結夢
5章完結です。
午後に入って降り始めた雨が窓を打つ。空は重たい灰色に覆われており、ザーっという雨音が部屋に響く。所長室の中は空に負けずに重たい雰囲気に包まれていた。
「ご報告遅くなり申し訳ありません。現状把握している範囲で国元氏についての報告をまとめました。」
真琴が所長に書類を渡す。
「ありがとう。移動中に読ませてもらうよ。この後また報告と会議でね……君も忙しい中、報告を急がせてすまないね。」
いつも通りの柔らかい笑顔だが、少し影がさしている。午前中から呼び出されて報告会だったらしい。
「……成果を出せず申し訳ありません。会議は大変だったのではないですか?」
「……君たちが気にすることではないよ。何かあったら説明したり責任を取るのが僕の仕事だ。」
頭を下げる。
「いや、いい。本当に君たちはよくやってくれているよ。今回だって眠り病が直接の原因というわけでは無いんだろう?」
「はい。詳しくは検査待ちですが元々体は弱っていたそうです。そこに眠り続けるのが負荷になってしまったのか……関連性は不明ですがあるかもしれません。」
真琴が悔しそうに答える。
「あと、君たちはしっかり仕事をしていたらしいよ?」
「どういう事でしょうか?」
「国元氏は亡くなる日の朝起きていたらしい。」
真琴の表情が変わる。
「起きて、創作活動をいつも通り行い、そのままアトリエで倒れられたそうだ。長時間眠り続けて弱った体を酷使したのが主な原因だろうと話もあった。まぁ寿命と言えばそうなんだろうね。」
「そうですか……それは天城君たちは少し楽になるかもしれませんね。」
説得できなかったが、それ自体が原因では無いとわかった。そしたら悠真たちは少し気が楽になるだろうか。
「いつも君たちが必死に頑張ってくれている事はよくわかっている。今回は残念な結果ではあったがそれによって私の評価が下がることは無いよ。」
本当にありがたい所長だ。この人に拾ってもらえたから私みたいな研究バカがちゃんと研究員をやれている。
「ありがとうございます。今回の件はみんなショックを受けていると思うので慎重に話を聞きながら対応していきます。」
「もう一件頼みがある。すまないが、天城君を今晩呼んでほしい。今のところ時間も場所も未定だが、交通費は全額こちらで持とう。ハイヤーを向かわせるから可能な限り夜のスケジュールを抑えておいてくれ。」
「何かありましたか?」
所長が腰掛けため息をつきながら話す。
「国元氏から遺言のような物があってね。倒れた後、搬送中に救急隊が聞き取ったものだが、本当に最後の言葉になってしまった。」
「それって……」
「その最後の言葉が、国元氏が最後に描いた絵を天城君に渡してくれという内容でね。国としては遺作を個人に渡していいのかとか、支援していた事を理由に国有にしてしまおうとか、色々意見はあるらしい。まだ結論は何も出ていないんだが、ひとまず見てもらおうと思ってね。」
「承知しました。急いで連絡を取ります。失礼します。」
言いながら部屋を出る。ドアを閉めながらスマホを取り出し、メッセージを送る。
一番落ち込んでいるであろう青年が立ち直るきっかけになる事を願って。
♢ ♢ ♢
午後に入って降り始めた雨が窓を打つ。空は重たい灰色に覆われており、ザーっという雨音が教室に響く。講義室の中で空に負けじと頑張る教授を尻目に俺はニュースを調べていた。
(こんな時だっていうのにいつも通り過ごしてるんだよな……)
「………………ぎ。」
(葬式とかやるのかな?参列したいけど、いきなり行ったって受け入れてもらえないよな……)
「…………まーぎ!」
(もっとあそこで引かずに説得してたら、無理矢理にでも連れ出してたら違ったのかな……)
トントン。
