【第38話-笑顔の代償】
「ぺちゃっ」という音が響いた。
その音の正体を探るためにレイチェルに近寄ったアリスは見てしまった、その悲惨な光景を。
「レイチェル、服が…!」
レイチェルの服には、コーンに入った丸いバニラアイスがベッタリと付着していたのだ。
そんなことを言っている間にも、レイチェルにぶつかった、どこか貧相な身なりをした少女は、ずっと謝り続けている。
「──ごめんなさい、ごめんなさい!」
ただ直撃しただけではなく、そのアイスの跡は服の側面に広がっていた。これだけ服を汚してしまっている。怒られても仕方がないほどのものだ。
そんなレイチェルをアリスはひやひやと心配そうに見やる。
──が、その表情はアリスの予想していたものとは、正反対のものだった。
「──大丈夫ですわよ、そんな泣きそうな顔をしないでくださいまし。謝るほどの事じゃありませんわ」
「…えっ?」
アリスの目に映ったのは、優しく微笑みながら少女にウインクをするレイチェルだった。
「嘘でしょレイチェル…子供相手とはいっても流石に神対応すぎない…?」
そんなアリスの小さな呟きは、誰にも聞こえることはなく、虚空に消えていった……はずだったのだが、レイチェルは耳が思っていた以上に良いらしい。
「…過ぎたことに怒っていても、仕方ありませんわ。無駄な争いを産むだけで、何も変わらない。わたくしもそれが分からないほど馬鹿じゃありませんし」
「それに、」とレイチェルは続けた。
「それに、わたくしは、人の悲しむ顔よりも、笑顔を見る方が好きですから。ただそれだけですわ」
そんな優しいレイチェルの対応を受けても、事件を起こした子供側は、まだ納得していなかったらしい。
「でもっ、でも、お姉ちゃんの服が…!」
そうだ。例え許したとしても、レイチェルの服は依然汚れたままだ。替えの服などあるはずが…
「── あら、こんなところに可愛らしいお洋服が!わたくし、この服を早く着てみたかったんですの!お嬢さんにはお礼をしなくていけませんわね!」
そう言ってレイチェルは、今しがた買ったばかりの新しい服を取り出した。そして、妙に慣れた手つきで衣服を着替え始……
「待って待って!こんな人通りの多い場所で着替えないでぇっ!!!」
* * *
道端で急に着替えようとするレイチェルを、路地裏に隠すような形で着替えさせたあと、三人は気を取り直して再び雑貨店を目指すことにした。
「よし、今度こそ行きましょー!…って、何でその子まだいるんです?」
「わたくしが新しくソフトクリームを買って差し上げるのですわ。ずっと泣かれていても、わたくしの心に来ますし、それに何より、お嬢さんにはお礼がまだですから」
「うげぇ」と内心から出かけた驚愕の声を抑え込むアリス。流石にこれは優しいの次元を超えている。幼い子とはいえ相手は自分の服を汚した張本人だ。
正直な感想を言えば、もはやお人好しの域を超えている。
それなのに何で…。
そんなアリスの脳内を駆け巡った疑問は、すぐに解決されたのだった。
「バニラソフトクリームだな、銀貨3枚だ」
「銀貨3枚ちょうどですわ」
「おう、まいどあり!」
そんなやり取りを露店の店主と交わしてソフトクリームを速やかにゲットしたレイチェル。
「お嬢さん、もう気にしなくて大丈夫ですわよ。ほら、新しいソフトクリーム、買ってきましたわ」
「…あり、がとっ…お姉、ちゃん…」
まだ少し落ち着かないのか、すすり泣きを続けている少女に、レイチェルは優しくソフトクリームを手渡しする。
その顔には、涙がまだ少し滲んでいたが、可愛らしい少女の心からの笑みが浮かんでいた。
「ふむふむ、なるほど、この笑顔を見るためなら、お金を払ってでも奢る価値があるな…」
アリスは閃いたようにボソボソと独り言を言っていたが、案の定全員からスルーされたので黙った。
「そういえば、あなたのお名前を聞いていなかったですわね。あなたのお名前は?」
そう聞かれた少女は、少し躊躇うような仕草をしたあとに、ゆっくりと口を開いた。
「── ツヴァイ、わたしの名前…ツヴァイ、なの」




