第9話 イギリスの状況
その頃イギリスでは、ミノスのヨーロッパにも侵攻するという放送を受けて対策本部が設置されており、今まさにモンスターへの対策会議が行われていた。
縦長の会議卓の両側には、十数名ずつの男女入り混じった人々が座っており、ほとんどが50代から70代の高齢者だった。
会議室の巨大スクリーンには、アメリカ合衆国全域の衛星画像が映し出されていた。
「まさか、地下に本当に冥界があったとはなあ」
「ということは、ギリシャ神話ってのはすべて本当だってことか?」
「いやいや、さすがにそれは飛躍しすぎだろう。
会議の参加者は、そんなことを口々に話していた。
「静粛に!対策会議を始めたいところだが、まずは、ICBMの攻撃を受けたホワイトハウス周辺の状況を報告してもらう」
スクリーンの脇に立っていた進行役と思われる60歳くらいの男が言った。
「はい」
右列の中央付近にいた50歳半ばの女性がその場で立ち上がった。
「ロシアの極東地域から発射されたICBMは、正確にペンタゴンに命中し、まず、ホワイトハウスを含む半径4キロ内の建物を消失させました」
「おお・・・」
ここで小さなどよめきが起こった。
「その後の爆風は、半径10キロ内の建物を壊滅的に破壊し、半径15キロ内の建物には、窓ガラスが割れたり、建物の壁や屋根の一部が吹き飛ぶなどの被害を与えています」
「う~む」
「なお、ICBMが着弾する直前に、爆風のギリギリ範囲外だったアンドルーズ空軍基地から大統領専用機が飛び立っていますので、大統領とその側近は無事だったと思われます」
「おお!」
「さらに、爆発の数分後、同じアンドルーズ空軍基地からガルフストリームが飛び立っていますので、さらに数名の政府高官が難を逃れたと推測されます」
「その2機はどこへ向かったんだ?」
会議卓の一番スクリーン寄りの左側に座っていた首相のテイラーが聞いた。
「大統領専用機は西へ、ガルフストリームは東へ向かいました」
「なにっ?真逆の方向へ行ったのか?」
「そうです」
「西に行った大統領専用機は、モンスターに襲われたりしないのか?」
「すぐに高度9千メートル以上の巡航高度に上がったと思われますので、モンスターと言えど生物ですから追うことは不可能でしょう」
「ああ、そうか。そうだな・・・最終的な目的地はどこだ?」
「現時点ではここまでしか確認できていないので不明です」
「そうか・・・ありがとう」
「終わります」
女は着席した。
「次、攻撃パターン解析チームのグッディン!」
進行役が言った。
「はい」
呼ばれた、この中では一番若そうな30代後半くらいだと思われる男は、スクリーン横に設置されている台のところに行きその上に置かれているノートパソコンを操作した。すると、アメリカ合衆国の衛星画像上に10数個の赤い丸が現れた。
「赤い丸がモンスターが出現したと思われる場所です」
室内に大きなどよめきが起こった。
「こんなにたくさんの場所から!?」
「どういうことだ!?」
「大きな洞窟や森の中から現れたケースが一番多いですが、中には湖や川から現れたケースもあります」
さらにどよめいた。
「それは、その場所が地下の冥界と繋がっているということか?」
「はい、そう推測されます。普段、人が立ち入らない洞窟は別でしょうが、その他の場所は、普段は何らかのカモフラージュが施されているのだと思われます。川については、滝の裏側が洞窟のようになっていて、そこから降りて来たのでしょう」
「湖についてはどうなんだ?」
「おそらく、水中のどこかに横穴があり、そこを通って出てきたのだと思われます」
「う~む」
「出現後は、まず、飛行型の個体が10メートル以下の超低空で各基地に侵入してレーダー、および通信用のアンテナがある施設と戦闘機を優先的に破壊し、その後、地上移動型で大型の個体が車両や大型の輸送等を破壊したようです。よって、レーダーでは一切探知できなかったと思われます」
「そんなものをどうやって防げと」
「難しいですね・・・なお、飛行型の個体には翼幅20メートル、地上移動型の個体には全長10メートルを超える四足の個体がいるようです」
「なんと!」
「そんなものまで・・・」
「それから、これは現地のエージェントが聞き取りをした結果の報告ですが、モンスターたちは相互に会話をしており、一部の個体は、腕に腕時計型の通信機を装備していて、タブレットのようなものを持っていた者もいたとのことで、人間並みの高い知能を持っていると考えられます」
「なんだって!?」
「まさか!」
一層高いどよめきが起こったが、
「いや、ミノスのあのしゃべり方だとそうだろう」
と、冷静な感想を漏らす者もいた。
「これは非常にやっかいなことになったな・・・国防大臣、対策は?」
首相が対面の男に聞いた。
「すでにもうやらせていますが、飛行速度から推測して、大西洋を渡って来たとしても8時間ほどは猶予があると思われますので、その間にスコットランド北部と西部に低高度用の対空火器を多数設置します。そして、早期警戒機を低高度に・・・」
「甘いですよ」
グッディンが防衛大臣の言葉を途中で遮った。
「なんだと!?」
「さっき、人間並みの知能を持ってるって言いましたよね?米軍の輸送機や民間の旅客機を奪ってそれに乗ってやって来ることが考えられます。襲撃開始からすでに3時間経過していますから、いいとこ猶予は3時間でしょう」
「あ・・う・・・そ、操縦はどうするんだ!」
「そんなの、人間のパイロットを脅して操縦させればいいだけの話です」
「米軍の兵士が簡単に従うものか!」
「あー、言い忘れましたが、拳銃はおろかアサルトライフルでも貫通できない強靭な体を持ってるらしいですから、目の前でそれを見せて、さらに、パイロットじゃない兵士を簡単に殺して見せれば誰だって従うでしょう」
「なにっ?そんなの聞いてないぞ!」
「言い忘れたって今言ったじゃないですか・・・そんなことより、実は3時間でも楽観的推測の可能性が・・・」
プルルルル!
