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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第81話: 和平の食卓

◆カイン視点




 三度目の門だった。




 黒い石造り。威圧的な外観。煙突から白い煙。中庭に赤と白と青の花。


 一度目は騎士団の副長として。二度目は和平の使者として。そして今日——




 隣に、国王がいる。






◆カイン視点




 リヒト三世。齢五十二。


 先王が築いた王朝を受け継ぎ、二十年。穏健派と呼ばれるが、決して弱い王ではない。聖教会の圧力にも、貴族の横槍にも——静かに、しかし確実に抗ってきた人だ。


 今日はその国王が、銀甲冑を脱いでいる。


 平服。深い青の外套。護衛は私一人。随行の大臣も、書記官もいない。




「カイン」




「はい、陛下」




「——この城は、思ったより花が多いな」




 花壇を見ている。赤と白と青。風に揺れている。


 国王の横顔は——硬い。だが、花を見る目だけが少しだけ和らいでいた。




 門が——開いた。






◆カイン視点




 ティアが門を開けた。三つ編みの緑髪。琥珀色の目。小さな角が前髪に隠れている。


 魔族だ。国王は——微動だにしなかった。さすがだと思った。




「い、いらっしゃいませ……!」




 ティアの尻尾がぴーんと立っている。緊張で。だが声は——出ている。自分から「いらっしゃいませ」と言えている。




 門の奥に——




「よう来てくれたなぁ(^^)」




 いた。


 黒と紫のローブ。深紅の瞳。小さな角が二本。長身の、威圧的な美女——魔王ヴォルグラーナ。


 が、笑っている。完全におばちゃんの笑顔で。




 国王が——足を止めた。




「あなたが……魔王か」




「せやで(^^) 遠いところ、よう来てくれた。——ごはんあるで」




 国王の眉が——わずかに動いた。何を言われたのか、理解するのに一瞬かかったようだった。


 私は知っている。この人は——いつもこうだ。






◆よしこ視点




 国王さん、来てくれた。




 カインくんの隣に立っとる。青い外套。白髪混じりの灰色の髪。五十二歳やって。わてより十歳若い——いや、こっちの体ではもう何歳かわからんけど。


 目が——鋭い。王様の目やな。人を見る目。判断する目。


 でもな。


 わても40年、子どもを見てきた目がある。




 ——この人、緊張しとる。




 鋭い目の奥が、ほんの少しだけ揺れとる。当たり前や。魔王の城に、護衛一人で来たんやから。




「まぁ立ち話もなんやし、入り(^^) お茶淹れるわ」




「……失礼する」




 国王さんが——一歩、踏み出した。


 魔王城に。人間の王が。自分の足で。




 ——えらいな。勇気あるわ、この人。






◆カイン視点




 食堂に着いた。


 長テーブルに——全員が座っている。




 ヴェルザが上座の右に立ち、国王を迎えた。金色の目。銀白色のオールバック。軍人の礼。


 メルが左側に立っている。紫のローブ。手には——外交文書の束。和平条約の草案。交渉の段取り書。全て整えてある。




「国王陛下。わたくしが本日の会談の——」




「まず食べ(^^)」




 よしこが——メルの外交文書を完全に無視した。


 メルが固まった。紫の目が丸くなっている。


 ヴェルザの額にうっすら青筋が浮いた。




「魔王様……外交の手順が……」




「ヴェルちゃん、この人お腹空いとるで(^^) 十日も旅してきたんやから。まずごはんや」




「……かしこまりました」




 ヴェルザが——諦めた。300年の忠臣が、0.5秒で諦めた。慣れている。




 メルが外交文書を——テーブルの端に置いた。悔しそうだったが、反論はしなかった。


 この人が「まず食べ」と言ったら、それが外交になる。——私は、この一年でそれを学んだ。






◆よしこ視点




 席を決めた。




 国王さんの席は——わての隣。右隣。ヴェルちゃんのいつもの席はわての左にずらした。


 ヴェルちゃんが「恐れながら、席順は慣例に従い——」と言いかけたけど、「ええやん、隣のほうが話しやすいし(^^)」で押し切った。




 国王さんが——席についた。


 硬い表情。背筋がまっすぐ。膝の上で手を組んでいる。緊張しとる。




 テーブルを見回した。




 レオンくんがいる。ガルくんがいる。リーゼちゃんがいる。


 シオンくん、ミーナちゃん、トールくん。


 ドルガ。メルちゃん。ピプ。ティアちゃん。


 カインくん。


 ヴェルちゃん。




 そして——国王さん。




 14人。人間と魔族が、同じテーブルについとる。




「ほな——いただきます(^^)」






