第五話:巻かれた釣餌
夜が明けきらない頃、ディーンは宿を出る。
昨日の帰りに買った花束を、亡くなった者たちへ供えた。
チャップとは、上手くやれそうな気はしていた。
あの時、自身が状況を見て動けていたら、チャップは死なず、エリナの怪我は防げたのでは無いかと自問自答を繰り返す。
「いや...そんな考えは、おこがましいか」
ディーンは近くにあったベンチに腰を下ろす。集合まで、まだ二時間ある。
正直、生きている実感が、まだない。
――休みたかった。
けれども治療費がかかる今は少しでも余裕が欲しい。
静かな時間が流れた。
手持ち無沙汰になって、端末を開く。
最近の材料の値段や相場を、ただ黙々と調べ続ける。
そうこうしているうちに、早朝の依頼書の更新がされる時間が近づいてくる。
ディーンは昨日の副ギルドマスター――ノワールの話を思い返していた。
『君は外部の人間だ、見ている景色が違うだろう?時間がある時でいい、何か感じたら報告してくれ』
ディーンは端末を閉じ、腕を精一杯広げて立ち上がる。
いつもは気にしていなかったが、周辺の建物は金属を打ち付けたような無骨なものが多い。
それに比べてギルドは木造で、派手さはない。なのに、周囲と違って少しだけ落ち着いて見えた。
「歩いていれば、嫌でも1日が始まる、、か」
自分にそう言い聞かせて、ディーンは歩幅を少しだけ速めた。
掲示板の前には、もう人だかりができていた。冒険者が報酬額を凝視し、受付嬢が紙の依頼書を並べていく。
紙の依頼は、急に入った仕事や、期限間近で報酬が上がった仕事が混じる。早いもの勝ち――その分、地雷も混じる。
ディーンは依頼書に目を走らせ、息を吐いた。
(締切日、依頼内容、金額、発行者、情報提供者のニックネーム……全部記録していたら終わらないよな……)
――ノワールの話では、偽装の件は実在している人物の名前だったが、彼らは関わって居なかった。
本来見落とされることは無いが、エーラはこの緊急性の高い依頼書に埋もれた1枚で悲惨な目にあったのだ。
どれも自分には縁のない仕事に見える。
運搬、護衛、巡回。名前の知らない区画、知らない人間、知らない規則。
子供の頃なら、憧れたのかもしれない。
でも今は違う。報酬の下に並ぶ条件が、全部心に刺さる。
必要な等級。必要な実績。必要な能力。
どれも足りない。足りないものが多すぎる。
偽装の件だって、読んで分かるなら苦労しない。エーラの偽装された依頼書を見たが正直違いがわからなかった。
(ギルド職員でも見つけられてない情報を、どうやって調査しろってんだ)
それでも、金は前払いで受け取ってしまった。
エリナの治療費が足りなかったからだ。今更返せるわけがない。それにまあ……エリナには色々助けられてきた。ちょっとぐらい背伸びをして、安心させたい気持ちもある。
ディーンは紙から目を離し、首を回して目頭を押さえた。
「はぁ~、エリナが居たらな、、」
ここ最近は依頼を選ぶのを、エリナに任せていた。
そもそも、ディーンも冒険者になったのは半年前であり、依頼書の違いや違和感なんて感じたことなんて一度も無い。
ディーンは、なんとなく名前と依頼Noだけメモしていく。突然、肩を叩かれた。
ディーンは肩が跳ね上がった。
背後にはフォルが串に刺さった肉を食べながら立っていた。
「真面目やな。魔物の時期や依頼内容の流れが分かれば、準備出来るもんな。」
ディーンは、メモしていた紙をポーチへしまう。
「お、おはようございます。 依頼内容の流れ?ですか?」
フォルは肉を食べ終えると、腕を組んだ。
「今の時期は、巡回や護衛が多い、もうしばらくすると冥樹の森討伐依頼や、街中依頼が増えるからな」
「なるほど、、、そういうのあるんですね。」
「まぁな、それに色々巻き込んで悪いな。今回の依頼よろしく頼むわ」
