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傭兵ゼオンと仮面の女騎士シャルア  作者: 永島 ひろあき


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9/9

シャルア=■■■■

 バルラの工房は古びた巻物から真新しい書物が本棚を埋め尽くし、壁際には虹色の煙を吹いている大釜、天井からは干した草花の束やよくわからない生き物の手足が吊り下げられ、無数の鉱物や液体を入れた大小のガラス瓶が棚を埋めている。

 机の上には書きかけの書類やフラスコ瓶にビーカー、試験管がずらりと並んで、いかにも怪しい魔女や錬金術師らしい有様だ。


 これだけ様々な物で溢れかえっているのに、不思議と臭いの無い部屋で、ゼオンは立ったまま、目の前で肘掛椅子に腰かけたバルラを相手にゲルキドールに命を狙われてから、イストマツ山中でツェザーレを無力化するまでを、求められるがままに語った。


「バグズントは別に珍しくはないねえ。あのサイズの召喚獣としては強力な種族だけど、アンタなら問題なく勝てるし、実際そうだったわけだわさ」


「ああ。元居た場所でもそれなりに戦闘経験のあった個体だと感じられたが、同じような大きさで俺くらい壊れない相手とは、戦った事が無かった様子だな。一対一ならまず問題はない」


 バルラは自分の分だけ用意したビーカーに白ワインを注ぎ、がぶりと飲んでから話を続けた。


「召喚獣に手を加えて自我を奪い、別の召喚獣で操作するってアプローチはソトナルカでもまだ新しい方の研究だろうね。手に余る召喚獣を召喚して、何度もしっぺ返しを食らったもんだから、召喚獣を支配することに力を注いできた国だからね。一手間加える発想はあっても、実際に研究を始めたのはここ数十年ってとこか」


 バルラには、凄腕の魔術士らしい浮世離れした雰囲気はまるでないが、その実力の確かさは蝋の翼時代からよく知っている。

 蝋の翼において最高の魔術士はヴィオレッタだが、バルラはその次、第二位の座に君臨する魔術士だった。ゼオンとダコウとバルラは数少ない蝋の翼の生き残り達なのだ。


「ソードスコルピオンも厄介な虫だった。魔剣持ちの兵士でもあの速度に対応できるのは、帝国でも多くはない。あれが大量に戦争に出てきたら、魔剣兵でも被害は免れん。ソトナルカを調子づかせるのは、愉快な話じゃないな」


「まあ、ソトナルカが窮地に陥れば、姉さん達を手に掛けたアイツが顔を見せる可能性もあるわけだから、そこは痛し痒しだね。アンタにとっちゃ一応は生まれた国なんだし、帝国が劣勢に陥るのが嫌でも仕方がないさ」


 ゼオンにとって団長達の敵討ちは個人的な私怨だ。同時に自分だけのものであり、そこに関係のない他者が踏み込んでくるのを、ひどく嫌っている。

 仕事に無関係の軍人や民間人を巻き込むのを好まないゼオンだが、その理由は慈悲や優しさよりも、自分の戦いに、敵討ちに関係のない人間が割り込んでくるな、という拒絶の感情が大半を占める。


「そこまで帝国に思い入れがあるとは思っていないんだがな。それと二級魔剣を持つ魔剣騎士シャルア・ゼオドーラ卿と一緒に依頼をこなしたが、なかなかのものだった。魔剣騎士は俺が思っていたより腕が立つな」


「量産型の人造魔剣も幅が広いからねえ。同じ等級の魔剣にしても、軍隊や城砦を吹っ飛ばすための魔剣と一対一を想定した魔剣とじゃ、扱いは異なるってもんさ。アンタはタイマン向きなんだから、そのシャルアってのとは、悪くない組み合わせなんじゃないかい? 足手まといにならないくらいには、腕が立つんだろ?」


「ああ。俺でも簡単には斬れん。それにまだ手札を隠している。魔剣騎士としての実力は見たが、魔術士としての腕前はまだ見ていない。流石にヴィオレッタさんほどではないと思うが」


