召喚術師達
たった今、巨獣を屠ったばかりとは思えない笑顔で、シャルアが右手の風星を掲げて、つらつらと語り始める。
「二級魔剣“風星”。量産型魔剣としては上位の品だ。それだけの期待を寄せられている以上、相応しい活躍をしてみせなければと心掛けているよ」
「魔剣の量産化は、今の皇帝陛下が帝国を立て直した偉業だ。魔剣騎士ともなれば帝国の顔にも等しい。その若さで任命されているとは、俺が思った以上に優秀なのだな、ゼオドーラ卿は」
魔剣騎士、読んで字のごとくネルエデン帝国の管理する魔剣を特別に貸与されたごく一部の上澄みの騎士を指す。
実力と人格のみをもって選抜されたエリート中のエリートであり、現在のネルエデン帝国を支える武力の象徴である。
「爆炎と共に敵を焼き尽くす剣、常に冷気を纏い触れるモノを凍てつかせる斧、雷を纏い投げれば稲妻と変わる槍、矢と共に烈風を放つ弓……世界に名高い聖剣、魔剣、伝説の武器ってのは強力だが希少極まりない。
家宝どころか国宝扱いされる代物もある。伝説ほどの性能はないにしろ、普通の魔術武器よりも強力な魔剣を大量配備させた手腕は、見事だ」
ゼオンが口にした通り、これまで魔剣と呼ばれていた武具や防具は、基本的に唯一無二の一点ものであり、強力な効果を持つ分、数を揃えるのがほぼ不可能だった。
「伝説に語られるような武器は人間ではなく、妖精や神、巨人など人ならぬ者達の手で鍛えられているものだ。大量配備を前提にしたとはいえ、人間の手だけで量産体制を整えるとなると、流石に性能は落ちるさ。それに兵達に配備している四級魔剣では、こうまで簡単にゲバンを倒せなかった」
商売柄、ゼオンもネルエデン帝国の主力兵器の情報は可能な限り新しく、精度の高い情報を集めている。かつてソトナルカの侵攻を跳ね返し、今日に至るまで戦線を維持し続けている原動力こそが魔剣と呼ばれる多種多様な武器群だった。
二人はゲバンとヒディアの死体をそのままに、再び歩き出した。その間にも会話と警戒は続いている。
「大量生産の四級はともかく、魔剣騎士を名乗るには三級以上の魔剣貸与が条件だと聞く。魔剣騎士の中でも上澄みに配備される二級、そして帝国の切り札とされる一級魔剣。魔剣とは言うが、槍や斧、盾に兜、鎧でも総じて魔剣と呼ぶのだったな」
その四級の魔剣でも、他国から見れば最新の銃や大砲を上回る厄介な代物だ。更に上位の魔剣を使いこなす魔剣騎士は、眠りの枷を外して現れた悪夢のようなものだ。
「ああ。いちいち、魔槍、魔斧、魔盾……と呼ぶのも煩わしいと帝国内で話し合った結果だよ。私のような若輩に二級魔剣は畏れ多いが、いずれは一級魔剣を貸与いただけるよう励むさ」
「そうなれば、ゼオドーラ卿は帝国の歴史に名を刻む英雄だ。将来の英雄殿と縁を結べたなら、望外の報酬を貰ったようなものだな」
ゼオンの言葉にシャルアは意気揚々と答えた。ゼオンから評価されたのが、よほど嬉しいらしい。気難しい親に珍しく褒められた子供のようでさえある。
「そうか、そうか。うん、なら、私は一日も早くその英雄にならなければ。ふふ、これはますます今回の任務を大成功させなければならない理由が増えたな」
「ふ、ご機嫌なようでなによりだ。だが、召喚獣を始末した以上、術士にも伝わっている。俺達の接近はバレているぞ。今頃は逃げ出す算段をまとめているか、迎え撃つと腹を括っているか」
先ほど倒したヒディアやゲバンを上回る強敵が、手ぐすね引いてゼオン達を待ち構えている可能性は高い。
あるいは人跡未踏の秘境から呼び寄せられた病原菌や、異世界の瘴気や毒素の可能性も捨てきれない。
「ゲルキドールがそうしたように、死亡を条件として強力な召喚獣を解き放つ可能性も考えておくべきだろう。ネルエデン帝国に所属する全てを破壊しろと、そう命じた怪物を野放図に解き放つかも」
「戦争に勝った後のことを考えない、はた迷惑で無計画なやり方だな。それをやってもおかしくないのが、ソトナルカという国だが」
「流石、よく分かっている。招かざる客人たる我々としては、歓迎パーティーの準備が整う前に会場へ押しかけるとしよう」
