第45章『聖都クリスタルヘイムの戦い』中編
聖都クリスタルヘイムの中央、大聖堂を囲むようにそびえ立つ「第三の城壁」。 そこは、女皇帝ルシエラが座す帝国の聖域であり、城壁そのものが巨大な「魔導触媒」として機能していた。
城壁の表面には無数の紫の魔導陣が浮かび上がり、接近する者すべての生命力を強制的に吸い上げる絶対吸魔障壁『漆黒の結界』が張り巡らされていた。
「ぐあっ……! な、なんだこの結界は!? 体から……力が抜けていく……!」 南側から突撃したビー・スー軍の精霊騎兵たちが、結界に触れた瞬間に馬ごと倒れ込み、苦悶の声を上げた。
「くっ! 我が軍の精鋭たちの魔力まで吸い上げられるとは……!」 ジュリアンも剣を握る手に力を込められず、ひざまずきそうになる。
城壁の上には、帝国最強の防衛騎士団と、ルシエラ直属の死霊将軍たちが立ち並び、冷笑を浮かべて連合軍を見下ろしていた。
「フフフ……無駄だ。この第三の城壁は、我が主ルシエラ様の命の源。寄せ集めの連合軍ごときが触れられるものではない!」
兵士たちが次々と倒れ、絶望的な重空気が連合軍全体を覆いかけたその時――。
「諦めるのは……まだ早いです!」
エミーナが『破邪顕正』の聖杖を両手で強く掲げ、自らの全魔力を解き放った。 彼女の身からあふれ出た純白の聖光が、吸魔の結界と真っ向から衝突する。
「この光は……命を奪うものではなく、護るための光! 不浄なる結界よ、消え去りなさい! 『聖極領域』!!」
エミーナの限界を超えた光の波動が、第三の城壁を覆っていた『漆黒の結界』の吸魔効果を相殺し、傷ついた兵士たちに圧倒的な回復のエネルギーを注ぎ込んだ。
「動ける……! 体の重さが消えたぞ!」 ビー・スーが跳び起き、巨大な斧を天に掲げた。「セレスティアの聖女に感謝する! 野郎ども、壁を叩き潰せぇぇッ!」
「ロゼッタ! 私に続いてください!」 シャルロッテが立ち上がり、神剣『空斬刺鏡』を正眼に構えた。
「任せなさい! 削岩だろうが城壁だろうが、全部薪にしてあげるわ!」 ロゼッタが白炎を纏わせた『煉獄の咆哮』で城壁の基盤へ突きを穿つ。炎が高熱で極厚の城壁に亀裂を生み出した。
その亀裂へ向けて、シャルロッテが一瞬で踏み込んだ。
「神剣真理――『絶空』!!」
無をも切り裂く透明な刃が、第三の城壁の構造そのものを断ち切った。 巨大な地鳴りとともに、数百メートルにわたる第三の城壁がガラガラと音を立てて崩落していく。
「バ……バカな!? 第三の絶対城壁が……破られたぁぁッ!?」
絶叫する帝国の防衛隊を、勢いを取り戻したセレスティア、オーロラリス、マーレンの三軍が完膚なきまでに踏み潰した。 三重の城壁はすべて崩壊し、連合軍はついに聖都の中央――女皇帝ルシエラの待ち受ける『大聖堂』の前庭へと到達したのである。
◇
三重の城壁を破った連合軍の前に立ちはだかったのは、聖都の中心に神々しく、そして禍々しくそびえ立つ『中央大聖堂』であった。 天を突く尖塔からは黒い魔導の柱が立ち昇り、聖堂の巨大な扉が開かれると、中から溢れ出たのは圧倒的な負のエネルギーであった。
大聖堂の大広間。 大理石の床と荘厳なステンドグラスに彩られたその空間には、ルシエラを守る帝国の精鋭死霊将軍たちと、無数の高階級死霊騎士が待ち構えていた。
「ここまで来るとはな、虫ケラども。だが、ルシエラ様の御座所へ通すわけにはいかん!」
凄まじい密度の戦闘が、大聖堂内部で勃発した。 ビー・スー率いるマーレンの荒武者たちが激しい咆哮とともに死霊騎士の群れへと突撃し、ジュリアン率いるオーロラリスの銀騎士たちが陣形を組んで死霊将軍たちの進撃を食い止める。
「ロゼッタ! エミーナ! 左右の死霊将軍を叩きます!」 「合点承知!」 「承知いたしました!」
ロゼッタの『神炎領域』が大聖堂の半分を白熱の火の海に変え、敵の死霊兵たちを次々と灰へと変えていく。エミーナの『聖極光』がステンドグラスから差し込む光と共鳴し、死霊将軍たちの邪悪な魔導を次々と浄化・無効化していった。
