【第52話-報酬の一笑】
農場を勢いよく飛び出したアリスは、ふと思い出したことがあった。
だが、それよりも先に、ツヴァイと会話をするのが最優先だと考え、一度立ち止まった。
「ツヴァイちゃん、大丈夫? あ…服が汚れちゃってるね、お洋服買いに行こっか!」
「……」
「ツヴァイちゃん…?」
依然として反応のないツヴァイに疑問を抱いたアリスは、腰を低くして正面から顔を覗き込む。
すると、ツヴァイがゆっくり口を開いた。
「……なんで、わたしにそこまでしてくれるなの、昨日会ったばかりなのに、あんなにたくさんのお金を出してくれて…」
アリスは一瞬言葉に悩んだが、数秒後にはかける言葉を見つけて応じた。
「困っている子を助ける理由に、出会った日数なんて関係ないんだよ!」
ツヴァイは少しビクッとして震えた。アリスの声が思っていたよりも大きかったのだろう。
そんな事にも構わず「それに、」とアリスは言葉を続ける。
「ふふっ、もしかしてツヴァイちゃん、あのお金が全部私のものだと思ってた?」
「えっ?」と思わずツヴァイの声が漏れる。
「あのお金はね、昨日ツヴァイちゃんと一緒に遊んだあの二人も、協力してくれたんだよ」
アリスは明るい口調でツヴァイに優しく語りかけていたが、想像とは違いツヴァイの顔は少し曇り始めていた。
「──また、迷惑かけちゃったの、お父さんはすごい人だったのに、わたしのせいで全部台無しにしちゃったの…それなのに、わたしはまた関係のないアリスお姉ちゃん達に、こんなにたくさん迷惑かけて……」
アリスが先ほどから見つめていた顔には、ほんのりと涙の跡が刻まれ始めていた。
「全部、わたしのせいなの…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
謝り続けるツヴァイの肩は、小刻みに揺れていた。
予想外の自虐にアリスはしばし、かける言葉を迷ったが、頭の中で色々と思考を巡らせた。
そして、言葉を選び、やがて決心したように顔を上げて、
「謝らないで。私たちはね、ツヴァイちゃんに謝ってほしいんじゃないの。あの日約束、したでしょ?」
「それに、」と言って言葉を続ける。
「ハイディはね、『ツヴァイちゃんが帰ってきたら、また一緒にお店に行きたい』って言ってたの。レイチェルは、『次は四人で一緒にアイスが食べたいですわ』…なんて言ってたわ」
ツヴァイが二人の名前を聞き、暗い表情で下げていた顔を少しずつ上にあげ始めた。
それを目で確かめながら、アリスは目の前の少女に、自分の想いを告げた。
「そして、私はね、もう一度ツヴァイちゃんの笑顔が見たかったの。昨日、一緒に笑って、一緒に遊んで……あの時間が、本当に楽しかった!」
「…でも、でも!わたしのせいで迷惑かけてるのに、わたしだけ好きに笑うなんて…ダメなの!」
「…私たちの作戦は、ツヴァイちゃんにとっては、余計なお世話だったかな…?」
「違う、違うの!」
ツヴァイの否定の言葉をしっかり聞き取り、アリスは優しい目で、少しだけ首を傾げながら、
「──じゃあさ、もう一度だけ笑ってくれないかな?君が笑ってくれないと、心配で心配で、私は夜もまともに眠れない!それに、子供の笑顔を見て、嫌がる人がいるはずないじゃない!」
アリスの熱弁に気圧されたのか、依然としてツヴァイの声は聞こえない。
そんなツヴァイの態度を気にせず、アリスは言葉を続ける。
「──だから、私のために笑ってくれないかな?あの日のツヴァイちゃんの笑顔が…私、忘れられない!」
長い沈黙、その静寂を切り裂くように、ひとつの優しい笑顔が姿を表した。
その笑みはどこか懐かしく、見るものを釘付けにするだけの不思議な魅力があった。
少し目尻に滲んだ涙でさえ、今は彼女の魅力を引き立てている。
そんな少女は、アリスの顔にしっかり向き直り、ただ一言、アリスが求めた言葉と表情を、その場に残した。
「──アリスお姉ちゃん、わたしを助けてくれて、ありがとうなの!」
アリスが見たかった、その天使の笑みに、思わず零れかけた涙を、両手を力いっぱい握りしめて、アリスは堪えた。
そうして、今のアリスに出来る限りの笑顔で、その言葉に応じた。
「──どういたしまして!」




