【第36話-はふへーひ】
ピンポンという呼び鈴の音が響いて、10秒ほどだった頃、店員がテーブル前に注文を聞きにやって来た。
「パンケーキを1つお願いします…えへへ」
能天気な態度ですぐさま店員に注文をするアリス。
そして、その間に急いでメニューを探っていたレイチェルは、何やら美味しそうなものを見つけたようで、急にハッと顔を上げた。
「わたくしは、このデミグラスハンバーグを1つお願いいたしますわ」
パンケーキとは違い、飛んできたまともな注文に安堵する店員の姿が見えた。
順調にメモを取っていく店員さんの目が次はハイディに向けられる。
ハイディはオドオドしたような気分の悪そうな顔つきで細々と答える。
「あ、えっと…ボクは、コーンスープで、お願いします」
「「えっ?」」
アリスとレイチェルが、思いもよらぬ注文に不意に声を出す。
「ハイディ、今日はハンバーグじゃなくていいんですの?」
「本当に大丈夫?食欲ない?」
パンケーキに先ほどまで溺れていたアリスですら、一瞬だけ我に返ってハイディを心配していた。
そんな心配に、ハイディは少し間を空けて答えた。
「ううん、大丈夫。本当に、食欲がないだけ、だよ。残念だけど、今日は、ハンバーグ食べられそうに、ないや…」
そんな言葉を口にするハイディからは『悔しい』という感情が一切感じ取れなかった。寧ろ、何かを畏怖しているような、たどたどしさがあった。
けれど確信も証拠もレイチェルには何も無いので、「きっと勘違いだ」と、それ以上は踏み込まずに、ハイディの言う通りコーンスープを注文した。
「かしこまりました!少々お待ちください!」
注文を聞き終えた店員さんは、一言だけそう言ってその場から立ち去っていった。
* * *
3人が注文を終えて5分が経った頃、テーブルに料理が運ばれてきた。
「わあ…美味しそう…えへへ」
「とっても美味しそうですわ!」
「うん、美味しそう、だね」
運ばれてきた料理は、どれも高級そうなお皿に盛り付けられていた。
「まぁ、このお肉…とても柔らかくて口の中でとろけますわ!」
思っていたよりも熱かったのか、「はふはふ」と肉を冷ましながら、最初に料理を口にしたのはレイチェル…と思われていた。
──だが、その隣には、感想など一言も語らずに一人黙々と食事を進める、信じられない少女の姿があった。
この少女が今まさに人と一緒に食事に来ている人間だとは到底思えない。
「はふへーひ、ほひひい。へへへ…」
「あの、パンケーキを口に入れながら喋らないでくださいまし?」
そんなレイチェルの言葉が、先ほどまでパンケーキに支配されていて、ほとんど聞く耳を持たないアリスの耳に奇跡的に届いたようだった。
アリスは少しの間もぐもぐと口を動かした後、ゴクンと1度パンケーキを飲み込んだ。
「パンケーキ、おいしい。えへへ…」
口角が釣り上がり、ニマニマとしながら至福の一時に1人で浸るアリスだった。




