第13章『セレスティア伯爵家。新名物。第一回闇飯大会開催』
クリスタリア湖の澄んだ水面にその美しい白亜の姿を映す、フロスト・ヴァイス城。
セレスティア伯爵家 の領地たるこの地は、年中を通じて厳かで、どこか静謐な空気に包まれている。だが今日、その静寂は一人の少女の、文字通り「突飛な思いつき」によって木っ端微塵に打ち砕かれようとしていた。
6月第2週目のある日の事。
「皆の者、集まれ! 本日これより、我がセレスティア伯爵家が誇る第1回闇飯大会を開催いたします!」
広大な謁見の間に響き渡ったのは、セレスティア伯爵家の孫2号であり、この物語の主人公であるシャルロッテ の高らかな声だった。
年の頃はまだ幼さを残す少女。しかしその瞳には、退屈な日常を打破せんとする邪悪なまでに純粋な好奇心がギラギラと燃え盛っている。
「……また始まったよ」
頭を抱えて深いため息をついたのは、シャルロッテの兄であり、伯爵家孫1号のガブリエル だった。
彼は家族の中で唯一と言っていいまともな神経の持ち主、すなわち「常識人」であり、日常的に繰り出される妹の奇行に突っ込みを入れるのが半ば義務と化している青年である。
「おい、シャルロッテ。何が悲しくてこの神聖な城で『闇飯』なんて不穏な響きのイベントをやらなきゃいけないんだ? しかもなんだその、仰々しいセットは」
ガブリエルが指さした先には、豪奢な長いテーブルが置かれ、その上には不気味に並ぶ黒い布――目隠し用のベールと、怪しく光る銀のスプーンが用意されていた。
「フフフ、兄様。日々のお食事に感謝することは大切ですが、私たちは『視覚』という情報に頼りすぎてはいないでしょうか? 目を閉じ、ただ純粋に味覚と嗅覚、そして己の直感だけで食べ物と向き合う……これぞ究極の美食の探求です!」
「ただ退屈だから面白いゲーム思いついた、って顔に書いてあるぞ」
「失礼な! ちゃんと企画考案、主催者として、このシャルロッテが総力を挙げてプロデュースしたのですから!」
シャルロッテは胸を張る。その背後では、彼女の忠実な侍女たちがそれぞれの反応を見せていた。
一人は、主人の暴挙(?)に早くも涙目を浮かべている、泣き虫な美少女エミーナ。
「うぅ……シャルロッテ様、本当にやるんですかぁ? もし、お腹を壊すような怪しいものが出てきたらどうしましょう……」
「大丈夫よエミーナ。厨房の皆が作ってくれるんだから、毒は入ってないわ。……まぁ、何が入っているかは私も知らないけれど!」
「それが一番怖いお言葉ですぅ!」
もう一人の侍女、黒髪の美少女ロゼッタはといえば、恐怖するエミーナとは対照的に、心なしか頬を紅潮させて身震いしていた。彼女は重度の「ドM」である。
「目隠しをされて……何を口に入れられるか分からない恐怖……。あぁ、シャルロッテ様、なんて素晴らしいご褒美を企画してくださったのですか……。私、いくらでも弄ばれる覚悟はできております……!」
「ロゼッタ、君は一回落ち着こうか。あとその発言は色々とアウトだ」
ガブリエルのツッコミが冴え渡る中、カツカツと冷徹で正確な足音が響き、一人の女性が壇上に上がった。
知的な眼鏡の奥で、全てを見透かすような鋭い瞳を光らせる女性。彼女の名はベルナデット。人呼んで『メガネのナデット』――最合理、最速、完璧を信条とする、分析実況のスペシャリストである。
「これより、第一回闇飯大会のルール説明を行います」
ベルナデットは手元の羊皮紙を無駄のない動作で広げ、淀みのない声で読み上げ始めた。
「ルールは至ってシンプル。プレーヤーは完全に目隠しをした状態で、スプーンに乗せられた未知の食べ物を口に運んでいただきます。その際、味の決め手となるソースを、あらかじめ用意された【A・B・C・D・E】の5種類から選択することができます。何を食べるか、どのソースを合わせるか……。運と味覚、そして判断力が試される冷徹なゲームです。なお、実況・解説・審査員は、この私ベルナデットが完璧に務めさせていただきます」
