迷夢ー3
「……オレは家族を守る!」
その声は住宅街に響いた。風が吹いているのを感じるのに音は聞こえない。さっきまで曇った空を走っていた雲も、家々の窓を震わせていた空気も、まるで誰かに音を奪われたように静まり返る。
悠真がゆっくりとレグルスセイバーを構えた。
「お兄……ちゃん?」
その顔はバイザーで見ることはできないが、いつもと感じが違う。どこか肌がチクチクするような圧を放っていた。
いつもより濃い赤紫のような光を纏った身体は、確かに悠真のものだった。
けれど――そこにいるのは、私たちの知っている悠真ではなかった。
「……悠真。」
返事はない。
「お兄ちゃん……?」
澪が近づこうとすると、
「待って、澪ちゃん!」
栞が腕を掴んだ。
「今の悠真は……危ない。いつもと違う。」
「でも……!お兄ちゃんだよ?」
「ダメよ!」
躊躇う栞達と悠真の間に風が吹く。木の葉が風に舞うと悠真の姿が消えた。
「――っ!」
空気を切り裂く音がした。気がつくと真琴の前に悠真がいた。九条さんが虎徹を差し込んでなければ斬られていただろう。それに気付き、遅れながら冷や汗が出る。
「小僧!何をしとるか!」
「…………俺は家族を守る。もう失うわけにはいかないんだ。」
「陽太、家の中に入ってろ。母さん。家を頼む。」
「はい。」「うん。」
「大丈夫だ。俺が守るから。」
バイザーで表情は見えないが笑顔なのがわかる優しい口調。だが、それは陽太たちに向けられている。
「悠真くん。今何をしてるかわかってるのかな?」
「もちろんわかってますよ。真琴さん。大切な人を守ってます。」
「だから……このまま下がってくれませんか?俺は誰も傷つけたくない。このまま帰って、俺たちはほっといてください。」
「小僧。いい加減にしたらどうだ?」
「九条さん……いい加減にするのはそちらです。これ以上、俺の大切な人に手を出すなら……容赦しません。」
言葉と共に悠真の本気を示すように圧が増す。
「お兄ちゃん!!」
「…………」
「お兄……ちゃん……」
「澪ちゃん!大丈夫まだ糸は繋がってーあぐぁ!!」
「栞ちゃん!!」
悠真が栞の糸を握り、何やら握ったところが赤紫の光と黒い靄に包まれている。
「ちぃ!」
九条が刀を一振りし、糸を断つ。
「大丈夫か!」
「私は……大丈夫。ありがとうございます。」
「直れ悠真!叩き直してやる!」
「待って九条さん!」
飛び出した九条が悠真に迫り、能力も合わせた一振り。
だがーガキィン!悠真はレグルスセイバーを片手で振り、刀を受け止めた。
九条さんから繰り出される太刀筋が見えない斬撃を悠真は着実に弾いていた。稽古の時の悠真とは明らかに違う動きに九条さんの顔が歪む。
(こやつ……)
九条が一旦下がるが悠真は追ってこない。
「これはいかんな。手応えがない。」
「どういう事ですか?」
「本気を出しとらん。本当にあの家を、家族を守っとる。多分陽太君のセカイの干渉もあるのう。」
「パパ……って言ってましたよね。ママがあの最強っぷりってことは……」
「当然パパも最強だよね〜。」
「澪ちゃん、大丈夫か?」
澪がしゃがみ込んでいる。
「頭が……痛いの。」
「そりゃそうじゃ。兄があの調子じゃからな。」
九条がそっと澪の頭に手を置く。
「なぁに。お兄ちゃんは少し考えすぎただけじゃよ。」
鍔を鳴らす。
「じいちゃんが目を覚まさせてやらんとな。」
着流しをはだけ腕を出す。
「ここからは本気でやる。ギリギリまで手を出すな。」
敷地に入り、構える。その顔は笑顔だった。
「参る。」
2人の剣戟はまるでダンスを見ているようだった。
リズミカルに聞こえる剣戟音、高速で入れ替わる立ち位置。剣の名手が2人そろうとこうなるのかというような見本の剣舞。
「すごい……」
見ている側が圧倒される動きに思わず息を呑んだ。
だが見事な剣舞も終わりを迎える。
九条が斬り上げた際にレグルスセイバーを弾き飛ばした。
「これで!」
刀を返す。振り下ろす直前に赤紫の閃光と黒い靄に包まれた拳が叩き込まれた。
「おしまいです。」
拳と共に赤紫の光が押し出されブロック塀に九条が叩きつけられる。
「九条さん!」
「……大丈夫。気絶してるだけ……だと思う。」
キィンーー
石に剣が刺さる音が響く。
「もう一度言う。このまま帰ってくれ。俺たち家族をほっといてくれ。」
「……ひまりちゃん。」
「はい!」
「私が倒れたらすぐに例のやつ。ダメなら撤退。」
「わ、わかりました!」
「遅めの中二病にはお仕置きしてあげなきゃね。」
指を鳴らす。戦闘グッズが多数出てくる。
「今度は私がー」
熱い。最初に感じたのはそれだった。頬と髪を擦り後ろの塀に光弾が刺さる。血が頬を伝わる。
「真琴さん。もうやめてください。あなたじゃ俺は止められない。」
ガウスブラスターを構えた悠真が語りかける。静かに諭すように。
「ごめんね?悠真くん。ここで私は引けないんだ。」
「やっぱりそうなりますか。」
声が横から聞こえた。咄嗟に真琴も振り向くがー
トン
「真琴さん!!」
手刀の一振りで真琴が崩れた。
「もう、挑まないでくれ。大丈夫。気絶させて裂け目から追い出すだけだから。」
誰も動けなかった。このままでいいわけがない。それはわかっている。でも動けない。
「う、うぁぁぁぁ!」
ドン!ドン!ドン!
