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木漏れ火の断章-残火はまだ知らない-  作者: ここあらず


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第二話:小さな灯火の揺らぎ



動かない。呼吸も分からない。


(……そんなに時間は経っていない)


朦朧とする意識の中で、フォルは目の前に倒れている治癒師を引き寄せた。


その時、嫌な予感がした。咄嗟に治癒師の襟元を握りながら横へ飛んだ。


突如、目の前にはブラッケンウルフの巨大な口が現れ、大木が一瞬で噛み砕かれた。


(さっきのネームドか!)


足元に、人ひとり入れる岩の隙間があることに気づいた。

フォルは治癒師をそこへ放り込んだ。

その瞬間、強い衝撃で身体が宙に浮く。


骨の折れる音が、遅れて身体の中から聞こえてくる。

次の瞬間、巨木が背中を叩きつけた。


フォルはポーチからスクロールを取り出そうとするも、どこにもない。


飛び降りた直後の奇襲。

あの瞬間に、持っていかれたか。落ちたか。千切れたか。

考えてる暇は与えてくれない。ネームドは確実に殺しに来ている。


視界が暗い。ネームドの口が、世界を塞いだ。

息の臭いが、喉の詰まらせ。死を覚悟した。


その時、地面が少し崩れたその影響で牙の位置がズレる。


フォルは咄嗟に、マチェットを鞘ごと噛ませるように突き込んだ。


少ない魔力を流し込み武器の耐久力を少しでも上げる。


頭のどこかで無駄だと、わかっている。それでも、今はそれしか出来なかった。


間一髪、フォルは噛み潰されずに耐えている。

二本目――右腰につけたマチェットに手を伸ばそうとした。

そう思った瞬間、左肩が言うことをきかない。腕が上がらないのだ。


突き飛ばされた際の痛みが、遅れて噛みついてくる。

片腕で、何ができるのか、何も思いつかない。


「……くそ」


マチェットの軋み始める。


フォルはネームドの顎の角度を見て、どうにかして、もう一本のマチェットを腰から引き抜くと牙の隙間に噛ませた。


理由は分からない。だが噛む力だけは増しているのに、噛み砕けていない。


(背にある木のおかげか?……でもこの状況、いつまで耐えれるんだ...…)


ネームドは噛む位置を変えようとするも牙が抜けないようにも感じた。


強引に噛み砕こうにも硬くて噛み切れない。

状況は最悪だが、運がいい。

そう片付けないと、気が狂いそうだ。


ただ、時間が経てばいつかこの状況は終わる。

フォルは魔物の解体用のナイフを抜いた。


まともに戦える刃じゃないが、必死に振り下ろす。

歯肉へ。歯の根へ。ひたすら突き刺す。

抵抗が硬い。ぬるい。血が跳ね、酷い匂いがする。


(何か手はないのか……手は……)


死の恐怖だけは慣れない。震えが止まらない。

指が滑る。血と汗で、刃が定まらない。


――このまま噛み砕かれる未来が、頭によぎる。


次の手がない。とにかく耐えるしかない。


---


同じ頃。


少し離れた場所では、


シェードが斜面を降りきったところで、二頭が待ち伏せしていた。


斜面を降りる勢いのまま、片腕で魔物の頭を抑える形で、魔物を飛び越える。

もう一頭は構わず突っ込んできた。


シェードは体をひねり、両腕で魔物の首を抱きしめた。


魔物は暴れまわり、服の破ける音、金属の甲高い音が聞こえてくる。


「死ねよ!くそ犬が!」


振り落とされないように力任せに捻る。

骨が軋み、鈍い折れる音がし始める。

魔物は力尽き、倒れ込んだ。


息を整える暇もない。シェードは顔を上げる。

残った一頭がシェードに襲いかかる。


次の瞬間、魔物の身体が凍りついた。背後の魔道士が動いていた。


隣にいた剣士は、力任せに剣を振るい、魔物の脳天目掛けて叩き斬った。


「やるな! このまま凌ぎ切るぞ!」


シェードは長剣を抜き、周囲を見渡した。

シェードは気づいた。

フォルが、ネームドに襲われていることに。


音がない事で気づくのが遅れた。

視界の端でフォルが吹き飛ばされ、木へ叩きつけられる姿が見えた。


一瞬の迷い。


その隙を、狙われた。

突如、地面が揺れ、その場に居た3人は吹き飛んだ。

純粋な魔力を叩きつけられ、足が地面を失った。回転する視界の中で、体勢が戻らない。


それと同時に、どこからか魔物が滑り込む。魔道士の首へ牙が迫った。


走馬灯のように、時間だけが遅い。

シェードも、剣士も体勢を立て直せない。


間に合わない。


魔道士の首に牙が食い込むのが見えた。

それでも魔道士は、真っ直ぐ前を見つめていた。

シェードも同じ方向を見る。


視界が青白い光で満ちる。雷撃が全身を焼き尽くす――はずだった。


……痛みがない。


(……障壁か? あの状況で雷撃に合わせたのか。)