「おい、ベルナデットまで巻き込まれてるじゃないか。お前、よくこんな不合理な企画に乗ったな?」
ガブリエルが呆れて問いかけると、ベルナデットは眼鏡のブリッジを指でクイと上げた。
「ガブリエル様、物事の表面だけを見て不合理と断ずるのは早計です。人間の五感を遮断した際の脳の処理速度、および未知の味覚に対するリアクションの統計データ収集。これは非常に合理的な実験と言えます」
「本気で言ってるのか……?」
「では、第一回闇飯大会――開幕です!」
シャルロッテの宣言と共に、謁見の間の大きな扉が左右に開いた。
そこから姿を現したのは、この大会のために腕によりをかけた料理を用意した、城の誇る厨房チーム『緑花組』の面々であった。
第一章:緑花組のプライド
「ハァーイ! 皆さん、お待たせしちゃったわね!」
地響きのような豪快な声と共に先頭で現れたのは、緑花組のリーダー格、エミリオ(愛称:エミー)だった。
大柄で筋肉隆々の肉体を持ちながら、心は乙女、そして姐御肌。中華全般、特に炒め物や点心を得意とする彼は、その太い腕で重い中華鍋を軽々と振り回しながらウインクを飛ばした。
「シャルロッテお嬢様のお祭りだもの、アタシたち緑花組、全員お姐のプライドをかけて最高のディッシュを用意したわよ!」
「うわぁ、エミーさんの威圧感がすごい……」
ガブリエルが気圧される中、緑花組の他のメンバーも次々と自慢の料理を乗せたワゴンを押して入ってくる。
「お嬢様、本日のメニューは私の美意識の結晶でございます」
エレガントに一礼したのは、イタリアンとパスタ、そして高級チーズ『ラスパドゥーラ』削りの名手、アントニオ(愛称:トニー)。スレンダーな体躯に洗練された立ち振る舞い、そして胸元には綺麗に手入れされた緑のカーネーションが光っている。
「目隠しをされようとも、舌がその『美』を感知せざるを得ない料理……。トニー特製の一品、お楽しみに」
「……肉だ」
ボソリと呟いたのは、厨房一番の長身を誇るルーカス(愛称:ルー姐)。普段は無口でクールだが、大物丸焼きやオーブン料理のことになると目の色が変わる職人だ。今日も、大人が何人もかかりそうな巨大な肉の丸焼き用の串を、片手で軽々と扱っている。
「じっくり焼いた。肉の旨味、閉じ込めた。……食えば、分かる」
「キャハハ! ルー姐、固い固い! もっと楽しまなきゃ損だよ!」
そう言って周囲を明るく笑わせたのは、笑顔を絶やさないムードメーカー、マルコ(愛称:マルちゃん)。
小柄で素早い彼は、生ハムの原木管理や熟成肉のカッティングの達人である。うわさ話と恋愛話が大好きな彼は、今日もシャルロッテたちの様子を興味津々で見つめていた。
「アタシが最高の湿度と温度で管理した熟成肉、噛んだ瞬間に脳みそがとろけちゃうから気をつけてね!」
「へっ、お前ら気取った料理ばっかり並べやがって。やっぱり飯ってのは、火の味がガツンとしなきゃ始まらねえんだよ!」
最後に威勢よく啖呵を切ったのは、ジオヴァニ(愛称:ジオ)。
串焼き、炭火焼き、鉄板焼きを専門とする、チャキチャキの「城下町っ子」気質な熱血派だ。腕には数々の焼き傷(彼曰く、名誉の負傷)があり、頭にはトレードマークのバンダナを巻いている。情に厚く涙脆い彼は、すでに少し感動しているのか、目を潤ませていた。
「お嬢様のために、炭の香りを極限までまとわせた逸品だ! 泣いても笑っても、五感で味わいやがれ!」
個性豊かすぎる――というか個性の渋滞を起こしている厨房チームの登場に、ガブリエルは早くも帰りたい衝動に駆られていたが、シャルロッテは満足げに深く頷いた。
「素晴らしいわ、緑花組! さあ、エントリーされたソース【A・B・C・D・E】も、彼らが仕込んだ特製激変ソースよ。甘味、酸味、辛味、苦味、そして旨味……どれがどのアルファベットに対応しているかは、食べてみるまでのお楽しみ!」
