瑞夢
3章エピローグです。
白い天井が見えた。
「……。」
ゆっくりと目を開ける。
知らない天井だ。窓際では白いカーテンが揺れ、規則正しい機械音が聞こえる。
身体を起こそうとするが、腕に力が入らない。
「……ここは……。」
声も掠れている。出すのも一苦労だ。
確か私は……
「七瀬さん?」
声に反応して、ベッドの横にいた看護師らしい人が声をかけてくる。
返事ができない。やっとの思いでうなずく。
「良かった!起きたのね!すぐに先生を呼ぶから!後ご家族にも連絡を……」
看護師がバタバタと動き出す。
そんな看護師をひまりはぼんやりと見ていた。
「ここは……病院ですか?」
「ええ。気分はどう?」
「……少し、だるいです。」
「無理に起きなくていいからね。すぐに先生呼んでくるから!」
慌ただしく看護師が出ていき、扉が閉まる。
ひまりは天井を見つめ、ユメの事を思い返す。
夢の中で過ごした学校。笑顔。巨人。そして――。
「……また会えるかな。」
段々と、廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。
「ひまりちゃん!」
勢いよく扉が開く。
「お母さん……?」
母が泣きながら入り、飛びついてきた。
「起きた……良かった〜もう!バカ娘!!」
「お母さん……ちょっと待って。いたい……。ちょっと強い……」
「たくさん心配したんだからね。」
「……ごめんなさい。」
「もう……。」
母が泣きながらオロオロしているのを見て思わず笑いがこぼれる。
「……起きたと思ったら久しぶりにちゃんと笑ったみたいで良かった。」
「ちゃんと?」
「いつ頃からか、顔は笑ってるんだけど、ちゃんと笑ってない感じの笑い方だったからね。思春期ならそんなものかと見守ってたんだけど……ちゃんと話聞けば良かったね。」
「……知ってたんだ。よくわかったね。」
「当たり前でしょ?何年母親やってきたと思ってるのよ。」
「……ありがとう。気づいてくれてて。」
少し気恥ずかしくなる。
「もう、ずっと眠っちゃうからこっちは心配で心配で……」
コン、コン
「失礼します。」
医師らしき人が看護師さん達と入ってきた。
「七瀬さん。初めまして。私は……」
医師の話に受け答えしながらもまだふわふわとしているようだった。
長々と眠っていた人が目を覚ました例は珍しいらしく、どうやらこれから検査だのなんだの大変らしい。
学校にすぐに行かなくて良いのは助かるが。
「……うん。大丈夫。」
きっとなんとかなる。ユメにこもる前よりも学校に対する気持ちはかなり楽になっていた。
「…………という流れで動いてもらうね。もちろん体調が悪かったら無理はしなくていいから。」
「わかりました。大丈夫です。」
「後……君と話がしたいと研究機関の人が朝から待機してる。君が話したかったらでいいとの事だったが、どうやったのか君が起きるのを言い当てた人だからね……知ってる人かな?」
「役所の人に知り合いはいないと思いますけど……?」
「後、その人から伝言を預かってる。『こちらは全員無事。またマジックを見せて。』との事だ。」
夢の中で見た人たちが思い浮かぶ。自分の事に巻き込んで迷惑をかけてしまった人達が。
「!!……よかった。会います!合わせてください!」
誰かはわからないがまたあの人たちに会える。
今度は自分から笑顔で話しかけよう。たくさん謝って、そしたらー
「友達になってくれるかな。」
♢ ♢ ♢
数日後。
ひまりは学校へ戻っていた。
「七瀬、おはよー。もう大丈夫なん?」
「おはよう。ありがとう。大丈夫だよ。」
「昨日の動画見た?」
「見てない。入院中はあまり見れなかったから。」
「えー、絶対見た方がいいって。なんならこれから見る?」
「んーごめんね。今はいいや。」
以前の私なら、きっと曖昧に笑って話を合わせていただろう。
「そっか。じゃあまた今度ね。」
「うん。」
それだけだった。嫌な顔も反応もされない。
教室へ入り、自分の席に座る。
少し離れたところでは、何人かの生徒が楽しそうに話している。七瀬に気づいた友人が声をかけてきた。
「七瀬!良かった。良くなったんだね!」
「心配かけてごめんね。」
他愛もない話。以前は反応や他人が気になり、こんなに気楽には話せなかった。
「……じゃあ放課後にみんなでカラオケ行こうよ!快気祝いに!」
ひまりは一瞬考えた。
