第48章『ツンデレ公爵は恋に落ちる』その1
ル=ヴァル王国、王都の郊外に佇むサン・ジュリアン修道院。深い森の静寂に包まれたその境内に、三人の少女たちが忍び込んでいた。
淡い栗色の髪を揺らす上質なチュニック姿の少女——名門貴族セレスティア伯爵家の令嬢、シャルロッテ。そして、彼女の左右を固めるのは二人の忠実な侍女たちだ。元気に周囲を警戒する金髪のエミーナと、冷静な眼差しで退路を確認する黒髪のロゼッタである。
「お嬢様、やはりお引き返しになりませんか? こんな怪しげな修道院……」
「ダメよ、エミーナ。ここに私の夢を読み解く鍵があるかもしれないのよ」
シャルロッテの目的は、この修道院に厳重に保管されているという古の羊皮紙「アルヴの書」を探し出し、自らを苛む不吉な予知夢を打ち消す手がかりを得ることだった。
彼女には幼い頃から、リアルな体験を夢に見る不思議な力があった。そして数日前、彼女は自分と一族が王宮の陰謀に巻き込まれ、命を落とす恐ろしい夢を見たのだ。
「お二人とも、お喋りはそこまでにしてください。……誰か来ます」
ロゼッタが短剣の柄に手をかけ、低い声で警告を発した。無邪気に見えて芯の強いシャルロッテは、二人の侍女に守られながら、持ち前の機転で修道院の奥へと足を進めていく。しかし、静寂に包まれていたはずの聖域には、すでに不穏な空気が立ち込めていた。
同じ頃、修道院の離れには、冷徹無比と恐れられる「黒狼公」こと、国王の弟・リド公爵の姿があった。北方の戦線から凱旋したばかりの彼は、王命を受け、王国を揺るがす叛逆者の陰謀を暴くため暗躍していたのだ。
漆黒のマントを羽織ったリドの瞳は、鷲のように鋭く暗闇を射抜く。
「閣下、叛逆者の手先はこの修道院の中に」 「ふん、鼠どもめ。ここで全て始末する」
リドが冷ややかな低音を漏らしたその時、修道院の奥で突如として暗闘が始まった。黒い外套を纏った刺客たちが一斉に襲いかかり、剣と剣が激しくぶつかり合う金属音が回廊に響き渡る。
「お嬢様、お下がりを!」 エミーナが立ちふさがり、ロゼッタがシャルロッテを庇うように庇護の体制をとるが、崩れ落ちてきた巨大な石柱が三人の間を切り裂く。刃の乱舞に巻き込まれ、逃げ場を失ったシャルロッテに迫る危機——その瞬間。
風を切る音とともに、強い力で腰を抱き寄せられた。
ふわりと体ごと宙に浮く。恐る恐る視線を上げると、そこには眉根を寄せた凛々しい男の顔があった。刻まれたように整った目鼻立ち、氷のように冷たくも圧倒的な気品を纏う瞳。リド公爵であった。
「な、なに……!?」
「足手まとりだ。引っ込んでいろ」
ジュリアンは彼女を身の危険から救い出すや否や、容赦なく安全な石畳へと押しやった。感謝の言葉を述べる隙すら与えず、彼は再び長剣を抜き、襲い来る刺客たちを瞬く間に切り伏せていく。
「お嬢様! ご無事ですか!?」
駆け寄ってくるエミーナとロゼッタ。荒い息を整えながらも、シャルロッテはその男の圧倒的な強さと、どこか影のある美しさに目を奪われていた。一方のジュリアンも、殺伐とした戦場の中で怖気づくこともなく、淡い栗色の髪を乱しながら自分を見つめ返す少女の瞳が強く印象に残る。
忠実な二人の侍女に支えられ、混乱に乗じて修道院を脱出したシャルロッテだったが、胸の奥には激しい予感が渦巻いていた。あの冷徹な公爵との出会いは、単なる偶然ではない。夢で見た抗えぬ運命の歯車が、いま静かに動き始めたことを、彼女はまだ知る由もなかった。




