第33章『ストロムホルム攻城戦』中編
「敵の弓手、全滅! 城壁上の第一ライン、完全に我が軍が制圧いたしました!」
エミーナの報告と同時に、壊滅した投石機の巨大な木枠が、凄まじい音を立てて断崖の下へと落ちていった。 東側の城門前では、ロゼッタが燃え盛る槍。『煉獄の咆哮』を振り抜き、城門を裏側から固定していた太い鉄の閂を叩き割る。重厚な鎖巻揚げ機がギギギと鈍い咆哮を上げ、海に面した大鉄格子がゆっくりと引き上げられていった。
「よしっ、門が開いたわ! 本隊を引き入れなさい!」 ロゼッタの叫びが港全体に響き渡る。
浅瀬で待機していた二隻のセレスティア船から、甲冑を打ち鳴らす足音とともに兵士たちが怒濤の如く城内へとなだれ込んだ。 波打ち際を埋め尽くしていた惨劇の熱気はそのまま城内へと雪崩れ込み、奪還の歓声がストロムホルムの冷えた空気を震わせる。
だが、城壁の頂上から本丸へと続く中央の大階段を見上げるシャルロッテの表情に、甘えや緩みは一切なかった。
「来ます……! みんな!盾を構えなさい!」
シャルロッテの鋭い警告と同時に、大階段の深淵から重々しい足音が響いてきた。 現れたのは、通常のゾンビ兵とは一線を画す異形の一団――身の丈を越える漆黒の全身鎧を纏い、呪詛の冷気を纏った大剣を携えた「黒騎士」たちであった。
魔導帝国の恐ろしい死霊術によって、かつての名のある騎士の遺骸を傀儡へと変えた精鋭の不死者たち。 彼らは生前の高度な剣技の記憶を残したまま、ただ殺戮のためだけにその黒い刃を同時に振り上げた。
「……死してなお、その魂を弄ばれるとは可哀想に」
シャルロッテは静かに腰を落とし、神剣の柄に巻かれた『破邪魔滅』の帯を固く握り締めた。 朱色の帯から神聖な光が溢れ出し、彼女の身を包む白銀の甲冑と刃を眩いばかりの純白の焔で染め上げていく。
黒騎士の一体が、重力を無視した速度で間合いを詰め、頭上から大剣を振り下ろした。 空気を引き裂く凶悪な一撃。しかし、シャルロッテはわずか数ミリの紙一重でそれをかわすと、すれ違いざまに神速の一閃を繰り出した。
「セレスティアの威光にかけて――破滅せよ!」
青白い光の軌跡が、黒騎士の頑丈な胸甲を一撃で切り裂く。 『空斬刺鏡』の聖光が黒騎士の内部に渦巻く呪詛を直接叩き割り、内側から爆発的な光が溢れ出した。絶叫すら上げる間もなく、黒騎士の巨躯はただの錆びた金属の屑と灰に変じ、石畳の上に散らばった。
「シャルロッテ様に続け! 死者どもを本丸へ押し返せ!」
網を登り切り、城門から突入してきた兵士たちが一丸となって大階段を駆け上がる。 『破邪魔滅』の帯が青白く輝くたびに、階段を埋め尽くす不死者の軍勢は霧散していった。
◇
激闘の末、大階段を埋め尽くしていた黒騎士たちもついに全滅し、ストロムホルム城塞の外部防衛線は完全にセレスティア伯爵家の手に落ちた。
西日はすでに地平線の彼方へと沈み、北海の空は群青から深い紫、そして漆黒の夜へと移り変わろうとしている。 絶え間なく続いていた怒号と叫喚は静まり返り、いまや風の音と、波が断崖を叩く重々しい水音だけが城砦を包み込んでいた。
城壁の最頂部。 高聳する柱の頂に、深く傷つきながらも勇ましく翻る『六棘の霜華』の旗印。 その下で、エミーナとロゼッタが息を整えながらシャルロッテの元へと歩み寄る。
「シャルロッテ様……外郭および港湾部の完全制圧、完了いたしました。本隊が内部の残兵狩りを進めています」 「『破邪魔滅』の加護のおかげで、我が軍の負傷者も最低限に抑えられましたわ」
二人の報告を受け、シャルロッテは静かに神剣を鞘へと収めた。 彼女の視線は、城塞のさらに深く――不気味な黒煙を上げ続ける本丸の最高塔へと向けられている。
「よく戦ってくれました、二人とも。……ですが、ストロムホルムを取り戻しただけでは、この戦いは終わりません」
シャルロッテの透き通った瞳に、夜空に輝く一番星の光が宿る。
「魔導帝国の影は、この大陸を全域覆おうとしています。……大陸の民を救うべく、私たちは進み続けなければなりません」
「はい……どこまでもお供いたします、シャルロッテ様!」
寒烈な北海の潮風が吹き抜け、彼女たちの髪と、勝利の証たる『六棘の霜華』の旗を大きく揺らした。 暗雲に包まれていた極北の地に、確かな反撃の狼煙と、明日への希望の光が静かに灯っていた。




