想夢
幼い俺の前に光が集まっていく。色々な光がまるで踊るように跳ねたり爆ぜたりしながら、段々と球になっていく。
「いよいよか……」
国元さんが同じくらい目をキラキラさせながら見つめている。
俺はーー俺はこの時何を願ったんだ?
自分の事なのによくわからない。国元さんは記憶を描いてると言っていたが、この光景だって他人事のような、映画でも見ているかのような不思議な感じだ。
「僕は……」
白黒の俺が動き出す。
「僕は……ガシャグシャガシャグシャ!」
「!? 国元さん!」
肝心なところに紙を丸めたかのような耳障りなノイズが走る。記憶の中の俺もまるで折られたかのように歪んで動かなくなった。
「ちょっと待ってくれ……なんだこれは!? ……ここだけ記憶が完全に無いのか?」
国元さんがスケッチブックを手にぶつぶつ言っている。
「酷い! 一番の盛り上がりじゃないか! すごく期待して待っていたというのに!」
「ここだけ無いなんてそんな事……まるで誰かがここだけ隠したかのような……」
パタン
国元さんがスケッチブックを閉じる。
「すまない天城君。一番盛り上がってる所なんだが、肝心なところの記憶が欠けているようだ。残念だが記憶の旅はここまでだ。」
「待ってください!」
引き止めなければ。ここも見たいが、俺が見たいのはこの先。どうやって、何があって起きたのかだ。
「お願いします。もしこの先が見れるなら、俺が起きるところまで見せてください。」
「いいとも。やってみよう。」
国元さんが再びスケッチブックを開く。
薄々わかってはいた。俺は元々レベル4だったのだと思う。だとしたら何故NESTが調べた時にはレベル3だったのか? もし、俺に陽太くんと同じ事が起きているとしたらーー澪が眠り続けている手がかりがそこにはあるかもしれない。
「ここら辺からなら行けるかな?」
再び空間に白黒の線が走り始める。線が重なり濃くなり立体に見え始める。
「ここはどこだい?時間は大体さっきの2、3日後くらいかな?君の体感時間だから現実とは違うかもしれないが。」
「俺の部屋ですね。」
描かれた部屋のベッドの上に幼い俺が膝を抱えて座っている。
バーン!!
ドアが急に開いた。そこには事故に遭う前と全く同じ姿の澪が人形を持って立っていた。
「お兄ちゃん!遊ぼー!」
幼い俺は、目の前の自分で作ったはずの少女を見つめている。顔は無表情で、目は澪を見てはいるが葬式の時と同じような目をしていた。
「…………」
「遊ぼうよー。何する? アストレンジャーごっこする? それともビデオ見る? 今日は特別にどの回にするか全部お兄ちゃんが選んでもいいよ?」
澪がぴょんぴょん跳ねながら話しかけているのに幼い俺は無反応だった。何をしてるんだ。
「へいへいへい!また無視かい!いー加減元気出して遊ぼーよー。」
ベッドに上がり跳ねながら幼い俺の体を揺らす澪がいた。
「………………ない。」
顔を伏せた俺が何か呟く。
「お前は澪じゃない。」
「っ!!」
見ている俺にダメージが来る。なんだこれは。俺は澪に何を言ってるんだ?
「帰れよ。」
顔を伏せた俺が澪に言い放つ。
「嫌。」
「帰れ。」
「いーやーだー。」
澪がベッドの隣に座り込む。
「なんでだよ!帰れよ!お前なんて……」
「だってお兄ちゃん寂しいでしょ?」
「寂しくない!」
「嘘だー。」
「嘘なんかじゃ……」
「じゃあちゃんとこっち見て?」
「うるさいうるさいうるさーい!」
そんなやり取りを今の俺はただ見ていた。息が荒くなり、胸が苦しい。過去の自分なのに覚えていない。自分じゃ無い誰かを見ているようだった。
「俺……澪にこんな酷いことを言ってたなんて……なんて自分勝手なことを。」
「……そうだね。」
国元さんはじっと見ている。
「でも、今は妹さんをよく見た方がいいと思うな。」
「澪を……?」
場面が進んでいく。幼い俺の前で、澪が笑って話しかける。
何度拒絶されても。何度追い返されても諦めずに話しかけ、怒られたら落ち着くまで黙ってそこにいる。
そして少しずつ幼い俺が顔を上げるようになっていった。澪と話をして、一緒に食事をし、テレビを見る。会話が増える。段々と幼い俺に表情が増えてくる。
「……。」
俺は何も言えなかった。
やがて、幼い俺が澪に笑いかける。事故の前と変わらない笑顔がそこにはあった。
もういくつ場面を見ただろうか。笑顔を取り戻した悠真はすっかり元気に以前のように遊べるようになってきた。
そんなある日、いつもと変わらぬ様子で澪が言う。
「ねぇ、お兄ちゃん。そろそろ起きよっか。」
今日何する? くらいに淡々と澪はこの偽りの日々に終わりを告げた。
「……え?」
幼い悠真の動きが止まる。
「今日もアストレンジャーごっこするんじゃないのか?」
「ごめんね?」
「ごめんねじゃなくて!なんで?」
「起きなきゃいけないから。」
澪は笑っている。外から俺が見ているとなんだか寂しそうな笑顔に見えた。
「もう大丈夫でしょ? お兄ちゃん、ちゃんと笑えるようになったし。ご飯も食べられるし、遊べるし。だから……もう、ここにずっといる必要はないんだよ」
「嫌だ。」
幼い俺が即答する。
「え?」
「嫌だよ。起きたくない。」
悠真は澪の手を掴む。やっと澪の意志が固いのに気づいたらしく、表情や声が必死になる。
