迷夢
遅くなり申し訳ありません!
帰りの車内は静かだった。
誰もが笑顔でいる学校の怖さについて噛み締めるように。
怖さを振り払うかのように悠真が口を開く。
「…なぁ、あのセカイがひまりちゃんの望みなのかな。」
栞も呟く。
「…まだ分からない。」
「あの世界そのものが、ひまりちゃんの望みなのか、それとも……」
そこで九条が笑いながら言う。
「夢は本人の心が形になったものなんじゃろ?」
「ならば、あの笑顔にも理由があるはずじゃな。それがわからんと話をするにも難しかろうて。」
「ですね。あんなセカイを作ってしまうような望みってなんなんでしょう…」
「ひまりちゃん…私は寂しそうに見えたけどなー。」
澪も呟く。
「さぁそろそろ着くよ。帰ったら私は調べてみるからまた夜に集合ね。人手は欲しいから悠真くんは明日私の手伝いに来てくれる?」
「栞とかの方が…」
「私は行けないから、お願いね。」
「……分かりました。大丈夫です。」
「じゃあ、色々思うところはあるだろうけど今日は解散!また明日。」
真琴と笑顔で別れた。
次の日。NEST会議室内。
真琴がスクリーンに情報を並べる。
事前の調査結果や夢の中で見たものを並べてみるが、やはり表面的には問題がないことが問題だった。
「本当に……普通なんだな。」
「そう。だからレベル4になった理由が分からない。」
「さぁ追加調査してもらってた分が届いてるから一緒に見ていこうか。気になった事があれば教えてくれる?」
手分けしながら資料を読み進めて行く。資料も多く、
パラパラと紙をめくる音が部屋に響く
「あれ?」
中学校からの記録に気になる記載があった。
「ひまりちゃん…一時期不登校だったんだ…」
「あの完璧な笑顔のひまりちゃんが?不登校……?」
「ん〜明確に記載はないですが、この出席の記録見ると一年間くらい欠席や別室登校を続けた後転校してますね。」
原因は明確な事件として記録されていない。
「友人関係のトラブル」「本人が学校へ行きたがらなくなった」「保護者との面談」
など、断片的な記録だけ。
「これだけじゃ何があったか分からないね。転校は親の都合みたいだけど、もっと面談記録とか無いかな…」
悠真が別の資料を見る。
「見てください。これ。」
小学校時代の印象を聞き取ったもののまとめだった。
・物静かな大人しい子。
・物語や手品が好き。
・どちらかといえば内向的。
・自分からは中々お友達に声かけが苦手
・マイペースでトラブルになる事もあった。
・休み時間などは1人で過ごす事が多い。
ところが中学卒業時の聞き取りでは
・いつでも明るく元気な子
・クラスの中心的な存在。盛り上げ上手。
・みんなで何かする事が好き。
・ 誰にでも優しい。
・人間関係のトラブルを避けるのが上手く調整上手
・相手に合わせるのが上手い。
・「嫌なことがあっても笑っている」ポジティブな性格と周囲から評価されている。
「……これ、かなり変じゃない?」
真琴が少し黙る。
「何がですか?」
「小学校とのギャップもそうなんだけど、1番おかしいのは中学時代の記録。」
「女子同士ってさ。表面上は仲良くても、裏では色々あるんだよ。」
「ましてや本人のいない聞き取りでいいイメージばかりなんて…」
「私も別に、人付き合いが上手いわけじゃないんだよね。」
「そう思います。」
「なんか言ったぁ?」
悠真は急ぎ他の資料を探す。真琴も資料に戻るが片隅で自分の事を思い出していた。
真琴も、女子グループの中で上手く立ち回ってきたタイプではなかった。
空気が読めず余計な事や「正しい事」を言った結果揉めた事もある。 グループ同士の微妙な関係に巻き込まれたり、仲裁しようとして失敗したこともある。
「色々あったな〜」
と少し苦笑する。
さっきの資料を見ながら仮説を立てる。
「女子のグループって、誰か一人が『嫌われないように』動き始めると、ものすごく疲れる。」
「もしひまりちゃんが昔、誰かに嫌われることを極端に怖がるようになったんだとしたら……」
「今の『誰からも好かれるひまり』はそう望んで自分を守るために作った可能性がある。」
過去の同級生への聞き取り記録などから、断片的な証言が出てくる。
