惑夢
5章開幕です。
ピピピ、ピピピ、ピピピ……
目が覚める、今日は何にしようか……うん。決めた。筆にしよう。果たして今日の外はどんな感じか……
なんでもいいや。僕は描きたいものが描ければ。
「さぁ、今日は何に会えるかな。」
障子を開けて外へ向かう。未だ知らない、面白いものを求めて。
♢ ♢ ♢
ピピピ、ピピピ、ピピピ……
目覚ましを止める。目を開けてから、もう何分経ったのか分からない。
重たい身体を起こすとまだ痛みが少し走る。現実では怪我は全くないが体は数日経ってもまだ痛む。
「……大学行くか。」
ベッドから降り、カーテンを開けると、朝の光が部屋いっぱいに差し込んだ。先程まで見ていたユメの部屋と景色が被り、また気持ちが落ち込む。
用意をして部屋を出ると当たり前の日常が動いていた。世界はここ数日のユメセカイでの事なんて何事もなかったように動いていた。
「……平和だな。」
何事も起きない事を感じながら、大学へ行き授業を受けた帰り道。
「よう、兄弟。」
俺には妹しかいないはずなので無視する。
「おいおい兄弟、俺を無視するなんて酷いじゃないか。」
逃げられなかった。
「……悪いけど今相手をしてる気分じゃー」
「俺にな?春が来たんだ!ぜ!」
「………………は?」
思わず反応してしまった。
「いやぁ、昨日な?商店街を歩いてたらよ?急に声をかけられてな?『あなたに運命を感じました。』って言われてさ?そこからあっという間に連絡先を交換して今日会うんだよ。いや〜モテる男はこうでなくっちゃ!ね!」
あぁ……これは。
「なぁ……悪いことは言わない。行くのはやめた方がいい。」
「なんでだよ!」
「いいか?世間ではな?そういうのを詐欺という。」
「何を言ってるんだ?あんな綺麗なお姉さんが詐欺なわけないだろ?」
恋は盲目とはよくも言ったものだ。
「さては嫉妬だな?綺麗系年上お姉さんと可愛い系年下JKを侍らせてるくせに!馬に蹴られちまえ!」
「だからな?あの2人とはそんな関係じゃ……」
「うるせぇ!決起集会だ!飲みに行くぞ!」
ため息が出る。
「悪いが、気分じゃないし、敗戦に関わる気は無いんでね。また誘ってくれ。」
「裏切り者ー!」
わめく悪友に手を振りながら帰路に着いた。
♢ ♢ ♢
「おはようございます。主任。」
「うん。おはよー。」
NESTの調査室。ある意味徹夜明けの真琴が欠伸をしながら答える。
「昨夜もお疲れ様でした。」
「ありがとー。夢の中でまで仕事してると休んでる気がしないね。」
ポキポキと首を回す。
「すみません、僕らも手伝えるといいんですが……」
「だーいじょーぶ。レベル4になんてならない方がいいし、仮説はあるけどどうやってなるかもわからないしね。バックアップや資料集め。いつもありがとう。」
「そう言っていただけると嬉しいです。これ昨晩からのデータです。気になる点があります。」
指された箇所を見る真琴が眉をひそめる。
「これ、数字あってる?今日の分?」
「はい。昨日の夜までに入ってきたレベル3と思われる精神波の数です。」
真琴が資料を指で叩く。
「最近、増えてない?」
「はい。そう思います。」
頭を回しながらコーヒーを淹れる。
「なんでだろうね?」
「そうですね……現実が嫌になる人が増えたんですかね?」
「うん。それもあるとは思う。他には?」
「他……ですか?」
「うん。現実が嫌になった人がこんなに増えたら社会が回らなくなっちゃうか暴動が起きてるよ。」
コーヒーをすする。
「まだ仮説だけどね?レベル3は現実より夢がいいって気持ちだけで到達できると思うんだ。嫌な感情だけでなく、いい感情でもね?」
資料をめくる。そこにはいくつものレベル3の観測記録が並んでいた。真琴が栞と会ってから実際に介入して得た貴重な個人のセカイのデータだ。
「でも、それなりに強い望みは必要なはずなんだよね……まさかとは思うんだけど。」
現実側から観測された精神波のグラフを見る。ここ数日でどんどんグラフが上昇している。
「誰かがレベル3に手当たり次第落としてないかな……なーんて考えちゃうんだよね。」
「まさか……ありえないですよ。」
職員の額にもシワができた。
「ありえない事がありえちゃうのがユメセカイだからね。先月までなら、週に一件増えるかどうかだったけど、今月に入ってから、もう十件目だからね……」
コーヒーを飲み干した。
「まぁだから調べるんだよ。ありえないって考えはこのお仕事では捨てた方がいいよ〜」
「ですね。気をつけます。」
報告書の作成に向かおうと真琴が動き出すと、
「あぁちょうどいいところにいました。」
扉が開き、白衣を揺らしながら所長が入ってくる。
「神代主任。仕事明け早々すみませんが、少しいいですか?」
所長がにこやかに話しかける。
「はい。大丈夫です。」
(こういう時は大体面倒な案件なんだよな〜)
頭をかきながら真琴は所長について行った。
♢ ♢ ♢