◇
「では、第一の挑戦者……いえ、被験者として、侍女のロゼッタを指名します」
ベルナデットの冷徹なコールにより、ロゼッタが静かに中央の席へと着いた。
彼女の目には、光を一切通さない漆黒の目隠しがしっかりと巻かれる。
「あぁ……何も見えません……。これから私は、シャルロッテ様のなすがままにされるのですね……」
「いや、ただご飯食べるだけだからな?」
ガブリエルのツッコミを無視し、シャルロッテが楽しげに指示を出す。
「さあ、ロゼッタ。まずはソースを選びなさい。AからEまで、どれにする?」
「……では、私の今の昂る気持ちを表すような、妖しい響きの【ソースC】をお願いいたします」
「ソースCですね。了解しました」
ベルナデットの手図さばきにより、緑花組のエミーが作った【第1の料理】に、ソースCがたっぷりと回しかけられた。スプーンの上に綺麗に乗せられたその料理が、ゆっくりとロゼッタの口元へと運ばれていく。
「さあ、お口を開けて。あーん」
「あ、あーん……」
ロゼッタが小さな唇を開き、スプーンを受け入れた。
咀嚼する。謁見の間が、水を打ったように静まり返った。全員が彼女のリアクションを待つ。
「……ッ!?」
次の瞬間、ロゼッタの身体がビクンと跳ね上がった。
彼女の美しい顔が、驚愕と、そして何故か深い恍惚によって歪む。
「これは……! 外側はカリッと香ばしく、しかし噛み締めた瞬間に、信じられないほど濃厚でジューシーな肉汁が溢れ出してきます! 中に閉じ込められているのは、細かく刻まれた野菜と、極上の挽肉……! これはエミーさんの中華点心、特製焼き餃子ですね!?」
「ビンゴよ、アンタいい舌してるじゃない!」
エミーが極太の腕でガッツポーズを決めた。しかし、ロゼッタの衝撃はそれだけでは終わらなかった。
「ですが、この【ソースC】は一体……!? 餃子の旨味を完全に引き立てつつも、舌を刺すような強烈な、電撃のような刺激が走ります……! 辛い、痛い、でも……止められない! 脳の髄まで痺れるような、この激しい快感は……!」
実況のベルナデットがすかさず解説を入れる。
「分析を述べます。ロゼッタが選択したソースCは、ジオが極秘裏に調達した城下町特産の『魔邪山椒』をベースに、エミーの自家製辣油を黄金比率でブレンドした【超絶麻辣痺れソース】です。通常の人間であれば舌の感覚を失うほどの刺激ですが、彼女の特異な精神構造が、それを極上の快楽へと変換している模様。完璧な親和性です」
「ハァ、ハァ……! 美味しい、美味しいですシャルロッテ様! 舌が、舌が焼け付くように痺れて、自分がどこにいるか分からなくなります……! もっと、もっと私に刺激をください……!」
「よし、ロゼッタ。次はソースを変えてもう一口――」
「ストーーップ! 悪ノリするなシャルロッテ! あとロゼッタは一回下がって頭を冷やしてこい!」
ガブリエルが慌てて割って入り、悶絶(歓喜)するロゼッタを席から引き剥がした。第一打席からあまりにも濃密すぎる展開に、会場のボルテージは一気に跳ね上がる。
◇
「続いて、第二の挑戦者。侍女エミーナ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
名前を呼ばれたエミーナは、文字通り飛び上がった。
ロゼッタの尋常ではない様子を見ていたため、彼女の恐怖はピークに達している。
「うぅ、シャルロッテ様ぁ……やっぱり私、見てるだけでもいいですかぁ?」
「ダメよエミーナ。ロゼッタだけが美味しい(?)思いをするなんて不公平でしょう? さあ、座って目隠しを」
「そんなぁ……」
半泣きになりながらも、エミーナは席に着き、目隠しを受け入れた。視界が真っ暗になり、彼女の小さな肩が小刻みに震える。
