第18章『シャルロッテのお見合いパーティー』
深い森の奥、鏡のように澄み切ったクリスタリア湖の遥か中心に、その城は佇んでいる。
フロスト・ヴァイス城――白銀の石壁が陽光を浴びて鈍く輝くその美しき城は、古くからこの地を治めるセレスティア伯爵家の居城であった。湖面を渡る風は常にひんやりと冷たく、城の窓を叩く音すらもどこか厳かで静粛な響きを帯びている。
だが、その日のフロスト・ヴァイス城の静寂は、一通の、否、たった一言の「宣言」によって跡形もなく吹き飛ばされることとなった。
「シャルロッテの婿を探す! 今すぐ、今すぐにだ!」
大広間に響き渡ったのは、セレスティア伯爵家の家長であり現当主、フリードリヒの熱を帯びた大声だった。
白髪のチョビ髭をわなわなと震わせ、半分禿げ上がった頭頂部に薄く残る髪をさらにかきむしりながら、老伯爵は信じられないほどの声量で吠えていた。御年からは想像もつかない血気盛んさであるが、その理由はただ一つ、目に入れても痛くないほど溺愛している孫娘の将来を案じてのことであった。
「あなた、まあ、そんなに大声を張り上げては体に障りますわ」
その傍らで、夫の剣幕に驚きつつも、いつもの穏やかな笑みを絶やさないのは妻のヴィクトリアだった。彼女はフリードリヒの妻として、またこの城の伯爵夫人として、長年彼を支え続けてきた従順な女性である。夫がどれほど突飛な行動に出ようとも、まずはそのすべてを優しく受け止めるのが彼女の美徳であった。
「障ってなるものか、ヴィクトリア! 我がセレスティア家の至宝、シャルロッテも今年で十七歳だぞ! 社交界という名の狼の群れに放り込まれる前に、こちらで最高の男を厳選してやらねば、夜も眠れん!」
「お言葉ですが、じいちゃん。急にそんなことを言い出したら、肝心のシャルロッテが一番驚くと思うんだけど」
やれやれと肩をすくめて口を挟んだのは、伯爵家の孫一号であり、シャルロッテの兄である二十歳の青年、ガブリエルだった。
彼はこの、どこか浮世離れした家族の中において、唯一と言っていいほどの常識人である。普段から家族の突飛な言動に対する「ツッコミ係」を一手に引き受けている彼は、今回も冷静に事態を静観しようとしていた。もっとも、真面目な性格ゆえに、跡取り候補としての自覚はあり、一族の決定そのものには従順ではあるのだが、それとこれとは話が別だった。
「うるさい、ガブリエル! お前が頼りないから私が動くのだ!」
「なんで俺のせいに鳴るんだよ……」
ガブリエルが額を押さえる横で、彼の父親であり、伯爵家の長男であるフィリップが、おろおろと視線を泳がせていた。
「そうだよ、ガブリエル。父様のご決断に口を挟むものではない。……ねえ、父様、それで、具体的にはどうされるおつもりで?」
フィリップは次期世継ぎとしては少々心細いほど気が弱く、父親のフリードリヒには絶対に頭が上がらない。しかし、息子としては非常に従順で、家族を愛する良い男だった。
「ふん、決まっている。近隣の領地から、名だたる家柄の御曹司たちを六名、この城に呼び出す! そして、三日間にわたる『お見合いパーティー』を開催するのだ!」
「まあ、素敵ですわね、あなた。お城がとても賑やかになりますわ」
フィリップの妻であり、長男嫁のアデライーデが、両手を頬に当ててうっとりと微笑んだ。彼女は穏やかで従順、そして何より、誰もが認める筋金入りの「天然」である。状況の深刻さをいまいち理解していない彼女の言葉に、ガブリエルは天を仰いだ。
「母ちゃんまで……。これ、ただのパーティーじゃないからね? シャルロッテの人生がかかった品定めだよ?」
「あらあら、でもガブリエル。可愛いシャルロッテのためですもの。きっと素敵な殿方が見つかるわ」
そう言ってアデライーデは、どこか遠い目をして笑っている。
「お兄様、私は大賛成よ。お見合いパーティーなんて、面白そうじゃない」
大広間の入り口から、華やかな声が響いた。入ってきたのはクララ、フィリップの妹であり、この家の伯爵娘である。彼女は一度は他家に結婚して嫁いだものの、色々とあって幼い息子を連れて実家に出戻ってきたという、なかなかに逞しい経歴の持ち主だった。
