第三話:目の前の答え
ギルド内は普段、冒険者の笑い声や怒号で満ちている。だが今日は、笑い声がやけに少なかった。
ディーンは壁際の席で時間を潰していた。昨日はエリナの件で荷物を運び、連盟ギルドの事情聴取まで受けた。
そのうえ今日は、ギルドにも報告しろと言う。どうして同じ冒険者ギルドなのに、わざわざ二度手間を踏まされるのか。面倒で仕方がない。
考えたところで、自分ひとりでどうにかできる話でもない。言われた通りに動くしかなかった。
仕事の当てもない。今の懐事情で、仕事を探さないといけない。
——周囲の声は昨日の話で埋まっていた。
「死者が二十九名だってよ」
「札付き候補のネームドが出たらしい」
「討伐はされたって話だが……討伐者の名前が出てねぇ。クラン名もだ」
ディーンは視線を落としたまま、聞こえてくる言葉をやり過ごした。
誰かの嘆きも聞こえる。
「チャップ亡くなったのね」
「仕送りしてたけど、大丈夫なのかな?」
「まあギルドのことだ。多少は遺族に金が回るだろ」
ディーンの指先が止まった。チャップは連盟ギルド側の人間だ。自分と同じだ。
ディーンは目を閉じて昨日の光景を思い出す。
(……他人事じゃない。盾ごと噛み砕かれる光景が、まだ目の奥に貼りついてる)
ディーンは一度だけ奥歯を噛み、考えるのを止めた。ディーンもチャップも連盟ギルド側の人間だ。
今回の一件で連盟ギルドは被害額を請求してきている。エリナの治療費まで含めれば、差し引きはマイナス。治療費は少し待ってもらえるらしいが、簡単に払える額ではない。
同じギルドでも、別の仕組みで動いてる。……移籍した方がいいのではないか。
ため息をつき、少し眠くなっていたディーンは背もたれに身体を預けた。
突然目の前に、どさりと男が腰を下ろす。顔に傷があり、目の虹彩は白く鋭い。ディーンは目が冷め、本能的に身構えた。
「お疲れさん。ちゃんと飯食ったか? 疲れた顔してんぞ」
声で気づいた。昨日助けてくれた冒険者の一人――フォルだ。
「あ……」
言いかけた瞬間、フォルの後ろで立っていた、もう一人の男がケラケラ笑っている。シェードだ。
「そら、こんな悪人づらが急に座ったら焦るよな」
ディーンは咄嗟に言い繕う。
「いえ、そういうことではなく……昨日はマスクをしておられたので、誰かわからなくて……」
ディーンは殺し屋とかの裏社会の人かと思って血の気が引いた、とは口が裂けても言えない。
フォルは慣れている様子で微笑む。
「悪いな。そういえば昨日マスクしてたの、忘れとったわ」
シェードは近くにあったメニューを手に取りページをめくる。
「まだ時間はあるし、適当になんか頼むか、俺の奢りでいいからよ」
「1番高い奴で俺はええぞ。」
「自分で払えよ」
シェードは適当にフォルの話を流しながら、3人分の注文をすると、近くにいた店員がお冷を3人分の持ってきて、置いてくれた。
「悪いな。お疲れのところ。気の聞けない奴が向かったもんでな」
シェードは嫌味ったらしくフォルを指差す。
それから、淡々と続けた。
「魔道士の子は、大丈夫そうか?」
ディーンは荷物を小さくまとめ、必要なことだけ答える。
「エリナのことでしたら、一命は取り留めました。応急処置が的確だったおかげです」
――助かった。それだけでいいと思った。エリナの詳しい状態をディーンは伏せることにした。
そこへ一人の男が近づいてくる。昨日のハルバード男――アルケイン。身軽な服装は変わらずだが、武器を持っていない。
フォルが手を振り、メニューをアルケインに渡した。
「噂をすれば来たで。シェードがなんでも買ってくれるで。武器は置いてきたんか?」
冒険者たちは基本、武器を持ち歩いていることが多い。稀に、宿に置いていた武器を盗まれたなんて話も耳にする。
ディーンもなるべく武器は持ち歩くようにしていた。
シェードが呆れた声で言う。
「特徴通りの装備を持ち歩いてたら目立つだろ」
シェードは冒険者たちの方を指さす。
彼らは相変わらず、昨日のネームドの噂話をしている。
アルケインはメニューの中の飲料を指さし、シェードへメニューを渡した。背もたれに体を預けた。
「そこまで考えてなかった。俺は魔道士だからな。あれは護身用だ」
一瞬、思考が止まった。護身用? あの重量級の武器を持った魔道士?
