幼夢ー4
夜更かししました。
「……知らない人ね。」
その言葉が出た瞬間、空気が変わった。
さっきまで聞こえていた鳥の声も、遠くを走る車の音も、すべてが消える。
「……え?」
悠真が戸惑ったように声を漏らす。
陽太は母親の後ろに隠れ、こちらを覗いている。
「ママ、この人……こわい。」
「大丈夫よ、陽太。」
母親は優しく陽太の頭を撫でる。
「ママがいるからね。」
「こんにちはー!今日も来ましたー!」
ひまりと九条もやってきた。
けれど――。
「……なんじゃ?」
「……悠真さん。」
ひまりの声が震えている。駆け寄って来た。
「どうした?」
「なんか……おかしいです。この人見てると……頭が痛くて……。」
女の子はじっとこちらを睨んでいる。陽太のお母さんの質問に答えるつもりはないらしい。
「みんな……そろそろ起きて?ユメに囚われすぎてはダメ。」
言葉が聞こえるだけではなく、頭を揺さぶる。頭が痛い。
「なんなんだよ……これ……」
痛い。視界が歪むレベルで痛い。手に糸が巻き付いている幻覚まで見えてきた。
「みんな……思い出して!」
俺たちは……俺たち?いや、今はいい。陽太君を守らないと……陽太君?
「澪……。」
「なぁに?お兄ちゃん。」
「俺は……何が本当なんだ?わからないんだ。」
「…………わかった。手の糸に集中して。私も助ける。」
手首に繋がった糸を掴む。糸はうっすらと光った気がした。
「思い出して。自分が誰で、ここに何をしに来たのかを!」
頭にノイズが走る。不思議と不快ではない。
頭が痛む。まるで思い出すのを拒むように。
「くっ……陽太君を……」
「違うよ。お兄ちゃん。」
澪が手を握る。糸が一際光った。
パリンッ!
あぁ思い出した。
頭の中に大量の映像が流れ込んできた。
住宅街。巨大な手。そして捕まる自分たち。
頭はガンガンと悲鳴を上げている。周りでは仲間たちも頭を抱えている。
「ひまりちゃん!九条さん!真琴さん!」
ひまりが頭を押さえながら立ち上がる。
「私も……思い出しました。」
九条も顔を上げる。
「……やれやれ。醜態を晒したのう。」
真琴が頭を振りながら立ち上がる。
「うん。私も思い出した。こういうのは趣味じゃないんだよね〜。」
エプロンは投げ捨てられた。
「どうやら私たちは、陽太君の作った『当たり前』に取り込まれてたみたいね。」
「栞……ごめんな。ありがとう。」
栞の側に回り込みながら礼を言う。
「いいのよ。……後でお礼を期待してるわ。」
母親の目が、揃ったこちらを捉えた。
「ママ……」
陽太君を後ろに隠しながら
「あなたたち陽太に何をしに来たの?」
笑顔だが雰囲気はさっきより悪い。
「俺たちは陽太君を助けに来ました。」
「助ける?どうやって?」
「それは……。」
途端に陽太君が震え出す。
「いけない!!」
お母さんが慌てて抱き抱え、家の中へ連れて行き、玄関に置くと出て来てドアを閉めた。
「あなた達なんて事を……」
言い終わる前に声が響く。イメージが伝わる。
♢ ♢ ♢
夕暮れの幼稚園の教室。時間はほぼ夜か。子どもが1人遊んでいる。先生は1人いるが、内線で何か話している。
ママおそいな。いつもはとっくにおむかえにくるのに。せんせいはいそがしそう。なんかみたことないひととむずかしいおかおでおはなししてる。ママがきたらおそい!っていっておこったあとにギュッてしてあげるんだ。
あ、せんせいがよんでる!ママきたかな?
スーツ姿の二人組が前に来た。
「私たちは陽太君を助けに来ました。」
たすける?こまってないよぼく?
「わからないと思うけどよく聞いてね?ママがね……」
えっ?よくわからないよ。ママがこれないって?もうあえないの?そんなの
ヤダ!!!!!!!!!!!!!!!!!
