迷夢ー5
遅くなり申し訳ありません。
「一緒に帰ろう!ひまりちゃん!」
悠真と澪が手を伸ばす。
ひまりは二人の手を見つめた。
「……一緒に……。」
その言葉を口にした瞬間、廊下から大きな音が響いた。
ドンッ!!
「来た……。」
ひまりが小さく呟く。
次々と強めのノックが聞こえ、生徒会室の扉が大きく揺れる。
「ひまりちゃん?」「ここにいるの?」「大丈夫?」「一緒に帰ろう?」「早く開けて?」
笑顔の声がいくつも重なる。
「……私を探してる。」
栞がすぐに扉へ糸を伸ばし補強する。
「悠真くん、澪ちゃん。下がって。」
糸を器用に使いながら扉の前に糸の柵を作り、さらに室内の椅子や机を組み合わせながら縛って即席のバリケードを作る。
「これで少しは……。」
ドンッ!!
扉が大きく膨らんだ。
「嘘……。」
「栞!もう少し補強を!」
「分かってる!」
しかし、次の瞬間。
バキィッ!!
扉が外れて避けられた。
「うわっ!」
「いかんいかん壊してしもうた。」
「九条さん!?」
そこに立っていたのは、若い姿の九条だった。
手には竹刀。そして――満面の笑顔。
「ここにおったか。探すのに苦労したわい。」
「……九条さん。」
いつもの声だけど、何かがおかしい。
「さあ、ひまりちゃん。おじいちゃんと楽しく遊ぼう。」
「……操られてる。」
栞が糸を構える。
「邪魔はいかん。」
笑顔で竹刀を持ち上げた次の瞬間、バリケードなど無いかのように九条が踏み込んだ。
「危ない!」
悠真がひまりと澪を庇う。
竹刀が床を叩き、床板が大きくへこむ。
「九条さん!俺たちです!」
「知っとるわいむしろなんでお主らは笑っとらん?」
九条は笑っている。
「まあ、そんなことはどうでもよい。楽しくやろう。」
再び振り下ろされた竹刀を悠真が受け止める。
「くっ……!」
重い。
今までの九条とは明らかに違う。これはただの力押しだ。
「悠真くん!」
後ろから夢人が入らないように塞いだ栞が続けてこちらに糸を飛ばす。竹刀に絡みつき、腕を縛る。
「おお……これは厄介じゃな。」
圧が緩まった所で竹刀をそらし、そのまま蹴りつけた。
バキッ!
竹刀が折れた。
「はっはっは!折れてもうたわ!」
九条は折れた竹刀を見て、笑った。
そして、残った柄を投げ捨てる。
「なら、別の方法で遊ぼうかの。」
笑顔の九条さんが迫り間に入った悠真と取っ組み合う。変身した悠真と互角以上の力で押してくる。
「お願い!止まって!」
栞がさらに糸を伸ばす。
九条の両腕、足、胴体を一気に縛り上げる。
「おぉ!捕まってしもうた!」
しかし九条はまだ笑っている。
「どうしよう、この状態の九条さんとひまりちゃんを連れてどう逃げれば……」
「……九条のおじいちゃん。」
「澪!?。」
いつの間にか前に出てきて縛られた九条に手を添えている。
「お願い。おじいちゃん。戻ってきて?笑いたく無い時は笑わなくてもいいんだよ?一緒に帰ろう?」
九条の笑顔が少しずつ崩れていく。
「……わたしの糸を通して澪ちゃんのイメージが伝わってる……」
「…………わしは。」
九条の声が震えた。
「わしは、こんな顔をしておったのか。」
「……九条さん?」
「昔は……笑えんことばかりじゃった。みんなが笑える世界はきっといい世界だと思っとった。」
九条が目を伏せる。
「じゃが……これはひどい顔じゃな。」
栞は黙って頷く。
「笑えん時は、笑えんままでよかった。」
九条の頬を、一筋の涙が伝った。
「……そうじゃった。」
糸が少しずつ緩む。
九条は深く息を吐いた。
「すまんかったの。」
「大丈夫です。」
「いや。わしも、まだまだじゃな。」
九条は涙を拭い、折れた竹刀を拾った。
「行け。」
「でも……。」
「わしはもう大丈夫じゃ。」
九条は扉の向こうを見た。
そこには大量の夢人が集まっている。
「今度はわしが道を作る番じゃろう。なーに、今度は程々にして逃げるわい。」
「九条さん……。」
「早く行けい!」
笑顔ではなかった。
その顔は、いつもの九条だった。
栞が糸でひまりと澪を入れながら繭を作る。
それを悠真が持って
「こっち!」
栞と共に窓から飛び降りる。
校庭へ出ると――。
「きたきた!遅いよー!」
真琴が笑顔で手を振っていた。
「真琴さん!?」
「こっちに来るだろうなと思ってたから、ずーっと待ってたんだよ!」
真琴が指を鳴らす。
地面から壁がせり上がる。
「うわっ!」
反対側からも壁。
さらに頭上から巨大なネットが落ちてくる。
「こっちに来てくれるまで、色々準備してたんだ。」
「ひまりちゃん、一緒に帰ろう?またみんなで笑ってすごそうよ。」
いつも以上に笑顔の真琴さんは怖かった。
「やっぱり真琴さんも正気じゃない!」
ネットをレグルスセイバーで切り、穴を開ける。
「正気だよ?ほら、こんなに楽しいじゃん!」
次々と仕掛けが出てくる。
壁のパイプから液体が流れてきた。床が滑る。
足元から棒が飛び出す!横から丸太が振り子のようにとびだしてくる!壁が反りたち進路を塞ぐ!