焦げ臭い匂いがする。叫びながら出したカードは全て真ん中を射抜かれて煙があがる。
視線を戻すとすでに悠真はいない。
トン
ひまりの意識も途絶えた。
「――来る!」
せめてもの抵抗で糸を構えてみるがなんの抵抗にもならないのはよくわかっている。それでもー
「お兄ちゃん!!」
小さな身体が、二人の間に飛び込んだ。
「澪ちゃん!?」
両手を広げ、悠真の前に立ち塞がった。
「……どいてくれ。」
悠真が低い声で言う。
「嫌。」
「そこにいたら危ないんだ。」
「嫌だ。だって、栞ちゃんをいじめるんでしょ?他の人にしたみたいに。」
無言だが、悠真が少しためらったように見える。
「俺は……家族を守らないといけない。」
「違うよ。思い出して?お兄ちゃんが守りたいのは、何?」
悠真の手を取る。
「……違う。」
「お兄ちゃんは、誰かに言われたから守るんじゃないよ。自分で決めて守る人だよ。」
「……黙れ。……違う。俺は陽太君を……家族を守るんだ!」
悠真の叫びと共に黒い靄が湧き出す。それを見ても握った手を離さない。
「嫌。思い出して。お兄ちゃんが守りたいのは何?」
「黙れ!俺はもう誰も、何も失いたくない!」
赤紫の光と共に拳が出された。拳圧で風と砂煙が立ち視界を覆った。
「澪ちゃん!」
澪は震えながらも立っていた。拳は澪の前で止まっている。
「なんでだ……俺は大切な人を守らなきゃいけないのに……。」
「知ってるよ?お兄ちゃんは優しいもの。絶対私を殴ったりなんてしない。」
「俺が守りたいのは……違う。」
「わかるよ?今お兄ちゃんがすごく苦しんでるのは。お願い。負けないで。」
「私も……信じてる。」
栞が握り拳を包み込む。
「ねぇ、約束したの覚えてる?私もね、あなたの事が知りたいの。だから……戻ってきて。お願い。」
「おれ……は……。」
2人の握った手が優しく光り出す。
「思い出して?陽太君のお母さんを倒すのだって、本当は嫌だったでしょ?でも、陽太君を助けたいって決めた。」
「……俺は……。」
「だから、もう一回決めて。」
バイザー越しに目が合う。
「誰を守りたいの?」
その手が、悠真の胸元へ触れ、鼓動を感じる。
「お兄ちゃん。」
「……。」
「私、知ってるよ。お兄ちゃんは、こんな顔で戦う人じゃない。」
悠真の頭の奥で、閉じ込められていた何かが溢れ出す。
見慣れたいつもの家。真琴が笑い、ひまりの慌てた声がする。つられた九条さんの豪快な笑い声と笑顔。お茶を飲む栞との時間。
そして自分を「お兄ちゃん」と呼ぶ少女。
「……澪。」
悠真の声が震え、黒い靄が薄れていく。
「お兄ちゃん?」
眩しい赤紫の光が収まり、変身が解ける。
「俺……何して……。」
膝が笑ってうまく力が入らない。
「俺は……俺が……みんなを……。」
悠真は周囲を見回した。
地面に倒れている九条、真琴、ひまり。目の前に立っている栞。手を握ってくれている澪。
「……ごめん。」
「お兄ちゃん。」
「おかえり。」
「……ああ。」
澪に優しく抱きしめられ、なんともいえない気持ちが湧き上がる。
「……後でみんなにも謝っておくのね。まぁ……その。おかえりなさい。」
よそを向きながら栞にも言われた。みんなに謝らなければ。
その瞬間。背後から風を切る音がした。
「危ない!」ガシャン!
