回夢
事故描写があります。苦手な方はご注意下さい。
国元さんからの問いかけに答える事ができない。理屈ではわかってる。起きなきゃいけないし、夢ではなく現実を生きるべきだ。
ただ、そう答えればいいのにできなかった。澪と過ごした日々があるから、現実よりも夢を選ぶ気持ちはよくわかった。
「…………」
「どうしたんだい?君はすぐに現実を生きるべきだーとか夢に逃げるなーとかいう色んな人がよく言う一般論を言ってくると思ってたんだが……」
こちらを見つめる国元の目が細まる。
「いや……まてよ? ……そんな事があるのか? いや、そう考えると……」
徐々に国元のテンションが上がっていく。
「天城くん……さっき出会う前に話してた妹さんについてなんだけど……」
「っ!」
「悠真!」
思わず反応してしまった。立ち上がり、ベルトに手が伸びている。
「あっはははっはっ!! これは傑作だな! 面白い、本当に面白いよ! 久しぶりに人を描きたいと思ったらもう1人も描きたいと思わせてくれるなんて。」
高笑いした挙句、はぁはぁ言いながら国元の手がスケッチブックと鉛筆に伸びると、こちらに鉛筆を向けてきた。
「君――夢の方が現実よりもいいと思ってるね?」
顔が強張る。体が固まり、指先から冷えていく。耳の奥ではドクンドクンと鼓動がうるさい。そんなわけない。俺は……現実の方が……
「国元さん!それは失礼では……」
諌めようとしてくれた栞がこちらを見て固まる。そんなに酷い顔をしているんだろうか。いや、きっと歪んでいるんだろう。
「いや、失礼した。こうしていきなり描こうとするから怒られるんだよなぁ。」
鉛筆をしまい頭をかきながら下げる国元さんを見て俺もゆっくり息を吸う。
「ずけずけとすまなかった。申し訳ない。君にもお嬢さんにも色々あるんだろう。」
国元さんが腰を下ろして頭を下げている。なんとか落ち着いて腰を下ろす。
「いえ、僕も反応し過ぎました。申し訳ありません。」
「そうかい?じゃあお互い様ということで。」
ニヤッと国元さんが笑う。やはりくえない老人だ。
「現実がいいと言い切れないのは妹さんが絡んでるんだろう? 良かったら話してみないかい?」
話してみたくはないが……
「大丈夫?嫌なら無理に話さなくても……」
「もちろんだ。無理に話す必要はない。ただ、悩んでいる事を人に話して意見をもらうという事には効果があると私は思うよ。行き詰った時に自分以外の視点からもらえる意見というのは時に貴重な物だったりするからね。」
丁度思い出しかけていたのもある。もしかしたら話しているうちにまた思い出すかもしれない。
「じゃあ……聞いてもらえますか?栞にも改めて聞いて欲しい。」
「もちろんだとも。」
国元さんがにこやかな笑顔で言う。完全に信用するわけではないが……仕方ない。
「俺には……澪という妹がいます。」
♢ ♢ ♢
火の粉の跳ねる音をBGMに俺は澪との今までの事を話した。仲が良かった事、……事故の事。ユメセカイで一緒に過ごしている事。
2人とも黙って聞いてくれている。
「……なるほど。それで今は眠っていると。夢の中で寝ていると言うのもおかしな感じがするが、まぁそこはいい。」
国元さんがお茶を啜る。俺も飲もうと茶碗を見ると空だった。話しているうちに飲み干したらしい。
「一番気になるのは妹さんを亡くした直後の話かな。そんな大変な中でよく耐えたね。親も頼れない中で自分で心を保つのは大変だったろうに。」
「まぁ……よく覚えて無いので。」
「もう一点確認したいんだが……言い方が直接的だったらすまない。君が妹を創ったのはいつ頃だって?」
「それが……よく覚えて無いんです。気がついたらユメの中でそばにいてくれたので。」
「ふむ……いや、わからないな。可能性は考えられるが……それで描くのは……やはり……見たい!」
何やらブツブツ言いながらテンションが上がっていく国元さんを見て、また怖さを感じる。
「しかしどうすればいい……?景色ではダメだ。もっと直接……描くか?いや……これではいけない。なら……」
国元さんのスケッチブックが光だす!
「国元さん!?」
「何をして……」
「うん!これならできそうだ!」
光るスケッチブックを持った国元さんが立ち上がる。栞と共に立ち上がり壁際まで下がった。栞が糸を繋いでくる。
《次何かあったらすぐ変身する!フォローと拘束を頼む!》
《わかった!》
「そんなに警戒しないでくれ。私にも何が起きるかわからないが……まぁ悪いようにはしない。私は君を描きたいだけなんだ。」
国元さんがスケッチブックをめくると虹色の光が溢れ出す!