「エミーナ、ソースの選択を」
ベルナデットの促しに、エミーナは蚊の鳴くような声で答えた。
「じゃ、じゃあ……一番優しそうな、最初の文字の【ソースA】でお願いしますぅ……」
「ソースAですね。調理担当、お願いします」
今回、スプーンに乗せられたのは、トニーが芸術的な手つきでスライスした熟成生ハムと、ルーカスが焼き上げた謎の繊維質だった。そこに、琥珀色のソースAがかけられる。
「エミーナ、いくわよ。あーん」
「あ、あむ……」
エミーナは恐る恐る、スプーンの上の料理を口に含んだ。
一瞬、身を硬くしたエミーナだったが、数回咀嚼するうちに、その表情から恐怖が消え、代わりにパッと花が咲いたような笑顔が広がった。
「……あれ? 美味しい……すっごく美味しいです!」
「ほう、どんな味だ?」
ガブリエルが興味深げに尋ねる。エミーナは夢中で咀嚼しながら、その瑞々しい感想を言葉にした。
「これは、とっても柔らかくて、噛むたびに深いコクが出るお肉です! マルちゃんさんの生ハムでしょうか? それに、一緒に乗っているお野菜(?)が、お肉の脂をさっぱりさせてくれて……。何よりこの【ソースA】、すっごくフルーティーで、蜂蜜みたいな優しい甘さと、上品な酸味があります! 全然怖くない、お花畑にいるみたいなお味です!」
「素晴らしい感性です」
ベルナデットが眼鏡を光らせて解説する。
「エミーナが口にしたのは、マルコが厳選した熟成生ハムと、ルーカスがオーブンでじっくり火を通した特製リンゴのコンフィ。そしてソースAの正体は、トニーが開発した【白ワインと完熟高級バルサミコのハニーソース】。生ハムの塩気と、コンフィおよびソースの甘味が完璧なマリアージュを付加しています。泣き虫なエミーナの心を一瞬で癒す、計算され尽くした合理的な一皿と言えます」
「まぁ! トニーさん、マルちゃんさん、ルー姐さん、ありがとうございますぅ!」
目隠しを取ったエミーナは、嬉しさのあまり涙をボロボロと流した。やっぱり泣き虫だったが、今度は嬉し涙である。
「トニー、アタシたちの美意識が伝わってよかったわね!」
「ええ、マルコ。彼女の純粋な笑顔こそ、我が料理の最高のスパイスです」
厨房チームからも満足げな声が上がる。ここまでは非常に良いペースだ。ゲームとしての完成度も高く、何より料理が抜群に美味い。
◇
「さて……」
シャルロッテが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、ターゲットに視線を定めた。
その視線の先には、嫌な予感しかしていないガブリエルがいる。
「兄様。当然、参加してくださいますよね? 家族の『常識人』として、この大会の料理を正当に評価する義務があります!」
「断る。俺は観客席でツッコミに専念するって決めてるんだ」
「実況・審査員より通告」
ベルナデットが冷酷に割り込んだ。
「ガブリエル様の不参加は、本大会の統計データにおける『一般的な味覚サンプル』の欠落を意味します。これは極めて不合理。よって、強制参加とさせていただきます」
「おい、ベルナデット! お前いつからシャルロッテの完全な味方になったんだよ!」
抵抗虚しく、ガブリエルはエミーとジオという厨房の武闘派二人に両脇を固められ、椅子へと拘束された。そして、有無を言わさぬ速度で目隠しが装着される。
「くそっ、視界が……! おい、変なものを食わせたら承知しないからな!」
「大丈夫ですよ、兄様。さあ、残るソースは【B・D・E】。どれにしますか?」
ガブリエルは思考を巡らせた。
(エミーナが選んだAは甘いハニーソース、ロゼッタのCは激辛麻辣ソースだった。なら、その間にある【ソースB】か、あるいは後ろの【D・E】か……。ジオの炭火焼きやルーカスの丸焼きに合う、ガツンとした男らしいソースはどれだ? ええい、真ん中を取って【ソースB】だ!)