◆カイン視点




 シチューが出てきた。




 三度目だ。


 一度目は調査隊として。部下と一緒に、混乱の中で食べた。「なぜ魔王が勇者にシチューを」と困惑しながら。


 二度目は使者として。密書を携えて来た時。「また、このシチューですか」と言った。


 そして三度目——国王と共に。




 スプーンを手に取った。


 シチューをすくった。ニンジンが大きい。前と同じだ。この人は、いつもニンジンを大きく切る。




「——いただきます」




 自然に出た。


 一度目は言えなかった。二度目は意識して言った。三度目は——何も考えずに出た。




 隣で、国王が——スプーンを手に取った。






◆よしこ視点




 国王さんがスプーンを持った。




 シチューを見ている。湯気が立ってる。ニンジンとジャガイモと玉ねぎと鶏肉。いつもの。特別なもんやない。みんなに出すのと同じやつ。




 一口——すくった。


 口に運んだ。




「…………」




 噛んでいる。ゆっくり。


 もう一口。パンをちぎって、シチューに浸した。食べた。




 ——あ。


 表情が変わった。




 硬い、王様の顔が——ほんの少しだけ、緩んだ。眉間の皺が一本減った。口元がほんの少し——下がった。力が抜けた、ということ。




 わかる。40年見てきたもん。


 緊張した子が、ごはん食べて、力が抜ける瞬間。あの顔と——同じや。






◆カイン視点




 食卓が——騒がしい。




「パンもう一個!」


「ガルド、焼き足していい?」


「焼け焼け」


「ボクのリンゴジュースまたこぼれた!」


「ピプ様、お手拭きを——」


「レオン、肘つくな」


「うるせぇドルガ、お前もだろ」




 国王が——シチューを食べながら、食堂を見回している。




 ガルドがパンを焼いている。トールが手伝っている。ティアが皿を配っている。ピプがよしこの膝に乗ろうとしてヴェルザに引き剥がされている。リーゼが黙々とスープを二杯目に入っている。シオンが静かに食べている。ミーナが隣で笑っている。


 レオンとドルガが箸の持ち方で揉めている。——箸はないが。




 メルが国王の隣に来た。




「陛下。お料理はいかがですか。——ところで、和平の条項について……」




「メルちゃん、まだ食べとる最中やで(^^)」




「……魔王様。外交の機会を……」




「食後のお茶の時間にしよ(^^)」




 メルが——口を閉じた。


 策士が。180年の策士が。外交文書の束を抱えたまま、席に戻った。




 国王の口元が——かすかに動いた。笑ったのだ。ほんの少し。






◆ヴェルザ視点




 国王が——シチューを食べ終えた。




 パンもなくなっていた。スプーンが皿に置かれた。


 静かな動作。品がある。だが——最後の一口まで残さなかった。残さず食べた。




「……美味かった」




 短い言葉。だが——その一言に、嘘はなかった。




 私は300年、この城にいる。


 この食卓に、人間の王が座る日が来るとは思わなかった。先代は——こういう日を望んでいたのだろうか。「花を植えたかった」と言った先代は。「ほしい」と言えなかった先代は。




 花は咲いた。そして今——人間の王が、魔王の城で食事をしている。




 魔王様が——茶を淹れ始めた。




「お茶の時間やで(^^) メルちゃん、書類あるんやろ? 今ならええよ」




 メルが——目を輝かせた。ようやく出番が来た。外交文書の束を広げた。


 だが国王は——まだ食堂を見ていた。






◆よしこ視点




 お茶を配った。国王さんの分。カインくんの分。メルちゃんの分。ヴェルちゃんの分。


 テーブルの反対側では、レオンくんたちがまだ食べとる。ガルくんのパンのおかわり争奪戦が始まっとる。




「国王さん、お茶どうぞ(^^)」




「……ありがたい」




 国王さんがカップを受け取った。一口飲んだ。


 メルちゃんが外交文書を広げた。和平条約の草案。びっしり書いてある。メルちゃん、頑張ったんやなぁ。




「陛下。こちらが和平条約の草案でございます。第一条は——」




「魔王よしこ殿」




 国王さんが——メルちゃんの説明を遮った。


 わてのほうを見た。灰色の目。さっきより——柔らかい。




「はい(^^)」




「あなたの城には——笑い声がある」




「…………」




「私は、魔王の城は暗く、冷たい場所だと思っていた。臣下が怯え、恐怖で統治される場だと」




「まぁ、わてが来るまではそういう感じやったらしいで(^^)」




「だが——違った」




 国王さんが——食堂を見回した。


 ガルくんが焼いたパンの匂い。ピプの笑い声。ティアちゃんの尻尾がパタパタしてる。レオンくんとドルガがまだ何か言い合ってる。リーゼちゃんが三杯目のスープをよそってる。