「ひまりはいつも明るかった。」
「中3のクラスでは怒ったりしているのを見た事がない。」
「誰かに嫌なことを言われても笑って流していた。」
など。
「悠真くん、読んで。」
決定的な証言。
高校の同級生「ひまりは『みんなが笑ってれば、喧嘩にならないから』って言ってた。」
悠真が夢の中を思い出す。
「テスト嫌じゃない?」
「楽しいです!」
「宿題多いよね?」
「自分の力になるので嬉しいです!」
何を言われても笑顔。
「なんとなく見えてきたかな。」
真琴がホワイトボードに書く。
「誰も傷つかない世界」
「誰も怒らない世界」
「誰にも嫌われない世界」
矢印。最後に、
「みんなが笑っている世界」
「これが、ひまりちゃんの願いなのかもしれない。」
「もうちょっと調べてみんなと共有しようか。」
その晩、ユメセカイ内の会議室で共有する。
九条が静かに言う。
「なるほどの…。じゃが……それでは本人は笑っておらんのじゃろうな。」
悠真が顔を上げる。
「……どういうことですか?」
「みんなが笑っておれば、自分も笑わねばならん。」
「そういう世界を作ったのなら、ひまり自身も笑い続けるしかない。例え自分が嫌でもな。」
「もう一度入ろう。」
「今回はひまりちゃんをできるだけ1人にする事。話をして彼女から事情が聞ければベスト!可能であればひまりちゃんから笑顔以外の反応を引き出す事。」
「細かい事情は公式な聞き取りじゃ出てこない可能性がある。まずは話してみないとね。」
目的をスクリーンにまとめた。
「問題は…どうやって彼女を一人にするか。」
前回は誰かが必ずひまりを守るように遮ってきた。あの人ごみをかき分けたり避けるのは容易では無い。
「なら、私かな。壁を作って物理的にひまりちゃんを1人にする。」
「完璧に1人じゃなくていいわ。2、3人なら私達で抑え込む。」
「俺と九条さんもできる限りサポートする。」
ただし九条が少し不安そうにする。
「あの世界……前回は向こうのルールに従っておったが、無理矢理何かするとわしらにも何か仕掛けてくるかもしれんぞ。」
「だから今回は短時間で目的を達成する。何があるかわからないけど、多分妨害は入る。長くは壁だと防げない。」
「ひまりちゃんと話せれば……きっと何か分かるはず。頼んだよ。」
♢ ♢ ♢
ピッ…ピッ…ピッ…
現実の病室のひまりがベッドに横たわっている。
眠ったまま。
モニターの音だけが静かな部屋に響く。
母親がそっとひまりの手を握る。
「ひまり……お願い……早く起きてね。」
ひまりは眠ったまま。表情だけ変わる
笑顔。
「そんなに夢の中が楽しいのかしら…」
携帯がなり母親が外に出る。
誰もみていない中で笑顔のひまりから涙が一筋、頬を伝った。
♢ ♢ ♢
「じゃあみんな用意はいいね?」
真琴が続ける。
「今回の目的は一つ。七瀬ひまりと話す事。」
「事情がわかれば事情を探る。無理だと思ったら撤退。出直そう。」
「ひまりちゃんを発信機で見つけて追跡。なるべく人が少ないタイミングで私が壁を作ってひまりちゃんを1人にする。おそらく夢人が集まってくるから九条さんは私の護衛をお願いします。」
「うむ。」
「悠真くんと栞ちゃんでお話しをお願い。無理に説得に持って行かなくていい。まずは話をして聞いてあげて。」
「はい。」「えぇ。」
「後…悠真くん、ごめん。今回は澪ちゃんは学校まで連れていけない。」
「…大丈夫です……でももし何かあったら、俺は澪を優先します。」
「えぇ。それでいいわ。」
「澪ちゃんは…今回はセカイを動き回るのと、夢人達がどう動くかわからないから隠れていて欲しい。夢人は学校近くでしか見てないから街のエリアなら大丈夫だと思う。入り口近くの住宅街で隠れて。何かあったらすぐに連絡して。」
「はい!」
「連絡は栞ちゃんの糸で。今回はセカイも広いし、発信機を各々体につけといて。それでみんなの位置がわかるから。」
「では、もう一度行ってみようかの。」
揺らぎをくぐり中に入る。
その向こうには――
前回と同じ、笑顔に満ちた学校。
しかし今度は、少しだけ様子が違う。
校門に立っている生徒全員が、こちらを見ている。
笑顔のままで。