 ゼオンにとって最高の魔術士はヴィオレッタだ。自由傭兵として独立した後、数多くの魔術士と戦い、また味方として戦ってきたが彼女を上回る魔術士と出会った事はない。

 そのヴィオレッタが亡くなった以上、ゼオンの知る限り最高の魔術士は目の前の金が好きで、食べるのが好きで、博打が好きなバルラだった。


「姉さんより腕の立つ魔術士ね、大陸中をひっくり返して探し回っても、一人か二人いるかどうかだろうね。その内の一人はこの国の皇帝だけど、ま、あたしやアンタとの接点なんかありゃしないさ。あるとしたらその魔剣騎士がよっぽど出世した時くらいかね」


「皇帝に会う必要はないしな。俺を戦場で見かけた事があるとかで、妙に贔屓してくれている。ゼオドーラ卿との縁は大事にしてゆくさ」


「そうしておき。私の占いでも新しい出会いを大事にしろって出ているよ。女難の相も急に出てきたから、シャルアってのはかなり大変な女みたいだけどね」


 バルラの言葉を否定できず、むしろなんとなく納得できてしまい、ゼオンは口にする言葉に困った。

 好意的な理由を説明はされたものの、それで済ませてよいほどシャルアの態度は軽いものではない。ゼオンはいまだに居心地の悪さを感じているし、シャルアの態度を納得しきれてもいない。

 なにか隠している目的や理由があると発覚した方が、むしろ安心するというのが、ゼオンの偽りのない感情であった。


「確かに物わかりの良い依頼主とは言い難い一面があるのは、認める。今のところは誠実な依頼主ではあるのでな」


「他人からすれば、組合に無所属の自由傭兵が、帝国のエリート中のエリートと懇意になるんだから、面白くないだろうねえ。またアンタに喧嘩を吹っ掛ける馬鹿が増えそうだよ。ぐふふふ、帝都に血の雨が降るかもねえ、けっけっけっけ」


「その邪悪な笑いを止めろ。それだけで魔術士の評判を大いに落とすぞ」


 人間を攫って邪悪な儀式をする魔術士と言われたら、今のバルラの笑う姿ほど当てはまるものはないだろう。


「何を言う。あたしのこのウツクシイ笑い声によって、そこらの動物霊や悪霊は逃げ出し、土地と大気を清める効果があるのだ」


「お前の笑い声が邪悪過ぎて、小物が逃げているだけだろう。弱い怨霊がより強い怨霊に飲まれて、消えるのと似たようなものだ」


「ふふん、あんまり褒めるんじゃないよ。さて、そろそろいい頃合いかね。今日の当番はダコウじーさんだよ。あのじーさんは味付けがちょっとしょっぱいのよさ」


「鍛冶仕事で汗を掻くからな。必要なんだよ。逆にバルラの味付けは妙に甘い」


「甘くて悪いこたないだろう」


「野菜と肉の煮込み料理が、砂糖菓子のように甘いのはどうかと思うがな」


 バルラがまた白ワインを干し、ボトルの中身を空にしたのをきっかけに、話を切り上げてきた。


「少しは収穫のある依頼だったのは確かだね。しばらくはシャルアって女との関係を深めるのに専念しな。アンタに首ったけてんなら、話は早い。アンタの唇でも貞操でも尊厳でも、求められるなら差し出して貰うモン貰ってきな」


「その覚悟はあるつもりだが、他人からそう言われると釈然としないものだな」


 たった今口にした通り、釈然としないものを抱えながら、ゼオンは二階にある自室へと戻った。階段を踏み抜きそうな重装備だが、階段も廊下も軋み一つ上げなかった。吟味された建材のお陰というよりも、バルラの施した魔術の影響だ。

 階段を上がって廊下を左手に進んだ先の奥にあるのが、ゼオンの自室である。分厚いカーテンを閉ざした室内に入ると、自動で天井と壁にあるランタンに光が灯り、室内を明るく照らし出す。


 壁際に設置されたゼオンでも余裕をもって寝転がれる大きなベッド、部屋の中央に丸テーブルと背もたれ付きの椅子、机の他にぎっしりと本を詰め込んだ本棚にクローゼットの他、大小の刀剣、槍に斧が壁に掛けられている。

 安息の場となるべき自室であっても、無数の武器が備え付けられている辺り、彼にとってどんな状況であれ闘争は備えてしかるべきものなのだろう。常在戦場の心構えと褒めるべきか。


