生き残り達
岸壁にめり込んだツェザーレを掘り起こし、シャルアが何重にも拘束魔法を施して雁字搦めにし、ソードスコルピオンの残骸も破片一つ残さずに回収して、拘束と封印処置を施した。
拠点周辺を包囲していた捕縛部隊の一部と合流し、彼らを待ってから拠点内部の捜索を始める。ツェザーレという重大な手掛かりを放置する選択肢はなく、また拠点内の捜索に連れて行く選択肢もなかった。
ソトナルカの手駒であるツェザーレに何が仕込まれているか分からず、拠点内のトラップと反応するか分かったものではないからだ。
そして数時間の後に捕縛部隊の一部と合流し、捜索を行った結果、ゼルドナーを始めとする工作員達は、当然の事ながら拠点内に影も形も残ってはおらず、有力な資料となるものも残ってはいなかった。
「ソトナルカの連中の撤退の手際の良さは、相変わらずだ」
残していっても問題がない資料と物資を、それでも拠点内から押収して外に並べる帝国兵達を眺めながら、ゼオンが言った。傍らには影のようにシャルアが寄り添っている。
「脱出の用意をしておくのはどこの国でも常識だが、ここの連中は特に手際が良かった。それでもツェザーレと擬態生物の残骸を回収できたのは間違いない成果だ。ソトナルカが今後運用する召喚獣について、情報を得られたと前向きに報告しておくよ」
「前から思っていたが、ゼオドーラ卿は随分と頭が柔らかい。帝国の実力主義の成果か。俺の評価もその影響だろう? それにしても、今回の作戦の指揮はゼオドーラ卿が担当ではないのか?」
まだ若手と見えるシャルアだが、物腰と離れした雰囲気、実力から見て帝国内部での評価は相当に高いとゼオンは踏んでいる。彼女が今回の作戦の指揮を担っていてもおかしくないと、そう思っていたのだが……
「私のような若輩には早いよ。それに私は大勢を率いるよりも今回のように、貴公のような凄腕と少数精鋭で任務にあたる方が性に合うし、使える魔術と私の適性にも合致している」
ネルエデン帝国は魔剣の量産体制を整えたように、魔術が広く普及している国家だ。国内の魔術師の人口比率は大陸でもっとも高く、戦争に限らず日常生活の中にも魔術が息づいている。
シャルアはゼルドナーとの戦闘では魔剣を主に使ったが、複数の魔術を習得していると考えて間違いない。
「そうか。なら帝国から次の依頼が来たとして、その時もゼオドーラ卿と共同での仕事になる可能性が高いわけだな」
「ふふ、まあ、私の権限の及ぶ限りにおいて、貴公を指名する」
断言するシャルアに、ゼオンは溜息を吐くのもいい加減飽きてきた。
「本当に、よくもまあ、そこまで俺を買い被ったものだ。以前、ゼオドーラ卿が見かけたという俺は、それほどの仕事をしていたのか」
ゼオンは過去に受けた依頼を振り返り、そこまで大々的に活躍した戦いがあったろうか? と内心で首を捻る。
それなりに名の知れた相手と戦った経験もあるが、巷で知られるほどゼオンは名を馳せてはいない。知る人ぞ知る、という同業なら知っているというレベルだ。
「ああ。私にとってはどんな伝説や神話の英雄よりも、はるかに勝る英雄だったとも。だからこうして熱を上げているわけだ」
「どこの生まれとも分からず、壊滅して存在しない傭兵団に育てられた、自由傭兵如きに」
理解不能だと零すゼオンに対して、シャルアは薄く微笑むばかり。
風に舞う要請が思わず見とれて、その場で踊り出すような笑みだった。同時に私だけは貴公の良さを理解しているぞ、と言わんばかりであった。
ゼオンがしばらく無言だったのは、そのシャルアの微笑に見とれていたからかもしれない。
それをシャルアに気取られる前に、ゼオンは話の矛先を変えることにした。気付かれたら、間違いなくシャルアは調子に乗ると短い付き合いで理解していたからだ。
「それで今回の依頼はこれで終わりと考えていいのか? 殲滅とはいかなかったから、報酬半減でも文句を言うつもりはないが」
「そうだな。だがあのツェザーレを無力化した功績は大きい。私が他の魔剣騎士でもゼルドナーを同時に相手取りながらでは、同じ真似が出来たか怪しい。その功績を持って報酬は満額出すこととしよう」
「そうか。つくづく話の分かる依頼主だ。ツェザーレだったか。あれの護送の手筈は整っているのか? 連中が強力な召喚獣を出してくるのは想定していたろうが、ああいうのは想定外だったんじゃないか?」
「人型の召喚獣は初めてではなかったさ。だが、捕虜には違いないから、丁重にお連れしなければ、帝国の名折れだ」