「……ソースBにする!」
「ソースBですね。かしこまりました」
シャルロッテの合図で、ジオが豪快に炭火で焼き上げた【特大の極上牛串】が用意された。ジューシーな脂が炭に落ち、香ばしい煙が立ち上る。そこに、どろりとした漆黒の【ソースB】が並々と注がれた。
「さあ、ガブリエル兄様。常識人の意地を見せてください!」
スプーン(というか、今回は串ごと)がガブリエルの口元に運ばれる。彼は覚悟を決めて、ガブッと肉に噛み付いた。
「――お、おおっ!?」
噛んだ瞬間、ガブリエルの口内に爆発的な衝撃が走った。
「これは……美味い! 尋常じゃなく美味いぞ! 圧倒的な炭の香りと、肉本来の強烈な旨味が押し寄せてくる! さすがジオの炭火焼きだ、完璧な火入れだ! ――だが、待て。この【ソースB】はなんだ!?」
ガブリエルは眉をひそめ、必死に口内の味を分析しようとした。
「肉の旨味を邪魔しないどころか、信じられないほどの深みを与えている。ほのかな苦味、そして薬膳のような複雑なスパイスの香り……。これは、カカオか? いや、チョコレートと、数種類のハーブ、それに赤ワインを極限まで煮詰めたものか……!?」
パチパチパチ、とベルナデットが拍手を送った。
「お見事です、ガブリエル様。完璧な分析。ソースBの正体は、トニーとマルコが共同開発した【特製ビターショコラと黒トリュフの赤ワインソース】です。肉の脂に含まれる甘味を、カカオの苦味とトリュフの芳醇な香りが極限まで引き立てる、大人のための最高級ソース。常識人らしい、堅実かつ的確な味覚の証明です」
「へへっ、どうだガブリエルの兄ちゃん! 驚いたかよ!」
ジオが嬉しそうにガブリエルの肩を叩いた。
「めちゃくちゃ美味い。悔しいが、これは認めざるを得ないな……。闇飯なんてふざけた名前だけど、料理の質は本物だ」
目隠しを外されたガブリエルは、ふぅと息を吐き、どこか満足げな表情を浮かべた。
だが、その様子を見ていた主催者――シャルロッテが、つまらなそうに頬を膨らませていた。
「ちぇー。兄様が普通に美味しく食べて、普通に的確なコメントをするなんて。もっと『うわあああ! なんだこれはーー!』みたいな、面白いリアクションを期待していたのに」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ。あと、これが普通のリアクションだ。お前たちの周りが異常なんだよ」
「うーん、これでは『闇飯大会』の名が泣きます。もっとこう、予測不可能で、混沌とした展開がないと、このシャルロッテは満足できません!」
シャルロッテの瞳に、再び不穏な光が宿る。
(あ、これ、絶対にヤバい流れだ)と、ガブリエルの常識人センサーが激しく警報を鳴らし始めた。
◇
「こうなったら、最後は主催者であるこの私が、自らその混沌を証明してみせましょう!」
シャルロッテはそう宣言すると、自らドサリと中央の席に座り、エミーナに目隠しを巻かせた。
「シャルロッテ様、本当にやるんですかぁ? もう十分盛り上がりましたよぅ?」
「フフフ、エミーナ。お祭りというのはね、最高潮のまま爆発して終わるものよ。さあ、残るソースは【D】と【E】。私はこの2つのソースを……【同時に】使うわ!」
「「「えええええーーー!?!? 」」」
会場にいた全員――ガブリエル、侍女たち、そして緑花組の面々までもが驚愕の声を上げた。
「おい、シャルロッテ! 2つのソースを混ぜるなんて、緑花組の皆がそれぞれ個性を考えて作った味のバランスが崩壊するぞ!」
「いいえ、兄様。崩壊の先にこそ、新たな宇宙(味覚)が誕生するのです! さあ、ベルナデット、緑花組の皆さん! 私に、残されたソースDとE、そしてそれに合う【究極の食材】をブレンドして、一さじの混沌を与えなさい!」
目隠しをされたシャルロッテは、恐れるどころか、歓喜に満ちた表情で口を開けて待っている。
厨房チームの面々は、互いに顔を見合わせた。
「……やるしかないわね。お嬢様がそこまでおっしゃるなら、アタシたちの『隠し球』、全部混ぜ合わせて特異点を作ってやろうじゃない!」
エミーの言葉に、緑花組の全員が不敵な笑みを浮かべて頷いた。
トニー、ルーカス、マルコ、ジオが、それぞれの専門技術をその場で融合させ始める。
ルーカスがオーブンから取り出したのは、最上級の「幻の魔獣のレバー」。独特の濃厚なコクと癖がある部位だ。それをマルコが超絶技巧のカッティングで一瞬にして滑らかなペースト状にし、エミーが中華鍋で強火で一気に煽り、臭みを旨味へと変える。さらにジオがそれを炭火の網の上でサッと炙り、香ばしさを極限まで高めた。
そして、問題のソース。