♢ ♢ ♢
泣き声と共に空間にヒビが入る。黒い靄が染み出す。
「いけない……あなた達早く出て!これ以上あの子を傷つけないで!!」
母親がドア越しに声をかける。
「大丈夫よ。」
「でも〜」
「大丈夫。」
声が一段低くなる。
「あなたを怖がらせる人はすぐにいなくなるから。」
雰囲気が変わる。
「!みんな!下がって!」
真琴が叫ぶとほぼ同時に母親が踏み込んだ。
早い、変身が間に合わなー
「ふん!」
九条さんが間に入る。
ドンッ!!
九条の身体が吹き飛んだ。
「九条さん!」
「問題ない!」
崩れたブロック塀から立ち上がる。
「……お母さんって、こんな感じだっけ?」
ひまりがあっけに取られる。
「大丈夫じゃ。竹刀をくれ。」
真琴がすぐに指を鳴らし、竹刀を出す。九条が構える。
「どうやらただの母親ではないようじゃな。」
母親はドアを背中に庇いながら、こちらを見る。
「陽太に近づかないで!」
「話を聞いてください!」
ひまりが叫ぶ。
「私たちは陽太君を傷つけたいわけじゃ――」
「帰って。」
「でも!」
「帰って!!イヤだ!!」
声が響いた。母親の声と被って男の子の声が聞こえた気がした。
同時に、地面が大きく揺れる。
「うわっ!」
ひまりがよろめく。
「ひまりちゃん!」
悠真が支える。
「大丈夫です!」
その隙に母親がこちらへ飛び込んだ。立ち上がり中の悠真達に近づき蹴りを、
「むっ!」
九条が竹刀を差し込む。
ドンッ!!パァン!!!
衝撃で九条の足が地面を滑った。悠真達も転ぶ。
「ほう……!」
九条が笑う。
「これは面白い。」
「九条さん!?」
「下がっておれ!」
母親が拳を振り抜く。
九条が避け、いなし、竹刀を振るう。
ドンッ! ドンッ!
住宅街に拳とも竹刀とも違う衝撃音が響き渡る。
「ちょっと待って……。」
真琴が呆然とする。
「能力使ってる九条さんと普通に殴り合ってるんだけど。」
「九条さんって、見た目を変えられるのと身体能力を増やせるんでしたっけ?」
ひまりが聞く。
「本人曰く、全盛期の2乗くらいまでは身体能力上げれるらしいけど……あれは人の動きじゃないよね。どちらも。」
「あっ!」
ひまりが叫ぶ。
ぶつかった2人が弾け、九条さんが飛び下がってきた。
「うむ!」
九条がいい笑顔で言う。
「これほどの力……とても三歳児のセカイが生み出したものとは思えんな!見事!」
「九条さん、笑ってる場合じゃないですよ!」
「こういう時こそ笑うものじゃ!」
突っ込んでいく。何合か交えるとー
バキッ。鈍い音と共に竹刀が折れた。
「しまっーー」
母親が九条を蹴り飛ばす。
「ぐっ!」
九条が道路を転がった。
「九条さん!」
「大丈夫じゃ!」
折れた竹刀を捨てる。
「しかし……これは厄介じゃぞ。」
母親は陽太を守るために戦っている。
ドアの付近から離れないその様子を見ても、その意思だけははっきりと感じ取れた。
「陽太君!」
悠真が叫ぶ。
「俺たちは敵じゃない!」
陽太がドアから顔を出す。
「……お兄ちゃん?」
「ダメ!」
「そうだ。昨日も一緒に遊んだだろ?」
「……うん。」
「だから――」
母親が陽太の前に立つ。
「陽太。」
優しい声。
「この人たちはあなたを連れて行こうとしているの。」
「……え?」
「だから、ママが守るからね。」
「違います!俺たちは陽太君を――」
悠真が叫ぶも途中で母親の拳が飛んできた。
「ぐぁ!」
悠真は腕で受ける。衝撃が骨まで響いた。
「強い……!」
「悠真!」
栞が叫ぶ。
「大丈夫!」
立ち上がる。
