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第35章『ストロムホルム攻城戦』後編

本丸を取り囲む巨大な第一市街地の城門が、内側から激しい音を立てて開放された。 地下道から潜入し、見事に内側から鍵をこじ開けたストロムホルムの市民たちと、セレスティア伯爵軍の精鋭部隊。彼らが放つ情熱と怒号の渦が、冷気漂う夜の都市へとなだれ込んでいく。

「城門が押し開かれたぞ! 全軍、シャルロッテ様に続け!」 「死者どもに奪われた俺たちの街を取り戻すんだ!」

誇りを取り戻した市民たちが手にする剣や槍には、朱色の帯『破邪魔滅』がしっかりと結ばれていた。帯から放たれる青白き神聖な光が、夜の市街地を埋め尽くす不気味な暗雲を押し払っていく。

だが、魔導帝国の攻勢もまた、ここからが真の地獄であった。 本丸の大階段へと続く大通り。そこに立ち塞がったのは、人間離れした体躯を誇る巨漢のゾンビ重装歩兵軍団と、空を黒く埋め尽くす怪鳥の如きガーゴイル(石像鬼)の群れであった。

「グアァァァッ……!」

地鳴りのような怨嗟の声が響き渡り、死者たちの重厚な鉄盾が一斉に組み上げられる。崩し難い鉄壁の陣形。その背後から、不気味な黒魔術の呪詛弾が紫色の軌跡を描いて降り注ぎ、前進しようとした市民兵たちの足をすくませた。

「怯むな! 陣形を崩すのは私の役目だ!」

先頭を切って駆け抜けたのは、巨槍を携えたロゼッタであった。 彼女の手にある獄炎魔槍『煉獄の咆哮』が、自我を持つ竜のごとく妖しく怒号を上げる。深紅と漆黒の炎が槍身全体を包み込み、周囲の冷気を一瞬にして灼熱の蒸気へと変えていく。

「どきなさい、出来損ないの泥人形ども! 『煉獄の咆哮』――灼熱爆炎破っ!」

ロゼッタの一閃。 繰り出された魔槍の尖端から、巨大な炎の津波が放たれた。圧倒的な熱量が重装ゾンビ兵の鉄盾を、鎧ごと一瞬でドロドロの鉄くずへと溶かし去る。爆風と熱波が敵の陣形を粉砕し、絶叫とともに無数の不死者たちが灰となって夜空に舞った。

「道は開けたわ! エミーナ、上をお願い!」

「了解よ! 空の雑音は消させてもらうわ!」

ロゼッタの声に応じ、頭上を旋回していたガーゴイルの群れへ向かって飛び跳ねたのはエミーナであった。 エミーナの手にする聖なる杖『破邪顕正』が、まばゆいばかりの極光を解き放つ。緑と白の光柱が天を貫き、死霊術で動いていた石像鬼たちの核心を穿った。

「『破邪顕正』の導きよ、不浄なる翼を射抜け!」

光の波動を浴びたガーゴイルたちは、空中で次々と砕け散り、ただの石くずとなって地上へと降り注いだ。 地上を灼熱の魔槍が焼き払い、天を清浄の聖杖が浄化する。二人の勇将の圧巻の連繋により、本丸へ至る大階段の障害は瞬く間に破破された。



大階段を駆け上がり、本丸最深部――重厚な装飾が施された大聖堂のような玉座の間へと踏み込んだのは、シャルロッテ、エミーナ、ロゼッタ、そして志を同じくするセレスティアの精鋭たちであった。

広大な玉座の間は、寒気が立つほどの死気と呪詛に満ちていた。 部屋の最奥、黒檀で作られた巨大な玉座に座していたのは、漆黒の法衣を纏い、狂気の瞳を爛々と輝かせる男――魔導帝国のネクロマンサー、大術士マルドゥクであった。

「ほう……虫ケラどもが、よくぞここまで辿り着いたものだ」 マルドゥクは歪んだ笑みを浮かべ、手に携えた骨の杖を床に打ち鳴らした。

「だが、身の程を知るがいい。このストロムホルムはすでに我が祭壇。万の死者の怨念が集う、絶対なる死の領域なのだ!」

マルドゥクの呪文とともに、玉座の間の石畳が大きくひび割れた。 底なしの闇の深淵から這い上がってきたのは、過去の戦いで没した英雄や高位の騎士たちの遺体を繋ぎ合わせて作られた、身の丈五メートルを超え、幾つもの顔と腕を持つ異形の巨大屍獣レヴィアサン・ゾンビであった。

「グオォォォォンッ!」

部屋全体を揺るがす凄まじい咆哮。幾つもの腕から繰り出される巨体の一撃が地面を砕き、衝撃波がセレスティア兵たちを吹き飛ばす。死者の怨念でコーティングされたその皮膚は、通常の『破邪魔滅』の加護すら弾き返すほどの絶大な呪力を誇っていた。

「くっ……なんという禍々しい力……!」 エミーナが『破邪顕正』の杖をかざし、障壁を張って衝撃を防ぐが、その強大な力にじりじりと押し込まれていく。

「ロゼッタ、エミーナ、退がりなさい」

静かに前に出たのは、シャルロッテであった。 彼女の腰元にある神剣『空斬刺鏡』が、これまでにないほど眩い青白い光を解き放っていた。空間そのものが神剣の気迫に反応し、キーーンと澄み渡る甲高い神鳴りを上げている。

「シャルロッテ様……!」

「怨念に囚われ、魂を穢された哀れな犠牲者たち……そして、それを弄ぶ悪辣なる魔術士。セレスティアの剣にかけて、断じて許すわけにはいきません」

シャルロッテの白銀の足甲が石畳を叩いた。 次の瞬間、彼女の姿が消えた。



疾風――いや、光そのものと化したシャルロッテの跳躍。 異形の巨獣が幾つもの巨大な腕を振り下ろし、彼女を押し潰そうと襲いかかる。しかし、シャルロッテは神剣『空斬刺鏡』を抜刀した。

シャキィィィン――!!

