残夢
5章も大詰めです。
「……大丈夫かい?」
国元さんに声をかけられて、俺は気づく。まだ黒い空間にはいるが、いつのまにか下を向いて座り込んでいたようだ。
顔に涙と鼻水が乾いた感覚が気持ち悪い。
「……はい。大丈夫です。思い出しました。」
鼻を啜って答える。
「そうか。探していた答えは見つかったかな?」
「……これかは分かりませんが……はい。」
「それは重畳。こちらもいい絵が描けそうだとも。」
ホクホク顔の国元さんが満足そうに言う。
「国元さん。改めてお話がーー」
国元さんが優しく笑いながら指を立てる。
「その話は帰ってからにしよう。女の子をあまり待たせてはいけないよ?」
そのままスケッチブックを閉じ、何やら唸っている。
「あれ? ……戻れ。停止。……終了?」
「……国元さん?」
「あぁ。ちょっと待ってくれたまえ。初めてだから戻り方がーーよし、これで、どうだ!」
国元さんが手を合わせると、部屋に行った時と同じく、障子が空間にパッと現れた。
「さぁ。帰ろうか。立つのが難しければ肩をかそう。」
「大丈夫です。」
立ち上がり、出口へ向かう。障子に手をかけるがーー最後に先程まで絵が動いていた場所を振り返る。
「国元さん。……ありがとうございました。そして、ごめんなさい。」
突然の感謝と謝罪に少し驚いた顔をしている国元さんだが、すぐに察してくれたようだ。
「こちらこそ。いいものを見せてもらったよ。ありがとう。そして、すまないね。」
結論はわかった。じゃあそこからどうするかだ。
決意を新たに今度こそ障子を開けてその奥の暗闇へ一歩踏み出した。
♢ ♢ ♢
気がつくと、先程までいた部屋にいる。しゃがみ込んで腕の中には目をつぶった栞がいた。慌てて離して立ち上がる。長々と絵の世界にいた気がするが時間は経っていないらしい。
「悠真!今の光は大丈夫?急いで変身して!」
離れたのに気づいた栞が姿勢を低く保ったまま糸で国元さんを縛り始める!
「ちょ、ちょっと待って!大丈夫!攻撃じゃないから!栞さんストップ!!」
怪訝な顔をしながら糸を止める栞と両手をあげ、苦笑しながら縛られている国元さんを見て、ため息をつきながらさっきの光がなんだったかの説明を始めた。
「……じゃあさっきのは攻撃じゃなくて、国元さんの能力で自分の記憶を見てきたって事ね?」
「うん。全部じゃないけどほとんど思い出したよ。」
「良かったわ。記憶もそうだけど、悠真が無事で良かった。約束もあるのに何かあったら困るもの。」
栞があさっての方を向きながら言う。
「わかっていただけたところで解いてくれないかな?」
正座してスケッチブックを取り上げられて両手を縛られた国元さんが、苦笑していた。
「はやとちりで縛り上げてしまい、申し訳ありませんでした。」
ほどきながら栞が謝罪する。
「いや、こっちも思いつきでいきなりやってしまったからね。正直何が起きるか私にもわかってなかったし。警戒するのは当然だとも。」
ふと思いついたので尋ねてみる。
「もしかして、国元さんの力を使えば栞の事もわかるんじゃないか?」
「えっ……そうね。どうなのかしら……」
なんとも煮え切らない表情に聞かない方が良かったかなんて考えていると、
「いや、申し訳ないがお嬢さんのは難しいね。」
国元さんから断られた。
「どうしてですか?」
「うーん、さっき君の記憶に繋いだ時にね?僕はお嬢さんにも同じことをしてたんだよ。お嬢さんの記憶もどんなものかと気になってね。」
栞の表情がこわばったように見えた。
「でも、入れなかったんだよね。言い方が正しいかはわからないけどまるで何かに弾かれたみたいに君の記憶には入れなかったんだ。」
鉛筆で頭をかきながら続けている。
「僕もあんな事するのは初めてだからさ。よくわからないけど、とにかく君の記憶は見られなかった。残念だよ。君ロボットとかじゃないよね?」
「私は……人間です。人間のはずよ。」
表情はあまり変わらないが、栞が明らかに狼狽えていた。
「ところで国元さん、お話の続きをしたいんですが。」
「……外でどうだい? 多分、今は素晴らしい景色になっていると思うよ?」
