惑夢ー2
長くなりました!一話の最長字数更新です。
……ザザーン……ザザーン……
波の音が聞こえる。見渡す限りの水平線。青い水面に夕陽が溶け込んでいく。空の赤とオレンジ色に染まりつつある海のグラデーションがとても美しい。
そんなムード抜群なサンセットビーチで、俺は栞と流木に腰を下ろして海を眺めている。
……いや、どうしてこうなった。
♢ ♢ ♢
時は少し戻ってー
芸術家「国元 定春」さんのセカイに突入する直前。
「じゃあよろしくねー!」
俺たちを降ろした真琴さんが青い空に飛んでいく。
「現実でも欲しいな。あれ。」
「そう?現実だとどこでも離着陸はできないし、燃料消費もすごいから不便だーって真琴が言ってたわよ?」
「そうか……あれで大学に行けたら楽そうなんだけどな。」
「空を飛ぶのは夢の中だけにしとくのね。」
手を振りながら先に山道へ入っていく。
「なんだって芸術家ってのは変なとこに住みたがるんだろうな……」
整備されているとはいえ山道だ。段々と足が重くなり息があがる。対して栞は息も切らさずに上がっていく。
「栞は……こういう道に……慣れてるのか……?」
「慣れてるか慣れてないかでいえば慣れてないわね。ただ、疲れにくいっていうのはあるかも。」
「疲れにくい?」
「えぇ。ほら見えてきたわ。あと少しだから、頑張って!」
重くて下がっていた頭をなんとか上げると辺りの風景にふさわしい感じのここだけで絵になりそうな木造住宅が建っていた。
息を整えながらそばに行くと栞がキョロキョロしている。
「おかしいわね……裂け目が無いの。」
「えっ!?無駄足!?」
頭の中で高笑いしている真琴に向かって拳を固める。
「でも反応は確かに……あれは?」
家の裏手、さらに山頂の方に続くと思われる道に鳥居が建っている。朱色の塗りは所々剥げてきているが立派な鳥居だ。
「……見つけたわ。」
鳥居の先、小さな祠の前によく見る裂け目が開いていた。
「なんで家じゃなくてこっちなんだ?まさか住んでるわけじゃ無いだろ?」
頭の中の真琴に向けた拳をそっと下ろす。
「ここに思い入れでもあるのかしらね。」
「きっとセカイは神社がモデルかな。」
2人で周囲と裂け目に異常が無いのを確認する。
「……大丈夫そうね。」
静かな風景の中に端末の起動音が不自然に響く。
「真琴、聞こえる?」
『聞こえるよー!遅かったね。何かあった?』
「少し裂け目が予定の位置からズレてたの。」
『なーんだ。私はてっきり悠真くんが坂道でへばってたのかと。』
頭の中の悠真がシャドーを始めた!!
「悠真は……頑張ってたわよ?」
「そこはもう少しフォローしてくれない?」
「ごめんなさい、ダメだったかしら?」
どうして欲しいかは伝わってなさそうだ。
「いや……もういい。」
『なんか面白い感じになってるみたいだけど、とりあえず裂け目はあったのよね?』
「えぇ。」
『じゃあ中の確認をお願い。無理はしなくていいから。』
「わかった。」
『じゃあよろしく〜』
ピボッ
「全く……真琴さんは。」
ため息が出る。
「ごめんなさい……余計なことを言ってしまったみたいね。」
「栞のせいじゃないよ。……いや、そんな事はないか?」
「ひどーい!」
バン!
「痛っ!?」
衝撃の強さに2、3歩前に出る。背中がじんじんと痛い。
「あっ、ごめんなさい、その、仲がいい人達はこういうのを、ごめんなさい、痛かったわよね?」
狼狽える栞を見て、こちらも、
「いや、違くて……びっくりしただけというか!」
パンッ!