「礼儀のなっていない客だと、唾を吐かれそうだが賛成だ」
兜に隠された顔に、ゼオンはきっと獰猛な笑みを浮かべていただろう。一声でそうと察せる凶暴さが、その言葉には秘められていた。
ゼオン達の目指すソトナルカの工作員達の潜伏先は、イストマツ山の奥深く、地元の人間でも足を踏み入れないような険しく、山の獣がはびこる危険地帯だった。
切り立った崖の麓にある亀裂を利用した潜伏場所は、地下へと領土を広げて、内部には工作員が長期間利用する為の設備が整えられ、帝国では禁止されている薬物から希少な動物の毛皮や内臓、植物の数々が保管されている。
帝国内に麻薬を始めとした品々を非合法に流通させて、経済と治安にじわじわと損害を与える為の拠点だった。
地下とは思えない、高級宿のような一室に工作員達のリーダー格が集まっていた。
黒いフードとマスクで顔を隠し、黒革のボディースーツと鋼の胴鎧を着た盗賊か暗殺者めいた女。
でっぷりとした体格に縦じまのシャツと幅広のズボン、青い髭と髪が特徴的な商人風の男。
それから深い緑色のマントに大小の傷が刻まれた飛竜の革鎧をまとい、腰の左右に長剣を帯びた赤髪の青年だ。
三人が三人とも身分を偽って、ネルエデン帝国に潜入していたソトナルカの工作員達である。
「赤の三番地点に配置していたヒディアとゲバンが倒された。交戦から撃退まで尋常ではない速さだ。数は二人。最低でも魔剣騎士を一人含む」
最初に口を開いたのはマスクの女だった。わずかにフードの下から覗く素顔は、まだ二十代の若さを持ちながら、声音と瞳には冷徹さばかりがある。骨の髄まで訓練された工作員なのだろう。
「リアンナの召喚獣が討たれましたか。どうやら帝国の情報網に完全に捕捉されましたな。接近中の二名以外にもこちらを包囲する帝国軍を確認しとります。包囲網にはちらほらと穴がありますが、まあ、ワシらを一網打尽にする為の罠ですわな」
女──のリアンナの言葉に、商人風の男ベルゴが左手で口髭をいじりながら、現状を捕捉した。入念に準備を重ねた上で拠点を構築し、麻薬を製造し、禁輸品のやり取りで資金を獲得してきたが、それもどうやら今日、これまでだと口にせずとも全員が分かっていた。
「これまでの投資を考えると、もう一年、せめて半年は稼ぎたかったとこですが、こりゃ諦め時ですわな。既に廃棄するべきものは廃棄しておりますぞ。持ち出し可能な物は持ち出しておりますが、この包囲網では五分の一も期待できませんわな」
彼らは自分達の実力を低く見積もってはいなかったが、同時に敵の実力を見誤っても居なかった。快進撃を続けているソトナルカを押しとどめ、拮抗状態を作り出すネルエデン帝国を、彼らも彼らの母国も正しく脅威として認識している。
リアンナとベルゴが揃って剣士や傭兵風の男に視線を向けた。最終的な決定権を持つのはこの男なのだ。
長く伸ばした赤髪を首の後ろで束ねた青年は、見たところ二十代前半だろう。すれ違う異性を恍惚とさせる美貌は、月光を跳ね返す刃のような妖気を漂わせている。
「しょうがないしょうがない。こればっかりはねえ。帝国が本腰を上げるのを、俺らが見誤ったってことで、今回は授業料だと思って損を被るしかないさ。その分、次は上手くやるってことでさ、切り替えていこうや。接近中の二人は俺が足止めをするよ」
「ゼルドナー、良いのか? 立場的にはお前こそ確実に撤退するべきと思うが?」
リアンナの問いかけにゼルドナーはあっけらかんと答えた。ゼルドナーは人懐っこい笑みさえ浮かべている。まるで窮地だと思っていないのは、それだけの自信があるのか、それとも危機感がないのか。
「大丈夫。その魔剣騎士の顔を見てみたいし、こういう時の為じゃないけど本国から送られてきたアレがあるでしょ? ちょっと性能試験を兼ねてぶつけてみようと思うんだよね。いやあ、楽しみだなあ。自我をガチガチに縛ってあるけど、性能をどこまで維持できるのか、それとも向上するのか」
「ああ、異世界から召喚した人間を使った兵器でしたっけね。今回の結果次第では割の良い運用方法として認められるでしょう。それには二人組だけでなく、包囲網を強いているすべての兵士を始末するくらいの成果が必要ですけどね」