提案に乗り障子を開ける。再び光の中を通り抜けるとーー
外は夜で星空が広がっている。そして地面は一面の水たまりになっていた。
パシャ、パシャ、パシャ……静かな外に水音がいやに大きく響く。
一歩出す度に波紋が黒い水面を揺らしていく。
「わぁ……!」
「すごい……」
風一つない水面は鏡のように星空を映しておりまるで自分を中心に上下に宇宙があるかのような不思議な感覚を与えてくる。普段は手の届かない星々が足元に広がり空を歩いているかのようなーー見ていると吸い込まれそうな景色だ。
「ウユニ塩湖って知ってる?ここはそこに良く似てるよ。僕も行ったことは無いんだけどね。」
上下を星空に挟まれた国元さんが言う。
「昔写真の雑誌で見てね。それから憧れの場所だったんだよ。ずっと行ってみたいと思っていた。頑張って頑張って……いざ、自由に行けるようになった頃には体力的な面で行けなくなってしまった。」
国元さんが聞いてくる。夢ではこんな事ができる。それでも帰る意味はあるのかと。
その問いかけに、俺はーー
「国元さん。」
「なんだい?」
「俺にはーーあなたのユメを否定する事はできません。」
国元さんは黙ってこちらを見つめている。なんとなく目を逸らすが水面に映った自分と国元さんを見て、国元さんを見つめ返す。
「俺は……俺も、ユメの方がいいと思っています。現実ではできない事ができて、見たいものが見られて、妹にも会える。」
「でも、俺は妹に……澪に起こされました。現実を生きなければならないと。」
見てきた記憶を振り返る。澪の話を聞いて泣きながらも受け入れていった自分を思い出す。
「今までの俺は……栞や他の仲間に言われて、なんとなく、そうすべきだって人を起こしてきました。」
「ユメセカイの方が素晴らしいし魅力的だとは思います。それでも……俺はあなたを起こします。自分勝手と言われるかもしれませんが、俺はあなたに現実に帰ってほしい。」
「……それが君の答えかな?」
否定もせず、国元が淡々と聞いてくる。
「はい。ここは素晴らしい場所だと、心から思います。それでも、現実に戻ってきてほしい。あなたがいなくなったら悲しむ人たちがいます。俺もあなたともっと話がしたいです。どうか、俺たちと一緒に来て、起きてもらえませんか?」
国元さんに手を伸ばす。国元は手を見つめて考えている。
「……残念だが、答えはノーだ。」
わかってはいたが、伸ばした手は届かない。出した手をそっと下げる。
「君と妹の話は素晴らしい話だと思うし、君がそういう考えになるのはわかるよ。そのうえで、すまないね。君は妹に救われたのかもしれないが、それは私や他の人にとっては夢を捨てる理由にはならない。」
栞が緊張しながら見つめてくる。
「……ですよね!そう言われるとは思ってました。」
国元さんが拍子抜けといった感じの顔をした。なのでーー
「じゃあ今日は帰りますが、また起こしにきます。」
「これは俺のエゴですが、あなたに現実でも会いたいです。もっとあなたと話がしたい。あなたに生きていてほしい。だからまた来ます。たくさん話して国元さんも帰りたくなってくれたらーーその時は一緒に帰ってください。」
拍子抜けという感じだった表情に驚きの顔が混ざる。
「あっはっはっはっは!!また来るか!こんな老人のところに来てくれるのか!!!」
国元さんがお腹を抱えて笑い出す。
「っはっはっは……いいとも。また来なさい。ぜひ考えを変えて見せてもらおうじゃないか。」
国元さんがとても楽しそうに言った。
「はい。また来ます。今度は仲間も一緒に。がっつり説得しますので覚悟してくださいね。」
再び手を伸ばす。
「いいとも。またお茶とお菓子くらいはご馳走しよう。」
今度はしっかりと握り返してくれた。
「さぁ。もう帰りなさい。私は次の景色に変わる前にここを描きたいんだ。」
栞と顔を見合わせた。
「国元さん……すみません、私たち出口がわからないんです。」
「? どういう事かな?」
「景色が変わった際に入ってきた場所がわからなくなってしまって……まさかとは思うんですが、空間に亀裂が入っているような場所を知りませんか?」