「出戻りの叔母さんに面白がられるのは、縁起が悪いんだけど……」
「何か言ったかしら、ガブリエル?」
「いえ、何も」
一族が縮図のような騒ぎを展開する中、当の主役であるシャルロッテは、大広間の少し離れた窓辺に佇んでいた。
十七歳を迎えた彼女は、陽光に透ける淡い栗毛の髪を揺らし、非の打ち所がないほど美しい容姿を持った令嬢である。クリスタリア湖の妖精と讃えられるほどの美少女である彼女は、じっと窓の外の湖面を見つめていた。
「……また、おじい様が騒いでいらっしゃるわ」
シャルロッテは小さくため息をついた。その声には、怒りよりも諦めに近い響きがある。
「お嬢様、またいつもの発作のようなものですから、あまりお気に病まれませんよう」
彼女の背後から、美しい鈴の鳴るような声が応じた。金髪の美少女侍女、エミーナである。彼女はシャルロッテと年齢も近く、単なる主従を超えて、何でも話し合える大親友のような存在だった。
「そうですよ、シャルロッテ様。私たちがついております。変な男が近づいてきたら、エミーナと二人で追い払って差し上げますわ」
もう一人の侍女、黒髪の美少女であるロゼッタが、エミーナの隣で力強く頷いた。彼女もまた、シャルロッテの良き理解者であり、エミーナとも大の仲良しだった。この二人の美少女侍女が控えているだけで、シャルロッテの周囲は華やかな結界で守られているかのようだった。
「ありがとう、二人とも。でも、おじい様の本気度は、今回はいつもと違うみたい。だって……ほら、あの方の顔を見て」
シャルロッテが視線で示した先には、大広間の隅で、フリードリヒの怒号を冷静にメモに取っている一人の青年がいた。
ルイス――セレスティア伯爵家の家令である。二十代後半という若さでありながら、前家令である父親の跡を継ぎ、この巨大な屋敷全体を取り仕切る男性使用人のトップに君臨していた。賢く、誠実で、極めて真面目な彼は、主人のどんな無茶な命令であっても、完璧な実務能力で形にしてしまうことで知られていた。
「……承知いたしました、大旦那様。近隣の適格と思われる六家へ、直ちに招待状を発送いたします。また、三日間の滞在に伴う家計の予算管理、他の男性使用人の指揮、およびお出しする最高級ワインの選定と管理、当日の給仕の段取りは、私ルイスが責任を持って統括いたします」
ルイスは表情一つ変えず、流れるような手際で手帳を閉じ、深く一礼した。
「頼んだぞ、ルイス! お前だけが頼りだ!」
フリードリヒが満足そうに頷く。
「ルイスが動くということは、本当にやるのね……」
シャルロッテは少しだけ顔を曇らせた。ルイスの有能さは、この計画が絶対に実行されることを意味していた。
「これはいけませんね」
大広間の重厚な扉が開くと同時に、地を這うような重低音の声が響いた。
現れたのは、この城のメイド長であるフィオレンツァだった。彼女は豊満な体躯を持った中年の女性であり、この城のすべての女性使用人を統括する「家政婦長」である。鍵や備品の管理から、無数にある部屋の清掃状態のチェック、さらには女性スタッフの雇用や厳しい指導に至るまで、城の裏方を完全に支配する剛腕の持ち主だった。いろんな意味で優秀であり、かつ恐ろしい存在である。
「大旦那様、急なご決定は困ります。六名もの御曹司とその従者たちを受け入れるとなれば、部屋の清掃チェックや女性スタッフの増員、指導がどれほど大変か分かっておいでですか? 鍵の管理一つとっても、私の目がいくつあっても足りませんわ」
フィオレンツァが鋭い目を光らせると、さしのものフリードリヒも一瞬だけ怯んだ。
「お、おう、フィオレンツァ。苦労をかけるが、これは我が家の未来のためだ。お前の剛腕で、完璧にもてなしてくれ」
「……ふん、仕方がありませんわね。シャルロッテ様のためとあらば、このフィオレンツァ、極上の環境を整えて差し上げましょう。ですが、男性陣の不始末はルイス、あなたがすべて責任を取りなさいよ」
「心得ています、フィオレンツァ殿。抜かりはありません」
家令と家政婦長、城の二大巨頭が冷徹に視線を交わす。
こうして、フロスト・ヴァイス城は、かつてない大騒動の渦中へと突き落とされることになった。三日間の期限付き、六人の御曹司による、シャルロッテ争奪戦の幕が、今まさに切って落とされようとしていたのである。