魔道士が剣士とシェードのために、魔法の障壁を張っていた事に気づいた。


その後、魔道士の周囲が凍り始めていた。噛みついた魔物は徐々に凍りついていく。

魔道士は即死は免れている。ただ、噛まれた位置が悪かった。首から血が溢れ出している。


「……っ」


目の前には巨大なブラッケンウルフが青白い光を帯びている。

シェードは、ネームドが雷撃と音――二つの能力を併せ持つ“一頭”だと思い込んでいた。


この場に、ネームドが二頭いる事実に気づき、背筋が凍る。


再び周囲が青い光で満ち始める。

シェードは咄嗟に近くの剣士を突き飛ばし、一歩前へ踏み出した。

再び視界が白く染まる。


全身の神経を焼き尽くされるような激痛が全身を走り、金属が溶け、自身の肉体が焼けたような匂いを感じる。


---


シェードは膝をつき、痺れる腕でナイフを手にする。これでは傷一つつけられないと頭では理解していた。


「こいつはひでぇ…死ぬぞこの威力は…」


全身から煙が上がる、まともに身体が動かせるのかもわからない。ナイフを握りしめる。


直後、後方から「屈め!」という声が聞こえた。

返事をする余裕はない。シェードは即座に体勢を低くした。

肩口を、何かの影が切り裂くように通り過ぎる。


風が吹いたように感じた。

ネームドの唸り声が森へ響きわたる。


目の前でネームドの左前足が宙を舞い、ネームドは体勢を崩し、地面へ倒れ込んだ。


盤面がひっくり返った。

目の前に、ハルバードを持った男が現れる。


ネームドの全身が再び青く光始めるが、迷いなく男は前進していく。

男はハルバードを器用に回転させ、掴み直すとネームドの上顎へ向けて振り下ろし、叩き潰す。


ネームドの口は潰れ、地面に亀裂が走る。

馬鹿げた力技に、シェードは絶句する。


ネームドは立ち上がろうとするが、ふらつき、力なく地面へ崩れる。

気づけばシェードは、立ち上がっていた。


男は背後を確認すると


「抑えておけ。時間がない」


そう言い捨て、フォルを襲っているネームドへ向かって走り出す。


シェードの中で覚悟が決まる。


武器を構え直すと、剣士が横に並んだ。剣先が震え、恐怖で顔がひきつっている。


「名前は?」


意表を突れた剣士は身体が跳ね上がるが、短く答えた。


「ディーン」


「俺が注意を低く、傷口を狙え。」


シェードはネームドの目を狙い剣を突き立てる。


先ほどまでと違い、身体が軽く感じた。少しでいい。アイツを引きつければ——どうにかなるかもしれない。

その希望だけで、シェードは前進し走り出した。


ネームドの口は完全に潰れ、口を開くことすらできないように見える。


それでも必死に残った前足で地面を叩きつけると、瞬時に地面の土はめくり上がり、さらに周囲の亀裂が大きく広がる。


シェードが注意を引き、ディーンが傷は浅いが着実に攻撃を加えて行く。

ディーンの経験は浅いよう見える、粗はあるがしっかりと魔物の動きを見極め動きを変えている。


こいつ、場数が浅いだけだ。根性はある。


ネームドは咆哮を上げ、2人の足が止まる。再び青白い光を纏い始めた、先程より魔力の圧が強い。


耐えられるか? とシェードは疑問がよぎる。


いま回避すれば後ろにいる魔道士とディーンへ直撃したら二人は確実に死ぬ可能性が高い。


自身が食らった雷撃がどれほどの威力だったか身を持って体験している。

シェード自身、もう一発耐えれるかわからない、ただ自身の身体は他の冒険者とは少し違う。


「我慢比べと行くか!」


シェードは怒号をあげ、「下がれ!」一言叫ぶと自身は前進して、前方の地面に長剣を突き刺した。


これで、)少しでも分散するか?賭けではあるが...)他に打てる手立てが思いつかなかった。


徐々に視界が光で満たされ始めた時だった。


目の前のネームド上に飛び乗った影が見える。

青みのかかった白髪。金属のプレート。

騎士のように見える女はネームドの上に乗り剣を突き立てると叫ぶ。


「沈め!」


その瞬間、女の周囲に光が溢れ出し、ネームドを地面へ叩きつけた。


周囲に衝撃が走り、シェードはその余波耐えきれず、後方に押し出され転倒する。


……あの女、エーラか。


「……大丈夫か!?」


エーラは振り返ると、目の前へ飛び降りてくる。

よく見ると、彼女の鎧は半壊していた。治癒で無理やり繋いだ継ぎ目が、まだ生々しい。


「まだ……もう一体いる!」


シェードがフォルがいた方向へ振り返ると、ハルバードの男が、小走りで近づいてくる。


「そいつは片付けた。そこで倒れてる魔道士、死ぬぞ」


彼の後方には、フォルが魔物の口を乗り越え、外へ出ようとしていた。


そこには、綺麗に首だけが切断されたフォルを襲っていたネームドの姿があった。


その頃、ディーンはあわてて魔道士の首から流れる血を止めようとしていた。