ディーンは軽い会釈をすると、フォルが「行こうか」と声をかける。依頼書は全て見終えていなかったが、事情を話すわけにもいかず後ろをついて行った。
集合場所には、既にミスティアとアリアが座っていた。だが、空気が変だ。
2人の正面に、陽気そうな男が居座っている。妙に距離が近い。
アリアは露骨に顔をしかめ、ミスティアは冷えた目で男を見ていた。
フォルは立ち止まり、ディーンの方を振り返った。
「……なぁ?俺、詳しく依頼の話聞いてないんやけど。あれ同行者か?」
ディーンは男を見て、首を横に振る。
「いや...…見たこと無いですね。」
「はぁ、、早速絡まれてるのか。朝からめんどいなぁ」
フォルは頭をかきながら、少しペースをあげて歩き出した。
周囲を見渡していたミスティアの視界に入ったのか、ミスティアは席を立ち、飛び跳ねながら手を振っくる。
何処か嬉しそうな表情で。
「おはようございます!。あの~新しい方増えたんでしょうか?」
アリアはもっと直球だった。
「ねえ。私コイツいや!」
アリアは椅子の背を蹴るように立ち上がる。
直球すぎて、失礼にも思える。とはいえディーンも、アリアの気持ちが理解出来る。
正直、あの男は面倒くさそうに見えている。
座っている男は、何処かわざとらしく悲しげな表情をする
男は、当たり前みたいに二人の名前を呼んだ。
「はぁ~俺は悲しいよ。フォルとディーンだろ?話は聞いていると思うけど、俺はハクね!」
フォルとディーンはお互いに顔を見合わせると、2人揃って顔を横に振る。
「いや、知らんぞ。お前誰や。」
フォルの声のトーンは少し下っていた。
「ええ〜っと……残りはアルケインさんだけですよね?」
ディーンは少し大きめの声で質問してみる。
それを聞いたアリアは席を立つと、大声で文句をいう。
「やっぱ不審者じゃんか!何こいつ!キモい!」
ハクと名乗った男は、口を開けたまま固まってしまう。
「ん?えっ、、???いや、、、アルケインから聞いてないの?俺代理なんだけど。」
「..…初耳やけど」
フォルは頭をかきながら、困った顔をしている
ハクは机に手をつき、うなだれはじめた。
「あの野郎、何が伝えておくだ! いーっつも報連相にうるさい癖してこれか!?」
急に怒り出した、ハクを見てその場に居た4人は固まった。
小走りの足音が後方から聞こえてきた。若い受付嬢だ。
ディーンは、初めてギルドに来た時に案内をしてくれた、研修中とつけていた女性だと思い出した。
確か名前は……ミランダだったっけ……人の名前を覚えるのはあまり得意ではないものの、エリナと同年代ということで二人は盛り上がっていた為、印象は残っていた。
「すいません!。その人は一応ちゃんとした代理です。」
ハクは目を見開くと抗議する。
「一応、、?いち、、、?ちゃんとした代理!? ちょっと昨日助けてあげたのに酷くない!?」
「……別に貴方に助けられた訳ではないですが。」
「.…..まぁ、、、確かに俺見てただけだもんな。」
ハクは顎を引くと、妙に素直に納得しはじめる。
フォルは呆れながらも席へつくと
「それ、俺らが来る前に言えたんじゃないか?」
フォルは受付嬢を見て、首をミスティアとアリアの方向へ傾けた。
ディーンもそれは思った。あの微妙な空気というのか、事故は未然に防げていたように思える。
「いや……これなんでちょっと....…」
眉をひそめ、一歩後退する受付嬢。
ディーンはいたたまれない気持ちになった。自分が言われたら、受付に行けなくなりそうだと思う。
かくいう言われた本人は、何故か笑顔であった。
「んん~あれ?意外にもそっちもイケる口かな?悪くないね。」
ミスティアはため息をつき、アリアは小声で嘆いた。
「キモい」
微妙な空気になったがこの場で年長者であるフォルが仕切り直す。
「研修に代理って初めて聞くけど、可能なのか?」
「実は、、、昨夜色々ありまして、、」