◇
一週間後、クリスタリア湖にかけられた長い石橋を、幾台もの豪華な馬車が渡ってきた。
フリードリヒ伯爵の呼びかけに応じ、近隣の領地から集まった六名の御曹司たちである。彼らはそれぞれ、若き才能、莫大な資産、あるいは輝かしい家柄を引っ提げ、セレスティア家の至宝であるシャルロッテの心を射止めるべく、このフロスト・ヴァイス城へと足を踏み入れた。
城の正面玄関では、家令のルイスが率いる男性使用人たちが一列に並び、非の打ち所のない礼を捧げていた。
「ようこそ、フロスト・ヴァイス城へ。皆様の滞在が素晴らしきものとなるよう、私どもが全力を尽くさせていただきます」
ルイスの完璧な先導により、御曹司たちはそれぞれの控室へと案内されていく。その裏では、メイド長のフィオレンツァが目を光らせ、清掃が行き届いているか、ファブリックに一ミリの乱れもないかを厳しくチェックしていた。
そして始まった、初日の晩餐会。
大食堂には、ルイスが地下の蔵から選び抜いた最高級のヴィンテージワインが並び、銀の食器が燭台の炎を反射してきらめいていた。
主役であるシャルロッテは、淡い栗毛の髪をハーフアップにし、クリスタリア湖の水を思わせる美しいブルーのドレスを身にまとって席についた。その左右には、厳重な警護のごとくエミーナとロゼッタが控えている。
「さあ、諸君! 我が孫娘、シャルロッテだ! 存分に己の魅力をアピールするが良い!」
上座でチョビ髭を揺らし、すでにワインで顔を赤くしたフリードリヒが陽気に杯を掲げた。
その言葉を合図に、御曹司たちの猛烈なアプローチが始まった。
「シャルロッテ様、お初にお目にかかります。我が領地で採れる最高級の真珠をお持ちしました。あなたのその美しい肌にこそ、ふさわしい」
最初に名乗りを上げたのは、自信満々な態度の侯爵家の嫡男だった。
「まあ、見事な真珠ですこと」
シャルロッテは上品に微笑んだが、その目は少しも笑っていない。隣でエミーナが「成金趣味ですね」と小声で耳打ちし、ロゼッタが「私たちのシャルロッテ様を物で釣ろうなんて百年早いですわ」と心の中で毒づいていた。
「シャルロッテ嬢、私はあなたのために一首、詩を詠んできました。聴いていただけますか、この湖のように深い私の愛を――」
次に進み出たのは、自称・芸術肌の伯爵家の次男だった。彼が朗々と愛の詩を語り始めると、会場は奇妙な静寂に包まれた。
「……素晴らしい情熱ですね」
シャルロッテが引きつった笑みを浮かべると、背後のツッコミ係、ガブリエルが耐えかねたように呟いた。
「おいおい、初対面でその激重なポエムは拷問だろ。誰か彼のブレーキを引いてくれ」
食事は進み、次から次へと個性的な(悪く言えば、少々厄介な)御曹司たちがシャルロッテの前に現れる。
世継ぎとしては心細いフィリップは、御曹司たちの父親の権力に気圧され、「はあ、皆さん素晴らしい方ばかりで、私などでは選べませんな……」とおろおろするばかり。その隣で、妻のアデライーデは、「あら、このお肉、とっても柔らかくて美味しいわねえ」と、全く別の方向で場を和ませて(あるいは混乱させて)いた。
「ねえ、お兄様。あの三番目の男、姿勢が悪いわね。あれじゃあ、セレスティア家の門をくぐる資格はないわ」
出戻り娘のクララは、ワインを片手に、辛口の批評家として楽しんでいた。
「クララ、お前は少し黙っていなさい。彼らも緊張しているのだ」
ヴィクトリアが優しく嗜めるが、クララは「だって、シャルロッテの婿ですもの、厳しくしなくちゃ」と笑い飛ばす。
そんな中、シャルロッテは少しずつ息が詰まるような感覚を覚えていた。
男たちの視線は、自分そのものを見ているというよりは、「セレスティア伯爵家の美しい令嬢」という肩書きを見ているように思えてならなかったからだ。
(私は、ただの飾り物ではないわ……)
ふと視線を上げると、給仕の指揮を執っていた家令のルイスと目が合った。
ルイスはシャルロッテのわずかな表情の変化を敏感に察知し、そっと頷いた。そして、流れるような足取りで近づくと、彼女のグラスに静かに水を注ぎながら、周囲に聞こえないほどの囁き声で告げた。