「変しーー」
間に合わない。せめてもと栞を引き寄せ庇う形を取る。再度2人を眩しい虹色の光が包み込み、まだまだ光は広がっていくのを最後に意識が途絶えた。
♢ ♢ ♢
飛び起きる。
「栞!」
いない。変な感じの場所だ。暗闇の中に浮かんでいるようでしっかりと地面の感覚がある。だが、どこか懐かしい安心する感じがする。
「まぁまぁ落ち着きたまえよ。」
いつの間にか隣に国元さんが立っていた。
「何をした!へんーー」
ベルトがない。
「君自身記憶が曖昧みたいだからね。僕が君を描くためにはその辺りも欲しいんだ。だからついでに思い出させてあげようと思ってね。」
「何を言ってーー」
「ほら、始まるよ?」
国元が指した方から白い光の玉が近づいてくる。暖かく優しい色をしたその光に惹かれて触れようとすると、玉が眩しく光った。目を開けていられない。
再び目を開けると、そこはモノクロだがどこかの家のリビングだった。
どこかとは言ったが見覚えがある。完全に一緒では無い。むしろこれはーー
「昔のうちだ……」
見ているうちに家の細部の所まで作られていく。まるで鉛筆で世界がどんどん描かれていくように。どこか懐かしい風景ができあがる。
「国元さん……これは?」
「君の記憶さ。正確には、君の身体に残っている記憶を私が拾って描いている。というのが正しいかな?」
「俺の……?」
「ああ。だから完全に同じではない。人間は物事を都合の良いように認識する生き物だからね。」
そうしている間にもどんどん描かれていく。段々と色もつき始めた。
「記憶というのは面白いものでね。覚えていることだけじゃない。自分では忘れたと思っていることも、身体は覚えているんだ。それだけじゃ無い。自分では気にしていない見たものや聞こえた音。意外と覚えているものだよ?」
国元さんが楽しそうにスケッチブックをめくる。
すると、リビングの中心辺りに何かがすごいスピードで描かれ始めた。黒い線が重なり、立体になっていく。あっという間に小さな子供が二人描かれた。
「……俺だ。」
そこにいたのは、幼い頃の俺だった。そして、その隣には――
「澪……」
幼い澪がいた。
モノクロの2人が動き出す。部屋を駆け回り、テレビの前に座った
テレビから聞こえてくるのは、聞き覚えのある音楽。忘れるはずがないOPだった。
『星神戦隊アストレンジャー!』
「うわ……」
懐かしさに思わず声が漏れた。子どもの俺が赤い人形を手に持っている。
「お兄ちゃん、またレッド?」
隣の澪が笑っている。
「だってレッドが一番かっこいいだろ!」
「じゃあ私ピンク!」
「澪だっていつもピンクじゃん。」
「だって可愛いもん!私にピッタリでしょ?」
「自分で言うなよ。」
「いいじゃん!」
幼い2人が笑っている。こんな事もあったなぁという気がするが、横から眺めているというのはなんだかーーむずがゆいような恥ずかしいような不思議な感じがする。
「どうだい?」
「……なんか、変な感じです。」
「何が?」
「俺……こんな顔してたんだなって。」
画面の中の俺は、何も考えずに笑っている。
今の俺とは全然違う。
「……俺って、昔はこんなに笑ってたんだ。」
国元さんは何も言わなかった。
ただ、静かにスケッチブックへ鉛筆を走らせている。
遊ぶ2人を中心に景色が少しずつ変わっていった。
俺達はいつも一緒にいた。友達だっていたけど、澪と過ごすのが一番楽しかったんだ。
公園の遊具で遊び回り。家の中ではゲームをしている。あ、喧嘩が始まった。仲直りしてまた笑って転げ回っている。
どれも完全な記憶じゃないのか細かい部分はぼやけている。場面が飛ぶ事も多い。けれど、不思議と何をしていたのかは分かった。
「こんなに記憶が出るなんて随分仲のいい兄妹だったんだね。」
「……はい。」
「澪ちゃんはああいう子なんだね?君はーーややお兄ちゃんとしてはかまいすぎな気もするが。」
「どういう意味ですか?」
「妹を気にして、守って、振り回されている。あれでは自分の友人関係には支障があっただろうに。」
「反対なんですよ。」
「??」
「澪はーー昔から元気でした。みんなからも人気があって友達も多くて。俺はどちらかといえば身体が弱くて……よく風邪を引いてました。そんな俺に澪が構ってくれてたんです。俺は……澪の前だけでも強くてカッコいいお兄ちゃんでいたかったんです。」
「……なるほど。」
国元さんが笑う。
「お互いに大好きで守り合ってたんだね。」
「?……澪は、昔からあんな感じでした。」
自然と口元が緩んだ。
幼い2人が部屋から出ると景色が止まる。まるで続きを描くのを躊躇っているかのように。
「……国元さん?」
「少し待ってくれ。君の記憶がぐちゃぐちゃなんだ。」
国元さんがスケッチブックに鉛筆を走らせる。
シャッ、シャッ、シャッ――。
懐かしい家が崩れ、変わりに道路に変わる。横断歩道に信号。よく晴れた青い空が描かれていく。
「ここは……」