「ごめんね?……今日は帰る。」
「そっか。まぁ退院してすぐだもんな。」
「また誘って。」
「うん。」
友達が離れていく。心配したような事は無かった。
ひまりはその背中を見送った。少しだけ寂しいが、
「まあ、今日は帰りたいし。」
その日の放課後。誘いを断って1人で帰る。
以前ならもっと心配していた。誰かといないと不安で、陰で何を言われているか気になって。自分が誘いを断って嫌な顔をされるのが嫌で。
それが何も無かった。
「〜♪〜♪」
1人で好きな曲を小さく鼻歌で歌いながら帰る。
その顔には、以前のような無理に作った笑顔はないけれど、楽しそうだった。
♢ ♢ ♢
NESTの所長室。
バサッ。
神代真琴は分厚い資料を机の上に置いた。
「報告書、完成しました。」
「ありがとう。」
所長は資料を受け取りパラパラとめくる。
「今回もお疲れ様。君にばかり負担をかけてすまないね。」
「仕事ですから。それに楽しいですよ?他の人も来れたらいいんですけどね。」
「ユメセカイでちゃんと動けてやった事を覚えてられるのが君だけだからね。」
資料の表紙には、
『レベル4における夢世界現象について』
と記されていた。
所長がページをめくる。
「今回の事例では、対象者自身が作り出した世界が対象者を拘束した。」
「はい。」
真琴が椅子に座る。
「外部からの干渉によって強制的に覚醒させる方法も試しましたが、期待した結果は得られませんでした。」
「夢人による妨害もあった。」
「それだけじゃありません。」
真琴は一枚のイラストを示した。
「これ。見てください。」
所長の目が止まる。
「黒い靄?煙かな?」
「靄のように見えました。今回だけでなく、前回の九条さんのセカイでも確認されたものと類似しています。」
「同一現象と考えているのか?」
「まだ断定できません。」
真琴は首を振る。
「それらは自分の世界を保続するために生じるものと考えられます。」
「なるほど……自分が望むセカイを作り、それを維持する役割がこの靄という事かな?」
「はい、おそらく。しかし、今回のひまりちゃんのケースでは、明らかに本人の意思とは違う方向にセカイが変化していました。」
「本人の望みから生まれた世界ではない、と?」
「最初は本人の望みだったと思います。」
真琴が資料を見る。
「でも、本人の感情が変化しても、セカイの方がそれを認めなかった。」
「……。」
「つまり、レベル4のセカイは『本人が望んだもの』だけで構成されているわけじゃない可能性があります。」
所長がページをめくる。
「願望だけでなく、恐怖や記憶、習慣……そういったものまで固定化される?」
「たぶん。」
真琴は少し考える。
「それと、セカイが本人を守るとは限らない。」
「どういう意味だ?」
「今回のセカイは、ひまりちゃんを外へ出さないことで、ひまりちゃんを守っているつもりだったのかもしれません。」
「守る?」
「現実から逃げたいという願いを、そのまま維持しようとした。」
真琴は黒い靄のイラストを見る。
「本人がもう帰りたいと思っても、セカイは『帰りたくない時の本人』を優先してしまう。」
「……。」
「だとしたら、レベル4はただ引きこもっているじゃない。」
真琴の表情から笑みが消える。
「本人が起きたいと思っても自分自身のセカイに閉じ込められる危険があります。」
所長は資料を閉じた。
「対策は?」
「現時点では不十分です。」
真琴は即答した。
「だから研究が必要です。」
「……外部に連れ出しによる強制覚醒については?」
「慎重に進めるべきかと思います。」
「なぜ?」
「今回、無理に外へ出そうとしたら、ひまりちゃん自身がどうなっていたかわかりません。」
真琴は少し黙った。
「おそらくレベル4でも無理矢理連れ出せばセカイを壊す事は可能でしょう。『セカイを壊せば本人も傷つく可能性がある。』と報告を挙げていたかと思いますが、レベル4の場合は精神が壊れるレベルかと思います。」
所長は椅子に背を預けた。
「本人への説得、強制的な連れ出し、セカイ内部からの干渉……。」
「それぞれの方法をもう少し比較する必要があります。」
「そして黒い靄についても調査する。」
「はい。」
所長は窓の外を見る。
「レベル4は、まだ分からないことが多いな。」
「だから面白いんですよ。」
真琴が笑った。所長が呆れたように見る。
「君は相変わらずだな。」