「ん〜あれかな?」
少し辺りを見渡した国元さんが鉛筆で指した方向に少し遠いが確かに裂け目が見えた。
「国元さん、見えるんですか!?」
「たまに見えるんだよ。今日はとてもはっきり見えるが……景色の邪魔でしかないがね。」
「またおいで。君の見つけたものがこの景色よりも素晴らしいものであると教えてくれ。」
「はい!ありがとうございました!」
星空の上を裂け目に向かって歩き出す。
「真琴さん、心配してるかなぁ……」
「そうね……出たらすぐに連絡しないとね。」
「説得も失敗しちゃったしなぁ。」
「その割には嬉しそうだけど?」
「嬉しい……とは違う気がするけど……なんだろうな。抜けてたものが戻ってきたみたいな……よくわからん。」
頬をかきながら考えるがやはりよくわからない。
「ふーん。まぁいいんじゃない?」
栞はさっさと裂け目に入っていった。
入る前に、少し振り返る。綺麗な上下の星空を目に焼き付け、俺も裂け目に入った。
♢ ♢ ♢
「……行ってしまったか。」
久々に賑やかだったし、気を使ったからやはり人付き合いは苦手だ。だが、面白い。とても面白かった。
人と会うのは景色を見るだけよりも面白い事があると教えてもらった。
「……頑張れよー天城君。自分を通すのは大変だぞ。」
濡れるのも気にせず腰を下ろす。星の光が優しく照らしており、少し暗いがスケッチには十分だ。
風一つない塩湖に鉛筆の走る音が響く。
これを描いたら久しぶりに人をちゃんと描こう。テーマはそうだな……あれがいい。そのままタイトルにしよう。
「見てもらえるのが楽しみだ。」
考えながら鉛筆を動かす。その顔は満足そうに笑っていた。
♢ ♢ ♢
時間の流れが違ったのか思ってたよりは時間は経っていなかった。それでも、心配した真琴さんが国元さんちに車を降ろし、探そうとしているところに帰還した。
その日はもう報告で手一杯だったため、翌日、みんなで行くことにしたんだ。
次の日、みんなが集まり次第、車で国元さんのセカイに向かう。
「話だけ聞くと思ってた以上にヤバい人だねー。」
「大丈夫。きっと真琴とは気が合うわ。」
「どういう事!?」
「レベル4なんじゃろ?話はできるようだが……本当に大丈夫か?」
九条は少し心配そうだ。
「大丈夫だと思います。話は通じる人だし……たぶん。」
「私も大丈夫だと思うわ。話は通じにくいし向こうのペースに乗せられやすいけど……それに何かする気があったらあのまま私たちを閉じ込める事だってできたと思うもの。」
「ならええが。」
「それよりも景色ですよ! 綺麗なんですよね? いいな〜私なんて九条さんとサーキットでバイクレースですよ? ガス臭いし汗臭いしで……羨ましいです!」
……ひまりも昨日色々あったようだ。
「そろそろ着くよー。」
着陸し、裂け目へ向かう。そこには見た事ない綺麗な景色と優しい老人が待っている。
はずだった。
「あれ?」
裂け目が見当たらない。無くなっている。
「本当にここなの?」
「はい。この小さい鳥居をくぐったここに昨日はあったんです。」
「私もその認識よ。」
「裂け目がなくなる……そんな事があるのか……面白いね。レベル4だからなのか国元さんだからなのか……自分で起きちゃったのかな?いや、裂け目の位置が変わる可能性だって……」
真琴が集中し始める。
「真琴、一旦ストップ。」
「無いものは仕方ないわ。どうするのかを決めましょう?」
「……そうだね。うん。じゃあリストが車にあるから行きたいセカイを考えといて。」
決まったら教えてと言い放ち再び集中に戻る真琴。
「……無いものはしょうがないわ。明日またきましょう?」
「あぁ。そうだな。」
残念ではあるがしょうがない。また出直そう。
増えているというレベル3のリストに意識を戻した。
♢ ♢ ♢
次の日。起きた俺はなんとなくつけたニュースを見てくわえたパンを落とした。
ーー訃報です。昨夜遅くに世界的芸術家の国元定春氏が自宅で息を引き取りましたーー
ラストには驚いていただけたでしょうか?予想通りでしたか?感想などいただけると嬉しいです。