「さぁ切り替えていきましょう?まずは世界の確認。できれば主人との接触よ!」
栞が後ろを向きながら説明する。耳を赤く染めたままで。
「はいはい……」
頭をかきながら悠真は裂け目をくぐった。
♢ ♢ ♢
光の幕を抜けると、そこはジャングルだった。
鬱蒼と茂る植物たち。絡みつくツタに背の高い木々。そしてー
「窓?」
よく見るとその窓に悠真達がいる空間が囲まれているようだ。
「ここは……温室?植物園かしら。」
栞がでてくる。
「主人はどこだろう?」
「植物園じゃ想像も難しいわね……出口かしら?」
一応歩道は整備されているようで歩きやすい。
「どっちに行くの?」
「じゃあ左。」
「オッケー。一応糸は繋いでおくわね?はぐれたら探すのは大変そうだし。」
糸がするすると手首に巻き付いた。
「わかった。ここはどうする?あまり動くと戻れなくなるかも……」
「安心して。もう横の木に糸を結んであるわ。」
「さすが!頼りになるよ。」
「そんな事ない。さあ、行きましょ?」
カーディガンの裾を翻しながら栞が先に行く。鼻歌まで聞こえてきそうだ。
♢ ♢ ♢
いい匂いがする中をひたすら歩く。道は平坦だが、暑さと湿気がすごい。
「なぁ……これって……」
「うん。進んでないわね。」
もうどのくらい歩いたかわからないが、一向に壁にたどりつかない。
「もう無理だ!座るぞ!」
ベンチに勢いよく座る。このベンチももう何十個見送っただろうか。
「しょうがないから、ちょっと付き合ってあげましょう。」
隣に栞が座ってきた。
「……疲れないのか?」
「何が?」
「ここまで歩いてきただろ。結構な距離だったと思うんだけど。」
俺は背もたれに身体を預ける。この空間は暑く、湿った空気が肌にまとわりついて、額には薄く汗が浮かんでいる。
「私はあんまり疲れないみたいね。」
「みたいねって……自分のことだろ?」
「そう言われても……気づいたらこうだったんだもの。」
栞は遠くを見ながら続ける。
「私ね……現実の記憶が無いの。」
「どういう事?」
「そのまんまよ?覚えてる1番古い記憶はね、暗闇なの。暗闇の中で誰かと繋がりたい、1人は嫌だーって思ってたら、気がついたらユメセカイにいたの。」
「その後は色々大変だったなーまずは1人であちこち行ったでしょ?色んな人に声もかけたけどちゃんと覚えてもらえないし。不審者扱いされるし。」
わざとか少し口調が明るい。
「そんなわけで、私自身私の事はよくわからないのよ。名前とか一般常識は知ってるけどね?現実には行けないし、私の現実がどういう姿なのかもわからないの。」
話題を変えよう。
「じゃあ疲れにくいのも昔から?」
「たぶん。少なくとも覚えてる限りではあまり疲れたって思ったことないわ。あぁ流石にレベル4のセカイはどこも疲れたわね。」
「体力あるんだな。」
「そうなのかしら?」
「少なくとも俺よりはある。」
「悠真は運動不足なんじゃない?」
「……否定できない。」
返す言葉もなく、俺は天井のように広がる葉を見上げた。
「あぁ、病気になったこともないわね。」
「病気?」
「風邪とか。熱が出るとか。そういうの。」
「へぇ……」
俺は少し考える。
「夢の中だからじゃないか?」
「夢だから?」
「ああ。ここで風邪を引いて寝込んでも、なんか変だろ?」
「そうね……確かに。せっかくのユメなのに病気で寝てるなんて悪夢だわ。」
栞は小さく笑った。
「じゃあ、私が健康なのも夢のおかげなのかもね。」
「かもな。」
それ以上、深く考えることはなく、葉の擦れる音だけが聞こえる静かな時間が過ぎる。栞は少しだけ空を見上げる。
「……そういえばさ。」
「ん?」
「悠真は?どんな子どもだったの?」
