第31章『六棘の霜華』
ドスン、バタン、ゴトン――!
重い衝撃とともに、三人は硬い木製の床へと投げ出された。
「あいたたた……。痛い……」
ジュッ!
「はっ!」
シャルロッテ、エミーナ、ロゼッタが虚空から激しく落下したのと同時だった。ロゼッタの手にする『煉獄の咆哮』から上がった魔槍の炎に、エミーナの長い金髪が不意に触れてしまったのだ。火は瞬く間に黄金の毛並みを嘗め尽くし、燃え落ちる。
「あああ!! いやーあっ!!!」
エミーナは悲鳴を上げたが、時すでに遅かった。長く豊かだった彼女の黄金の髪は、鼻を突く焦げ臭い匂いを残して、一瞬で失われてしまった。床に座り込んで泣き出したエミーナを、ロゼッタは青ざめた顔で必死に宥めるが、少女の涙は止まらない。
床を濡らす涙を見つめ、シャルロッテはきっぱりとした声で言った。
「よし!! じゃあ、みんなで髪、切っちゃおうか?」
シャルロッテは腰に帯びた神剣『空斬刺鏡』を滑らかに鞘から抜くと、自身の美しい髪を掴み、躊躇なく一思いに切り落とした。ギリギリ結べる長さまで短くなった髪を、彼女はヴィオレットが残していった血のように赤い絹の飾り布で、きつめにと結び上げる。
そして、ロゼッタに一歩下がるよう目配せすると、神剣を軽やかに振るい、エミーナの乱れた髪を優美な手際で整え始めた。
顎と口のラインで綺麗に切り揃えられたエミーナは、涙を拭い、横の髪をそっと耳にかけた。そして、新しく出来上がった前髪を指先で撫でつけながら、近くにあった鏡を覗き込む。
左右に小さく首を振り、いろんな角度から仕上がりを確認する。
「エミーナ。すごくかわいいよ」
シャルロッテの優しい声に振り向いた金髪の少女の顔に、ようやくいつもの笑顔が戻った。
それを見たロゼッタも、少し照れくさそうに、しかし迷いのない足取りでシャルロッテの前へ頭を差し出した。
「動かないでね! いくよー!」
シャルロッテは再び青白く光る剣を構え、常人には見えない速さで空をなぞった。
ロゼッタの髪型は、エミーナよりも前髪とサイドを長めに残しつつ、うなじにかかる後ろ髪を潔く刈り上げた、引き締まったスタイルとなった。ロゼッタの艶やかな黒髪によく似合う、凛とした女戦士風の髪型である。
鏡を見たロゼッタもすっかり気に入った様子で、シャルロッテに向かって親指を盛大に立ててみせた。
その時、重厚な木製のドアを激しくノックする音が室内に響いた。
「団長! 甲板へお越しください!」
固く閉ざされていた扉の向こうから、兵士の張り詰めた声が促す。
揺れる床、鼻をくすぐる潮の香り――ここでようやく三人は、自分たちがいつの間にか、激しく波打つ船の中にいるのだという事実に気が付いた。
遮光性の高い重い扉を押し開けて甲板に出ると、そこには黒鉄の鎧で身を包み、鋭い槍や剣で武装した兵士達が隙間なく並んでいた。
一糸乱れぬ規律を保った軍勢の中には、シャルロッテに見覚えのある顔もいくつか混ざっている。彼らが掲げる軍旗、そして胸当てに刻まれた紋章は、紛れもなくセレスティア伯爵家の『六棘の霜華』であった。
船体は、暗い北方海域の荒波を豪快に蹴立てて進む巨大な軍艦だった。頭上を見上げれば、どんよりとした鉛色の雲が低く垂れ込め、隙間からこぼれる夕陽が海面を血のような茜色に染めている。凍てつく塩風が、切り揃えたばかりの三人の髪を激しくなびかせた。
「団長! ストロムホルムの港湾砦が見えてきましたよ」
士官らしき精悍な青年が、波の音に負けじと声を張り上げる。
「どうします? 間もなく日没です。この荒海を考慮すると、迷っている時間はありません!」
青年の緊迫した言葉を受け、シャルロッテは一歩引き、背後に控えるエミーナとロゼッタを振り返った。
エミーナが、手にした『破邪顕正』を天へと仰ぐように掲げる。すると、薄暗い北海の世界を切り裂くように、聖なる杖から清廉で力強い光が放たれた。ロゼッタもまた、燃え盛る魔槍を構え直して力強く頷く。二人の覚悟を確かめたシャルロッテは、不敵に微笑み、悪戯っぽくウインクしてみせた。
シャルロッテは波に揺れる船首へとゆっくり歩を進めた。船首の縁に片足を引っ掛け、前のめりになるほどの猛烈な風を受けながら、一気に神剣を引き抜く。
「みんな――! 『六棘の霜華』はこれより、敵陣へと突撃するぞ! 港へ容赦なくつっこめ――!!」
抜き身の神剣『空斬刺鏡』がまばゆい青白き閃光を放ち、遥か前方にそびえ立つ敵砦の先を鋭く指し示した。
「おおう!!! いくぞおおお――!!」
命を賭した兵士たちの地鳴りのような時の声が、夕闇に沈みゆくディラグッタ大陸の北海へと轟き渡った。




