第七話 創作エピソード:魯智深と史進 ― 黒い米蔵
夏の陽は容赦なく照りつけていた。
街道には、稲穂が黄金色に実る田がどこまでも続いている。豊作――誰もがそう思う景色だった。
だが、その村には、ひとつだけ不自然なものがあった。
昼になっても、どの家の煙突からも炊煙が上がらないのだ。
魯智深は足を止めた。
「妙だな。」
その時、一人の少女が土ぼこりを上げながら駆け寄ってきた。
「お願いです! どうか村を助けてください!」
その声は悲鳴に近かった。
少女に案内されて着いた楓村には、痩せ細った老人、力なく座り込む母親、腹をすかせて泣く子どもたちの姿があった。
豊かな田園とは、まるで別の世界だった。
史進は静かに村長へ尋ねた。
「今年は豊作だったと聞いた。なぜ誰も米を食べられない。」
老人は震える声で答えた。
「豪商・金万福です……。収穫前から安値で米を買い占め、収穫が終わると蔵へ隠しました。そして今では十倍の値で売っています。私たちは、自分たちが育てた米を買う金さえありません。」
魯智深の眉がぴくりと動いた。
「人の腹を踏み台にして儲けるとは……。」
握った拳から、骨の鳴る音がした。
「仏も、こんな悪党までは救わんぞ。」
その夜。
二人は屋敷の裏山から豪商の蔵を見張っていた。
月明かりの下、何台もの荷車が音もなく裏門へ入っていく。
「まだ運び込んでいる。」
史進が低くつぶやく。
荷車の車輪は深い轍を刻み、蔵の中へ消えていった。
「証拠は十分だ。」
魯智深はにやりと笑った。
翌朝。
市場は高値の米を求める人々であふれていた。
金万福は豪華な椅子に腰掛け、扇をあおぎながら客を見下ろしている。
そこへ魯智深が堂々と歩み出た。
「主人、この町一番の米を食わせてくれ。」
金万福は僧の身なりを見て鼻で笑う。
「金はあるのか。」
「値を聞いてから考える。」
「一俵、百両だ。」
市場が静まり返った。
赤子を抱えた母親が思わず泣き崩れる。
老人は肩を落とし、その場を去ろうとした。
その時だった。
史進が静かに前へ出る。
「昨年は十両。それが一年で百両とは、ずいぶん米も出世したものだ。」
群衆から笑いが漏れる。
金万福は顔を赤くした。
「嫌なら買うな!」
「もちろん買わぬ。」
魯智深が一歩前へ出た。
「だが、お前が裏門へ隠した米は見せてもらう。」
そう言うや否や、禅杖を地面へ打ち下ろした。
轟音が市場に響く。
役人たちが駆け寄る。
「何事だ!」
史進は昨夜記した荷車の印を見せた。
「裏門から何十台も米を運び込んでいる。調べればすぐ分かる。」
村人たちは一斉に屋敷へ押しかけた。
蔵の扉が開かれる。
誰もが息をのんだ。
そこには、山のように積まれた米俵。
しかも、その一つ一つには村人たちの家紋が焼き印されていた。
「俺の家の米だ!」
「返してくれ!」
怒号が渦巻く。
金万福は逃げ出そうとしたが、魯智深が首根っこをつかみ上げた。
「逃げ足だけは一人前だな。」
豪商の足は宙でばたつくだけだった。
役人も言い逃れはできず、その場で金万福を捕らえた。
魯智深は大笑いしながら米俵を肩へ担ぐ。
「今日は祝いだ! 腹いっぱい飯を食え!」
その日、村中のかまどに火がともった。
白い湯気が何本も空へ昇る。
炊きたての飯の香りが村を包み、子どもたちは夢中で茶碗を抱えた。
老人は熱い飯を口に運ぶと、涙を流した。
「こんな白い飯を食べたのは……いつ以来だろう。」
夕焼けの中、史進は村人たちを見渡した。
「悪人を捕らえても、それで終わりではありません。」
人々は静かに耳を傾ける。
「蔵を村みんなで管理してください。豊かな年には蓄え、苦しい年には分け合う。それが本当の強い村です。」
若者たちは力強くうなずいた。
旅立ちの朝。
少女は握りたてのおにぎりを二人へ差し出した。
「今度は私たちが、困っている人を助けます。」
魯智深は照れくさそうに笑った。
「そうだ。それが義というものだ。」
史進も少女の頭をそっとなでる。
「義は剣ではなく、人から人へ受け継がれる心です。」
朝日が二人の背を照らす。
禅杖を肩にした大男と、剣を帯びた若武者は、振り返ることなく街道を歩いていく。
遠くの村では、また誰かが助けを待っている。
魯智深は豪快に笑った。
「さあ史進、次はどんな悪党が待っている!」
史進も笑みを浮かべる。
「どこへ行こうとも、義の道は一つです。」
二人の影は朝日に伸び、果てしない街道の彼方へ消えていった。




