第六話:フロストダストの影
関所へ向かう金属の地面を踏みながら、ディーンは無意識に前を行く面々の背中――というより装備に目を走らせていた。
ディーンは昔、防具屋で働いていた頃がある。
訳あって今は違うが、それでも人々が着る装備を観察するのは好きだった。
現在、冒険者になったディーン自身、他の冒険者の装備や癖は勉強になる。
フォルの装備は、森に溶け込むために組まれているように見える。機能的なポケット。外装のつくりは、長期の潜伏を想定しているのかもしれない。
左手首で見え隠れする『七』と刻印されたアクセサリーが、少しだけ気になった。似たような物を身につけている人を、何度か見た覚えがある。
次にハク。
軽装で、短剣が多い。魔物より、人と殺り合う前提の装備に見える。
目立たないのに、近づかれたら終わる。そういう手口が揃っていて、少し怖い。
ミスティアは弓を持っている。中衛なのはわかる。
ただ、防具がちぐはぐで、前衛向けの装備も混じっていた。大きめの服で隠しているのか、ただサイズが合っていないのか。
アリアは、明らかにサイズが合っていない。
エルドは成長が早いと聞く。昔の客が、子どもの服を頻繁に直しに来ていたのを思い出す。
余り物の寄せ集めに見えるのに、妙に高そうな材質が混ざっていて、ちぐはぐだった。
「なんか、考え込んでるね」
ハクはディーンの視線に顔の高さを合わせるようにかがみ込み、横に並んだ。
ディーンより頭ひとつ分背が高いからそうなるのだろうが、少し癪ではある。
「んん~青春は良いけど、早くない?」
ハクはどうにもわざとらしくディーンの肩を肘で突くと、顎でミスティアとアリアの方を示す。
「……そういうことではなくて、つい気になってしまい」
「お? どっちどっち?」
前を歩いていたミスティアとアリアが振り返ると、ディーンは、ひやりとした視線を感じた。
アリアは少し嫌味ったらしく言った。
「ねぇ、うざいんだけど」
エルドは五感がヒュムより敏感だと聞く。聞こえていたのだろう。
ディーンはこのままでは、色々勘違いされてる未来が垣間見えた。
自分の返事が悪かったのが原因だとは理解してる。
先頭を歩くフォルはこちらを見ないが、釘は刺してくる。
「まぁ〜気持ちはわからんでもないが、時と場所は考えてくれよ? トラブルの仲裁はごめんやで」
フォルのズレた内容に、ディーンはため息をついた。
「すいません。皆さんの装備を見て、壁役がいないと思いまして……」
ミスティアは「たしかに」と納得した表情を見せ、アリアはミスティアの顔を見ると、先程少し感じたディーンへの敵意が消えたように感じた。
ハクは隣で、いつの間にかジャンクフードを食べている。気楽でいいもんだとも思う。
「まぁ〜? 物資補充の依頼でしょ? 今日は冒険者の一斉捜査が行われてるし、大丈夫でしょ」
フォルは苦笑いをして、ため息をする。
「俺とディーンは、この街の外でネームドに襲われたんやけどな」
ハクは余裕たっぷりに、親指を胸に当てた。
「任せときな! こう見えて噂になるぐらい強いから!」
アリアの目つきは呆れた顔だ。
「胡散臭い」
胡散臭い。だが装備の質だけは確かだ。どこまで本当かは、よくわからない。
ネームドを倒せるアルケインと知り合い――となると、本業は傭兵なんだろうか。
「なら背中は任せますね。ハクさん、頼りにしてます」
ディーンは、とりあえずお世辞だと割り切って、ハクを持ち上げることにした。
ミスティアは背負っていた鞄を背負い直すと、
「では、何かあれば私もハクさんに背中を預けて走りますね」
ハクは嬉しそうに胸を張る。
ミスティアはハクの元へ向かい、「御守りです」と言って魔物寄せのデコイを渡した。
ハクは眉をひそめるが、アリアは少し嬉しそうに、ディーンに尋ねてくる。