「シャルロッテ様、少々お疲れのご様子。この後、バルコニーで少し風に当たられるよう、時間を調整いたします。フィオレンツァ殿には、そちらの警備を厳重にするよう伝えてありますので、ご安心を」
その的確すぎる配慮に、シャルロッテは救われたような気持ちになった。
「ありがとう、ルイス」
晩餐会の合間、ルイスの手回しによって、シャルロッテはエミーナとロゼッタを連れて、湖を一望できる夜のバルコニーへと脱出することに成功した。
冷たい夜風が、火照った頬を心地よく冷ましていく。
「ふう……生き返ったわ」
「お疲れ様でございました、お嬢様。あの方々、全員が自己主張の塊で、見ているこちらが疲れましたわ」
エミーナが憤慨したように言うと、ロゼッタも「本当です。シャルロッテ様の爪の垢でも煎じて飲めばよろしいのに」と同意した。
だが、安息の時間は長くは続かなかった。
「おや、こんなところで美しい妖精が迷子になっているとは」
バルコニーの影から現れたのは、六人の御曹司の中でも、最も老獪で、かつ野心家と噂される、隣領の子爵家の長男だった。彼はシャルロッテが一人になる瞬間を、虎視眈々と狙っていたのだ。
「……子爵閣下、ここはプライベートな空間ですので、お戻りいただけますか」
シャルロッテは毅然とした態度を取ったが、男は不敵な笑みを浮かべて距離を詰めてくる。
「そう硬いことをおっしゃるな。二人きりで、もっと深いお話を――」
男の手が、シャルロッテの華奢な肩に伸びようとしたその時。
「そこまでにしていただけますか、閣下」
冷徹で、かつ絶対的な威厳を持った声が、夜の帳を切り裂いた。
現れたのは、腕を組んだメイド長、フィオレンツァだった。その背後には、鋭い目つきをした数名の女性使用人たちが控えている。
「当城の家政婦長として、夜間のバルコニーにおける『不適切な接触』は見過ごせません。ここは女性専用の区域として、今宵は厳重に管理しております。お戻りいただけない場合、大旦那様、およびお留守番をされている閣下のご尊父へ、この一件をありのまま『ご報告』せねばなりませんが?」
フィオレンツァの、豊満な体から放たれる圧倒的な迫力と、一切の妥協を許さない「剛腕」のオーラに、さしもの野心家の御曹司も顔を引きつらせた。
「くっ……失礼した」
男は捨て台詞を残し、這うようにして大広間へと立ち去っていった。
「助かりました、フィオレンツァ」
シャルロッテが胸をなでおろすと、フィオレンツァはふっと表情を和らげ、優しく、しかし毅然と言った。
「当然のことでございます、シャルロッテ様。この城の中にあって、私の目が届かぬ場所などございません。どのような有象無象が来ようとも、お嬢様の髪の毛一本触れさせはいたしませんわ。……さあ、ルイスが次の段取りを整えました。中へ戻りましょう」
頼もしすぎる家政婦長に見守られ、シャルロッテは再び、戦場という名のパーティーへと戻っていくのだった。
◇
お見合いパーティーの三日目、つまり最終日の朝が訪れた。
フロスト・ヴァイス城の空気は、これまで以上に張り詰めていた。六人の御曹司たちは、今日こそシャルロッテからの「決定的な返答」を貰おうと、血眼になっていたからだ。
大広間には、セレスティア一族が勢揃いしていた。
「さあ、シャルロッテ! 三日間、男たちを見極めたな! 誰が一番、お前の夫にふさわしいか、私に告げるのだ!」
フリードリヒが身を乗り出し、チョビ髭をピンと立てて促した。
フィリップは相変わらず「ああ、誰になっても、我が家は大変なことになりそうだ……」と胃を押さえており、アデライーデは「どの方も、お洋服がカラフルで素敵だったわねえ」と、のんきな感想を述べている。
「じいちゃん、そんなに急かすなよ。シャルロッテが困ってるだろ」
ガブリエルがすかさずツッコミを入れるが、フリードリヒは聞く耳を持たない。
全員の視線が、シャルロッテに集まる。
彼女の背後では、エミーナとロゼッタが、いつでもお嬢様を連れて逃げ出せるよう、ドレスの裾を少しだけ持ち上げて身構えていた。