耳腔を突き抜けるような、あまりにも美しい抜刀音。 青白い神光が一瞬にして玉座の間全体を包み込んだ。神剣『空斬刺鏡』が描いた軌跡は、単なる物理的な斬撃ではない。刃が空間を切り裂き、そこに存在する「呪いの因果」そのものを断ち切る神聖なる断絶であった。

「空を切り、刺し穿ち、鏡の如く映し出せ……『空斬刺鏡』・神威開放!」

一閃。 シャルロッテとすれ違った巨大屍獣の巨躯が、静止した。 次の瞬間、幾重にも張り巡らされた青白い光の断層が巨獣の全身を駆け巡る。異形の屍獣は叫び声を上げる猶予すら与えられず、その体を構成していた万の怨念ごと綺麗に切り刻まれ、純粋な光の粒子となって雲散霧消していった。

「な……なにぃいっ!? 我が誇る最高傑作の屍獣が、一瞬で……!?」

玉座の上で青ざめ、狼狽するマルドゥク。 巨獣を文字通り消滅させたシャルロッテは、滑らかな着地とともに、神剣の刃をマルドゥクへと向けた。その瞳には、慈悲のない絶対なる正義の光が宿っている。

「あなたの悪夢も、ここで終わりです」

「お、おのれぇぇぇ! 殺してやる! 万死に値する愚か者めがぁ!」

絶望に狂ったマルドゥクは、自らの命を削り、巨大な黒炎の球体を錬成してシャルロッテへと放った。本丸全体を吹き飛ばすほどの呪いの極大魔術。

だが、シャルロッテの表情は微動だにしなかった。 彼女は『空斬刺鏡』の刀身を鏡のように正面へとかざした。

「『刺鏡』の理……すべてを映し、還しなさい」

神剣の『刺鏡』たる所以――あらゆる邪悪な魔導を鏡の如く反射し、相手に倍の威力を与えて突刺する絶対防御と反撃の権能。 放たれた黒炎の球体は、神剣の青い光の鏡面に触れた瞬間、完全に威力を反転され、黄金の光へと昇華してマルドゥク自身へと突き刺さった。

「グボァァァァッ……! 己の……己の呪詛に……撃たれる……とは……ッ!!」

自らが放った凄まじい光に貫かれたマルドゥクは、絶叫とともに身を焼き尽くされ、玉座もろとも灰となって崩れ去った。 術者の死とともに、ストロムホルム全域を縛っていた不快な冷気と黒い呪詛の霧が、一気に晴れ渡っていった。



長い戦いは、終わりを迎えた。

東の地平線から、新たな一日の始まりを告げる柔らかな朝焼けの光が差し込み始めていた。 かつて沈黙と絶望に支配されていた城砦都市ストロムホルムは、爽やかな朝光と、海から吹き渡る澄んだ潮風に包まれていた。

本丸のテラスに立ち、見下ろす街並み。 そこには、崩れかけた城壁を掃除し、互いの無事を確かめ合って涙を流す市民たちと、彼らを温かく支援するセレスティア伯爵軍の兵士たちの姿があった。

「シャルロッテ様、市街地および全要塞の敵残党の掃討、完全に完了いたしました」 エミーナが『破邪顕正』の杖を背に収め、誇らしげに深く一礼した。

「街の人々も、みんな笑顔を取り戻しています。……本当に、市民を助け出して戦うというシャルロッテ様の決断が、この勝利を導いたのですね」 ロゼッタもまた、『煉獄の咆哮』を肩に担ぎ、晴れやかな笑顔を見せた。

「いいえ。私一人の力ではありません」 シャルロッテは胸に手を当て、そっと首を振った。 「エミーナの優しき聖光、ロゼッタの力強き炎、そして何より、故郷を取り戻すために立ち上がったストロムホルムの人々の強い心があったからこそ……この勝利が掴めたのです」

シャルロッテは腰の神剣『空斬刺鏡』を静かに鞘へと深々と納めた。青白い神光は静かに収まり、静寂を取り戻す。

テラスの最前列に立ち、シャルロッテが右手を出して見上げると、下方の市街地に集まっていた何千もの市民と兵士たちから、天を衝くほどの歓声が上がった。

「セレスティア伯爵軍万歳!」 「シャルロッテ様万歳!」 「ストロムホルムの栄光あれ!」

天高くそびえ立つ本丸の頂に、朝日を浴びて誇らしく輝く『六棘の霜華』の旗印。 潮風を受けて逞しく翻るその旗は、魔導帝国の支配を打ち破り、北海の地に訪れた確かな平和と、明日への輝かしい希望を象徴していた。

戦いはまだ続くかもしれない。だが、この固い絆と折れぬ誇りがある限り、どのような闇が訪れようとも、彼女たちが敗れることは決してないのだ。

朝陽に照らされたストロムホルムの清らかな海原に、どこまでも美しい希望の勝鬨が響き渡っていた。

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