その激闘の最中――大聖堂の影となった柱の陰で、静かに一つのドラマが完結しようとしていた。
混戦に紛れてジュリアンの側を離れたセレスティーヌ・アストレアは、単身で大聖堂の裏手にある宝物庫へ逃れ、帝国の魔導秘宝を奪って脱出しようと画策していたのだ。
「ふふ……バカなジュリアン。まんまと私に騙されて。セレスティアの小娘もろとも、勝手に潰し合えばいいわ。私はこの秘宝を持って、新しいパトロンを探すだけ……」
清楚な面影を完全に捨て去り、ゲスな笑みを浮かべて秘宝の箱に手を伸ばしたセレスティーヌ。 その首元に、冷たい透明の刃がそっと突きつけられた。
「……やっぱりね。どこへ行くつもりかしら、アストレア様?」
柱の影から現れたのは、シャルロッテであった。
「ひっ……!? シ、シャルロッテ様……!? な、何をおっしゃいますの、私はただ、戦火から逃げようと……」 セレスティーヌは一瞬で顔を蒼白にし、再び可憐で哀れな令嬢の振りをしようとした。
だが、シャルロッテの瞳には、一切の慈悲も存在しなかった。
「もういいわ。前世でも、今世でも……貴女のその汚い演技には反吐が出るのよ。ジュリアンを裏切り、私を断頭台へ送ったその罪……ここで償ってもらいます」
「前世……!? あんた、何を言って――」
セレスティーヌが本性の下品な悲鳴を上げようとした瞬間、シャルロッテの神剣が閃いた。
首を斬るわけでもなく、神剣の柄がセレスティーヌの鳩尾を正確に穿った。 ドガッ! という重い音とともに、セレスティーヌは絶句して吐血し、秘宝の箱とともにその場に崩れ落ち、気絶・拘束された。
「前世の私怨は……これで終わりよ」
シャルロッテは二度と彼女を振り返ることなく、大聖堂の最奥――女皇帝ルシエラの座す「最深の玉座」へと足を進めたのであった。
◇
死霊将軍たちを全滅させ、大聖堂の奥深くへと進んだ連合軍の将たち。 重厚な彫刻が施された巨大な黒鉄の扉を押し開くと、そこには天井の見えない壮大な「最深の玉座の間」が広がっていた。
玉座の間の最奥、漆黒の結晶で組み上げられた高高と聳える玉座。 そこに悠然と腰掛けていたのは、漆黒の翼を背に羽ばたかせ、紫の瞳で人間どもを見下ろす絶対なる支配者――女皇帝ルシエラであった。
「ククク……よくぞここまで辿り着いた、有象無象の虫ケラども」
ルシエラの声が響いた瞬間、玉座の間全体に凄まじい重圧が狂風となって吹き荒れた。 前衛にいたオーロラリスの兵士やマーレンの精霊騎兵たちが、その「存在の格」の違いに耐えきれず、次々と膝をつき、吐血して倒れていく。
「ぐっ……! これが……魔導帝国の女皇帝の力か……!」 ジュリアンが剣を杖代わりにしてどうにか立ち尽くし、牙を剥く。
「ハッ! 偉そうにしてんじゃないわよ!」 ビー・スーが血を吐きながらも斧を構え、果敢に叫ぶ。
だが、ルシエラは彼らに視線すら向けなかった。 彼女の冷酷な紫の瞳が据えられたのは、最前線に立つ三人の美少女――シャルロッテ、エミーナ、ロゼッタであった。
「三頭龍の谷で我が魔龍を打ち破り、この聖都の三重の城壁を粉砕したセレスティアの小娘たち……。そして、そこにいる『御玉』の気配を宿す者たちよ」
ルシエラがゆっくりと玉座から立ち上がった。 彼女が背中の漆黒の翼を大きく羽ばたかせると、玉座の間全体が深淵の闇へと呑み込まれ、天井が消失して紫の雷鳴が轟く異空間へと変貌した。
「前回の不覚は、我が『化身』の不完全さゆえ。だが……この聖都の大聖堂は、我が堕天使としての真なる力を解放する絶対の領域!」
ルシエラの全身から、先日のヘリングでの戦いを遥かに凌駕する漆黒の神威が爆発した。 彼女の背後に浮かび上がるのは、神話に謳われる堕天使ルシファーの真の姿――六枚の漆黒の翼と、あらゆる生命を消滅させる不滅の呪印であった。
「覚悟するがよい。我が真なる力をもって、お前たちの魂ごと、この世界から消し去ってくれる!!」
ルシエラの血の宣告とともに、聖都クリスタルヘイムの決戦は、最終局面へと突入した。