「俺か……」
そう聞かれて、子どもの頃の事を思い出す。やはり最初に思い浮かぶのは――。
「……澪と一緒にいることが多かったな。」
「やっぱり澪ちゃんなんだ。」
「ああ。」
少し思い出すとどんどん出てくる。
小さなテレビを見ながら床に座って、それを眺めている俺。その隣には――目を輝かせる澪がいた。
「……アストレンジャーごっこしてた。」
「アストレンジャー?……あぁあなたの力のモデルの。」
「子どもの頃、あれが好きでさ。澪とよく遊んでたんだ。一緒に変身したり、空想の怪人と戦ったり……」
「悠真はレッドでしょ?澪ちゃんは?」
「決めつけるなよ。」
「違うの?」
「……レッドやってる事が多かったな。」
そっぽを向く。
「やっぱり!」
栞がつついてくる。
「なんだよ、その反応は。」
「なんとなく。」
「じゃあ澪は?」
「んーイエロー?いやピンクかな?」
「正解。」
「やった!」
栞が楽しそうに笑う。
「でも、澪の方がよっぽどヒーローっぽかったんだよな。」
「悠真より?」
「ああ。俺は体力なかったから。すぐ疲れちゃうんだよ。お兄ちゃんとしての意地で動いてたことも度々あったしな。」
「そうなの?」
「昔からあんまり体力なくてさ。風邪も引きやすかったし。だから外で遊ぶより、部屋でテレビ見てる方が好きだった。」
「澪ちゃんは?」
「澪は元気だったよ。俺が寝てても、部屋に入ってきて……大暴れしていくんだ。飛びついたりとか引っ張ったりとか、あとは……」
そこで言葉が止まった。何かを思い出しかけている。なのに、あと少しのところで掴めない。
「……何だったかな。」
「無理に思い出さなくてもいいんじゃない?」
「いや……なんか、すぐそこにある感じがするんだよ。」
俺は目を閉じた。
小さな手。
テレビから聞こえるアストレンジャーの変身音。
『気づいて!お兄ちゃん!』
そんな声が聞こえた気がした!
「……あ。」
弾かれたように顔を上げると視界の端が虹色に染まった。
「え?」
栞が立ち上がる。
「悠真、あれ……」
今まで近づけなかった壁が音もなくあっさりと崩れていく。遠くから迫る虹色に触れると壁も植物も音もなく飲み込まれていった。
「走って!裂け目まで!」
2人できた道を駆け出す。全力で走るが光の壁の方が早い。近くから見ると音もなく床も土も剥がれるように光の中へ消えていくのが見えた。
もう一区画前に来ている。
「なんなんだ……あれ。」
「分からないわ!今は走って!」
ダメだ、間に合わない。
「栞!」
叫んで引き寄せた。この手から君がいなくならないように抱きしめる。
光が、俺たちを飲み込んだ。
⸻
……ザザーン……ザザーン……
「……ん」
波の音が聞こえる。下が冷たい。
「……は?」
目を開けると、海が広がっていた。さっきまでいた温室はどこにもない。鬱蒼とした木々も、湿った空気も消えている。
代わりに、水平線の向こうまで続く青い海。空には夕陽が浮かび、赤とオレンジの光が水面に細長く伸びていた。
「あの……そろそろ離してくれる?」
腕の中から声が聞こえる。
「ご、ごめん。」
急いで離して、離れる。
「ふぅ。ありがとう。……これはどうなってるの?」
「俺に聞くなよ……」
栞が辺りを見回す。
「糸は?」
「え?」
自分の手首を見る。栞につながっているはずの糸が途切れていた。
「切れてる……」
「そんな……こっちもだわ。」
栞が慌てて周囲を探す。
俺も立ち上がって砂浜を見回した。
「裂け目は?」
「……見当たらないわ。」
「……嘘だろ?」
どこを見ても海と砂浜。夕日に照らされた海面がキラキラと光るが、他には何も見えなかった。
「どうする?」
「……探すしかないわね」
