嬢様、なぜそれを!?」
「夢で見のよ……この王宮の構造を!」
シャルロッテは淡い栗色の髪をたなびかせながら、迷いなく走った。彼女の的確な指示のもと、リドと二人の侍女は雪崩れ込む刺客の群れを押し返し、壁の隠し扉へと滑り込む。
重厚な石扉が閉まり、激しい騒乱の音が遠のいた。
暗く狭い地下通路の静寂の中、荒い息遣いだけが響く。リドは冷や汗を浮かべながら壁に背をもたれかけ、真剣な眼差しでシャルロッテを見下ろした。
「未来が見える……だと? 戯れ言だと思っていたが……」
「本当のことです、リド様。だから言ったでしょう? 私を追い払っても無駄だと」
シャルロッテは自身のドレスのレースを破ると、リドの手首を取り、手際よく傷口に縛り付けた。予知夢の運命を変えるための、最初の第一歩。
暗闇の中、ふたりの視線が交差し、互いの絆がもう二度と解けないほど強く結ばれたことを確信していた。