ソースDは、ジオ特製の【超激酸パイナップル黒酢ソース】。
ソースEは、トニーが仕込んだ【超濃厚エスプレッソ珈琲ブルーチーズソース】。
単体でも極めて個性的、悪く言えばアクの強い2つのソースが、魔獣のレバーペーストの上に、同時に、容赦なくぶちまけられた。
「分析実況」
ベルナデットの声が、どこか緊張を帯びる。
「ソースDの強烈な酸味と果実味、ソースEの圧倒的な苦味とブルーチーズの特異な発酵臭。これがレバーの濃厚な鉄分と混ざり合い……。私の計算速度を超えた、未知の分子構造が形成されています。これはまさに……『闇』。暗黒物質飯です」
「よし……! シャルロッテお嬢様、これぞアタシたちの愛の結晶よ! 受け取りなさい!」
エミーが、漆黒と紫の斑模様のようになったその【究極の混沌の一匙】を、シャルロッテの口へと運び――投入した。
パクッ。
シャルロッテの小さな口が閉じられた。
静寂。
先ほどまでの賑やかさが嘘のように、謁見の間が完全な沈黙に支配される。
ガブリエルも、エミーナも、ロゼッタも、息を呑んでシャルロッテの様子を見つめていた。
1秒。
3秒。
5秒。
シャルロッテは動かない。目隠しをされたまま、咀嚼する動きすら止まっているように見えた。
「……しゃ、シャルロッテ様?」
エミーナが心配そうに声をかけたその時――
「――あ、あはははははははは!!」
唐突に、シャルロッテが爆笑し始めた。
その身体から、目に見えんばかりの強烈なエネルギーが放射される。
「すごい! すごいわこれ! 口の中で、酸味と苦味と旨味と臭みが、お互いの胸ぐらを掴み合って大喧嘩をしてる! でも、その喧嘩の振動が、脳を直接揺さぶるような未知の快感になって押し寄せてくるわ!」
シャルロッテは自ら目隠しをバッと外した。その瞳は、爛々と輝いている。
「レバーの濃厚なコクを、パイナップルの酸味が無理やり引きずり回したかと思えば、エスプレッソの苦味とブルーチーズの香りが、それを包み込んで深い闇の底へと叩き落とす! 美味しいか美味しくないかで言えば……ぶっちゃけ、よく分からない! でも、圧倒的に『面白い』わ!!」
「よく分からないのかよ!」
ガブリエルのツッコミが炸裂するが、シャルロッテの興奮は止まらない。
「これよ、これこそが私が求めていた『闇飯』の真髄! 常識的な美味しさを超えた先にある、味覚のパラドックス! 緑花組のみんな、あなたたちは天才よ!」
シャルロッテの言葉に、緑花組の面々は一瞬呆然とした後、一斉にドッと沸き立った。
「やったわ! お嬢様に『面白い』って言わせたわよ!」
「美意識の崩壊が、新たなる美を生み出したのですね……!」
「……肉の可能性、また広がった」
厨房チームがお互いに抱き合い、涙脆いジオは「お嬢様ぁー!」と男泣きしている。何故か会場全体が、奇妙な感動と達成感に包まれていた。
◇
「総評を述べます」
ベルナデットが手元の資料を綺麗にまとめ、完璧な姿勢で一礼した。
「第一回闇飯大会は、参加者それぞれの味覚の限界に挑み、最終的には主催者による混沌の具現化という形で、大盛況のうちに幕を閉じました。総合的な合理性評価としては、セレスティア伯爵家の結束力を高め、厨房チームのモチベーションを限界突破させたという点において、【極めて有意義なイベント】であったと判定します」
「いや、どう考えてもただの悪ノリの宴会だったろ……」
ガブリエルは力なく呟いたが、すでに彼もその料理の美味さ(と、最後のカオス)に、どこか満足してしまっている自分がいることに気づき、苦笑するしかなかった。
「あぁ、終わってしまいました……。私の痺れた舌は、まだ次の刺激を求めていますのに……」
ロゼッタが名残惜しそうに唇を湿らせ、エミーナは「私は次があるなら、またソースAがいいですぅ」と平和な感想を漏らしている。
そんな一同を見渡しながら、主人公であるシャルロッテは、机の上に置かれた銀のスプーンを高く掲げた。
「皆の者、素晴らしい戦いでした! 視覚を失うことで、私たちはより深く、お互いの心と料理に向き合うことができたわ! この感動を忘れないうちに……早速、企画を考えなくてはね」
「おい、まさか……」
ガブリエルが身構える。シャルロッテは満面の笑みで、次の不穏な爆弾を投下した。
「次は視覚だけでなく、聴覚も遮断しましょう! 名付けて【無音・闇飯・大食いデスゲーム】! 厨房の皆さん、次は音の出ない、かつ口の中で爆発する料理の研究をお願いね!」
「「「オッケー、任せなさい(てよ)!!」」」
緑花組が元気よく返事をする中、ガブリエルの「いい加減にしろーー!」という絶叫が、クリスタリア湖の静かな水面へと、今日も賑やかに響き渡るのであった。