弾かれたように悠真が振り返る。
地面には散らばる調理器具、倒れた栞、何かを投げ、肩を上下させる陽太のお母さんがいた。
「栞!」「お姉ちゃん!」
「ん…………大丈夫。ちょっと頭に当たってふらつくだけ。」
安堵の息を漏らした。すぐに2人を庇えるように軋む体に喝を入れながら間に立つ。
お母さんの目に浮かぶのは怒りではない。その目に浮かんでいるのは恐怖だった。
「陽太を……連れて行かないで……あの子がまた……1人になってしまう。」
悠真は黙ってお母さんを見る。
「私の子なの。」
「……。」
「私が守らなきゃいけないの!」
お母さんが走り出す。俺も前に出て敷地に入る。
「お兄ちゃん!」
澪が叫ぶのが聞こえるが振り返らない。
「大丈夫です!」
お母さんが拳をぶつけてくる。しかし、その力は弱かった。
「大丈夫。……陽太君はきっと大丈夫です。」
お母さんの拳が止まらない。受け続ける。
「もちろん、起きたら辛いことはたくさん待っているでしょう。でも、俺の記憶の中の陽太君なら大丈夫です。」
「…………。」
「お母さんがどれだけ陽太君を愛して関わってきたかわかりました。陽太君がどんな子で、どれだけお母さんが好きかも。お母さんがどんなに心配してるのかも今ならわかります。」
お母さんの拳がゆっくりになる。
「俺たちも……父親のようにとはいきませんが、お兄ちゃんとして陽太君に会いに行きます。あの子が抱える辛い事が少しでもマシになるように支えます。」
「だから……信じて起こしてあげませんか?」
胸を叩く拳が止まる。お母さんの表情は見えない。
「あの子は……ちょっと調子に乗りすぎる所があるの。大人の様子やお話もよく聞いていて、あの年だけど空気を読んで気を遣えるいい子なのよ?」
「知ってます。」
「まだ道路とかは飛び出したりするから危ないの。楽しくなると特に周りが見えなくなるわ。後、私のせいもあるけど夜更かし気味だからそれも伝えて。」
「わかりました。」
「それから……いつかあの子に『私はいつもあなたを愛してた。』って伝えてくれる?」
「必ず伝えます。」
悠真が力強く頷くと、お母さんの口元が小さく綻んだ。その微笑む頬を、一筋の涙が静かに伝い落ちる。次の瞬間、彼女の身体が少しずつ柔らかな光の粒となってほどけ、蛍の群れのように夕焼けの空へと舞い上がっていった。
「ありがとう……私があなたを認めてしまったから、もうすぐわたしは消えるわ。そしたら……陽太が起きてしまう。」
「どうかあの子を現実に連れて帰ってあげて……その後も……どうかお願いします。」
お母さんが深々と頭を下げる。徐々に光の粒が大きくなり、いつのまにか夕焼けになった空へ消えていく。静かに最後の一欠片までお母さんを見送った。
「……終わったの?」
「いや……後は陽太君と話さなきゃ。みんなは?大丈夫?」
「今九条さんが起きて、活を入れてくれた所。すぐに動くのは難しいかも。」
起き上がったみんなの様子を見に行くと起き上がった九条と澪が真琴とひまりの様子を見ていた。
「みなさん……俺が躊躇ったせいですみませんでした!!」
頭を下げる。
「………………。」ゴン。
鞘で頭を叩かれた。
「これで許してやろう……気持ちは分からんでもない。」
「しょうがないな〜まぁうまくいったみたいだし?許してあげるよ。」
「わたしは……向こうで何かご馳走してください!なら許します。」
顔を上げる。みんなと目が合う。澪がしたり顔で頷いていた。
「ありがとうみなさん……本当にごめんなさい。」
「もうそれはいいよ。さぁ後は陽太君とお話だね?」
「はい。俺が行きます。行かせてください。」
「……わかった。お願いするね。」
「はい。」
1人で家に向かおうとしたその時、景色が止まった。
「!?」真琴の端末がけたましくアラームを鳴らす。
空にはまた裂け目が入りー今度は巨大な目が見えた
「あれは……?」
裂け目からは指が出てきて空を掴み、裂け目を広げる様に空を裂いた。するとまるで壁の様に景色が倒れていった。
「あ…………わかっちゃった……。」
ひまりが青い顔をしながら言う。
「これ、大きなお家シリーズだ。」
「なんじゃ?それは?」
「えっとおままごとのおもちゃのシリーズで、私も同じようなものを持ってるんですけど……陽太君の家見た事あるなーって思ってたんですが、そのシリーズのお家にそっくりなんです。」
真琴が周りを見渡すが壁の外は真っ暗で何も見えない。
「それで、壁が倒れるのを見て、あ、こんなセットのシリーズあったなーって今思い出しまして……。」
「と、言うことは……」ズシン
「みんな!周りを警戒!」ズシン
陽太君の家のさらに向こうの暗闇から顔がでてくる。自分たちを捕まえた巨大な手も。
「私もわかったよ……私たちはおままごとの人形だったんだ……。」
「ママー!!!!!」
泣き声が合図となり巨大な陽太君が動き出した。