「ロープとか鎖持ってる? いざって時は手伝ってね」
ディーンは意図がわからず、とりあえず頷いてみせる。フォルは明後日の方向を向いて肩が上下に動いていた。
ハクは何かに気付いたように、アリアに目を落とす。
「んん~気のせいかな? 俺、捨てられてない?」
「でもさっき背中は任せて良いって」
ミスティアはわざとらしく上目遣いをする。
「君、可愛い顔してエグいこと言うね! 魔物の餌はないでしょ?」
ディーンは鞄から香辛料を取り出し、ハクへ差し出した。
ハクはディーンの肩へ腕を回して、にこやかに微笑みかける。
「……味って大事じゃないですか?」
「ちょっとちょっと! 確かに美味しさは大事だけど、これは意味変わってくるよね!?」
フォルは笑いながら、
「とりあえず壁役はできたし、案外良い編成になったな」
ハクは大げさに泣いているような演技をして、はしゃいでいた。
そうこうしているうちに、物資の受け渡し場所へ辿り着いた。
ギルドの職員が、鞄と箱を几帳面に並べて待機している。
「……時間どおりのご到着ですね。皆さまには、こちらを運んでいただきます」
淡々とした声と一緒に、四角い金属ケースが指し示された。
箱の中には、サイコロほどの小箱がいくつも収められている。医療品や乾物を、魔法で圧縮したものだ。
シェルターに着き次第、物品の管理番号を確認し、補充する。――そういう依頼なんだ。
職員は説明を終えると、有無を言わさずハクに食料の入った物資を手渡した。
「食料品です。匂いに気をつけてくださいね。」
「おい、聞いてたろ? 捻くれ者め。」
ハクは声のトーンは低いが、わざとらしく職員を睨みつけはじめた。
職員は口元だけ、ほんの少し上げた。
「要注意人物の候補に入れますよ。」
「んんーーーそれはずるいぞ!」
「良かったじゃん不審者」
アリアは横から茶々を入れる。
五人はそれぞれ荷を受け取り、フォルを先頭に門へ向かった。
ミスティアは何かを思い出したように、街の左側を見ていた。
ディーンは先日の話を思い出した。
「ああ……ここからでは見えなくて、真っ直ぐ歩き続けるとありますよ」
フォルは二人の方角を見ると、
「あ~ダスト区の関所ね。連盟ギルドの件か。従業員入口みたいな、ショボい関所やから、ここからだと見えんのよ」
アリアは不思議そうに、首を傾げる。
「なんでそんな不便なことになってるの?」
「まぁ、一言で言うと歴史やな」
アリアは、少しだけしゅんとする。
「……じゃ、いいや」
ハクは欠伸をした後に、アリアに近づくと、しゃがみ込むようにしてアリアに視線を合わせた。
「歴史の勉強は嫌いかい、おこちゃまは?」
アリアは途端に目つきが変わり、ハクの脛を蹴り飛ばした。
「あう! ちょっとちょっと! 痛いって! あーでも…………」
ハクはアリアに背を向け、自身の尻を二回叩いた。
「ねぇ? もう少しこの辺を」
アリアは露骨に嫌な顔をする。
「キモい。変態」
ミスティアは少し背伸びすると優しく、アリアの頭を撫でた。
ディーンは二人とも、自身より少し年下か同年代ぐらいだと思っていた。だが、ミスティアは年の割に落ち着いており、アリアは少し幼くも見えた。
門を抜けると、背中の騒がしさが少し遠のいた。
代わりに、荷の揺れと自分たちの足音がはっきりする。
相変わらずハクは挙動不審ではあったが……。
「ついたで」
フォルが指さすと、目の前には岩があった。
よくよく見ると、風景に溶け込むように魔法陣のような絵柄が刻まれている。フォルは自身の冒険者のタグを当てると、目の前の岩に扉が現れ、静かに開いた。
中に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
