幼夢ー3
告知より遅くなりました。……誰か眠気との戦い方を教えてください。
「……っ」
悠真は目を開けた。
「ここ……は……?」
周囲を見渡す。
さっきまでいた住宅街とは違う。壁も、家具も知らない部屋だ。
「……ここはどこだ?澪は?」
「お兄ちゃん!」
隣から声がした。
振り向く。
「澪……!」
そこには澪がいた。
「よかった……急に手に捕まったからびっくりしたよ。」
「何言ってるの?おかしなお兄ちゃん。まだ夢見てるんじゃない?」
悠真は立ち上がろうとした。
だが――。
「……あれ?」
何かがおかしい。
「どうしたの?」
「いや……なんか変だ。」
手を動かそうとする。
動く。体は問題ない。
「……なんだ?」
その時、下の方から声がした。
「悠真ー!澪ー!ごはんできたよー!」
悠真と澪が同時に顔を見合わせる。
「……今、なんて聞こえた?」
「私たちにご飯できたよーって。呼ばれてるんだよ?お母さんに。」
悠真の中に知らないイメージが出てくる。ここは自分たちの家であり、ここで過ごした記憶がある。
「行ってみよう。」
「うん。」
二人で部屋を出る。
来たことは無いのに知っている廊下を通り、階段を降りてリビングへ。
そこには――。
「おはよう。朝ごはん冷めちゃうよー。」
「……ちょっと待って。」
台所には一人の女性が立っていた。
フリフリのエプロンをつけて、お玉を持った真琴がそこにいた。
「どうしたの変な顔して。」
真琴が笑う。頭が痛み、ノイズが入る。
「……母さん?」
口から勝手に言葉が出た。
「なぁに?」
「うふふ。どうしたの?変な悠真。」
「……俺、いや、あれ?」
「これから学校でしょ?遅れるわよ?」
女性が笑う。
「もう、お兄ちゃんったら。」
澪が笑いながら悠真の腕を引く。
「ほら、早く手洗ってご飯食べよ。」
「いや、待って。」
悠真は立ち止まる。
「ここは……」
「何言ってるの?」
澪が不思議そうに首を傾げる。
「私たちの家でしょ?」
その瞬間、さらにノイズが走る。頭の中に映像が流れ込んできた。知らない記憶。澪と一緒に学校へ行く。
母さんが朝食を作ってくれる。
帰宅すれば母さんが待っている。
そんな日常。
「……なんだ、これ。」
胸の奥がざわつく。
自分の記憶ではないはずなのに確かに自分のものとして感じる。
「悠真?どうした?調子良くないか?」
「……大丈夫。」
そう答えた瞬間だった。
「お兄ちゃん、今日どうしたの?」
澪が心配そうに顔を覗き込む。
「……いや。」
悠真は澪を見る。違和感がある。澪はいつも通りだ。
笑っている。いや、いつもの澪じゃない。いつもと同じだろ?変なところはない。
なのに――。
「……澪。」
「なに?」
「俺たちって……」
そこまで言った時、頭の中にまた別の声が響いた。
『お兄ちゃん』『今日は学校どうだった?』
『晩ご飯できてるよ』『二人とも仲良くね』
知らない記憶がどんどん流れ込んでくる。
「……っ」悠真は頭を押さえた。
「お兄ちゃん!?」
「大丈夫……。」
「大丈夫じゃないよ。顔真っ青だよ。」
澪が心配そうに手を握る。
その手の温かさに、少しだけ落ち着く。
「……ありがとう。」
「ううん。任せてよ。お兄ちゃんは私が守るから。」
「……え?」
「だって、私はお兄ちゃんの妹だもん。」
「……そう、だな。」
違う。
何かがおかしい。
だが、それが何なのか分からない。
「悠真さーん!」
外から声が聞こえ、インターホンが鳴る。
「悠真大丈夫?ひまりちゃんが来たけど、上がってもらうね?」
「ひまりちゃん?」
悠真が顔を上げる。
「こんにちは!お邪魔します!」
そこには制服姿のひまりが立っていた。
「悠真さんこんにちは!大丈夫ですか?調子良くないんですって?」
「……ひまりちゃん?」
「どうしたんですか?」
「いや……。」
ひまりは悠真を見ると、当たり前のように笑った。
「やっぱり調子悪そうですね。学校休みます?一緒に行けないのは少し寂しいけど……」
「……一緒に?」
「うん。だって私、悠真さんの彼女ですから。」
「………………は?」
悠真の思考が止まった。
ズキン!さらにノイズが走る。したはずのないお出かけやデート、告白の記憶がある。
「ちょ、ちょっと待って。」
「どうしたんですか?」
ひまりが首を傾げる。
「俺とひまりが……彼氏と彼女?」
「はい。」
「いつから?」
「え?」
ひまりが困ったように笑う。
「ずっとですよ?」
「……ずっと?」
頭が混乱する。ひまりは当然のように自分を見ている。澪も。真琴も。全員が「それが当たり前」だと言っている。
「……おかしい。」
悠真が呟いた。
「みんなわからないのか?俺は……あれ?」
言葉が出ない。再びインターホンが鳴る。
「お兄ちゃん。」
澪の声が聞こえる。
「どうしたの?」
「……いや。」
澪は悠真の顔をじっと見ていた。
「……なんでもないよ。」
「…………そっか。何かあったら言ってね?」
澪も笑う。
だが――その目だけは笑っていなかった。
「悠真大丈夫?陽太君もきたよ?」
「陽太君?」
「今日はみんなで遊ぶんでしょ?」
促され玄関に行く。
「こんにちは!」
見覚えのある男の子と老人、知らない女性がいた。
「あら、九条さんも一緒なのね。」
「うむ。陽太君に誘われましてな。」
「はっはっは。」
ものすごく違和感を感じるのにこれが当たり前なような気もする。
「さぁみんなでピクニックに行きましょう!」
嬉しそうな声が上がり、真琴まで一緒に行くらしい。
「あれ、いや、俺たち学校は?」
「悠真さん何言ってるの?今日は陽太君達とピクニックでしょ?」
再びノイズ。鋭い頭痛が走る。
「あれ?いや?……でも、」
「……ねぇ。本当に大丈夫?」
真琴が心配そうに口を開く。
「ごめんなさいね。ちょっと悠真は調子が悪いみたいで。」
「お兄ちゃん調子悪い?どこか痛い?」
陽太君が心配そうに見ている。
「あぁ。大丈夫だよ。元気元気。」
よくわからないがひとまず合わせるしかないか。
♢ ♢ ♢
「……ふぅ。」
部屋で一息つく。ピクニックに行き、動物園に行き、公園で遊び、とても疲れた。
陽太君は記憶にある通りとてもいい子だ。
また明日も一緒に遊ぼうと言っていた。明日もまた遊んであげよう。
コンコン。
「お兄ちゃんいる?」
「いるよー。」
澪が入ってくる。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「何が?」
「……ううん?今日調子良くなさそうだったから。明日も陽太君のところに行くんだよね?」
「そうだな。」
「……じゃあ早く寝なきゃね。」
どこかぎこちない。何か悪い事をしただろうか?
