迷夢ー3
交通事故の回想があります。苦手な方はご注意ください。
「……澪?」
返事はない。もう一度叫ぶ。
「澪!」
それでも返事がない。
悠真は学校の方を見る。
「……澪はまだ中にいる。」
そのまま学校へ戻ろうとする。
栞が腕を掴む。
「待って!」
「離してくれ!!」
「ダメ!」
「澪がいるかもしれないんだ!!」
「だからって、今戻ったら悠真くんまで捕まる!」
「捕まるわけない!!澪のためなら、あんなやつらどうなったって…」
悠真は栞の手を振りほどこうとする。すごい気迫と共に悠真からも黒い靄ががー
パン!
平手打ちをくらう。全く痛くないはずなのに強い衝撃が走る。
「落ち着いて!今のあなたが行ったら、ひまりちゃんどころか澪ちゃんも助けられなくなる!」
悠真の動きが止まる。気迫も落ち着いてくる。
栞は強く手を握る。
「お願い。今は戻らないで。」
悠真は驚く。栞の手が震えているのを感じる。
「……栞?」
「私だって……私だって怖いよ。」
ちゃんと顔を見る。そこには今にも泣きそうな顔で手を握る栞がいた。
「澪ちゃんがどうなったか分からない。真琴さんや九条さんだって。私だって怖いよ。」
震えながらも手を離さない。
「悠真くんまでいなくなったら……私は嫌。」
「あぁ……悪かった。もう大丈夫。」
「……本当?」
自分の頬を叩いて気合いを入れる。
「取り乱してごめん。ちゃんと話そう。みんなを助けるために。」
(ごめん……もう少しだけ待っててくれ。)
澪の気配を感じる学校を強く見つめた。
公園に行き、入れそうな所に糸を張る。中心の遊具に入り話し合う。
「これで誰か来たらわかるわ。」
「ありがとう……さっきの事も。」
「別にいいわ。気持ちはわかるもの。」
「澪は……大丈夫。感じるんだ。学校の方で待ってるって。」
「感じる?……そうね。澪ちゃんはあなたの願いだものね。」
「ねぇ、…………澪ちゃんの事、聞いてもいい?あなたがレベル4になってしまうくらいの何があったのか。」
栞の言葉を聞いたことで、悠真の中に昔の記憶が蘇る。
まだ……そうだ。6年生の頃の記憶。
少し歳が離れていたのもあって妹がとても可愛く見えた。
「お兄ちゃん、待って!」
後ろから聞こえる声。振り返ると、澪がいた。
明るくてよく笑いよく泣き、感情が表に出るわかりやすい子だった。
「早く!置いてくぞ!」
「待ってって!」
近所の公園まで二人で走る。
たったそれだけの、よくある何でもない時間だった。
その日、悠真は澪と一緒に遊ぶ約束をしていた。
けれど、途中で悠真が言った。
「こっちから行こうぜ!」
いつもの道ではなく、近道を選んだ。
ほんの数分、早く着くはずだった。横断歩道を走り抜ける。もうすぐ信号が変わるだろう。
「お兄ちゃん!待ってー!」
澪の声が聞こえた。きっと信号で引っかかる。俺は向こうから見ててあげようー
その瞬間――後ろから、車の音が聞こえた。
ブレーキ。そしてタイヤが路面を擦る音。
そしてー何かがぶつかる、鈍い音が聞こえた。
世界が止まった。
「……澪?」
倒れている。動かない。
悠真は何が起きたのか理解できなかった。
ただ、手を伸ばした。
「澪……?」
返事はない。
「澪!」
近くで誰かが叫んでいる。大人たちが駆け寄ってくる。
救急車のサイレン。泣き叫ぶ声。
その全部が、近くなはずなのに遠くから聞こえてくるようだった。
――自分が、あの道を選んだ。
いつもの道なら。
もう少し待っていれば。
自分が先に走らなければ。
何度も何度も考えた。
けれど、どれだけ考えても時間は戻らない。
澪は――戻ってこなかった。
極め付けは病院で言われた一言。
「あんたが…あんたのせいで澪が!!あんたのせいで!」
母が責める。父が止めてくれてるけど言われて当然だ。
だってー
♢ ♢ ♢
「……俺が、あの道を選んだんだから。」
悠真の声で、栞が黙って聞いている。
「近道だったから。少しでも早く着きたかったから。それだけだった。」
膝を抱えるように座る。
「別に俺が車を運転してたわけじゃない。事故を起こしたわけでもない。」
「……うん。」
「だから、誰に言っても『悠真のせいじゃない』って言うと思う。」
「母さんだって、しばらくしてから謝ってくれた。あんたのせいじゃない。ごめんねって。」
少し笑う。けれど、その笑顔は苦かった。
「でも……俺はそう思えなかったんだ。」
「あの時、いつもの道を選んでたら。あの時、澪を待ってたら。俺が――」
言葉が詰まる。
「……澪を守れてたんじゃないかって。」
栞は何も言わない。ただ、悠真の話を聞いている。
「澪が良く言ってたんだ。「お兄ちゃんは私のヒーローだね。」って。だから俺は子どもながらに妹を守らなきゃって思ってたんだ。でも守れなくて……」
悠真は自分の手を見る。
「あまりその時の事は覚えてないけど……ユメセカイで澪と再開してからは澪をまた失うのが怖かったんだ。何かがあって俺のせいでまたって。」
「……うん。」
「だからさっきもいなくなるんじゃないかって。また守れないんじゃないかって……」
「私ね。こういう時なんて言ったらいいかわからないんだけど……。」
栞が手を伸ばす。
今度は勢いじゃなく、悠真の手を、しっかりと握る。
「多分、後悔することと、自分を責め続けることは違うんだと思う。」
「だから……1人で抱え込まないで。」
「きっと……澪ちゃんは待ってるよ。」
「……そうだな。」
「今も、悠真くんを待ってる。」
悠真が顔を上げる。
「……そうだ。」
「だったら、助けに行こう。」
悠真を見つめる。
「もちろん、一人で行くんじゃないよ?ちゃんとどうしたら助けられるかを考えて一緒に行こう。」
「私も行く。」
「……。」
「一緒に助けよう。」
その言葉が胸に刺さる。
「……ありがとう。」
小さく笑った。
「今度こそ、ちゃんと守る。」
栞は首を横に振る。
「違うよ。」
「……え?」
「守るんじゃない。」
握った手に、少しだけ力がこもる。
「一緒に帰るの。」
悠真は目を見開いて、静かに頷いた。
「……あぁ。」
「じゃあ話そう。私たちでどう助けたらいいかを。」
今度は、二人で。
澪を、みんなを
そして――
ひまりを助けるために。
♢ ♢ ♢
一方、その頃。少し時間が戻る。
学校の生徒会室。今は無人のはずのその部屋に澪がいた。
「ここは……?」
「こんにちは。」
ひまりが一人、窓の外を見ていた。
いつもの笑顔で。
「……。」
警戒する澪だが、今その部屋にはひまり以外は誰もいない。
笑顔でいる必要もないはずだが、それでも、笑顔をやめられない。
「……疲れた。」
ほんの一瞬。表情から力が抜ける。
「ねぇ、ちょっと私とお話ししない?」