「ゼオドーラ卿が持ってきてくれる情報次第だが、ようやく一歩進んだか」


 ゼオンはマントだけ脱いで壁に掛け、ベッドに腰かける。鎧を着こんだ大男に乗られても、ベッドは軋み一つ立てなかった。


「団長、皆……少しだけ、ほんとうに少しだけだが、敵討ちに近づけたかもしれん」


 誰に聞かせるでもなく零れたゼオンの呟きは、十数年以上の戦歴を持つ傭兵としてではなく、幼くして家族と生き別れた男の寂寥に満ちていた。


*


 シャルアはツェザーレの移送を終えた後、その足で自身の所属する魔剣騎士団の本部へ向かった。魔剣騎士は全員が皇帝直属の特別な騎士であり、その本部は皇宮内に設けられている。

 皇帝からの命令によって任務に就いていない場合は、基本的に皇族の護衛が魔剣騎士の基本業務となる。


 十五年前に勃発した後継者争いに端を発する、内憂外患の極みのような戦いで帝都全体が多大な被害を受けた影響で、皇宮もまたその大部分を建て直した影響でかつての歴史の重みは失われ、真新しさの目立つ趣となっている。

 皇帝の権威を示し、臣下や異国の賓客を威圧する為の煌びやかさよりも、戦を想定した合理性と質実剛健さを体現する造りとなっている。


 その新たな帝国の武威の象徴たる人造魔剣を携えたる魔剣騎士達の本部は、最高軍事機密である人造魔剣が数多く存在する事もあり、皇宮内でもひときわ警備の厳しい場所だ。

 魔剣騎士という単体で見れば皇帝の次に強い個人戦力が揃っているとはいえ、来訪者の顔や音声を記録する石像や、魔力だけでなく体温に呼吸まで検知するシャンデリア、幻覚の魔術を暴き立てる鏡などがそこかしこに配置されている。


 銃火器や四級魔剣で武装した警備兵に暗器を全身に仕込んだ武装メイド、高性能ながら高コストの為に少数生産に留まる上級ゴーレムが、本部内に死角が生まれないように配置されており、ここを正面から攻略するには一万の軍勢を揃えても不可能と言われている。

 シャルアはその本部の中を緊張の欠片も見せずに進み、五階建ての本部の最上階に位置する騎士団長の部屋を訪れた。重厚な鉄の扉の両脇には三メートル近い銀色の甲冑が立っている。


 中身はない。両刃の戦斧と分厚い大盾で武装したこの甲冑は、魔術で疑似的な自我を与えられたインテリジェンス・アーマーだ。

 攻城戦に用いられた大砲の砲弾を正面から受け止め、鎧兜で固めた敵兵をその鎧ごとまとめて両断し、叩き潰す膂力と獣の如き俊敏性を併せ持ち、魔術に対しても非常に高い防御性能を誇る、敵対者からすれば悪夢のような番人だ。


「魔剣騎士シャルア・ゼオドーラ。イストマツ山掃討作戦よりただいま帰還した。ゼガウリ団長へ作戦内容の報告と帰還の挨拶を」


 番人達がシャルアの言葉に頷き返すと、承認が降りたことによって鉄扉が重々しい雰囲気のままに、向こう側へと開いてゆく。

 その先には広々とした室内に黒檀のデスクの向こうで、シャルアの姿を正面からじっと見つめている年かさの魔剣騎士ゼガウリの姿があった。


 獅子の鬣を思わせる赤髪、左頬に縦に走る傷が特徴的な壮年の男性こそが、ネルエデン帝国魔剣騎士の頂点に立つ騎士団長ゼガウリ・ヴァンガルドその人である。

 帝国でも数本しかない特級魔剣を所持し、皇帝からの信頼が最も厚い男は、ただそこに居るだけで存在の密度の違いから、空間が狭くなったような錯覚を生み出す風格に満ちていた。血に飢えた魔獣も彼を前にすれば、石像の如く動きを止める迫力と凄みがあった。


 文字通り一騎当千を実現するのが魔剣騎士だが、その中でも別格とされるゼガウリを前に、シャルアはこれまで同様、直属の上司を前にした緊張など欠片も見せず、静々と進み出た。

 デスクを挟んでゼガウリと対面し、シャルアは口を開いた。

 ゼオンが今すぐ舞台女優になれると感嘆した声音は、すらすらと暗記した台本を読み上げるように滑らかに紡ぎだされる。


「依頼を予定していた傭兵ゼオンがソトナルカ王国の工作員と思しき偽の依頼主に襲われていた場面に遭遇し、これを撃退後、第121番砦にて依頼内容を通達し、ゼオン氏はこれを受諾しました。しかし、砦内部にて捕縛した工作員が死亡。死亡した工作員を触媒として召喚された召喚獣バグズントをゼオン氏が討伐」