陽太君の言う通りにしていたはず。
「…………ねぇ、お兄ちゃん。」
「……栞お姉ちゃんのこと、覚えてる?」
「栞お姉ちゃん?」
頭にまたノイズが入る。見覚えのある女の子。素直じゃないけどすごく周りを気にしてる。強がりなのに怖がりで、周りをよく見ている……少し気になる女の子。
ズキン!頭痛が酷い。
「……ちゃん!?お兄ちゃん!?」
澪が呼んでる。不安にさせちゃいけない。
「大丈夫。大丈夫だよ。」
危なかった。またセカイの主人から変な記憶を入れられてたのかもしれない。
「なんともないから。澪も何かあったらすぐに呼ぶんだぞ。」
「……うん。わかった。お休み。」
澪が部屋に戻る。今日は早く寝よう。明日もたくさん遊ばなきゃ。
「……そう。……しいのね?……とは……めね。」
「……しは……うぶ。……んも……を……て。」
「…………なった……こちら……起こしに行く。」
夢を見た。女の子が何かを必死に呼びかけてくる。どうやら引き止められているらしい。「そっちへ行ってはダメ」とか「戻ってこられなくなる」とか。
まぁ夢だろうな。かわいい女の子だったが。
そういえば夜中何か声が聞こえた気がする。窓も開いてないし澪が誰かと電話でもしてたかな?
「おはよう、お兄ちゃん。今日は大丈夫?」
「あぁ。すっかり元気だ。今日もたくさん遊ばなきゃな。陽太君はいつくるかな。」
「まずはご飯食べよ!もうお母さん起きて作ってたよ。」
部屋を出ようとする澪に、
「なぁ……昨日の夜電話とかしてた?」
「……なんで?してないよ?」
「いや、じゃあ気のせいだな。大丈夫だ。さぁ食べに行こう。」
「…………。」
悠真は窓の外を見る。まだ陽太君は来ていない。
気がつくと家の前に夢で見た女の子が立っていた。
こちらを見ている気がする。そのまま立ち去ってしまった。
「なんだったんだ?」
気にせず下に降りる。ご飯を食べて澪とお隣へ。
家の中から、小さな声が聞こえた。
「ままー!」
「はーい。今行くわよ。」
女性が笑顔で答える。
「陽太君、今日も元気そうだね。」
「うん。また走り回るよ〜。」
「全力で逃げなきゃな!」
ガチャ!ドアが開く。
「まーまー!はーやーくー!」
「今行くから、もう少し待って!」
飛び出してきた子と追いかけてくる母がいる。
悠真はその光景を見つめる。
いつも見ている、ただの、幸せな家庭なのに――。
「……なんだ?この感じ……。」
胸の奥が痛い。
どこかで知っている。大切なものを失う恐怖。
それを失いたくないという気持ち。これはよく知っている。
「……澪。」
「なに?お兄ちゃん。」
「変なこと聞いてごめんな?俺たちは今何をしてるんだ?」
澪は答えなかった。ただ、悠真の手を握った。
ガチャ。
「おはよーお兄ちゃん!お姉ちゃん!」
陽太君が来る。
「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね?」
お母さんに挨拶された。
「あの……」
お母さんが、笑いながら振り返る。
「何か?」
なんともないはずなのにすごい圧を感じる。
「さぁ、すぐにみなさん揃いますよ。今日はどこに行きたい?」
「今日はねーゆうえんちに行きたい!その後は車のおもちゃで遊ぶんだ!僕はバス!運転手さん!」
「全部やりましょうね。」
キィ……門が開く音がした。
「次に来たのは誰かな〜?」
そこには、夢で見た女の子が立っていた。
「おねえちゃん、だれ?」
「こんにちは。私は――」
「ママ。」
陽太が走って母親の後ろに隠れる。怖がっているようだ。
「このひとだれ?なんか僕は嫌だ。」
母親が女の子を見る。笑顔で。
けれど――。
「……知らない人ね。」
その瞬間、住宅街の空気が変わった。