「子どもたちが笑っている。魔族も、人間も——同じテーブルで」




「そりゃそうやろ(^^) ごはんが美味いもん」




「…………」




 国王さんが——カップを置いた。




「和平に——異論はない」






◆ヴェルザ視点




 異論はない。




 その一言が——食堂に落ちた。


 メルが外交文書を広げたまま固まっている。条項の説明をする前に——結論が出た。




「……陛下。条項の詳細については……」




「メル殿。——条項は、あなたの草案通りで構わない」




 メルの紫の目が——見開かれた。




「わたくしの草案を——お読みになったのですか」




「カインから事前に受け取った。十日の旅の間に、全て読んだ」




 カインが小さく頷いた。——あの男。いつの間に。




 国王が——立ち上がった。魔王様のほうを向いた。




「よしこ殿。——正直に言おう」




「うん(^^)」




「条約の文面は、来る前から目を通していた。異論はなかった。——だが、この目で見るまでは、署名するつもりはなかった」




「…………」




「魔王の城に笑い声があるか。人間の子どもが、魔族と食卓を囲めるか。——それを見なければ、紙の上の約束など意味がない」




 国王が——食堂の奥に目をやった。


 レオン殿が——シオン殿と何か話している。二人とも元「勇者」。王国が送り出した子ども。一人は魔王城に残り、一人は感情を取り戻しつつある。




「カインの報告書は信じていた。——だが、信じるのと、わかるのは違う」




「せやな(^^)」




「今日——わかった」




 国王がわずかに頭を下げた。王が。人間の王が。魔王に向かって。




「……よしこ殿に、感謝を」




「いやいや、ごはん食べてもらっただけやで(^^)」




 ——魔王様。


 それが——あなたの外交ですわ。






◆カイン視点




 署名が終わった。




 メルの外交文書。和平条約の本文。国王の署名。魔王の署名——「よしこ(^^)」。




 ヴェルザが額に手を当てていた。「魔王様……せめて真名を……」


 よしこが「ええやん、よしこで(^^)」と笑った。


 メルが「……条約の正式名義に顔文字が入るのは史上初かと」と呟いた。




 国王が——笑っていた。小さく。穏やかに。


 この人がこんな顔をするのを、私は見たことがなかった。






◆よしこ視点




 国王さんが帰る時間になった。




 門の前。カインくんが隣に立ってる。夕日が城壁を照らしてる。




「よしこ殿。——また来てもよいか」




「いつでもおいで(^^) ごはんあるで」




「……そうだな。また、あのシチューを」




「カインくんのぶんもあるで(^^)」




「……ありがたく」




 カインくんが——小さく笑った。この人が笑うの、初めて見た気がする。いや、前も一回あったか。シチュー食べた時に。




 二人が歩き始めた。荒野に向かって。


 国王さんの背中が——来た時より、少しだけ軽く見えた。




 ——よかった。




 おもてなし、できたかな。


 メルちゃんの書類、結局ちゃんと使ったみたいやし。ヴェルちゃんも最後は安心した顔しとったし。




 門のところで、ティアちゃんが「い、いってらっしゃいませ……!」と手を振った。尻尾がパタパタしとる。




 ——ん。




 国王さんの後ろ姿が遠くなっていく。カインくんが並んで歩いとる。




 ふと——門の外の、もっと手前。城壁の影に。




 人影が見えた。




 白と金の——服。




 誰やろ。カインくんに同行してきた人? 門の外で待っとったんか。


 入ってこーへんかったな。




「……ヴェルちゃん」




「はい」




「門の外に——もう一人おったん?」




 ヴェルちゃんが——目を細めた。金色の目が、夕日に光った。




「……一名。到着は昨夜。門の前で——一晩、立っておりました」




「一晩……」




「聖教会の——大司教でございます」




 白と金の服。城壁の影に、一人で立っている人。


 入れなかった人。入らなかった人。




 ——あの人も、しんどいんやろなぁ。




「ヴェルちゃん」




「はい」




「明日、あの人のぶんもシチュー作るわ(^^)」




「…………かしこまりました」





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第81話「和平の食卓」。


よしこ流の外交は「まず食べ(^^)」でした。メルが完璧に用意した外交文書は無視され、条項の説明が始まる前に「異論はない」が出ました。国王が折れたのは理屈じゃない。食卓を見て、笑い声を聞いて——「わかった」のです。信じるのとわかるのは違う、と王自身が言いました。


カインにとって三度目のシチュー。Arc3で困惑し、第57話で「また」と言い、今回は何も考えずに「いただきます」と言えた。同じシチューが、カインの変化を映しています。


先代が迎えられなかった客人を、よしこは「よう来てくれたなぁ」の一言で迎えました。花壇の花が咲いた庭で、人間の王が魔王の城に入った。300年で初めてです。


そして——門の外には、もう一人。入れなかった人がいます。次回、第82話「グレイヴスの涙」。


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