(ツェザーレを鹵獲ではなく“捕虜”と言うか。兵器扱いではなく人間扱いをすると)
ゼオンは兜の奥で小さく笑った。ツェザーレへと改造されてしまった、どこかから召喚された少年が、今後どうなるかはゼオンにも分からないが、ソトナルカで使い潰されるよりはましな扱いになると信じられる反応だった。
「ゼオドーラ卿、直前の依頼主がゲルキドールだった所為もあるが、良い依頼主だよ。次も受ける甲斐のある依頼を持ってきてくれることを期待している」
「ああ、任せておいてくれ。今回の報酬については後日、貴公の元へ届ける。次の依頼については、召喚術狩りに優れた貴公に相応しいものを見繕ってくる。大いに期待して待っていてくれ」
「ああ。そうさせてもらうよ、ゼオドーラ卿」
ゼオンは目の前の奇妙な仮面の女騎士殿との付き合いが、きっと長いものになると根拠もなく確信し、彼女からの初めての依頼を終えた。
掃討作戦に参加していた他の部隊と合流し、拘束したツェザーレや工作員達をどこかへと移送するのを、イストマツ山の麓で見送ってから、ゼオンはシャルアらと別れた。
ゲルキドールの偽の依頼から置き土産バグズントの始末、更にシャルアから齎された工作員の掃討作戦。思いがけずに手間と戦いと時間を掛ける事となったが、ゼオンの心中は暗くはなかった。
妙にこちらに好意的なシャルアとの縁は、ゼオンのかたき討ちに大いに役立つのは目に見えている。その対価としてなにを要求されるか分かったものではないが、その価値はあるとゼオンは判断していた。
イストマツ山からゼオンが戻ったのは、ネルエデン帝国帝都ヘルベスタに立つ一軒家だ。十五年前の戦乱により、多くの建物を消失したヘルベスタの市街はそのほとんどが新築で、大陸でも有数の歴史ある国家の趣を失っている。
ゼオンが拠点として使っている二階建ての一軒家も、戦乱が終わった後に建てられた新築だ。煉瓦の壁に囲まれた敷地はそれなりの広さがあり、鎧を着せた人型の打ち込み台や弓術の的が無造作にぶら下がっている。
ゼオンは分厚い扉を押し開けた。入口から玄関に至るまでに設置しておいた、魔術・物理両方の罠に反応した痕跡はない。ゼオンが使っている家の付近は、かつて戦乱で敗北した残党達が拠点とした地域であり、居住者の数は少ない。
その連中の顔ぶれや素振りに変化が見られない所からして、ゼオンが留守にしている間に荒事は起きなかったと分かる。
「戻った」
ゼオンの帰還の挨拶に答えがあった。一階の奥にある扉を開いて、ゼオンの同居人である女魔術士が姿を見せる。
白いエプロンと赤ずきんが目を引く、茶色の巻き毛が特徴的な女性だ。二十代前半ほどに見えるが、魔術で老化を抑制する魔術士は珍しくないから、実際の年齢は分からない。
切れ長の瞳とプライドの高さを表しているような鼻梁、血を縫ったように赤い唇が目を引くが、それ以上に底意地の悪さが透けて見える女性だった。にんまりと嫌な笑みを浮かべて、ゼオンをまじまじと見つめる。
「はいはい、お帰り、ゼオン。今回も無事に帰ってきてなによりだよ。ぐふふ、新しい業を背負って帰ってきたねえ。お前さんの魂がまた一つ重たくなっているよ」
「気の滅入る事を言うなよ、バルラ。俺が出ている間、問題はなかったか?」
「あったりまえだよ。このバルラ様が居る家に手を出して、ただで済むような奴はいやしないさ。目端の利く奴なら、あたしの施した守護と呪詛返しの魔術の凄さに顔色を変えて、尻尾を巻いて逃げの一択さ」
「あんたの魔術の腕前は良く知っている。そこは疑ってはいないよ。今回の依頼でバグズントと擬態生物、それに召喚した人間を素体にした召喚獣と交戦した。後でバルラの所感を聞きたい」
ゼオンからの言葉に、バルラの紫色の瞳に探求と好奇心の光がギラギラと輝いた。ゼオンの知る限り、二番目に優れた魔術士であるこの女性の探求心の強さと未知を解明する欲求の貪欲さは、他の追随を許さない。
「またぞろソトナルカの召喚術士共が、凡人の限界も知らずにあれこれとしたらしいね。いいよ、たんと聞かせな。あんたじゃ気付けない事も、あたしなら気付ける。それで、報酬の方はどうだった?」
今度は黄金色の欲望の光を瞳に輝かせるバルラに、ゼオンは正直に答えた。研究者肌のバルラだが、同時に世俗的な欲求も強い。分かりやすく言うと守銭奴なのだ。金の亡者と言ってもいい。
以前、それを指摘したら、魔術の探求に必要な器具や素材の数々とそれに必要な費用、また研究用の土地の確保やその維持など、ありとあらゆる出費について耳にタコが出来るほど聞かされた。