受付嬢が気まずそうに答えると、ハクは仁王立ちする。
「仕方ない。活躍を話してやろう!」
少し時間は遡る。
アルケインとハクは昨日の夕方頃にギルドに足を踏み入れた。
アルケインはハクを睨みつけ、小言を言う。
「どうせ、お前適当に仕事してたんだろうが」
「いやいやいや?もう7年近く連絡してこなかったのそっちじゃんか!」
「前払いの依頼で、まだ続いているはずだが」
「まぁ?その通りではあるんだけど、予想外というかさ?色んな苦労があったんです。はい。」
ハクは言い訳を並べながらも、何処か反省しているとは思えない態度だった。
突如受付から怒鳴り声が聞こえる。
「もう1週間経つんだぞ!それに、今日には捜索する手筈だったはずだ!」
「ちょっと、、キッシュの兄貴落ち着いて、、」
「お前は黙ってろバルト」
その目の前には胸ぐらを掴まれ、半泣きになる受付嬢がいた。
周囲の者たちが止めに入ろうとし、騒ぎは大きくなっていった。
周囲からは、噂話が聞こえてくる
「そういえばそこのクランマスター達はまだ消息不明なのか」
「キッシュも大変だよな、ネームドが出てギルドが人員避けなくなったんだろうよ」
「でも、誰も行きたがらねぇだろ?Sランク冒険者のパーティーの消息不明なんてよ」
アルケインは少し考えた素振りをすると歩き出す。
「行くぞ。」
「あの受付嬢可愛いな〜。まぁ、関わらない方がいいか。」
ハクは、アルケインに話しかけたつもりだったが、隣に姿は無くあろう事か、アルケイン騒ぎの元へ向かっていた。
怒号を上げるキッシュと呼ばれていた男に近づくと、アルケインは声をかける
「おい、これで足りるか?」
アルケインは傭兵のタグを見せると、受付嬢の顔が和らいだ。
キッシュは胸ぐらを掴んだまま固まっていたが、いつまでも胸ぐらを離さない事に痺れを切らした受付嬢は、鼻筋を目掛けてぶん殴った。
殴られたキッシュは鼻を押さえていたが、鼻血で服が血まみれになった。
本人も殴られると思っていなかったのか呆然としていた。
「確認してきます!そこでお待ちください!」
そう言って立ち去ったのだ。
ハクはその一連の光景を自慢するように説明し、その影響でハクが代理として参加することになったと。
「いや~!あのパンチ素晴らしかったよ。ぜひ俺も.…..」
フォルは話を被せる
「なるほどな。アルケインってよりはシェードの代理なのか。」
フォルは何処か納得した表情をして頷いた。
ミスティアはハクを見つめていた。
ハクは嬉しそうに手を振るが
「その話だと、ハクさん何もしてませんよね」
その場にいた者が感じていた事を真顔で質問するミスティア。
笑いが止まらないフォルに対して、悲しそうにするハク。
ハクの動きはわざとらしくも感じたか、初めてのパーティにしては何処か雰囲気が少しだけ和らいだようにディーンは感じた。
しばらくして、フォルたちがギルドを後にするのを二階から見送った後、シェードが沈黙を破った。
「……なぁ。なんでディーンを引き抜いたんだ?」
ノワールはすぐには答えない。しばらく沈黙した後、ようやく口を開いた。
「移籍をさせたのは、あのクソエルフだ。……君とエーラに会う場を作ったのは、私だがね」
「……治療費を建て替えたんだってな。何を企んでる」
シェードは目を細めた。数年付き合ってる。こいつが善意で金を出すはずがない。
「未来ある若者の治療費を立て替えるのが、そんなに奇妙か?」
「……ふっ。よく言う。そんな聖人君子、初めて聞いた」
「偽造の件、俺も答えを探してる。だがな――誰かを危険にさらすような事はするなよ」
シェードは持たれていた柵から離れると、その場を後にする。
ノワールは何も言わず、ただ見送った。
背を向けて去っていく姿が遠のくと、彼は誰に聞かせるともなく独り事を言う。
「……相手が理性的なら、助かるんだがな」




