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第24章『聖宮と千の蝋燭』

絢爛豪華な王都の聖宮。千の蝋燭が照らし出す大広間には、着飾った貴族たちの欲望と噂話が渦巻いていた。

「見ろよ、ヴィルヘルム親王殿下の連れを」

「セレスティア伯爵家の娘だとか。顔の痣を隠すベールが、余計に引き立てているな」

冷ややかな視線と嘲笑がシャルロッテに突き刺さる。しかし、ヴィルヘルムの横を歩く彼女の背筋は寸分の狂いもなく伸びていた。豪奢なドレスの袖口には、無数の極細針とあらゆる毒の試薬が忍ばされている。 玉座に鎮座するのは、慈愛の笑みを貼り付けた太后エレノア。その傍らには、過日の使者ヴァルター枢機卿が目を光らせていた。

「よくぞ参った、我が愛しき親王。そして...... 愛すべき兄の孫シャルロッテ」 太后の朗らかな声が広間に響く。侍女たちが一斉に動き、黄金の杯に注がれた葡萄酒が二人の前に運ばれた。

「二人の婚姻を祝い、そして王国の安寧を祈り、乾杯を捧げよう。......その杯は、聖なる森の至宝から醸された特別な酒だ。一滴残さず飲み干すがよい」

広間の空気が凍りつく。シャルロッテの鋭い嗅覚は、葡萄酒に混ざった微かな「腐骨草」の香りを捉えていた。即効性の毒ではない。体内の血と混ざり合い、数日かけてじわじわと臓腑を溶かす、逃げ場のない呪毒だ。 断れば即座に不敬罪で処刑。飲めば死。完璧に見えた太后の詰みの手。ヴィルヘルムが杯を手に取り、静かに太后を見据えた。彼がシャルロッテを庇って毒を飲み干そうとしたその瞬間、シャルロッテはしなやかな動作でヴィルヘルムの手から杯をかすめ取った。 「太后様、このような至高の祝杯、まずは私が賜ります」

「シャルロッテ、よせ!」

ヴィルヘルムの制止を無視し、シャルロッテは杯を口元へ運ぶ。しかし、飲む直前に指先をわずかに滑らせ、葡萄酒の数滴を自らの手首――事前に「中和の秘薬」を染み込ませておいたレースの袖口――へと垂らした。そして何事もなかったかのように、一気に飲み干してみせた。

「...... 見事な味わいでございます、太后様」

顔色一つ変えずに微笑むシャルロッテに、太后の笑みが一瞬だけ引きつる。 だが、シャルロッテの反撃はそこで終わらなかった。彼女は小さくくしゃみをする振りをしながら、隠し持っていた「真実の香粉」を微風に乗せてヴァルター枢機卿の方へと吹き飛ばした。

「失礼いたしました。......ただ、枢機卿様。先ほどからお顔色が優れませんが...... 胸のあたりの黒い斑点、お痛むのでは?」

「なっ......何を言うか!」

ヴァルターが動揺して胸元を押さえた瞬間、服の隙間からどす黒い皮膚が覗いた。香粉に反応して、彼が密かに扱っていた毒の副作用が表面化したのだ。

「それは...... 古代の禁忌とされる『腐骨草』の毒毒反応! 枢機卿様、まさかそのような恐ろしい毒を常用されているのですか? まさか、この聖なる宴に持ち込まれては......」

シャルロッテの可憐な悲鳴が響き渡り、大広間は騒然となった。貴族たちが一斉にヴァルターから距離を置く。自らが仕掛けた毒の罠を、シャルロッテは一瞬で太后の側近へとすり替えてみせたのだ。

「おのれ......この害毒女めが!」

取り乱したヴァルターが太后の制止も聞かず、懐から短剣を抜いてシャルロッテへ襲いかかった。狂気に満ちた刃が彼女の喉元へ迫る――。

「私の妻に、触れるな」

怒号とともに一閃。 ヴィルヘルムの剣が暗闇を切り裂き、ヴァルターの短剣ごと彼の手首を叩き切った。血が舞い落ち、大広間は悲鳴に包まれる。ヴィルヘルムは血に濡れた剣を手に、シャルロッテを背中に庇うように立ちはだかった。その姿はまさに、愛する者を守る「冷血な獅子」そのものだった。

「太后様。我が城のみならず、この聖宮にまで狂人が紛れ込んでいたとは...... 警護の甘さに失望いたしました」

氷のようなヴィルヘルムの瞳が太后を射抜く。太后は屈辱に唇を噛み締めながらも、手出しができないことを悟り、拳を固く握りしめた。 熱狂と恐怖が渦巻く宴のただ中で、二人は視線を交わした。刺客の刃も、密かな毒も、もはや二人の絆を割くことはできない。王国の命運を賭けた戦いは、今まさに激しさを増そうとしていた。


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