「なんて楽しそうに生成能力を全部こっちを止めるために使ってるの!」
「その厄介さをいつも発揮してくれよ!」
悠真が叫ぶ。
「あっはっはー!!聞こえてるよー!」
真琴は笑顔のまま手を振った。
「お褒めの言葉をありがとう。実際すごく楽しい!」
「じゃあ楽しんだところでお仕置きだ!」
カウスブラスターから光弾を放つも、軽やかにかわしたり、壁で防がれてしまう。
「はっはー!!甘いよ〜甘すぎるよ〜!!」
「いつもに増してうるさい!」
「栞ちゃんもありがと〜でも、褒めてもひまりちゃんは帰らせないよ?」
栞が糸を伸ばす。真琴が避ける。
「ざぁーねーん!惜しい!」
お返しとばかりにネットランチャーからネットが来る!
なんとか避けるが、どんどん逃げられなくなっていく。
「さぁて。そろそろ鬼ごっこはおしまいにしようかな?」
いつの間にか周囲の壁の上に笑顔の生徒たちが並んでいる!
「くっ……」
「こうなったらライガーを呼んで無理矢理でも……」
「悠真くんお願い。少しだけ……30秒でいい。時間を作って。……真琴も助けたいの。」
「……頼んだよ。その間は、俺がみんなを守る!」
「それじゃあこれでフィナーレェェェ!!」
真琴が指を鳴らす。
上からパイプやネット、粘着弾などが降り注ぐ。
ベルトをいじる。乙女座と蠍座。
「スピカシールド!」
おろした繭と栞を包むように展開させる。
「おぉぉぉ!!」
アンタレススピアーを振り回し飛んでくるものをできるだけ弾いた。
異物の雨が収まる。悠真は自らを盾に全員を守り切っていた。
「アンビリーバボー!!すごいねーお姉さん感心しちゃう!」
「じゃあもう一回!今度はもう少し危ない物も混ぜるからちゃんとひまりちゃんを守ってね⭐︎。」
再度仰々しいポーズで指を鳴らそうとするが、
「……ありがとう。捕まえた。」
栞の糸がいつの間にか真琴と周りにいた生徒の足に絡みつき、壁の内側に引きずり込む。
「なぁにぃぃぃ!?!?」
同時に落ちた人を念入りに縛る。複数の糸が真琴の身体を包む。
「捕まえた!」
「……あはは。捕まっちゃった〜」
真琴は笑っている。
「どう?ひまりちゃん。捕まったわたし笑えるでしょ〜?」
繭から出てきたひまりを縛られたまま笑わそうとしている。
「真琴。」
栞が糸を握る。栞の糸がキラキラと輝いているように見える。
「真琴も無理に笑わなくていい。」
「……。」
「今の真琴は本当に楽しい?これが真琴がやりたかった事なの?」
真琴の笑顔が止まった。
「……。」
「あなたがやりたい事を忘れたなら思い出させてあげる。」
糸のキラキラが増したように見えた。
「……ほんと、失礼だなぁ。」
真琴の声から少しずつ力が抜ける。
「私……そんなに笑ってた?」
「ええ。」
「そっか……。」
真琴は目を閉じる。
「……ちょっと疲れたかも。」
笑顔が消える。
「戻った……。」
悠真が呟く。
「ごめん。ちょっと助けてもらった。」
真琴は周囲を見る。
「……なるほど。これはひどいね。」
そして、いつもの調子で笑った。
「じゃあ、ここからは私がやるよ。」
指を鳴らす。
「みんな、少しだけ付き合ってね。」
連続で指を鳴らす。
校庭の地面から壁が一斉に立ち上がり、夢人たちを分断する。巨大な出口の無い迷路が完成した。
さらに足元を固定する板、進路を塞ぐ柵、粘着性のある床が次々と生成されていく。