国元さんの声が少し低くなる。
「多分見たくは無いと思うが……そういった調整ができなくてすまない。」
景色が所々モノクロのままで動き出す。
「君があまり覚えていないところだね。少し景色が曖昧だ。」
「……事故現場……です。」
その言葉を口にした瞬間、胸が締め付けられた。
目の前の信号が点滅している横断歩道を幼い悠真が駆け抜けていく。後ろから澪がいつものように笑いながら走ってくる。
「待って。止まれって!」
俺が一歩踏み出す。
「澪!!!」
景色が歪んだ。描かれているものが安定しない。
誰かの叫び声。
所々白黒な風景に赤いものがはっきりと見える。それは倒れている澪を中心にどんどん広がっていった。
見ているだけで血の気が引いていく。うまく立っていられない。膝をつく。頭がうまく働かない。
「大丈夫かい?」
「救急車が来れば……病院に行けば大丈夫って……ずっと思ってたんです。」
「……俺、こんな時でも……」
自分の声が震えていた。頬を涙が伝う。
「何も分かってなかったんだ。」
国元さんは何も答えない。スケッチブックを閉じることもない。
ただ、じっと俺を見ていた。
また景色が止まり、変わっていく。白黒の建物が描かれる。そのまま動き出したという事はよく覚えていないんだろうか。
線香の匂い。黒い服を着た人たち。
「あぁ……」
澪のお葬式の場面だ。
お別れの時の澪の顔は眠っているように見える。
「……。」
俺は動けない。幼い俺も立ち尽くしている。
会場では顔のない黒い服の人がたくさん動き回っている。
泣いている人がいる。俺にも声をかけられている。
でも、何を言われているのか分からない。話し声は聞こえるが認識できなかった。
「気持ちは察するよ。……辛かったね。」
「いいえ……多分本当に辛かったのはこの後です。」
パァン!
幼い悠真が叩かれた。他が何を言っているかわからない中でこの顔の見えない人のいう事だけはっきり聞こえた。
「あんたが……あんたのせいで澪が!!あんたのせいで!」
まわりの大人が叩いた人を取り押え、またよくわからない話が始まった。
頭の中が妙に静かだった。
「泣かないんだね。」
国元さんが小さく呟く。
「……分からなかったんです。」
「何が?」
「これが……本当に起きたことなのか。」
場面が変わる。幼い俺が、夜道を歩いている。景色は完全にモノクロだ。前は向いているが何も考えられなくなったような目をしていて、ふらふらとあてもなく彷徨っている俺がいた。
その姿を、今の俺は少し離れたところから見ていた。
「……なぁ。」
思わず近づく。でも、触れることはできない。
「あぁ……俺、こんな顔してたんだ。」
今まで、自分がどうしていたのかなんて考えたこともなかった。ただ、覚えていないんだって、そう思っていた。
でも違う。覚えられなかったんだ。あまりにも突然で。あまりにも大きすぎて。心が受け止められなかったんだ。
景色がまた変わる。
家だ。でもさっきまで見ていた家とは違い、色がない。色は無いのにすごく寒々しい。幼い悠真がふらふらと部屋に行き布団に入ってーー眠った。
「……一週間くらいほとんど起きなかったんです。」
「そうなんだね。」
国元さんが頷く。
「君の身体は起きようとしていた。でも、心の方が起きることを拒んでいたんだろうね。あれの後じゃ無理もないが。」
「……。」
また景色が変わる。
今度は何もない。ただ、暗闇だけ。その暗闇の中に、幼い俺が座っている。
「……ここは?」
「君が眠り続けた、その先だろうね。それこそ君のユメセカイじゃないかな?」
幼い俺は膝を抱えている。何も動かない。ただ、そこにいる。
「……ここが俺のセカイ?」
自分がよく知っている住宅街や町はどこにいったのだろうか。
「まだ違うんじゃないかな。」
国元さんが答える。
「これは、君がセカイを作る前だ。」
世界がまた描き変わっていく。暗闇の端から、何かが生まれ始める。空が広がり道路が敷かれる。家が建ち始めあっという間に俺が知っている、あの世界になった。
「……俺のセカイだ。」
国元さんが鉛筆を握り直す。
「そうか。よくできてるね。」
目の前で、幼い俺が一人町に立っている。
その前には何もない。まだ、何も存在していない。
けれど――その顔には、初めてはっきりとした感情が浮かんでいた。
「……澪に、会いたい。」
幼い俺が呟く。俺は息を止めた。国元さんの鉛筆も止まる。
「……。」
幼い俺が、ゆっくり目を閉じる。
そして――
ここから先に、何が生まれるのか。俺はもう分かっている。
でも、見たことはなかった。自分自身が、何を願ったのか。
その答えを俺はまだ知らない。
幼い俺の前に、最初の光が生まれた。
国元さんが、静かに呟く。
「……さぁ。何を描くんだい?」
光が、少しずつ大きくなっていく。
俺はただ、それを見つめていた。
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