ディーンは返す言葉が見つからなかった。
ディーンは身の丈ほどあるハルバードを振り回せる気はしない。
シェードが半笑いで返す。
「あんたが魔道士だって言うなら、ほとんどの戦士の心が折れるちまうよ」
フォルが場を繋ぐように言った。
「結局、皆早かったな。……アルケイン、この後飯でもどうや?この3人は行くつもりやけど」
ディーンが思わず首を傾げ、小声で嘆いた。
「……三人?」
シェードがフォルの肘を小突いた。
「今、飯頼んでるだろうが。おっさん。それにそんな話、いつしたんだよ」
アルケインは小さく首を振る。
「悪いな。ギルドの用事が終わったら、予定があってな。また今度だ」
フォルが肩をすくめた、その時。
「新しいパーティメンバー集めてたとは知らなかった。」
声と同時に、卓に飲み物が置かれた。ディーンは反射的に口を開く。
「……あの、これ頼んでないんですが」
相手はどう見ても店員ではなかった。
服装からして受付嬢……いや、それより上の階級なのは明らかだった。
「ギルドからの奢りよ」
淡々とした声だった。褒美でも謝罪でもなく、ただの処理として置かれたジョッキ。
今からギルドに報告に行くのに酒はないだろとディーンは内心思ったが、飲み込んだ。
(……誰だ。この人)
フォルが先に息を吐いた。
「シルヴァン。何してるんや。お前がこんなことしたら目立つやろうが」
名前を呼ばれた女性は、気にしていないように見える。
特徴的な耳を見て、エルフだと気づいた。不老に近いと言われるエルフ。一見20代に見えるが、いったいいくつなんだろうか?
ふと興味が湧くが、怖くて聞ける気もしない。
「何? 文句あるの?」
シルヴァンは淡々と返した。どこか喧嘩腰に聞こえる。
シェードがディーンの耳元だけに声を落とす。
「……あれはギルドマスターだ」
ディーンの背筋が、遅れて固まった。
(ギルドマスター。――初めて見た。)
アルケインは気にも留めず、興味がないのか、卓に置かれた酒を手に取って眺めはじめる。
「昼間だぞ。さすがにセンス無いだろ、これは」
シェードは含み笑いをして顔を逸らす。正論だ。ディーンも同じような事を思っている。
シルヴァンは不服そうな顔をすると、アルケインが手に持った酒を掴んだ。アルケインは首を傾げたが、そのまま酒を渡した。
シルヴァンは受け取ると、一気に酒を飲み干し、アルケインの目の前に空になったジョッキを置いた。
「どうぞ、新鮮なエール」
アルケインは、ため息をついて、隣にいたシェードの前にある手のついてないお冷と空のジョッキを入れ替えた。
色々言いたげな顔のシェードであったが、黙って、酒を飲みはじめる。
フォルが面倒くさそうに頭をかきながら言った。
「……まぁ、ええわ。冒険者登録で紹介したい奴がいてな。アルケインって言うやつでな」
シルヴァンが片眉を上げる。
「奇遇ね。私も紹介したい人がいるの」
ディーンは、その言い方が気にかかった。親切でも挨拶でもない。最初から決めている口調だった。
シルヴァンは片腕を上げ、短く合図を出す。
合図ひとつで、職員が迷いなく動いた。
白髪の獣人の受付嬢が、二人の女性を連れて現れる。
金髪の女と深くフードを被った獣人の女。
アルケインが先に反応した。視線は受付嬢の方へ――ほんの一瞬だけ向いていた。
「……どういうことだ?」
シルヴァンは気にも留めず話を続ける。
「この金髪の子がミスティア。こっちのフードの子がアリア。今朝この街に来たばかりよ」
フォルが噛みつく。
「いや、待て。今の流れでなんでそうなるんや」
「これ、クランのメンバー構成ね」
シルヴァンは用紙をフォルへ滑らせ、受付嬢へ小さく耳打ちした。
「アルケインの登録。先に案内してあげて」
受付嬢が一歩だけ前に出ると、
アルケインは小さく頷き、何も言わずに立ち上がった。
そのまま受付嬢の案内について行き、その場を離れはじめる。