隣のあいつから肩を突かれる。うるさいとばかりに
「天城!!!」
「はい!」
「何回呼んだと思ってるんだ。いいか?時間というものは……」
キーンコーンカーンコーン。無情なチャイムが鳴り響く。苦虫を噛み潰したような顔をした教授が一息つく。
「……後で研究室まで来るように。」
研究室を出て、足取りは重いまま家に向かう。何も考えないまま、地面が後ろに流れていくのを見ながら足を動かす。
「よう!大将!」
背中を叩かれ、思わず前につんのめる。
「おぉ?悪いな。強すぎたか。」
「いや、大丈夫だ。」
「そんなに絞られたか。まぁあの教授だからな。仕方ない。俺も前にかなり絞られたからな……」
「あぁ。」
「……本当に大丈夫か? 何があった?」
「大丈夫だって。」
今日はもう帰りたいんだ。
「だめだ大将。気が変わった。今日はなんと言おうと飲みに来てもらう。」
しつこいなぁ。
「ちゃんとこっち見ろよ!今すごく酷い顔をしてるぞ。いいか?そういう時はなぁ、1人で抱え込んじゃダメなんだよ。誰かと話して、溜め込んでるもん吐いて、あんな事もあったなぁっていつか笑えるようにするくらいでいいんだよ。」
顔を上げる。そこにあった顔はいつもの軽薄な雰囲気とは違い、真面目な顔をしていた。
「……話したってしょうがないだろ?今の気持ちをわかってくれるのかよ。」
「はっ!わかるわけねーだろそんなもん。自分の気持ちなんてのはな。他人には絶対わからないんだよ。どれだけ同じような感想を持ってたって100パー一緒にはならないの。」
ため息に両手を上げるジェスチャーまでつけてわからないって言い切りやがった。ムカつく。
「それでもな?話してくれればお前の抱えてる問題を少し軽くしてやる事はできる。一緒に考えてやるし、必要なら怒ってやる。あんまり無いけど金の相談だって乗ってやるさ。」
「…………」
「だから来いよ。少なくとも今のお前の顔を帰る時には少し明るくしてやるのは約束してやる。」
「……わけわからない話だと思うぞ? 聞いてもつまらないかも。」
「それを決めるのは俺だろ?」
「自分でもよくわからないんだよ。」
「じゃあ一緒に考えてやる。」
「何も返せないぞ?」
「そんなもん、来たついでに俺の恋愛相談を聞いてくれれば十分だよ。」
こいつは……
「いいのか? 俺で。ずっと断ってたし、お互いによく知らないだろ?」
「あのなぁ。興味がなかったら誘わないのよ。それにお前に断られて落ち込んでると思ったか? 入学して初日で友達100人作って富士山の上でおにぎり食べた男だぞ。」
「それは盛りすぎ。」
思わず吹き出してしまう。
「じゃあ……」
ヴー、ヴー、ヴー
画面をチラッと確認して、すぐに出る事にする。
「ちょっとごめん。……もしもし真琴さん? …………えっ!そうなんですか? ……国元さんが? ……夜ですか?夜は空いて……あっ。」
友達の顔を見る。目が合うとため息と共にシッシッと手を振られた。
「すみません、夜大丈夫です。何時になっても構いません。家にいればいいですか? ……わかりました。失礼します。」
ツーツーツー
俺は手を合わせた。
「すまん!」
「なぁにいいって事よ。多分悩み事がらみだろ? さっきより少し明るくなってるぜ?」
「あんなに心配して誘ってくれたのにごめん。」
「いいって。次行く時には奢ってくれよ。」
「……あぁ。わかった。またな!」
家へ駆け出す。景色がどんどん後ろに流れていく。
国元さんについて何か動いたらしい。それを知れたら何か変わるだろうか。
♢ ♢ ♢
マンションの前に停まった不釣り合いなくらい立派なハイヤーに乗って向かった先は来たこともない役所みたいな建物だった。
駐車場で降りると真琴さんが自動ドアから出てくる。珍しくスーツだ。いや、礼服か?
