第3話 行き遅れた女
夜の7時過ぎ、スタイルが良く、長めのスカートの仕立ての良い服を着た一人の美女が、人通りの多い都内某所の歩道をカツカツというハイヒールの音を響かせて速足で歩いていた。
すれ違う男たちは全員、あまりの美しい顔立ちに目を奪われたが、眉間にしわを寄せた極めて不機嫌そうな表情に、絡まれては大変だとでも思ったのか慌てて目をそらした。
(インターネット関連の事業で巨万の富を得た30代半ばのイケメンだって言うから会ってやったのに、なにあれ!?
高そうなスーツは来てるけど、全然着こなせてなくて、元が貧乏なのがバレバレじゃないの!成金はいらないのよ成金は!
しかも、食事中にゲップしそうになるなんて信じられないわ!私みたいな美女を目の前にして!慌ててこらえてたけどバレバレなのよ!
それに、間違いなくヅラだったわよね!?そんなのと結婚したら子供が若ハゲになっちゃうじゃない!どこをとっても問題外だったわ!)
(先週、一緒に昼食を食べた大会社の重役ってのも、顔は悪くなかったけど、腹がでっぷり出ちゃって、あれなに?自分の見た目に気を使わない自己管理ができてない男なんてNGよ!37歳だって言ってたけど、あれ絶対10歳はサバ呼んでるわよね!
「ステキなバーを知ってるんで今度は夜にどうですか?」だって?顔が下心見え見えだったじゃないの!すぐそういうこと考える男ってサイテーよ!)
(それにしても、時間が無くなって来たわね。来年はついに29歳よ。アラサーよアラサー!)←※すでにアラサーになっているとは思っていない。
(由緒正しい家柄のイケメンなんて何人もいるはずよ?私は、セレブ妻になるためにずっと体のケアを欠かさなかったし、持って生まれた美貌にも磨きをかけて来たのよ!私こそがそんな男に嫁ぐ資格があるのよ!名前も姿美麗よ!姿が美しくて麗しいのよ!名前だって完璧じゃない!)
(セレブの目に留まるようにテレビ局のアナウンサーにもなったって言うのに!・・・でも、関東ローカルのテレビ局ってのがいけなかったわね。スポンサーの質も全国ネットの局に比べたら一段落ちるから、セレブはいても、なんだか一段ランクが低いのよね・・・)
「あーあ、由緒正しいお金持ちのイケメンはどこに隠れてるのかしら」
立ち止まって大きなため息とともにそう呟いた瞬間、目の前の人間たちが全員立ち止まって、驚いた顔で通りの反対側のビルを見上げているのに気づいた。
美麗がそっちを見ると、それはビルの壁面に埋め込まれた大型ビジョンだった。
「本日、現地時間の未明、アメリカ合衆国に未確認の生物が多数現れて軍事施設ならびに政府施設に攻撃を加え、アメリカ合衆国は多大な被害を被った模様です」
(はっ!?なに?)
「すでに、アメリカ政府とは連絡が取れなくっているとのことですが、衛星回線を通して襲撃された際の様子を録画した短い動画が入手できましたのでご覧ください」
画面に映し出されたのは、とある空軍基地の様子で、多数の羽の生えた人型をした明らかに人間とは違う生き物が低空を飛来してきて、駐機してあった軍用機や車両、さらには建物までを次々に破壊して行く様子だったが、20秒ほどで映像は終わった。
「これは映画の予告編でも何かのCMでもありません。米軍基地から送信された実際に起こった映像です」
「嘘でしょ!?」
「あれ何なの?」
「アメリカどうなっちゃったんだ?」
観ていた通行人からの引きつった会話で辺りは騒然となった。
そこで、美麗のスマホが鳴った。
「誰よ?・・・は?ディレクターの山さん?・・・もしもし」
[美麗、今どこだ?]
「浅下町の大型ビジョンがあるところよ」
[お!結構近いところにいるな?すぐに局に来てくれ!]
「はあ?こんな時間から?私、今日は非番なんだけど?」
[わかってるが手が足りないんだ!アメリカが変な生物に襲われて]
「今、観てたけど、あれなんなの?」
[わからんから全員で情報収集にあたってる!ある程度情報が集まったら臨時ニュースを流すんでお前がしゃべってくれ!]