懲り懲りになったゼオンはそれ以来、バルラのがめつさを指摘しないように心がけている。
「この後、依頼主から追加の情報と一緒に届けられる予定だ」
「なんだい、その場で受け取ってきていないのかい!? 帝国からの正式な依頼だからって、報酬を誤魔化されやしないだろうね?」
「そんなケチな真似をしたら、それこそ帝国の面子に傷がつくだろう。どの組合にも所属していない傭兵如きに、報酬を渋るなんてな。帝国はその程度の恥は知っている」
「はん、今の皇帝の辣腕で復興したとはいえ、いつだって予算不足を訴えるのが国ってもんだろう。削れるところは削ろうとすると思うけどね。まあいい。あんたの尻に火が付くのは構わないけど、あたしへの支払いはケチるんじゃないよ? いいね」
自分に入る金の心配だけをするのだから、バルラの金への執着を改めて見せつけられて、ゼオンは小さな疲れを感じた。
似たようなやり取りをこれまでも何度か行っているが、バルラは魂に“金”と刻まれているに違いないと、ゼオンは秘かに思っている。
「分かっている。あんたを敵に回すつもりは毛頭ない」
物わかりの良いゼオンの言葉に、バルラがうんうんと満足げに頷いていると、地下へ続く階段の奥から、ごつごつと重々しい音を立てて上がってくる人影があった。もう一人の同居人だ。
ゼオンとバルラと比べると、二人の腹くらいまでして背丈の無い筋肉の塊のような老人だ。綿のシャツと厚手のオーバーオールを押し上げる筋肉の総量は、素手で岩石を握り潰してしまいそうだ。
鍛冶仕事の邪魔になるからと髭も頭髪も剃った老爺は、ゼオンの鍛冶仕事を一手に引き受けている鍛冶師のダコウ。蝋の翼時代からグランレッグやガルガンズを始め、団員達の武具や防具を手入れしてきた古馴染みでもある。
「なんじゃあ、相変わらずかしましいのう、バルラ。おう、ゼオン、無事のご帰還か。どれ、とっくと見せい。ほれ、ほれ!」
ダコウがぐいと手袋に包まれた右手を差し出してきた。いつもの恒例行事に、ゼオンは安堵さえ覚えながら、左手の大盾と背中の大剣を鞘ごとまとめて渡す。
どちらも常軌を逸した超重量の装備だが、ダコウは苦も無く受け止めて二つの獲物に視線を這わせる。
「ほうほう、ふむふむ、うんうん」
バルラもゼオンもダコウの観察が終わるまで、じっと黙っていた。バルラなどはいくらでも口を挟んできそうなものだが、邪魔をした時のダコウの反発の凄まじさを知っているから、仕方なく口を閉ざしている。
業突く張りの魔女は曲者だが、この鍛冶師もまた曲者具合では負けていないのだ。なにより言い争いをしても、なんの得にもならないのをバルラはよく知っていた。
「ゼオン、おめえ、また面白い奴と戦って来たなあ。針みたいに鋭くて鞭みたいにしなる奴と、蛇腹剣か? 天然もんの怪力に強化魔術は間違いないとして、技のねえ野郎が相手だったろ? お前に取っちゃ格好の獲物だ。その前の……虫か? 虫っぽいバケモンの方が手強かったんじゃねえか」
大盾と大剣の消耗具合から、ゼオンがどんな相手と戦ってきたかを、異常な精度で言い当てるダコウに、バルラが感心した様子を隠さずに目を丸くする。
彼女なら魔術を使えば同じ芸当が出来るが、ダコウは身に付けた技術だけで同じ成果を出す。その一点に於いて、バルラはダコウに対して決して表には出さないが、敬意を抱いていた。
「虫の方は実戦経験の個体のようだった。擬態生物に操られていた方は、操る方が拙かった。その所為でせっかくの能力を活かせていなかったから、ダコウの言うように戦いやすかったぞ」
「だろうな。傷がついちゃいるが、表面を撫でられただけで済んどる。お前の腕も上がったが、これならすぐに直してやる」
「いつも悪いな。その二つが一番、手に馴染む。次の依頼がいつになるかは分からないが、そう遠くない予定なんだ」
「ふっふ、蝋の翼見習いだったお前も、今じゃ名の知られた自由傭兵か。方々の組合から勧誘が来とるんじゃろ。あのチビジャリが成長したもんだわ。どれ、夕飯まで工房に籠るわい」
嬉々として階段を戻って行くダコウを見送ってから、バルラがゼオンを自分の部屋へと誘う。
「頑固爺の話が終わったら、次はあたしの番だよ。あんたが見てきたものすべてを、どんな些細なものでもいいから、おはなし」
「分かっている。団長達の仇に繋がるかもしれん以上、隠し事はしない」
蝋の翼が壊滅してから、今、この瞬間に至るまで復讐の炎を少しも弱らせていないと分かるゼオンの声色に、バルラが一瞬だけ目を伏せたのに、ゼオンは気づいていなかった。