「ここにいれば澪がいる。毎日一緒に遊べる。テレビも見られるし、ご飯だって食べられる。だったら……ここにいたっていいじゃん。」
「お兄ちゃん……」
「現実に戻ったら、澪はいないんだろ?」
澪が黙る。
「だったら、ここがいい! ここにいた方がいい!」
「でも、ここは夢だよ?」
「それでもいい!」
声が大きくなる。
「夢でもいいよ! だって澪がいるんだから!」
「……」
「俺、もう寂しくないんだ。澪がいるから。ずっとここにいればいいじゃん。そんなこと言わずにさぁ。」
澪は少し困ったように笑った。
「そっか……」
そして、幼い悠真の隣に座る。
「じゃあさ。もし、このままここにいたらどうなると思う?」
「ずっと澪と遊べる。」
「うん。でも……お兄ちゃんは、ずっとはいれないよ?このままだと現実のお兄ちゃんはきっと倒れて起きなくなっちゃう。」
「別にいい。」
「友達のことも、お父さんやお母さんのことも?2人だってきっと立ち直ってお兄ちゃんを待ってるよ?」
「……」
「学校のことも、今まで住んでいた家も。全部忘れていって……最後には、自分が生きてるのかもわからなくなって死んじゃうかもしれないんだよ?」
幼い悠真が拳を握る。握った手が震え出す。
「……それでもいい。」
「本当に?」
「いいよ。」
幼い悠真が澪の手を取り強く握る。
「澪がいるなら、それでいい。」
澪はしばらく黙っていた。
「……じゃあ、こうしようか」
「別の方法?」
「このセカイで過ごしたことを、少しずつ忘れるのはどう?」
「え……?」
幼い俺は何を言われたかよくわからない顔をしている。
「待って……忘れるって……何を? まさか……全部?」
悠真の顔が青ざめる。
「嫌だ!」
今度は澪の腕を掴んだ。
「それじゃあ……俺、澪のこと忘れちゃうじゃん!」
「ううん。全部じゃないよ。ちゃんと私がいた事は覚えていられる。」
「でも、今みたいに覚えてられないんだろ?」
「……うん。そういう所はするどいなぁ。」
「そんなの嫌だ!」
悠真の目から涙がポロポロと溢れていく。
「澪がいなくなったら、俺はどうやって生きてけばいいんだよ……。また一人になるじゃん……」
「一人じゃないよ。みんないるでしょ?」
「そこに澪がいないと意味ないよ!」
涙が止まらない。ひたすらに駄々を捏ねて嫌がっている。
「俺のせいで澪がいなくなって……せっかくまた会えたのになんで忘れろなんて言うんだよ!」
「……お兄ちゃんのせいじゃないよ。」
「俺のせいだろ!?俺があそこで走ってなければ!近道しなかったら!!ちゃんと澪を待ってたら!!!」
途中で澪が幼い俺を抱きしめる。
「お兄ちゃんのせいじゃないよ。それは絶対に違う。私があそこでああなるのはきっと運命だったんだよ。誰のせいでもないし、どうすることもできなかったの。」
少し離れた澪が両肩に手を置いたまま幼い俺の顔を見つめる。
「お兄ちゃんまで私と一緒にきちゃダメ。お兄ちゃんは私の分まで生きて生きて……私が生まれ変わるまで話せるくらい面白い話が溜まったら話に来て?」
「ふっ……ぐっ……うぁぁぁん。」
俺が泣いている。不細工な顔でどうにもならない事に対して泣く事しかできない。
幼い俺が手を振り解き、澪を指差す。
「今ここにいるじゃん! なのに、忘れろなんて……忘れろなんて……!」
「お兄ちゃん。」
澪が再び近づき、悠真と目を合わせる。
「大丈夫。ここでのことは忘れても、夢ではまた会えるようにするよ。」
「……夢?」
「うん。眠ったら、ここで会える。」
「……本当に?」
「もちろん。」
澪は笑った。
「お兄ちゃんがちゃんと起きて、ここでのことを忘れても、夢の中で会えるから……その時はまた一緒に遊ぼう?約束する。」
「……約束?」
「うん。約束。必ずまた夢では会えるから。」
「でも……」
「アストレンジャーごっこもできるよ!」
「……」
「お兄ちゃんはレッドで、私はピンク」
「……いつもそれじゃん。」
「だってピンクがいいんだもん。」
澪が笑う。その笑顔を見ていると、胸の奥がまた苦しくなった。おそらく幼い俺も同じだろう。
「……嫌だ。」
「うん。」
「起きたくない。」
「うん。」
「澪と離れたくない……」
「うん。」
「ずっと一緒にいたい……」
「……うん。」
澪は何も否定しなかった。ただ、泣いている幼い俺をそっと抱きしめる。
「ごめんね、お兄ちゃん。」
「嫌だ……澪……」
「大丈夫だよ。」
澪が幼い俺の背中をゆっくり撫でる。俺は撫でられていないのにそれを感じる。撫でられたのを覚えている。
「また会えるから。」
「……いや……だ……」
悠真の声が少しずつ小さくなる。
「うん。今は嫌でいいよ。」
「だから……今はゆっくり寝よう?」
「……澪……」
「おやすみ、お兄ちゃん。」
最後まで嫌だと呟きながら、幼い俺が眠りにつく。段々と滲んでいく中で澪は最後まで俺を抱きしめて背中をさすってくれていた。場面が滲んでいるのは記憶のせいか俺の涙かわからなかった。そんな滲んだ中2人を中心に眩しく優しい光が出る。陽太くんの時と同じだ。光がセカイを埋め尽くしていく。ーー俺はもう立っていられなかった。
書き切りました。寝ます。感想、評価などいただけると嬉しいです。特にこの回はみなさんがどう感じたか知れると嬉しいです。