《みんな、このままじゃダメ!一度引きましょう!》
栞が思念を流す。
《了解!》
みんなで警戒しながら撤退する。幸い母親は家の敷地から出てこなかった。
♢ ♢ ♢
裂け目を出てユメセカイに戻る。真琴が仮のキャンプ地になるテントを出し設営する。
「いや〜今回も危なかったね。」
「完全に操られとったの。小僧なんか楽しそうに遊んどった。」
「いや、みんなじゃないですか。」
「私は穴があったら入りたいです。」
「初彼女&初振られ記念日おめでとう!悠真君!」
「ぶっ飛ばしますね。」
みんな軽口を叩くが、あの世界の怖さはよくわかったようだ。
「さて、じゃあ真面目に考えようか。」
いつものセットを出し会議が始まる。
「お母さんはなんであんなに強かったんだろう?」
「陽太君を守ることしか考えてないから逃げられたけど追いかけられたらやばかったね〜」
「……きっと、母親のイメージがあれなのよ。ほら。小さい頃って1番すごくて強い人って大体お母さんかお父さんでしょ?」
「あぁ……確かにわかるかも。」
真琴が構える。
「でも、だからこそ厄介。」
「……どうするんですか?」
「陽太君を傷つけないように、母親を止める。」
「能力使ってる九条さんが苦戦する人を止められるんですか?」
「そこは九条さんと悠真君に頑張ってもらって……悠真君?」
黙っていた悠真が口を開く。思うのは先程の母親の様子。
「……俺たちがやってることって、本当に正しいのかな?」
悠真が呟く。
「……悠真?」
栞が振り返る。
「この人は陽太君を守ってるだけだ。」
「でも、陽太君は眠ったままだよ。」
真琴が答える。
「このままだと現実の陽太君が危ない。それは守ってるとは言わないんだ。」
「分かってる。」
「なら――」「分かってるよ!」
悠真が叫ぶ。
「分かってるけど……!」
拳を握る。
二人が一緒に笑っていたのを思い出す。
それは偽物なのかもしれない。
でも――。
「陽太君は、ここで……ここが幸せなんじゃないのか?」
誰も答えなかった。
「母親がいて、一緒に暮らして……毎日遊んで……。」
昨日の記憶が蘇る。
例え作られた物だとしても、あの陽太の笑顔は本物だと思いたい。
「それを俺たちが壊していいのか?」
「……悠真さん。」
ひまりが小さく呼ぶ。
「でも……。」
真琴も言葉を失う。
「私は反対。」
栞がキッパリと言い切った。
「どんなにいい思い出だってここはユメよ。夢を見るだけでは人は生きられない。ちゃんとけじめをつけてあげるべきだわ。」
悠真と栞が睨み合う。
「はいはい。一回おしまい。一度起きよう。」
真琴が仲裁してきた。
「これは簡単に答えを出していい話じゃないからね。各々で明日の夜までによく考えてきて。もし可能なら悠真君とひまりちゃんは明日本部まで来てくれるかな?追加で何かないか調べよう。」
「じゃあ今日は解散!」
各々テントに戻る。栞はこちらを睨んでいたが、何も言わずに出て行った。
「……お兄ちゃん。」
澪が悠真の隣に立った。
「陽太君は、幸せなのかな。」
「……分からない。」
「うん。」
「いっぱい考えてみるよ。」
「澪も今日はありがとう。助けてくれたんだよな?」
「うん!私に出来ることがあってよかった!またいつでも言ってね?お兄ちゃんなら格安で助けてあげる!」
「それは頼もしいな。」
頭を撫でる。にこやかに話しながらも悠真の中では意見が渦巻いていた。
皆さんは栞派でしょうか?悠真派でしょうか?
作者なりにこの後の結論は出してますが、良かったらご意見を聞いてみたいです!