外の土と草の匂いが切れて、乾いた金属と、薄い薬品みたいな匂いが鼻につく。
明かりの下に、整頓された物資と折りたたみ式の簡易ベッドが並んでいた。
ミスティアは荷物を降ろして周囲を見渡した。
「なるほど……凄いですね。私達が住んでた国にもあったのかな? こんな施設」
アリアは横に首を振る。
「見たことないよ」
フォルは荷物から手際よく、すでに補給品を取り出していた。
金属ケースを下ろすと、床に鈍い音が落ちた。取っ手の金属が、指先に冷たく残る。
「まぁ……この街、昔は戦争やら多かったらしいからな。ちなみに、どこの国や?」
「フロストダストですね。年中雪が降ってる場所です」
ディーンは聞いたことがなかった。正直、国の名前には疎くてあまり知らない。
ハクは近くにあった椅子に座ると、
「あそこは絶景で美人が多い! あと……貴族専門店の高級な菓子屋があったっけな?」
「接客は最悪だけど、チョコレートの味は絶品」
ミスティアは少し驚いた表情をする。
「行ったことあるんですね。そこは有名だけど、私には縁がない世界なので……私は行ったことないです」
ハクはにこにこと微笑みながらくつろいでいたが、アリアに蹴飛ばされて椅子から崩れ落ちる。
「サボるな! どうせあんたが変なことしたから追い出されでもしたんでしょ」
ハクは笑っており、
「ちょっと! 今座ったばっかなんだけど。辛辣すぎない? 俺、なんかした?」
「うるさい!」
賑やかになる。
笑い声の奥で、作業の音だけが残った。
ディーンはフォルのそばに腰を下ろし、箱を開けて中身を仕分けた。端末を傾け、ロット番号を一つずつ照会していく。
「はじめはどうなるかと思ったけど、上手くいってるな」
フォルが、気楽そうに言う。
上手くいってる……のか? ディーンは騒がしい二人――ハクとアリアの方をちらりと見た。
「まぁ、ハクさんも楽しそうですし。トラブルにならなくて良かったです」
ロット番号を照会していくと、端末の画面を追っていた指が、ふと止まる。
『エラー』
短い文字が、妙に目立った。
偽物の意図はわからない。
ただ――正直、見たくない画面だった。
その時、フォルは手を止めて、急に少し真剣な顔つきになった。
「非常に言いづらいんやけどな……伝えとかないとあかんことがあるんです」
ディーンは手を止めて、フォルの方を向いた。何かミスや気に障ることはしただろうかと不安になった。
「実はシルヴァンが勝手にクラン作って、そのメンバーの一人になってます」
「……はい?ギルドへの移籍の話はしましたけど。なぜそんなことになっているんですか?」
ディーンは意味がわからず、言葉が出てこない。
ディーンはエリナとパーティーは組んでいたが、基本『野良』と言われる、クランに属していない冒険者である。
クランに所属する方がメリットは多いが、冒険者をするのは一時的な凌ぎのつもりだったため、ディーンは所属せずに冒険者になって半年間やりくりしてきた。
すると、ミスティアが呟いた。
「凄く、嫌な予感がする」
騒がしかったアリアとハクが途端に静かになり、ミスティアの方を向く。
フォルは一度唾を飲み込み、苦虫を噛み潰した顔をした。
「察しの通り、アリア、ミスティアもクラン所属にされとる。知ってる顔ならアルケインとシェードもや」
ミスティアは絶句しており、アリアの顔は険しくなる。
「なにそれ! そんな話聞いてないんだけど! 勝手に決めて言い訳!?」
ディーンもその通りだと思う。
ハクは笑いだした。
「なに? 俺、はみだし者なわけ? てか……アルケインも? 今年で一番面白い話だからその話詳しく!」
アリアはハクの脛を蹴り、「全然面白くない!」と文句を言う。
「あの〜理由はなんかあるんですか?」
