【第50話-相応の対価】
「どうしてこっちを、見てくれないの!」
アリスの悲痛な声が静寂を守っていた農場に響き渡る。
「あぁ、うるさい静かにしろ。んで用は何だ?」
口調こそ悪かったが、その言葉を聞いてアリスは我に返った。
(…そうだ。今、目を逸らされていても、関係ない。昨日ツヴァイは言ってた。農場の生活は『大変でつらい』って……だから、だから私は、助けに来たんだ!)
アリスはツヴァイと交わした約束を思い出し、服の胸の辺りをギュッと掴んだ。
例え、どれだけ拒絶されようとも、彼女を救ってみせるという覚悟が決まったのだ。
もちろん、管理人にそんな意図は無かっただろうが、アリスが立ち直るには十分すぎるほどのきっかけを作ってくれた。
アリス一人では、この覚悟は決まらなかっただろう。後押ししてくれた彼には、今は敵であろうとも少しは敬意を払うべきだ。
アリスは右手の人差し指の先を天に向けて突き立てて、勢いよくその指を前に突き出しながら、
「──私の目的は、たったひとつだけ」
緊張感で場の空気が一瞬で張り詰め、屋内であるにも関わらず、そよ風がさぁっと吹き抜けたような錯覚に見舞われた。
その静寂を、チャラチャラと金属の掠れる音が独り歩きする。
管理人の前にまで手を伸ばすと、アリスはこちら側の要求を伝えた。
「このお金で、ツヴァイを自由にさせてあげてください。中身は聖金貨120枚です…お願いします、これ以上は出せません」
そこには、アリスの手に握られたどっしりとした小物袋が乗せてあった。そして、その袋の中にはしっかりと聖金貨の数々が見受けられた。
その光り輝く物体を、管理人は吟味するようにじっくりと見回してから口を開いた。
「ほぉ、聖金貨120枚か、いいねぇ。こんだけあれば、貴族共と同等の、でかい屋敷を二軒建てることくらいはできそうだな」
「──はい、それが私の、交渉のカードです。乗って頂けますか」
「面白ぇ、話し合いには乗ってやる」
「……本当ですか!」
もっと粘られると予想していたアリスからすれば、予想以上にすんなり話が進みすぎて、思いもよらぬ事態だったが、現状では寧ろ好都合だ。
アリスは相手が交渉に乗ってきたことに、一度ため息をつき安堵したが、その感情は管理人の続きの言葉によって、すぐに消え失せた。
「──この交渉に賭ける思いだけは認めてやる。だがな、交渉のカードは最初から全部出すもんじゃねぇんだぜ?嬢ちゃん」
アリスの眉間に皺が寄り、「裏切られた」とでも言いたげな険悪な雰囲気を醸し始めた。
「交渉ってのはな、最後まで相手の懐を探るもんなんだよ」
相手の貫禄を感じ取り、焦燥感に駆られたアリスは、今日で一番大きな声を張り上げた。
「──私にこれ以上、何を望むと言うんですか!」
「なぁに、簡単だよ。俺の要件は聖金貨二百枚だ。ちょうど倍くらいの額だろ?その程度あれば交渉に応じてやるよ」
「はぁ?」とアリスは心の声が思いっきり口に出た。その勢いのままにアリスは言葉を続ける。
「無茶な要望はやめてください。これ以上ふざけた条件を出すのであれば、私もやむを得ません……力づくでも連れて帰ります」
そんなアリスの脅迫に、管理人の男は軽々しく片手をあげて、これに応じた。
「おぉ、怖い怖い。でもな、残念だけど俺もそれなりに強ぇんだよな。武力で勝とうって考えはやめときな」
男の目を見るに、嘘は言っていない雰囲気を感じられた。本当に勝てると思っているらしい。
無詠唱魔術でふいをつけば、あるいは勝てるかもしれないが、こればかりは、やはり賭けになる。
アリスは少し考えた後に、先に話を進めた方が得策だと思い、交渉を続けた。
「……なぜ、聖金貨を二百枚も欲するんですか」
「うちの施設でな、ちっと前に労働力が一匹逃げ出しちまったんだよ。加護を持ってたみたいでな」
「それで」と管理人は言葉を続ける。
「それで、俺は上の奴らに頭がおかしくなりそうなほど延々と叱られたんだよ。俺は悪くねぇってのに」
「…それが、この話と何の関係が?」
「あぁ?こんだけ聞いて分かんねぇのか?簡単な話だよ。要求さえ呑めば78番は手放してやる。上に怒られるのを覚悟でな」
アリスの聞きたいことと少しズレていたため、もう一度問い質すために、アリスは再び口を開いた。
「あなたが怒られようと、関係ありません。私は、なんで、聖金貨の要求枚数を増やすのかって聞いているんです」
すると男は、先ほどよりも少し機嫌悪めな態度をあらわにした。
「はぁ?関係大ありだっつうの。あいつの説教クソ長ぇんだぜ?半日はぶっ続けでキレ散らかしやがる。あいつはイカれてる。だから俺は、それ相応の対価を要求する」
アリスにもこの頃から、もう相手がこちら側の要求を呑むことはないだろうということは感じていた。
だから、自分から先に、早めに切り出すことにした。
「…あなたは、『交渉のカードは最初から全部出すものじゃない』と言っていましたね」
だから、最後の切り札を切る事にした。
アリスの持つ、最強のカードを。
「── 出番です。先生、お願いします」