 ゼガウリは視線でシャルアに続きを促す。この時点でゼガウリは、通信魔術と特別に教育した鳥類を用いた通信手段によって報告を受けているが、本作戦の責任者からの報告も必要だった。

 それから拠点に残っていた召喚術士ゼルドナーとツェザーレ、ソードスコルピオンと交戦し、ツェザーレを捕縛するのに成功したもののゼルドナーを取り逃がしたことまで、シャルアは私情を交えずにただ事実を正確に報告する。

 それを受けて、ゼガウリが最初に口にしたのは、ゼルドナーについてだった。


「召喚術を応用した逃亡手段か。空間の閉鎖と召喚妨害の魔術の開発が急がれているが、形になるのはもう少し先だ。当面の課題となるな。……イストマツ山以外にも潜伏していた工作員共の掃討も進んでいる。しばらくの間、帝国内部は綺麗になるだろう」


 目下、ソトナルカは大陸統一戦争において、ネルエデン帝国を最大の敵とみなしており、戦争のリソースの大部分を割いている。

 現皇帝の辣腕によって急速に復興し、国力と軍事力を増強する帝国に対し、ソトナルカは新たな内部工作や介入の手段を模索し、干渉してくるのが時間の問題であった。

 幸いなのはソトナルカと交戦状態にある周辺諸国が、帝国を防波堤として認識しており、表に裏にと支援を惜しんでいないことだろう。それだけソトナルカの過去と現在も続く悪行が、あまりに悪辣で残虐に過ぎた。


「自我を奪われた召喚獣ツェザーレは例の研究所への移送が決定している。今後、ツェザーレと同じ処置を受けた召喚獣が戦線に投入される可能性が極めて高い。ツェザーレを調べ尽くし、対抗策を練る必要がある」


 現在、ツェザーレは帝都近郊にある召喚獣や特殊な魔術具を保管する収容所に、厳重に移送されているが、ここから更に秘匿と研究に特化した施設への移送が行われるようだ。


「最善策かと」


 淡々と答えるシャルアにゼガウリの表情は動かない。共に血の通う人間であるはずなのに、まるでよく出来た人形同士が会話をしているような感情と熱の無いやり取りだった。


「シャルア・ゼオドーラ少佐、卿(けい)には引き続きツェザーレのディスヴァロン研究所への護送任務を命ずる。任務は二日後の正午からだ。詳細については追って知らせるが、必要な資材、資金、戦力、魔剣などについては、規定の通り申請せよ」


「了解いたしました。全力を持って護送任務にあたります」


 右の掌を心臓の上に重ねる帝国式敬礼をするシャルアを、ゼガウリはこれまでと違う瞳で見ていた。

 おもむろに立ち上がり、シャルアの左側に立つ。シャルアからすれば抜剣と同時に斬り捨てられる位置である。ゼガウリに敵意の無い現われである。

 そしてゼガウリは栄えある魔剣騎士団長として、大将の地位を預けられた軍人として、あり得ない言葉をシャルアへと口にする。


「畏れながら申し上げます。いつまでそのような仕儀を続けられるのですか?」


 過去の戦場に人らしい感情を捨ててきたと噂される男とは思えぬ、呆れと嘆きを混ぜた問いかけにシャルアもまたこれまでの無感情さからは想像もつかない、悪戯のばれた少女のような微笑を浮かべる。


「もちろん、ゼオンが相応しくなるまで」


 なんの躊躇もないシャルアの言葉に、ゼオンは沈痛な面持ちになって黙り込んだ。シャルアが仮面の下に隠す秘密を知る、数少ない一人であるゼガウリは、その役職以上の重責を抱え込んでいるらしかった。

 シャルアはそんなゼガウリの様子に、少しばかり申し訳なさそうに仮面の下の眉根を寄せたが、前言を撤回はしなかった。

 彼女にとってゼオンを自分に相応しい実績を積ませるのは、確定事項だったから。

 シャルアがただの魔剣騎士でないのは、ゼガウリの態度からして明らかだが、シャルアの正体とは一体何なのか。それを事態の中心に据えられながら、ゼオンはまるで知る由もなかった。

一旦 区切りのよいここまでです。お読みくださりありがとうございました。

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