黎前
間に合いました!今日はここまで。明日は少し忙しいので更新は控えめです。
黒い靄が道場を飲み込み、畳が裂け、柱が軋み、天井が崩れていく。
「嫌じゃ。」
老人の声が空間に響く
「終わりとうない。」
「まだ……」
「まだ生きたい。」
「マだいきタイぃイい!!!」
その叫びと共に、九条の身体が更に膨れ上がる。
腕は異様に太くなり、筋肉が不自然に隆起する。
片腕は青年のように逞しく、もう片方は老人のように痩せ細る。身長も伸び、3メートル、4メートルまだ伸びる。左半分は若く、右半分は老人。無理矢理縫い合わせたかのように歪んでいる。
背中から黒い腕が何本か伸び、刀の形をした黒い靄を握る。
もはや剣士ではない。剣への執着だけが形を持った怪物だった。
「精神波、急上昇!」
真琴の端末が今までにないレベルで激しく警告音を鳴らす。
「こんなの…どうしたら…」
異形はゆっくりと顔を上げた。
「足りぬ。」
ズンッ!!踏み込んだだけで道場が砕ける。
「もっと、、、もっと力を!!」
「力が足りない!!!」
「来る!」
悠真はレグルスセイバーを構えた。
ギィィィィン!!今までとは比較にならない衝撃。まるで丸太か棍棒にでも殴られたかのような衝撃が体を駆け抜ける。
「ぐおっ!」
そのまま十数メートル吹き飛ばされ、壁を突き破る。
「お兄ちゃん!」
「来るな!」
異形はもう目の前だった。
巨大な刀が振り下ろされる。
「生成!」
真琴が指を鳴らす。
鉄、鋼、セラミック、炭素繊維、ダイヤモンド複合材、ゴム製など様々な素材、機能の盾が現れ、悠真の前へ並ぶ。
バキン!!
悠真ごと全部まとめて吹き飛んだ。
「嘘でしょ!?」
さらに指を鳴らす。
悠真の飛んだ先にエアバックが出現し悠真を受け止める。
「止まらない!」
「栞!」
「ええ!」白い糸が空中へ放たれる。
細い糸が絡み太い糸が締め上げる。幾重にも糸が絡まり結び、異形の腕へ足へ巻き付く。
そのまま真琴が埋め込んでいた杭に糸をつけて固定。
更に他の場所へ糸をかける。
首。体。そして全身を縛り上げる。
「今!」悠真が駆ける。
「九条さん!聞いてください!」
異形は糸から抜け出そうと夢中で反応しない。
ギリギリギリ……
糸が悲鳴を上げる。
「まずい!」
ブチブチブチッ!!
全部引き千切られた。
「っ!」
その勢いで腕が栞を狙う。
「危ない!」悠真が間へ飛び込む。
ベルトを乙女座に。光が集まる。
可変式の大きな盾を構えて腕をなんとか受け止める。
「スピカシールド!」
ドォォォン!!
凄まじい衝撃。
盾越しで腕が痺れた。
だが引かず。栞は守り切る。
「なんて力だ……!」
異形は止まらない。
再び拳を振り上げる。
かわしながら声をかける。
「なんとかもう一度動きを!説得したい!」
「えぇ!」「了解!」
ベルトを再度動かす。今度は魚座へ。
「アルレシャウィップ!」
悠真の左手から青白い光が伸びる。
魚座の星具。光の鞭。
シュルルルッ!
思う通りに異形の両腕へ巻き付く。
「今度こそ!」全力で引く。
「うおおおお!」
少しだけ。ほんの少しだけ動きが止まる。
「今なら!」真琴が叫ぶ。
指を鳴らし、ポンプと放射機を生成。足元を中心にすぐに固まる溶剤を撒く。どんどん動きが鈍っていく。
「合わせる。」
栞も糸を出して体に巻き付ける。溶剤と合わさり更に硬く固まっていく。
「九条さん!」悠真が呼びかける。
「あなたは剣が好きだったんだろ!誰かを倒したかったんじゃない!」
栞も続ける。
「あなたは守りたかった!だから剣を振ってきた!」
異形の身体が震える。
「守……」
「守りたかった。」老人の声。
一瞬。抵抗が止まる。
「届いた!」そう思った。
次の瞬間。
「力が足りぬ!!」
ゴォォォォッ!!体から黒い靄が爆発する。
アルレシャウィップが弾け飛ぶ。
「しまっ——」ドォォォォン!!
異形の拳が悠真を捉えた。
とっさに切り替えたがスピカシールドごと吹き飛ばされる。
「お兄ちゃん!!」
澪の叫び。
悠真は瓦礫へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」盾も消えてしまう。
異形はゆっくり近付く。
「もっと……もっと力を。」
「もっと若さを。もっと命を。」
「まだ終われぬ。」
その姿にはもう九条恒一の面影がほとんどなかった。
「こんなの……。」
真琴が歯を食いしばる。
「説得なんてできない。」
「暴走してる。」
栞も苦しそうに呟く。
「九条さんは……もう聞こえてない。」
異形が刀を振り上げる。
「伏せて!目を閉じて!」
閃光弾が破裂する。
異形も腕を振り回しながら後退する。
光が収まると悠真達の姿は見えなくなっていた。
「とりあえずは大丈夫かな?」
真琴が小さく言った。
あの時、閃光のタイミングで栞の糸でみんなを集めて、瓦礫の山のハリボテを生成し中に隠れた。
「……悠真君。あれはダメだ。」
「もう、倒すしかない。」
静寂。
その言葉だけが重く響いた。
「攻撃して倒すならやりようはある。でももう拘束して話をするのはかなり厳しい。」
倒す。それは夢を壊すこと。
九条自身を否定すること。
ここまでずっと避けてきた答えだった。
「俺は……。」
声が震える。決めなきゃいけないのに。答える事ができない。
澪が首を横に振る。
「やだ。」
小さな声。でも誰よりも強かった。
「九条さんを倒すなんて、やだ。」
誰も反論できない。
真琴も。栞も。悠真も。
おそらく気持ちはみんな同じなのだ。
ただ、時間がない。異形も暴れ始めてる。いつハリボテがバレるかわからない。
悠真はゆっくり立ち上がる。
「……二人とも。」
真琴と栞を見る。
「少しだけ時間を稼いでくれ。」
「何か考えがあるの?」
悠真は希望から目を離さない。
「確信はないんだ。でも、俺が夢見たヒーローは守るヒーローだから。アストレンジャーなら。」
「まだ方法がある。」
腰のバックルへ静かに手を添えた。




