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第34章『ストロムホルム攻城戦』中編2

ストロムホルムの港湾砦を包み込んでいた激戦の狂乱は、沈み切った太陽とともに静やかな夜の海へと溶けていった。 波打ち際を血と燃えさかる炎で染めた死闘は、セレスティア伯爵軍の勝利によって幕を閉じた。しかし、港を防衛していた外部の砦を掌握したに過ぎず、冷徹な城壁のさらに奥深く――天を突くように佇む本丸都市には、未だ魔導帝国の暗雲たる気配が色濃く渦巻いている。

占領されたばかりの港湾砦の一角、かつて敵の防衛司令部として使われていた重厚な石造りの部屋にて、緊迫した作戦会議が執り行われていた。 室内の卓上には、煤と血に汚れたストロムホルム全域の羊皮紙地図が広げられている。壁に備え付けられた松明の炎がパチパチと爆ぜるたび、集まった将校たちの影が石壁に大きく揺れ動いた。

「港湾砦の制圧、および外郭の防衛線の確保は完了しました。ですが、本丸へ通じる大水門と第一市街地は、未だ魔導帝国の不死者ゾンビ群によって固く閉ざされています」 エミーナが地図の特定箇所を指さしながら、凛とした声で現状を報告した。 「我が軍の被害も決して軽微ではありません。このまま力押しで本丸へ突入すれば、膨大な消耗を避けられないでしょう」

将校たちの間に重苦しい沈黙が落ちる。 セレスティア軍は連戦の疲労が蓄積しており、不死者という恐れを知らぬ軍勢を前にして、さらなる損射は避けたいのが本音であった。

その沈黙を破ったのは、卓の最奥に立つシャルロッテであった。 彼女の腰元には、今回の攻城戦のために解放された伝説の神剣――『空斬刺鏡くうざんしきょう』が湛えられている。鞘に収まっているにもかかわらず、その鍔からは神秘的で清烈な青白い光が漏れ出し、暗かりの室内を静かに照らし出していた。空間の歪みすら鋭く切り裂くと云われるその神剣の気配は、居合わせる者たちの身を自然と引き締めさせる。

「正面突破の前に、なすべきことがあります」 シャルロッテは静かに、しかし力強い眼光で将校たちを見渡した。 「本丸下部の地下牢獄、および旧港の船倉には、魔導帝国によって捕らえられた多数のストロムホルム市民や防衛隊の生存者が監禁されているという情報があります。彼らを先に解放し、戦力として迎え入れるのです」

「市民の解放……ですか?」 一人の古参将校が眉をひそめた。 「お言葉ですがシャルロッテ様、素人の市民を解放したところで、練度を欠く彼らが不死者の群れに対して戦力になり得るでしょうか。むしろ足を引っ張り、混乱を招く恐れがあります」

「ただの市民ではありません」 シャルロッテは首を振った。 「ストロムホルムは極北の要衝。この土地で暮らす人々は、幼少期から海と厳しい自然のなかで鍛え上げられた誇り高き志願兵の血を引いています。何より、我がセレスティアの武器には『破邪魔滅』の加護がある。彼らに武器と加護を与え、故郷を取り戻すための怒りを正しき方向へ導けば、それは本丸の敵を内側から崩壊させる最強の防兵となります」

シャルロッテの言葉には、確固たる信念と人を惹きつける絶対的な熱が宿っていた。 彼女の横で、エミーナが静かに一歩前に出た。 エミーナの手には、新に授けられた聖なる杖――『破邪顕正はじゃけんしょう』が握られている。その意匠を凝らした先端からは、生命の息吹と邪気を祓う純潔を象徴する緑と白の光が絶え間なく湧き上がり、周囲の重苦しい空気を清浄なものへと塗り替えていた。

「私もシャルロッテ様に賛同します」とエミーナが静かに微笑んだ。「この『破邪顕正』の聖なる光があれば、救出した市民たちの疲労と恐怖を和らげ、不死者の毒素や呪詛を未然に防ぐことができます。彼らを直ちに戦力化することは十分に可能です」

さらに、部屋の隅で腕を組んでいたロゼッタが、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。 彼女の背中には、禍々しくも圧倒的な威容を誇る獄炎魔槍――『煉獄の咆哮れんごくのほうこう』が鎮座している。槍身全体から揺らめき立つ深紅と漆黒の炎は、まるで自我を持つ怪物の息遣いのように妖しくゆらめき、室内の温度をじりじりと引き上げていた。

「反対する理由はなさそうね。本丸の頑丈な地下扉だって、私のこの『煉獄の咆哮』で焼き尽くせば一瞬よ。敵が本丸の防衛を固めきる前に、地下から攪乱してやるのが一番手っ取り早いわ」

三人の勇将が示す圧倒的な気迫と、それぞれが携える秘宝の輝きに、反対を唱える将校はもはやいなかった。 「……承知いたしました。市民の解放および戦力化作戦、直ちに実行に移しましょう!」



夜の深まりとともに、作戦は実行に移された。 シャルロッテ、エミーナ、ロゼッタの三人は、少数精鋭の部隊を率いて港湾砦の下層から通じる密道を経て、本丸地下の収容施設へと潜入を開始した。

地下通路は湿っぽく、腐敗した嫌な匂いと、冷たい石の湿気が充満している。 壁の松明は消えかかり、闇の奥からは不気味なゾンビ兵たちの足音と、捕らえられた市民たちの絶望的な呻き声が仄かに響いていた。