「・・・わかったわよ」
美麗は、電話を切るとタクシーを拾った。
美麗が自席のある仕事場の部屋の中に入ると、全員があわただしく動き回っていて物凄い熱気だった。
「おっ、美麗来たか!こっちだ!」
美麗が部屋に入って来たのに気づくと、ディレクターの山城が大声で呼んだ。山城は、スタジオへ続くドアの近くに立っていた。
美麗は、山城のところまで速足で歩いて行った。
「それで段取りは?」
「原稿はできてる。他局に少し遅れを取ったが、現地の特派員が独自の映像を入手したんで挽回できる。5分後に臨時ニュースだ」
「はあ!?化粧直しをしてる時間もないじゃないの!」
「ここにメイクさんがいる・・・頼みます」
「はい」
山城の後ろに控えていたメイク係の30代後半と思われる女は、美麗の目の前に来ると化粧直しを始めた。
「まったくせわしないわね・・・で、あれはなんなの?」
美麗は、化粧に影響を与えないように唇をほとんど動かさないで聞いた。
「会話しているのを聞いた者もいるらしく、どうやら高い知能を持った生物だ」
「えっ?」
「現地では、その見た目からモンスターとかデビルとか呼んでるらしい」
「私が見たのは空軍基地が襲われる様子で、屋上のカメラから撮影されたものらしかったけど、背中に羽が生えた人型の生き物だったわ」
「そうなんだ。ただ、その様子がバラバラで、コウモリみたいのもいれば、カラスみたいのも、カマキリみたいのもいたらしい。謎過ぎる」
「どこから来たの?」
「わからん。わかってるのは、ほぼ同時にアメリカ国内の複数個所に現れたってことだけだ」
「ええっ?ウソでしょ?」
「不思議だが事実のようだ」
「スタジオ、準備できました!」
そこで横のドアが開き、顔を出したヘッドホンの男が大声で言った。
「整いました」
メイク係の女が言った。
「じゃあ、頼む」
山城は美麗に原稿を差し出した。
「はいはい」
美麗は、廊下を歩きながら原稿に目を通して大まかな内容を把握した。
美麗がスタジオに入ると、臨時ニュース用のセットが用意されており、美麗が座る椅子の斜め後ろには大型の液晶スクリーンも置かれていた。美麗は、そのスクリーンと自分とカメラの位置を確認しながら席に着いた。
「本番10秒前!」
席に着くとすぐに放送開始のカウントダウンが始まった。
「5、4、3・・・」
アシスタントディレクターが指で美麗に向かってゴーサインを出した。
「番組の途中ですが臨時ニュースです。本日、アメリカ合衆国に未知の生物が多数現れ、軍事基地を中心に同時攻撃を受けました。それによって、通信網も破壊されようで詳細な状況が不明でしたが、当テレビ局の現地特派員が独自の映像を入手しましたのでご覧いただきます。ただ今現地と繋がっております・・・現地の前田さ~ん!」
「はい、前田です」
少し間があってから、前田と名乗る男がスクリーンに現れた。
「そちらの状況はどうですか?」
「今、私がいる場所は、とある都市の郊外なんですが、モンスターが大量に表れたことを知ったせいか外を出歩く人の姿はなく、非常に静まり返っています」
「その未知の生物は、現地ではモンスターと呼ばれているんでしょうか?」
「デーモンやデビルと呼ぶ人もいますが、モンスターという呼び方が一番多いようです」
「わかりました。それでは、そのモンスターの姿を映した映像を拝見できますでしょうか?」
「はい。こちらになります」
突然画面が切り替わり、大きな通りに面した建物の中のカーテンの隙間から外を映し出す映像になった。最初は、ほぼ無音だったが、すぐに「ブーン」とも「ザー」ともつかない音が聞こえて来て、それがだんだん大きくなり、通りの奥から道路の上5メートルほどをいくつもの黒っぽい何かが飛んでくるのが分かった。
バーーーー!
それは、あっという間に撮影している窓のところまで到達し、そして通り過ぎて行った。
「今のでは早すぎてわかりづらかったかと思いますので、スローの映像を流します」
真横を通過した時のカメラとの距離が5~10メートルだったため、スロー映像では生物の姿がはっきり判別できた。
それを観た茶の間の人々は、皆驚いて息を飲んだ。たまたま、それを観てしまった犬や猫は、さかんにテレビに向かって吠えたり、怖がってソファの下に潜り込んだりした。
(なにこの生き物?ホントに悪魔じゃないの!)
その映像を観た美麗も驚いて目を見開いた。
「この通り、手足を持つ人型の生き物に羽根が生えているという感じでした」
「まさに悪魔という見た目でしたね」
美麗は、前田の言葉で我に返って言葉を返した。
「そうですね。しかし、詳細に見ると鳥のようなくちばしを持った者や昆虫に近い形態のものまでいまして、まったく同一の種類で構成されているわけでもなさそうでした」
「そうなんですか。それで、アメリカ国内のテレビではどのように報道されているのでしょうか?」
「それが、数時間前、襲撃が開始されてから1時間後以降は、各局とも固定カメラの映像しか映しておらず、報道らしい報道は行われて・・・待ってください!何か映りました!」
そこで、前田が手を伸ばして自分を映していたカメラの向きを変え、それまでは映っていなかった前田の右の方にあったテレビの画面を映し出した。
そこには、ヤギやヒツジに似た面立ちで左右の頭頂部からヒツジのような角を生やし、長く白いひげを蓄えた老人が映っていた。
「人間どもよ。我は、冥界の魔王ハーデス様直属の宰相ミノスである。そしてこれは、この国のすべての人間と各国の政府機関に向けた映像である。我々は、5万年前に人間との間に結ばれた盟約に基づき、地下の冥界で静かに暮らしていた。しかし、本日、何の事前通告もなくこのアメリカという国から攻撃を受け、王都の市街地の半分が破壊され多数の死傷者を出した。これは、明らかな盟約違反であると同時に人間による明確な宣戦布告であるため反撃を開始した。すでに、軍事施設は破壊しつくし、通信施設の多くも破壊した。さらに、海を渡り、ヨーロッパとアジアに侵攻する。我々は、盟約違反と攻撃を黙って見過ごすほど寛大ではない。これから、地球のあらゆる場所を我々の住処とするので怯えて待つがよい」
そこで放送は切れた。
「おいミノス、市民は全員城にいたから死者は出てないんじゃないのか?」
ミノスのそばで座って放送する様子を見ていたハーデスが言った。そこは、全国ネットのテレビ局のスタジオだった。
「その通りですが、こう言っておいた方が少しは罪悪感を持ってくれるのではないですかな?」
「ふっ、お前も食えんやつだな、わはははは」
そう言ってハーデスは愉快そうに笑った。