「ごめんねーこんな時間に。」
「大丈夫です。それより……」
「うん。すぐに行こう。国元さんからの最後の言葉だよ。」
足音が響く薄暗い廊下を早足でぬけて、重い印象のドアを開ける。
「失礼します。天城君が到着しました。」
いつもとはかなり違う態度の真琴さんだ。
「待っていたよ。こんな時間にすまないね。手続きがかなり面倒で。」
所長が迎えてくれる。それともう1人、ムスッとした固い印象の人が立っていた。
「文化庁、芸術振興部担当の絵本と申します。国元さんの担当をしていました。」
名刺を差し出してくれたので、あわててマナーを思い出しながら受け取る。
「そんなに固くならなくて大丈夫。いつも通りでいいよ。こいつは僕のサークルの後輩だから。」
所長が肩を叩きながら笑っている。
「早速だけど見てもらおうかな。状況は聞いてるね?」
「はい。神代さんから大体はメッセージで伺いました。」
「結構。文化庁としては色々あってね。もしかしたら君に渡すのは難しいかもしれない。まぁ今日はせめて一度見てもらおうと思ってね。明日には返さなきゃいけないから汚さないようにね。」
絵本さんが手袋を出して用意を始める。
「君は一体どこで国元さんと知り合ったんだい?昔から交流があったとかではないだろう?」
「ユメセカイの中です。大変お世話になりました。」
「そうですか。私も夢の中では色々と楽しい事をできているようなのであの世界でなら……とは思いますが……天城さんはよく国元さんのことを覚えてましたね。」
少し言葉を探しているようだ。
「まぁ忘れられなかったのかな? 印象はかなりインパクトある人だから。」
「そうですね……色々なことを言われましたがとても良い方でした。もっとお話したかったです。」
机上に用意ができ、机に敷かれた布の上に絵が載る。借りた手袋をつけると、絵本さんが布をゆっくり持ち上げた。
「それでは、こちらが国元さんの遺作になります。タイトルは『約束』。」
見えてきた絵を見て俺はーーしばらく何も言うことができなかった。
一枚のキャンバスに、上側は最後に見た塩湖での星空。その星空を見上げる形で流木に座った男の子と女の子がいる。ところが水面に映っているのはどう描いているのかわからないが、夕焼けの中で2人が話しているように見える絵だ。
「これすごいですよね。一応置いてあったのはこの向きなんですが、上下を逆転させると夕焼けの中の2人と星空の水面に映った2人に見えるんですよ。」
「…………」
言葉がうまく出てこない。これはあの時の俺と栞だろう。絵からは表情はわからないが、あの時の栞の顔が浮かんでくる。
「見ながらで構わないので、救急隊が聞いた、悠真さんへの伝言をお伝えさせていただきます。こちらは救急隊の対応の録画のコピーになります。救急隊の記録映像を、本人の遺言確認のために提供してもらいました。お知り合いだとショックが強いかもしれませんが……」
絵本さんが持って来た機械から壁に映像を出す。
救急車らしき所で救急隊に処置されている老人が映る。ユメセカイで会ったよりもかなり老けて見えるが国元さんだ。
「処置はもういい……これは撮れてるんだろ? いいか? 最後に描いた絵を……天城悠真君という青年に渡してほしい。連絡先は知らないが……向こうから連絡が来るはずだ。あぁ、約束通りの絵も送ろう。部屋にあるから持っていってくれ。それと……」
酸素マスクを自分で外しながらカメラに向かって国元は話し続ける。
「君たちのせいではない。私は十分に生きた。最後に会えたのが君たちで良かった。ありがとう。」
そういうと動画の向こうで国元さんが意識を失う。救急隊が慌しく動く所で映像は止まった。
「これ以降意識は戻らず、これが最後の言葉となりました。……大丈夫ですか?」
涙が止まらない。俺は少しでも国元さんに何か残せたのだろうか。国元さんを少しでも変えられたのだろうか。それはわからないが、少なくとも最後に会えたのが自分たちでよかったと言ってもらえた。俯いたままお礼が口からこぼれる。
「俺も……お会いできてよかったです。ありがとう。国元さん。」
あのセカイでの関わりは決して無駄ではなかった。その事が、悠真には少し嬉しく、また少し悲しかった。
「天城さん……国元さんからのお話の中にあったもう一枚についてですが、お部屋にあった物だとこのスケッチだと思うのですが、ご確認いただいてよろしいですか?」
絵本さんがもう一枚紙を出してくる。それはスケッチブックから切り取ったような状態で表にはーー
「栞だ。」
「本当。よく描けてるね。」
あの時、夕陽の浜辺で見せてくれた笑顔の栞がそこにいた。
「ですよね。国元さん人物はほとんど描かれなかったからおそらくこれが最後に言ってた約束通りの絵だと思ったんですが。あってますか?」
「所長?」
一緒に見ていた所長が絵から目を離さない。
「先輩?どうしました?」
明らかに顔色が変わっていく。
「なぜ……」
いつもどっしり構えて、落ち着いている所長が明らかに動揺していた。
「なんで……娘がここにいるんだ。」
えっ?なんで所長は今まで栞の事を知らなかったのかって?幕間のNEST REPORTで真琴が栞をどう報告しているかご確認ください。ついでに同話の最初の方の所長の苗字にも気づいていただけると嬉しいです。




