【第51話-ブローチの価値】
「あぁ、やっとか…めっちゃ退屈だったよ」
扉の隅からサラッと現れたその男は、胸元に小さなブローチを身に付けていた。
金色と水色を基調とした煌びやかなものだ。
「──お前は…いや、見れば分かるな」
管理人の言葉に男はニカッと笑い、それから自己紹介を始めた。
「オレはミロ・アルカディア。このブローチを見ての通り、この国唯一の大賢者だ」
「……はぁ、なるほど面倒な手札だな、小娘どこでこんな駒を手に入れたんだ?」
「…え?こ、駒!?」
その言葉にミロは「ふっ」と軽く嘲笑してから、アリスの代わりに言葉を紡いだ。
「オレはこいつの願い事を聞いて、こいつはオレの願い事を聞くってだけの約束だ。というかオレ、一応大賢者だよ?流石に駒なんかじゃないよ」
流石にアリスにも、駒という表現は冗談だということくらい分かっていた。
ミロも恐らく、それを分かっていて乗ったのだろう。
管理人は気を取り直し、二人に向けて話し始める。
「──まぁ俺もそこまでバカじゃねぇ、かなり癪に障るが、大賢者なんて連れて来られちゃ分が悪い。ここは引いてやるよ」
「本当ですか!?」
嬉しさのあまり、アリスは思わず驚きの声を漏らす。
だが、管理人の言葉はまだ先があったようで、
「た、だ、し…袋の中の聖金貨はちゃんと置いてけよ?」
「うぐっ……」
直後、ドサッという音を立てて、アリスの手から近くのテーブルへと、聖金貨の入った袋の所有権が移った。
「これで交渉成立だ。ほれ78番、こっちに来い」
管理人に呼ばれるままに、78番と呼ばれたツヴァイがこちらに寄ってくる。
その少女の顔は少し歪んでいて、目には、数滴の涙が見受けられた。
ツヴァイが、アリスのところにまでトコトコと無言で近付くのを見守ると、管理人は急かすように声をかけ、
「さっさと連れてけ。俺はこれで二人目の脱走だ。この先どうなるか分かんねぇ、もしかしたら死ぬかもな」
その言葉に、アリスの表情が、思わず一瞬だけ揺らいだ。
「そう、ですよね…ツヴァイを連れ出すってことは、あなたが犠牲に…」
「気にすんな、煩わしいからさっさと行け。ちゃんと最後まで78番の世話しろよ」
別に、同情なんてものは無い。ただ、自分のせいで他の人が死の危機に晒されるということだけは、よく理解した。
アリスはそのまま左手を力強く握りしめ、右手にツヴァイの手を引いて農場から飛び出した。
颯爽と、頬に伝う涙を見せぬために…。
「じゃあ、オレも失礼するよ。君の無事を祈ってやらない事もないぜ?」
「はっ、そりゃあありがてぇな。……だが待て」
アリスの後に続いて追おうとしたミロだったが、管理人に呼び止められ、足を止める。
「なんだ?」
「──お前、大賢者なんかじゃねぇだろ?」
その瞬間、ミロの顔色が豹変した。
「──ッ!」
「別に何もしねぇから安心しろ。その虹色に光ってる目を見りゃあ幻術を使ってんのくらいは分かる」
「……こっちが本物で、別の場所に幻影を出している可能性は考えなかったのか?やはり勘か?」
本心の疑問を口にするミロだったが、管理人はそれに笑って応じ、
「ははっ、そのブローチだよ。大賢者の証って言われてるけどよ、幻影じゃブローチに刻まれてる術式までは、再現出来ねぇんだな」
直後、重々しい空気が周りを覆う。
気付けば、ミロの口調も変わっていた。
「てめぇ、ブローチの話をどこで聞いた?」
「……なぁに、上の人間からさ。なかなかお偉い立場にいるみたいでね、機密情報いっぱいくれるよ。それに俺はかなり目が良いから、凝視すれば術式の有無くらいは分かるんだよ」
「──そうか」
「ところでさ、この杖どけてくんない?」
気付けば、管理人の眼前には一本の杖が突きつけられていた。
「俺を殺すのは良いけどさ、お偉いさんが黙っちゃいねぇぜ?あの子や君の仲間を、傷付けたくねぇっつうんなら、やめたといた方がいいぜ?」
すると、重々しい空気が少し緩まり、コツコツと歩く音が農場に響いた。
「…チッ、子供を手にかけるなんて、外道な真似すんじゃねぇ。仕方ねぇから今は見逃してやる」
「はっ、そりゃあ助かるよ」
管理人から目を逸らし、ミロは農場を離れ、慌ててアリスの背中を追いかけた。