「研究者なので。」
「その調子で頼むよ。……君が頼りなんだ。みんなを起こそうじゃないか。」
「できる限りやらせていただきます。」
「……空いている時で構わない。例の件も頼むよ。」
「承知しておりますが……そちらはかなり難しいかと。」
「わかっている。できればでかまわない。」
セカイがどこにあるかわからないレベル4を起こす方法を探すことなんて。
「それではこれで失礼します。」
真琴は立ち上がった。
「あぁ、すまないね。もう一件。」
「はい。何か?」
「挙がっているレベル4の中に、かなり緊急性と難易度が高いと思われるケースがあってね。できれば早めに調査をお願いしたい。」
「わかりました。データをください。」
所長が書類を渡す。
「…………!これは。」
「もう眠ったまま4日目だそうだ。」
真琴はプロフィールを見つめる。
「……説得が、かなり難航しそうです。」
♢ ♢ ♢
大学で授業を受ける。
いつもの流れだ。レポートの期日だけ気をつけて、テストまでにレジュメをキープしておけばー
「よう大将。」
いきなり肩を組まれる。
「大将になった覚えはないな。」
「じゃあ師ー」
「師匠でもないぞ。恥ずかしいからそれで呼ぶな。」
「悪い悪い。」
ヘラヘラと笑う悪友。
「……お前の笑顔を見てると安心するな。」
「どうしたんだ急に。大丈夫か?まぁ俺の笑顔はチャーミングなのはわかってるが、男まで落とす力があるとは思ってなかったぜ?」
「そういう意味じゃ無い。」
「じゃあチャーミング笑顔の俺とクールな引き立て役で飲み会に繰り出そうじゃないか!今晩、空いてる?」
いい笑顔でサムアップを向けてくる。
「悪いな。先約がある。それにレポートあるだろ?終わったのか?」
「女か?また女なのか?まさかまたあのクールビューティーと!?ちくしょう!爆発しちまえ!」
泣きながら去っていったと思ったら戻ってきた。
「……前回のレジュメのコピーをとらせてくれてから爆発してくれ。」
笑いながらレジュメを渡した。
♢ ♢ ♢
夜。悠真は自分の部屋で早めに転がる。
寝るには少し早いがちょうど良い。
「……。」
眠る前に、ふと考える。
現実では、いつも通りの生活があり、明日も学校がある。人付き合いも煩わしいがある。
以前なら、それを面倒でできるだけ関わらないようにしようと思っていた。
けれど――。
「……まあ、行くか。」
布団へ入り目を閉じる。
しばらくして、鐘の音が聞こえたように感じながら意識が沈んでいった。
♢ ♢ ♢
目を開ける。
そこは久しぶりに自分のユメセカイだった。
丘の上では燦々と日が輝いている。く
「お・兄・ちゃん!」
「澪。」
今日もから澪が駆けてきて飛びつく。
「遅い!」
「悪い悪い。」
「今日は何する?何する?星見る?何する?」
悠真は空を見る。まだ昼間だが、夜には現実と同じ夜空が星座を作っているだろう。けれどー
「ねぇ、天体観測に付き合ってよ!」
「わかった?いいよ。でも少しだけ待って。夜まで余裕はあるだろ?」
悠真が腰を下ろす。
「どうかしたの?」
隣に澪も座る。
「たまにはこうしてぼーっとしてもいいかなって。」
「えへへ。それもいいね。」
澪が笑う。笑いながら悠真に寄りかかってくる。
二人で丘に並んで座る。
「ねえ、お兄ちゃん。」
「ん?」
「ひまりちゃん、元気かな。」
「大丈夫。元気だよ。真琴さんが様子を見に行ったって。」
「そっか。」
澪が空を見る。青空はいつも通り程よく雲が浮かんでいる。
「また一緒に遊べるかな。」
「きっとな。」
「じゃあ今度は三人で星を見る?」
「それもいいな。」
「やった!マジックショーもセットだね!私も何か覚えようかな。」
澪が嬉しそうに笑う。
悠真も空を見上げた。
このセカイみたいにまだいくつものユメセカイがある。
きっとそこには笑っている人や泣いている人。逃げ続けている人がいて、今回みたいに帰りたくてもまだ帰れない人もいるかもしれない。
悠真は立ち上がった。
「澪。」
「なに?」
「夜まではどこ行く?」
「うーん……。」
澪が考える。
「海!」
「この前も行かなかったか?」
「いいの!違うことするから!じゃあ決定!」
「はいはい。」
二人が歩き出す。
いつも通りの光景だが、少し悠真には違うように見えた。
お付き合い頂きありがとうございました。活動報告も更新してます。ぜひご覧ください。