シャルロッテはゆっくりと前に出た。その淡い栗毛の髪が、窓から差し込む朝日に照らされて美しく輝く。彼女は一族を見渡し、そして、部屋の隅で静かに控えているルイスと、フィオレンツァの姿を視野に収めた。
この三日間、ルイスの完璧な実務と、フィオレンツァの剛腕な守護がなければ、自分はとうに押し潰されていただろう。彼らはセレスティア家に仕える使用人であるが、誰よりもこの城を、そして自分を理解してくれている「家族」のような存在だった。
シャルロッテは深く息を吸い込み、凛とした声で告げた。
「おじい様、お父様。そして、集まってくださった皆様。……私は、どなたのプロポーズもお受けすることはできません」
大広間に、水を打ったような静寂が広がった。
「な、何だと!?」
フリードリヒの目が飛び出さんばかりに見開かれ、チョビ髭が激しく震えた。
「シャルロッテ、それはどういうことかい?」
フィリップが驚きでおろおろと声を上げる。
「皆様は大変素晴らしい方々です。ですが、この三日間で分かったのです。私はまだ、誰かの妻となり、この城を出る準備ができておりません。私は、このフロスト・ヴァイス城が大好きです。この地を、この家族を、もっと深く知り、自分自身の足で立てるようになるまでは、誰の元にも嫁ぐつもりはありません」
シャルロッテの言葉には、十七歳とは思えないほどの強い決意が満ちていた。それは、ただの我儘ではなく、一人の自立した女性としての誇り高き宣言だった。
「シャルロッテ……」
ガブリエルが、感心したように妹を見つめた。いつの間にか、妹は自分よりもずっと大人になっていたのかもしれない。
「まあ、まあ……」
ヴィクトリアは、嬉しそうに目元を拭った。孫娘の成長が、何よりも誇らしかったのだ。
「しかし! それでは我が家の跡取りや、お前の将来はどうなるのだ!」
なおも食い下がろうとするフリードリヒの前に、すっと一人の青年が進み出た。
家令のルイスである。
「大旦那様、失礼いたします。シャルロッテ様のおっしゃる通り、お嬢様はまだ十七歳であらせられます。今すぐお決めにならずとも、セレスティア家の未来が揺らぐことはございません。このルイス、お嬢様が真に望まれるその日まで、この城の家計、使用人の指揮、すべてを完璧に維持し、お嬢様をお支えし続ける所存です」
ルイスの、一点の曇りもない誠実な言葉と一礼に、大広間の空気が和らいでいく。
「ルイス、あなたが生意気なことを言うじゃない。……でも、その通りよ」
続いて進み出たのは、メイド長のフィオレンツァだった。彼女は腰に手を当て、フリードリヒを睨みつけるように言った。
「大旦那様、これ以上お嬢様を困らせるようであれば、明日からの朝食のメニュー、すべて大旦那様の嫌いな『セロリ三昧』にいたしますわよ。女性スタッフの雇用と指導を預かる身として、お嬢様の笑顔を守るのが、この城の最高のルールですもの」
「セ、セロリは勘弁してくれ……」
フィオレンツァの「剛腕」な脅しに、さしのもの老伯爵も完全に降伏せざるを得なかった。
「……ふん、仕方のないやつだ。シャルロッテ、お前がそこまで言うなら、今回の件は白紙に戻そう。だが、私が生きているうちに、最高の男を連れてくるのだぞ!」
フリードリヒはぷいと顔を背けたが、その表情には、孫娘の強い意志に対する満足感が滲んでいた。
「ありがとうございます、おじい様」
シャルロッテは、ひまわりが咲いたような眩しい笑顔を見せた。
背後でエミーナとロゼッタが、「やりましたね、お嬢様!」と手を取り合って喜んでいる。
こうして、フロスト・ヴァイス城を揺るがした怒濤の三日間は、一人の少女の決意によって幕を閉じた。
御曹司たちがそれぞれの馬車で去っていくのを見送りながら、シャルロッテは再び、お気に入りのバルコニーに立っていた。
クリスタリア湖を渡る風は相変わらず冷たかったが、今の彼女の胸には、未来への温かい希望が灯っていた。
「シャルロッテ様、冷えてまいりました。温かい紅茶をご用意いたしました」
ルイスが、完璧な所作でトレイを差し出す。
「ありがとう、ルイス。……これからも、私を支えてね」
「御意のままに、我が至高のお嬢様」
美しき湖畔の城で、彼女の物語は、これからもゆっくりと、しかし確実に刻まれていくのだった。