フォルは用紙に目を落とし、目を見開く。
「ネアとヴェール……クラン?」
「おい、何の話や。あの2人共絶対知らんやろこれ!」
シルヴァンは悪びれない。
「んー? こないだ言ってなかったっけ。昨日の夜とか」
「昨日お前と会ってすらないぞ!」
口論が始まった。
ギルドマスター相手にここまで言えるという事実に、ディーンは逆に怖くなった。
シェードが状況を見て立ち上がりかける。
「……なら俺はアルケインの付き添いで――」
「だめ。ここに居て」
シルヴァンの一言で空気が切れる。声は静かなのに、逆らえる余地がない。
シェードは小さく息を吐き、ディーンへ指先で合図した。席をずらそうと。
何となく意図が伝わってくる。
ギルドマスターの背後で立ち尽くしていた二人に声をかける。
「……悪いな。俺もよくわかってない。シェードって言う。飯でも食いながら待つか?」
金髪の女性が眼鏡を外し、慌てて頭を下げた。
「えっと……ミスティアって言います。こっちで拗ねてるのがアリアです」
アリアが不満げに吐き捨てる。
「おかしいでしょ。街に来て早々声かけられて、連盟ギルドに案内するって話だったのに。なにこれ」
シェードは苦笑する。
「連盟ギルドか? こっちの区画じゃないから、関所をまた通ることになるぞ」
ミスティアは首を傾げ、目をパチクリさせる。
「え?区画? 街に来る時に関所通ったのにまだあるんですか?」
ディーンは内心で思い当たった。自分も来た当初、その区画の違いを知らずに余計な関所を通るはめになった。
「街入る時に正面の関所じゃ無くて、塀に沿って右側に向かうと別の関所があるんですよ。自分も最初来た時に間違えました。」
ミスティアはディーンの方を向いて席についた。
「もしかして連盟ギルド所属の方なんですか?登録の手続き、教えてもらえませんか?」
ディーンは一瞬だけ迷ってから、現実の話をした。
「……正直、この街で依頼を受けるなら、ここのギルドの方がいいと思います。個人的な意見ですが」
「自分は他国で冒険者登録した身なので、こちらの登録手続きは詳しくありません。……ただ、手当や支給品の面で差が出ることがあります」
シェードは首を傾げた。
「そんなこと考えたことも無かったな」
シルヴァンは店員が持ってきた料理の中でパンを取り上げると、フォルの口へ無理やりねじ込んだ。視線だけをミスティアへ向ける。
「そう! こっちは手厚いのよ。連盟ギルドの賠償金の話も聞いてるわ。後で相談に乗ってあげる」
フォルはというと、言葉を詰まらせたままむせている。
シルヴァンはディーンに向かってウィンクをすると、どこか嬉しそうに肩を軽く叩きに来た。
フォルはシルヴァンが話を一向に聞き入れてない様子苛立っており、シルヴァンの肩を掴んで引っ張る。
「おい、ふざけんなよ!」
シルヴァンは、ため息をしながらフォルの正面に立つ。
「ここにサインして。他は私が代筆しといたから」
シェードが苦笑する。
「……こりゃダメだ。連盟ギルドに行くか?」
ミスティアが眼鏡をかけ直し、少し考え込んだ。
「……もう少し調べてから考えてみます。明日でも正直いいので。」
そのタイミングで、受付嬢が戻ってくると屈んで四人に目線の高さを合わせる。
「このままだと話が進まなさそうです。場所を移して、依頼の説明をしますね」
「お荷物と料理は、こちらでお運びします」
「ん? 依頼……? え?」
ディーンは思わず声を出すが、受付嬢はディーンの荷物を手に取り歩き出した。
ミスティア、アリア、シェードも固まったままだ。
3人とも立ち上がり、とりあえずついて行くことにしたように見える。
(……いや、どういうこと?)
荷物を取りに行くしか選択肢しかディーンにはなかった。
ふと、シルヴァンと目が合った気がする。
彼女口の端が、少し上がって見えた。
次回投稿は5/10(日)20時20分頃に投稿予定となります。