ミスティアは首を傾げながら、不思議そうにフォルを見ている。
「俺もわからんのよ。他にネアってのと、ヴェールって奴もメンバーにいるのは確定してるんやけどな……」
「クラン名も未定、クランマスターも不在のクランなんよ」
ハクは相変わらず笑っており、
「聞いたことないんだけど! 誰が何すんのそこ」
フォルも首を傾げている。
「何するんやろうな?」
ディーンは不思議で仕方ないが、聞きたいこともある。
「早速、聞くのは失礼だと思うんですが……脱退できますよね?」
ミスティアとアリアは半笑いになる。
「クラン最速の解散記録、樹立できるかもよ」
ハクは悪い笑みを浮かべ、からかいはじめた。
「それがな? アイツも考えたんやろうな。三ヶ月はアイツのポケットマネーで小遣い貰えるみたいやわ」
「え? お金貰えるんですか?」
「そや。だから脱退するなら三ヶ月待ったほうが良いで。普通に働かんでも、三ヶ月は暮らせる」
アリアは少し考えた後、ミスティアの方を向いた。
「なら良いかも」
ちょろいな、とディーンは思うが、何もしなくて金が貰えるなら……とりあえず所属しておくのもありかと思った。
ハクは片手を上げて、その場で飛び跳ねる。
「俺、入団希望です!」
「却下! ブラックリストよ、あんたは!」
アリアは即答する。
「頼もしいな。クランマスターはとりあえずアリアで良いか」
「んー?冒険者登録した翌日にクランマスターってなれるんですかね?」
ミスティアは冷静に疑問を質問し始める。
「え? え?」
アリアは言葉が出てこないのか、口が泳いでいる。
「まぁ、とりあえずハク。うちのボス却下らしいわ。ゴメンな」
「靴舐めたら入れてもらえる? 真面目に不労所得ほしいんだけど」
「それ、ハクさんが舐めたいだけでは」
「おい! ディーン! ……んん~確かに新しい扉開けるかも」
アリアはひいており、
「何なの、お前……」
と嘆くのであった。
すると、フォルは一度手を叩く。
「言いたいこと山程あるのは理解してるけど、ここで時間潰したら野営しないといけなくなる」
「確かに、ここまだ一つ目ですもんね。ハクさん、アリア、遊んでないで仕事終わらせよ」
ミスティアは頷いて作業に戻る。
アリアは不服そうに「なんで私も!」と文句を言う。
ハクは「ミスティア先輩、わかりました!」と元気よく大げさに敬礼をする。
いつの間にかハクは入団したつもりなんだろうか、とディーンは疑問を浮かべるも、そもそも自分の立ち位置は何なんだと自問するハメになる。
このシェルターで照会エラーが出た補給品は二つ。ディーンの担当した端末にデータが残っていることを確認し、保存した。
外観も見た目も全く同じで、フォルはただの登録漏れじゃないかと言うが、珍しく今回は支給品の確認やから、報告するしかないか……と持ち帰ることにした。
それから三箇所ほどシェルターを調査したが、不自然な支給品は見つからなかった。
アリアは眠たそうに嘆く。
「こんな面白くない仕事、二度としたくない」
フォルはにこやかに微笑みかける。
「でも、お金はめっちゃ良いで」
アリアの眉が寄り、低い声が漏れる。
「最後の一つですから、もうちょっとだよ。次の場所まで」
ミスティアはフォローする。
「その最後の場所、遠すぎるんだよ。他のパーティーに行かせろよ。ったく」
ハクは石を蹴飛ばし、木に当たると石は弾き返った。
そうしてハク自身の頭へ、石は跳ね返ってきた。
ディーンは平和な時間を堪能しながらも、調査の結果が冒険者全体を影に落としそうな予感がする。
ノワールの依頼をあまり深く考えずに、受けてしまったが本当に大丈夫なんだろうかと頭の片隅で不安がこだましていく。
次回の投稿は5月14日(木)20時を予定しています。