俺たちは砂浜を歩き始めた。
やがて、栞が足を止める。
「……ないわね。」
「ないな。」
「これはあれね……完全に迷子ね。」
「……マジか。」
俺は砂浜に転がっていた流木を見つけて腰を下ろす。
「ダメだ!休憩!流石に疲れた。」
「賛成ね。多分このままウロウロしても何も見つからないわ。」
波の音が一定のリズムで響いている。沈まない夕日が辺りを真っ赤に染める。
「……さっきの話、思い出せた?」
栞がそっと口を開く。
「ああ」
海を見ながら答えた。
「……少し思い出した。」
「何が引っかかってたの?」
「子どもの頃のこと。」
夕陽を眺めていると、また少しずつ記憶が浮かんでくる。
「俺、昔からあんまり身体が強くなくてさ。風邪を引いて寝込むことも結構あったんだ」
「うん」
「でも、澪は全然違った。元気でさ。俺が寝てる横で一緒に横になったりしてずっと喋ってた。」
「ふふっ。今とあまり変わらないのね。」
「そうだな。」
思わず笑ってしまう。だが、その笑顔はすぐに消えた。
「……澪が死んだ時も」
そこから先が、なかなか出てこなかった。思い出そうとすると頭が痛む。
「……あの時のことは、あまり覚えてないんだ。」
「無理に話さなくていいわ。」
栞が心配そうにこちらを見てくる。
「いや……話してみるよ。」
俺は自分の手を見る。
「葬式の日。式場にいたんだけど……なんていうか、現実感がなかった。」
周りでは誰かが泣いていた。声も聞こえていた。
けれど、自分だけ別の場所にいるような感覚だった。
「泣けなかった。悲しくないわけじゃないんだ。でも……澪が死んだって言われても、頭が理解してくれなくて。……目の前で血塗れの澪を見てるのに、救急車に乗ったら助かると思ってたんだ。」
「……うん。」
「式の途中だったかな。どうしていいか分からなくなって……俺、一人で抜け出したんだ。」
街灯だけがつく道を1人で歩く。冷たい風が頬を撫でるがあまり感じない。目的もなくフラフラしていた。
何を考えていたのかは、まだ思い出せない。
「それで家に帰って……」
そこで、頭の奥にぼんやりとした景色が浮かんだ。
暗い自分の部屋。いつものようにうるさい声は聞こえない。なんだか自分の部屋じゃない気がしていた。
「……寝た。」
「寝たの?」
「ああ。」
自分でも少し不思議だった。
「ほとんどずっと。起きることもあったと思う。でも……また寝た。」
「どれくらい?」
「……たぶん、一週間くらい。」
忘れていた何かを、思い出すまいとするように胸の奥が、きゅっと締まった。
「一週間……」
「家族も似たような状態だったんだと思う。だから俺がそんなに寝てたことも、誰も気づかなかったと思うんだ。俺も気にしてる余裕はなかったし。」
「……」
「でも……」
まだ何かが引っかかる。何かを忘れてる?
『お兄ちゃん』
「……澪が、」
思わず呟く。
「澪が……何か言ってた。」
「何を?」
「分からない。思い出せない。」
目を閉じる。あと少しで思い出せそうなのに。
「……俺を、起こそうとしてた?」
突然、
「ずいぶん面白い話をしているね。」
背後から声がした。波の音に紛れるほど穏やかな優しい声。
「……え?」
俺と栞が同時に振り返る。
そこには、一人の老人が立っていた。よく見ると老人のように見えるが見た目よりは若そうな印象だ。その目には活力を感じる。
白い髪に細い眼鏡。手には一冊のスケッチブック。
腰には鉛筆などが入ったペンケース。
そんな人が俺たちを眺めながら、穏やかに笑っている。そして、俺たちに問いかけた。
「初めまして。こういう景色は好きかな?」
国元定春は、楽しそうに笑った。
そこそこ大事な回です。