「すご……。」
「真琴お姉ちゃんすごーい!」
「……まるでマジックみたい。」
「こういうのは得意なんだよ。後、今のわたしはかーなーり怒ってる!」
「今のうちに行こう。」
栞が言う。
真琴が指を後ろに向けて鳴らす。壁からスロープができ裂け目のそばまで伸びた。
「行って!もう少し仕掛けたら私もすぐに行く。」
再度栞が真琴を糸で繋ぐ。
「九条さんも今逃げてこっちに向かってる。連絡とって道を作ってあげて。」
「オッケー。」
悠真はひまりの手を取った。
「行こう。」
「……うん。」
「一緒にね!」
澪も反対側からひまりの手を握る。
四人はスロープを滑り降りる。もう裂け目はすぐそこだ。
「もうすぐ!」
その瞬間だった。
道を塞ぐように住宅街の道路から、黒い靄が滲み出した。
「……え?」
栞が足を止める。
黒い靄は地面を這い、建物の壁を覆っていく。
「あれは……九条さんの時の……?」
「私が捕まっちゃったやつだよ!」
澪が叫び、悠真が警戒する。
ひまりが靄を見た瞬間、顔色が変わった。
「……嫌。」
「ひまりちゃん?」
「嫌……。」
耳を塞ぐ。
「聞きたくない。」
「何が聞こえるの?」
栞が近づく。
すると、どこからともなく声が聞こえた。
「「「「笑って。」」」」
ひまりが震える。
「……やめて。」
「「「「「「「笑って?」」」」」」」
「やめて……!」
周囲から次々に声が重なる。
「笑って。」「ひまりちゃん、笑って。」「笑顔はー?」「大丈夫。」「笑っていればいいんだよ。」
「ぴーす!」「笑おう?」「どうして笑わないの?」
ひまりが頭を抱える。
「違う……違うの……!」
「ひまりちゃん!」
澪が手を握る。
「大丈夫だよ!」
「……大丈夫?」
ひまりの目から涙が溢れる。
「大丈夫なんかじゃない!」
澪の手を振り払う。初めて、ひまりが叫んだ。
「私は……ずっと大丈夫じゃなかった!」
笑顔を作ろうとする。
けれど、顔が引きつる。
「笑わなきゃ……。」
「笑わなくていい!」
悠真が叫ぶ。
「もう笑わなくていいんだ!みんなの顔色を見て、いつも笑う必要なんで無い!」
ひまりが悠真を見る。
「……笑わなくて、いい?」
「うん。」
「本当に……?」
「本当だよ。」
澪がもう一度手を握る。
ひまりの顔から笑顔が消える。
その瞬間ー
ビキッ!!
空間に裂け目が入り、靄が爆発的に勢いを増した。
「え……?」
靄が周りの物を包み、巻き込み、壊していく。
「なにが起きてるの!?」
栞が叫ぶ。
ひまりはその場に膝をついた。
「嫌……。」
「ひまりちゃん!」
「嫌だ……壊れないで……。」
「大丈夫!」
澪が抱きしめる。
「一緒に帰ろうって言ったでしょ!」
ひまりは澪を見る。
涙でぐしゃぐしゃになった顔。
笑顔を作ろうとしたのか顔が動くがー
「……うん。」
ひまりは笑わなかった。
その直後、黒い靄がひまりを包み込む。
「ひまりちゃん!!」
澪がが手を伸ばす。栞も糸を伸ばす。
しかし、糸は途中で黒い靄に飲み込まれ届かない。
「待って!」
ひまりの姿が見えなくなる。
飛び込もうとする澪を悠真が抑える。
「ひまりちゃん!」
代わりに悠真が手を伸ばす。しかし届かない。
「必ず迎えに行くから!!」
澪が叫ぶ。
靄はいろんな物を壊して巻き込みながら学校の方へ飛んで行った。