「止まって」 先頭を行くシャルロッテが手を挙げた。 曲がり角の先、地下牢獄の鉄扉の前には、十数体の黒騎士と重装ゾンビ兵が陣取っていた。死者特有の濁った瞳が闇の中で不気味に光っている。

「エミーナ、ロゼッタ。行きますよ」 「ええ!」 「派手にいくわよ!」

シャルロッテが腰の神剣『空斬刺鏡』の柄に手をかけた瞬間、抜刀の音すら置き去りにする清烈な衝撃波が闇を走った。 一閃。 空間そのものを切り裂くような青白い光の刃が走り、先頭にいた三体の黒騎士が鎧ごと一瞬にして縦真っ二つに両断された。切断面からは光の粒子が溢れ出し、神剣の絶対的な斬撃によって呪いを無効化された黒騎士たちは、声を上げる隙もなく消滅していく。

「『破邪顕正』の御名において、不浄を排せよ!」 エミーナが聖なる杖『破邪顕正』を掲げ、石畳を突いた。 瞬時に、まばゆいばかりの緑と白の光の波動が室内全体へと広がっていく。光に触れたゾンビ兵たちは、絶叫しながら身体を分解させ、浄化されていった。それだけに留まらず、その光は地下牢の奥深くまで届き、冷え切っていた囚人たちの身体に温かな生命力を注入していく。

「ハハッ! 私の番ね!」 ロゼッタが跳躍し、極彩色の炎を纏う『煉獄の咆哮』を繰り出した。 槍先から放たれた極大の炎蛇が暗闇を焼き尽くし、巨大な地下牢の鉄扉をドロドロの溶岩へと変えながら、残っていた敵群をまとめて蒸発させた。



炎と光が静まり返った地下牢獄の中で、囚われていたストロムホルムの市民たちは何が起きたのか分からず、呆然と身を縮めていた。 彼らの服は破れ、肌は汚れ、目は絶望に沈んでいた。

そこへ、青白い神剣の光を纏ったシャルロッテが歩み寄る。

「ストロムホルムの市民の皆さん。もう大丈夫です。セレスティア伯爵軍が、あなた方を救いに来ました」

その言葉と同時に、エミーナが『破邪顕正』の杖をかざし、柔らかな癒やしの光を解き放った。 傷つき疲弊していた市民たちの身体から痛みが消え、衰えていた力が急速に満ちていく。人々の瞳に、途絶えかけていた光が劇的に蘇った。

「セレスティア……? 我らを助けに来てくれたのか!?」 「ああ、あの恐ろしい魔物どもを退治してくれたのか!」

歓喜と涙が広がる中、シャルロッテは力強く叫んだ。

「泣くのはまだ早いです! 我らの戦いはまだ終わっていません。ストロムホルムの本丸には、今なおあなた方の家を奪い、家族を殺した魔導帝国の悪魔たちが居座っています!」

シャルロッテは奪取した敵の武器庫から運ばれてきた剣や槍を、市民たちの前に掲げた。それぞれの柄には、朱色の『破邪魔滅』の帯がしっかりと結ばれている。

「戦う意思のある者に、この武器を授けます! 故郷を、自分たちの手で取り戻すために……私たちと共に立ち上がってください!」

シャルロッテの言葉、そしてエミーナの光とロゼッタの炎に護られた勇姿を受け、市民たちの胸の内に押し込められていた屈辱と怒りが、一気に炎となって爆発した。

「そうだ……! 黙って殺されるのを待つのはもう嫌だ!」 「俺たちの街だ! 俺たちの手で取り戻すぞ!」 「武器をくれ! 死者どもを叩き潰してやる!」

かつて誇り高き極北の民であった市民たちが、次々と『破邪魔滅』の帯が結ばれた武器を手に取り、立ち上がった。 絶望の淵にいた囚人たちは、一瞬にして故郷を取り戻すための熾烈な解放軍へと生まれ変わったのである。



解放された数百人のストロムホルム市民とセレスティア軍精鋭の合流により、作戦は第二段階へと移行した。 シャルロッテの狙い通り、土地勘を熟知した市民たちの誘導により、本丸の地下構造から城内へと通じる複数の抜け道が次々と確保されていった。

「シャルロッテ様! 市民部隊が東の回廊を突破、敵の不意を突き、内部から第一市街地の城門を開放いたしました!」 エミーナが『破邪顕正』の杖を携え、朗報を携えて駆け戻ってきた。

「見事です。これで本丸は完全に孤立しました」

城郭の頂上からは、ロゼッタが繰り出す『煉獄の咆哮』の激しい火柱が夜空を焦がし、敵の防衛網を内側から崩壊させているのが見えた。 立ち上がった市民たちは、セレスティアの兵士たちと肩を並べ、『破邪魔滅』の加護を纏った刃で次々とゾンビ兵たちを討ち祓っていく。かつて恐怖に怯えていたはずの彼らの顔には、いまや自らの手で勝利を掴み取る誇りと威厳が満ちあふれていた。

シャルロッテは腰の『空斬刺鏡』をそっと撫で、青白い光を静かに佇ませた。

「作戦は成功です。全軍、市民部隊とともに本丸へと突入します!」

北海の夜風に、反撃の勝鬨(勝ちどき)が高らかに響き渡る。 神剣の青き光、聖杖の緑白の輝き、そして魔槍の激しい赤炎――三つの絆と秘宝の光に導かれ、ストロムホルムの解放と勝利への道が、今まさに確固たるものとして切り開かれようとしていた。

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