商人風の外見に相応しく、コストパフォーマンスに注目するベルゴの発言に、ゼルドナーは小さく肩を竦める。
「まあ、死蔵するよりはいいでしょ。適当なところで放置して俺も帰還するよ。ネルエデンの兵士を殺し回れと命令しておけば、壊れるまで忠実に働いてくれるさ。なにしろ自我がないわけだし」
なんと残酷なことを軽薄な笑みを浮かべながら口にするのだろう。そしてリアンナもベルゴもそれを当然の事として聞き入れている。
彼らの口にした通りなら、なんの関わりもないこことは異なる世界に生きる人間を召喚し、自我を縛り、尊厳を奪い、兵器として使い捨てようとしている。
それになんの疑いも抱かず、使い捨てるのを当然の使い方として認識している。ゼオンが嫌悪を隠さないこのやり方が、ソトナルカでは当たり前の行為としてまかり通るのだ。
わざわざ異世界から人間を召喚して兵器に仕立てるくらいだ。これまで征服した国々の民衆も、それ相応に悲惨な運命を辿っているのは想像に難くない。
「それじゃ、そういう事で。二人とも早く逃げて逃げて。お互い無事に再会できるように祈ろっか。ははは、そしたらそしたでもっと難しい任務を押し付けられるんだろうけどね」
どこまで気楽な調子のゼルドナーに苦笑を零し、リアンナとベルゴはすぐさま指示に従った。彼ら以外にも潜入工作に従事していた面々と共に、バラバラに脱出を試みる。
ほとんどが帝国の包囲網を突破できずに拘束されるだろうが、自白を予防する為の措置は全員の肉体に施されている。仮に全員が捕縛されたとしても、これまでの工作活動に関する情報が洩れる心配は欠片もない。
「うんうん、皆、無事に逃げられるといいな」
一人、拠点に残ったゼルドナーは明るい調子を崩さずに、拠点の奥まった一室に足を向けていた。いくつもの錠で閉ざされた部屋の前に立ち、鍵束を取り出しもせずに、彼の左手が動いた。
見る者の居ない神速の抜き打ちは、分厚い鉄の扉を閉ざす錠を見事に両断し、硬く重い音を立てて床に落下させた。左手に握る片刃の長剣を手に、ゼルドナーは部屋へと足を踏み入れる。
四方に燭台が設置された、半ドーム形の部屋だった。家具や調度品の類は一切置かれておらずその代わり、部屋の中心に石造りの棺が安置されている。
なんの装飾も施されていない重く、分厚い石棺の中身こそが本国より送られてきた、異世界人を用いた実験兵器なのである。
「君も運がないねえ。どこか知らない遠いところで暮らしていたのに、勝手な都合で呼び出されて理不尽に自我をもてあそばれて、許しもなく肉体を作り替えられて、最後は壊れるまで暴れてこいだなんて。でも、俺を恨まないでよ。むしろ、君に終わる機会を上げるんだから、感謝してくれるよねえ」
ゼルドナーの左の長剣が石棺の蓋に触れると、不自然な動きで滑るようにズレて、そのままふわりと音もなく床に落ちる。冷たく硬い石棺の中には、銀色の仮面を被された男性が横になっていた。
両目と口元をくりぬいた簡素な造りの銀仮面の他は、黒い衣服の上から骨を思わせる鎧をまとい、鞘に収められた長剣を両手で胸に抱いている。呼吸をしているのかすら怪しい静けさだが、構わずゼルドナーは呼びかけた。
「さあ、最後の目覚めの時だよ、異世界人君。起きるんだ、ツェザーレ」
ツェザーレ、それが眠れる銀仮面の名だった。あるいは、自我を奪われた異世界人の総称だろうか。燭台の火が揺れて、映す影もまた大きく揺れる。ツェザーレの目覚めを恐れるように。嘆くように。
銀仮面のくりぬかれた穴の奥で黒い瞳が開き、長剣を左手に映しながらツェザーレが起き上がる。特別大柄もなく、分厚い筋肉の鎧をまとっているわけでもない。それでも数々の実験の影響か、総身に対峙する者が総毛立つ凶の気配を帯びている。
「う~ん、愛する母国ながら結構、危ない真似をしていそう。まあいいか、よろしく頼むよ、ツェザーレ」
ゼルドナーはあくまでも友好的に、親しげにツェザーレへと呼び掛けて、それに対する答えはついぞなかった。