グッディンがそう言いかけたところで、会議卓の上に乗せた国防大臣の手元に置いてあった携帯電話が鳴った。国防大臣は、グッディンを手で制して電話に出た。
「なんだ?・・・・・ああ・・・なにっ!?・・・まさか!すぐに対応できる部隊を探して応援を要請しろ!」
「何があった?」
国防大臣が電話を切ると首相が聞いた。
「各地の軍事基地に突然多数のモンスターが現れ、機体や建物を次々と破壊し始めたそうです!」
「なんだと?それは、この国の話か?」
「そうです!」
「あー、やっぱりか!」
グッディンがおでこに手を当てて渋い顔をしながら言った。
「なんだと?お前は予想していたのか?」
国防大臣が噛みついた。
「少し前に冥界がアメリカ本土に収まりきらないほど広大である可能性に気付きましたけど、防ぐ方法がないんで言うかどうか迷ってました」
「なんだそれは!貴様が少しでも早く言っていれば、損害を回避できたかもしれないんだぞ!」
「あー、それは無理ですね。飛行タイプは超低空を飛んでくるのでレーダーには映りませんし、高速なので視認してからでは対処が間に合いません。だいいち、出現場所がわからないんですから、どの方向を警戒すればいいのかわかりません」
「くっ・・・」
「レーダーが捉えていなかったというのは正しいのか?」
首相が国防大臣に聞いた。
「はい。今の報告だと、どの基地でもレーダーに反応のないまま突然襲撃を受けたそうです」
「そうか・・・では、できうる最大のことをしてくれ」
「わかりました。では、私は失礼します」
「ああ、頼んだぞ」
国防大臣は、携帯電話を掴むとグッディンを一睨みして出て行った。
結局、イギリス軍も1時間足らずですべての軍事基地のレーダー、通信装置、機体、車両、重火器を破壊された。特に戦闘機は、1機も迎撃に飛び立つことなくすべて地上で破壊された。
イギリス国内の軍港に停泊していた軍用艦については、レーダー、通信装置、重火器が破壊されたうえ、スクリューも破壊されて走行不能になった。
「着きました」
副大統領を乗せた車は、目的の民間飛行場にたどり着いた。
「小さいな。滑走路も短いし、軽飛行機しか停まってないぞ。ここで大丈夫なのか?」
「ほかのもっと大きな民間飛行場ですと、ここからかなり距離があります」
運転手が答えた。
「そうか、仕方ないな」
「では、飛ばすよう交渉して来ます」
SPが立ち上がろうとした。
「待て。行先の交渉が必要だろうから私も行く」
「わかりました」
二人が外に出ると、すぐそばの格納庫と言うにはあまりにお粗末な、トタン屋根だけ付いた吹き抜けの飛行機が数機並んでる場所で飛行機をいじっている男が数人いたので、一番手前の男に話しかけてみた。
「ちょっといいか?」
「なんだあ?」
男は、面倒くさそうにこっちを向いた。
「こちらはアメリカ副大統領のローリー氏だ」
「ええっ?・・・ああ、確かにあんた見たことあるわ」
「それで、これから国外に脱出したいんで飛行機を飛ばして欲しいんだ」
「これから?すぐってことか?」
「そうだ」
「バカかあんたら。フライトプランを出発時刻の最低30分前までに出す必要があるんだよ」
「30分か・・・それくらいなら待とう」
副大統領が答えた。
「そうか・・・でも、お断りだね」
「なにっ?なぜだ?」
SPが威圧的に言った。
「あんた共和党だろ?俺は民主党を応援してるんだ。共和党の手助けなんかしてやんねーよ」
「なんだと!」
「良い良い。他の人間にあたろう」
副大統領がSPを制止した。
「は、はい」
二人は、隣の飛行機をいじっている男のところへ行った。
「ちょっと頼めるか」
「ああ、話は聞こえてたよ」
「じゃあ、大丈夫か?」
「あんた、副大統領ってことは相当金持ってるんだろ?それ次第だな」
「わかっている。口座番号を教えてくれれば、渡航費込みで後ほど1万ドルを振り込もう。それと、この飛行場に向こう5年間補助金を出そう」
「ホントかい!?じゃあ、手続して来るから待っててくれ!」
「わかった。では、車で待っている」
二人は車へ戻った。
その会話を聞いていた、この飛行場に客として来ていた男は、
「バカだなあ。あの男が5年後も副大統領なわけねーじゃねーか」
と、薄笑いで呟いた。