ユメセカイ内、真琴のキャンプ。渋い顔の真琴が説明を始める。
「さぁ、今日も手分けしながらレベル3の人を起こしていきたいんだけど……少し変わった依頼が来ました。」
端末をいじり情報をモニターに出す。
「政府からの依頼です。あ〜面倒くさい。」
「政府?」
悠真とひまりが顔を見合わせる。
「まさか総理大臣とかからですか?」
「直接総理からではないけどね。正確には、政府関係機関を経由した正式な調査依頼です。この人知ってる?」
一人の男性の写真がモニターに写る。
年齢は七十代。白髪。細い眼鏡。写真の下には、受賞歴がずらりと並んでいる。
「画家……?」
「うん。国内ではかなり有名な方らしいよ?」
「長年にわたって活動していて、昨年、文化勲章を受章しています」
「文化勲章……ってなんですか?」
ひまりが首を傾げる。
「芸術や研究で国の発展に貢献した人がもらえる勲章じゃよ。」
「すごい人って事ですよね?そんな人の相談が、どうしてNESTに?」
「最近、眠っている時間が急激に増えているそうです。」
真琴の声が少し低くなった。
「以前は一日六時間程度だった睡眠時間が、ここ数週間で十時間、十二時間と増えていき……現在では、起きている時間そのものがかなり短くなっている」
「眠り病の可能性があるって事?」
真琴が頷いた。
「本人の精神波からレベル3に近い反応が確認されてる。多分セカイもあるね。」
悠真の表情が変わる。
「現実側では、ただ『よく眠るようになった』としか認識されていないから、まだできたばかりでセカイに入ってない可能性もある。」
そこにある名前と写真を見つめる栞が、
「……この人が、今回の対象?」
「うん。」
真琴が頷いた。
「政府としても、かなり慎重になっているようでね?困ってるみたいだよ?こんな末端の機関に正式に依頼してくるくらいだから。」
「何か理由があるんですか?」
「文化勲章受章者という立場だからかな。それに、ご本人は現在も現役だからね。国としてはもっと描いてもらいたいんでしょ?だから現状をなんとかしたいけど起きる以上は本人の意思を確認しないまま大きく動かすわけにもいかないってとこじゃないかな?」
「なるほど……?」
「まぁ言ってレベル3だからさ、他の人と同じようにいつも通り助けて仕事をあがろう!」
真琴がパンッと手を鳴らした。
「じゃあ確認だけ、いつも通り、2組に分かれて起こして行くよ。今日は〜悠真くんと栞ちゃん、九条さんとひまりちゃんで回ってもらおうかな。」
「はい!」
「さっきの人は悠真くん達お願いします。いつも通りできるだけ刺激しない方針でね。」
「……わかったわ。」
「……澪はどうする?」
「うん。心配だよね。私が基本キャンプにいるし、みんなを送る時には色々防犯対策はしておくよ。それでいい?」
「……お願いします。」
頭を下げる。
「さぁ!まずはセカイの内部確認!今回は大規模な戦闘は無さそうだからよくみてきてね?可能であれば主人に接触。話して外に出るのを促して。何かあったら糸か無線で私に連絡ね。」
「まあ、レベル3なら……」
そこまで言って、悠真は資料の続きに目を落とす。
今回も起こさなければ。
「……行こう。」
声をかけると資料の写真を同じように見つめる栞がそこにいた。
♢ ♢ ♢
準備を終え、セカイへ向かう直前。悠真はもう一度、テントに戻る。
「澪。」
相変わらず全く動かず眠っている。
「……すぐに戻るからな。」
返事はない。静かな寝息だけがテントの中に響く。少しだけ迷ってから、笑った。
「起きたら……ちゃんと教えてくれよ?」
何を教えてほしいのか、自分でも分からなかった。ただ、声をかけておきたかった。
外に出てそっと入り口を閉じる。
「悠真。」
背後から声がした。
「どうした?」
栞がどこか落ち着かない様子で話しかけてくる。
「……心配?」
「……まあね。」
「ずっと寝てるからさ。いつかは起きてきてまたうるさいくらい騒ぐんだろうけど。」
笑顔で返す。
「……大丈夫よ」
「何で?」
「ちゃんと息をしてるから。」
「……それだけ?」
「それだけでも、今は大事でしょ?」
栞が笑う。
「それに悠真が待ってるから。きっと澪ちゃんは大丈夫。悠真を1人にしたりしない。」
「……なんだよ、それ。」
笑顔が崩れる。
「……違う?私だったら1人にしないから。」
「……分かんないな。」
そのまま苦笑になった。気づかいがありがたい。そんなにわかりやすい顔をしてただろうか。
「でも、ありがとう。」
「どういたしまして。」
栞は先に歩き出した。
「ほら、行こう。」
「おう。」
「休憩の時に約束の話聞かせて?」
「あぁ。栞にも聞きたいことがたくさんあるからな。」
二人は並んで歩き始める。テントを出た時よりも少し足取りは軽くなっていた。
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