エーラが周囲を見渡して、鞄を地面に置いた。


「この傷を即座に治せる術者はいるか?」


エーラが周囲を見回し、問いかけた。

シェードはフォルを指さし、ハルバードの男に声をかける。


「あっちにいた治癒師を知らないか?」


男は眉をひそめる。


「治癒師?……俺は見てないが確認してこよう」


ハルバードの男はフォルの居る場所へ急いで戻って行った。


シェードは魔道士の傷を見る。


治しても、詰まった血が抜けなきゃ窒息する。

逆に、吐き出せても血が止まらなきゃ出血死だ。――どっちも要る。


近くで心配そうに、止血をしているディーンの姿を見てシェードは声をかける。


「ディーンも治癒師を探しに行ってくれ!」


ディーンは返事もせずに走り出した。


---


シェードは魔道士の肩を掴み、身体を横へ転がした。

呼吸が浅い。顔色が悪い。首元の血が、喉の奥へ向かっている気がした。


エーラは鞄を地面に置き、治療薬を取り出していく。

シェードは周囲を見回し、散らばった氷が目に入る。


「エーラだよな?氷を回収してくれ。周りに落ちてるやつだ」


エーラは頷き、氷を拾い集める。


布に包みながら確認するように聞いた。


「冷やすんだな?」


「ああ。止めても、詰まったら終わりだ」


氷が傷口の前後に押し当てられる。

魔道士の喉が小さく鳴り、呼吸がさらに浅くなる。


ディーンが治癒師を半ば引きずるように運んできた。

治癒師は意識が朦朧としていたが、治癒魔法をかけ始めた。


「血は止めれます。応急処置だけですが。」


その横で、ハルバードの男が戻ってきていた。

魔道士の首元へ手をかざし、淡々と告げる。


「風魔法で呼吸は出来るようにしておいた。窒息の心配しなくていい。」


エーラは応急処置が終わったのか並べた薬品を片付け始めた。


「すまない。治療班は来るまで時間がかかる」


シェードは、どっと疲れを感じ倒れ込む。


「はぁ、なんとかなったのか」


シェードは、一人笑い出した。


フォルは歩いてくると、シェードの横に来て腰を降ろした。


「さすがに今回は死んだかと思ったぞ。あんた強いな。ネームドの首をぶった斬るなんてな」


黒いYシャツに黒い花柄が薄っすらみえる。細身のズボン、一見するとバーテンダーのようにも感じ取れる。


ハルバードの男は少し考える素振りを見せてから、


「なぁ、食いもん無い?……ブリーク・ホールドに向かってたはずなんだけどな。たどり着かない。」


予想外の言葉に、その場に居た全員が男の方を見る。


フォルは笑いを堪えつつ、近くに落ちていた鞄を引っ張ると、その中から乾燥肉を取り出す。


「いくらでも食ってくれ。あんた名前は?」


フォルは気前よく、鞄の中に入っていた食料を全て差し出した。


「アルケイン。傭兵ってところだ」


シェードは首を傾げつつ、


「聞いたことない名前だな。あんたほど強ければ名前が売れてそうなのにな。」


「質素に生きてるだけだ」


アルケインは、シェードから目を逸らし受け取った食料を齧る。


フォルは近くに落ちていた鞄から地図を取り出すと、


「ここは街からかなりズレてるぞ。一体何処で間違えたんだ?」


アルケインに地図を見せるとアルケインは自身持っていた地図と見比べた。


「どうなってんだ。守衛から買った地図と違うぞ。」


あまりに違う地図を見てフォルは笑ってしまう。


そんな二人を横目にシェードは、エーラに声をかけた


「エーラだよな? ずいぶんと無茶したんだな……何があった」


エーラは短く頷いた。


「わかりません。ただ、冥樹の魔物がこちらに突如現れました。」


一拍置いて、唇を噛む。


「この被害は私のせいです。……勝てなかった」


シェードは顎を触りながら低く呟いた。


「街の結界をすり抜けるなんて可能なのか?」


エーラは立ち上がると、周囲を警戒しはじめた。


「私も耳を疑いました。ですが同一個体だと思います。」


周囲の空気が重くなったように感じた。


ぐったりしているディーンの方へシェードは体を向けると


「ディーンだったか? よくやったな。助かったよ」


「いえ……自分は何も……」


ディーンの表情は暗く、頭を抱えて項垂れてしまう。


「君のせいではない。私が仕留めきれていれば、こんな事にならなかった」


エーラは謝罪し、静かに座っていた。


しばらくして、複数人の足音が聞こえてきた。


ようやく――生き残ったのだと、胸の高鳴りが静かに冷めてゆく。



予定より少し早いですが、投稿しました。

次回の投稿予定日は変わらず2026/5/9(土)となります。



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