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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第80話: 炉を抱く者

◆メル視点




 見つけた。




 手記の最終ページ。摩耗して読めなかった行の下——インクの裏写り。次のページに転写された鏡文字。


 リーゼ殿の分析魔法で文字構造を反転させたら——そこに、いた。




 『グラーナ』。




 完全な用例。文脈の中で、意味が確定する形で。




 先代の手記は——自分の真名について書いた直後、こう記していた。




 「玉座は、魂を読む。ナハトレーゲン——夜を背負う者。それが私の名であった。だが次の魔王には、異なる名が授けられるだろう。玉座の銘文にはこうある——『炉に集う者は温もりを知る。炉をグラーナする者は温もりを与える』」




 グラーナ。


 「〜する者」ではない。動詞そのもの。


 胸に抱く。包み込んで持つ。——以前リーゼ殿が推測した複合動詞の意味が、ここで確定した。






◆メル視点




 ペンを置いた。


 手が——震えている。




 わたくしの手が。策士の手が。180年、計算以外で動いたことのない手が。




「……見つけましたわ」




 声が——上擦った。情けない。こんな声は出したくなかった。




「……メル」


「リーゼ殿」




 リーゼ殿が隣に座っている。深夜の書庫。二人きり。拓本と手記と、メモ用紙の山。何杯目かわからないお茶が冷めている。




「見つけた?」


「ええ。——確証ですわ」




 紙を見せた。反転させた文字列。先代の銘文引用。完全な文脈。




 リーゼ殿が——読んだ。分析魔法の光を当てながら、ゆっくり。




「…………」




 リーゼ殿の薄い青の瞳が——揺れた。




「これ——」


「ええ」


「『グラーナする者は温もりを与える』。動詞として使われている」


「文脈上、『抱く』の意味で確定しますわ。包み込んで持つ。胸に抱える」




 リーゼ殿が——ペンを置いた。




「……ヴォルグラーナ。ヴォル=炉。グラーナ=抱く者」




「炉を抱く者」




 二人で、同時に言った。




 書庫が——静かだ。紫の灯りだけが揺れている。手記のページが風もないのにかすかに震えた——ように見えた。






◆リーゼ視点




 メルが——泣いている。




 泣いていない、とこの人は言うだろう。目が赤いだけだ、と。書庫の灯りのせいだ、と。




 でも——目尻に、光が溜まっている。




「メル」


「……何ですの」


「泣いてる」


「泣いておりませんわ。わたくしは策士ですのよ。泣くのは——」




 声が途切れた。メルが——口元を手で隠した。




「……リーゼ殿」


「うん」


「明日——いえ、今日ですわね。朝食の後、全員を集めます」


「……うん」


「発表しますわ。よしこ様の——真名の意味を」




 メルの紫の目が——まっすぐ前を見た。涙は流さなかった。流さなかったが、目は赤かった。




「先代は——ナハトレーゲン。夜を背負う者。一人で、暗闇を背負った魔王」




「よしこ様は——ヴォルグラーナ。炉を抱く者。温かい場所を胸に抱いて、みんなを包み込む魔王」




「同じ玉座が授けた名前が——」


「——正反対」




 また、同時に言った。




 メルが——小さく笑った。




「リーゼ殿。わたくしたち、息が合いすぎですわ」


「……書庫にこもりすぎたから」


「ふふ」






◆メル視点




 朝食の後。


 食堂に全員が揃っている。




 よしこ様。ヴェルザ殿。ドルガ殿。ピプ。ティア。


 レオン殿。リーゼ殿。ガルド殿。


 シオン殿。ミーナ殿。トール殿。


 カイン殿。




 13人。この食堂に座れる全員。




 テーブルの上には朝食の後片付けが済んだばかりの皿が積まれている。ガルドのパンの匂いが残っている。




「みなさま——少しお時間をいただけますか」




 立ち上がった。全員の視線がこちらに向いた。




「メルちゃん、どしたん(^^)? 改まって」




 よしこ様が——いつもの笑顔で聞いた。




「ヴォルグラーナの解読が——完了しましたわ」




 食堂が——静まった。








 ヴェルザ殿の金色の目が——わずかに見開かれた。


 それだけ。表情は変わらない。だが——手が、テーブルの下で握られたのが見えた。




「メル殿。——確かか」


「確かですわ。手記の最終ページに——確証となる用例が見つかりました」




 紙を広げた。反転させた文字列のメモ。リーゼ殿の分析図。用例の抜粋。


 書庫から持ってきた資料が、テーブルの上に並んだ。




「先代の手記に——こうありました」




 読み上げた。先代の言葉を。300年前に書かれた、孤独な魔王の記録を。




「『玉座は、魂を読む。ナハトレーゲン——夜を背負う者。それが私の名であった。だが次の魔王には、異なる名が授けられるだろう。玉座の銘文にはこうある——炉に集う者は温もりを知る。炉をグラーナする者は温もりを与える』」




 食堂が——沈黙した。








 ピプが首を傾げている。「グラーナって何?」


 ドルガ殿が腕を組んでいる。黙っている。


 レオン殿が眉をひそめている。わかっていないが——空気が変わったことだけはわかっている。


 ガルド殿が——よしこ様を見ている。




「『グラーナ』は——古代魔族語の動詞ですわ」




 声を整えた。ここからが——本題。




「わたくしとリーゼ殿が——17日間、手記と拓本を解析した結果。『グラーナ』の意味は——」




 一度——息を吸った。




「『抱く者』。胸に抱え、包み込んで持つ者」




 食堂の空気が——揺れた。




「ヴォル——炉」


「グラーナ——抱く者」




「ヴォルグラーナ。——炉を抱く者」








 誰も、声を出さなかった。




「温かい場所を、胸に抱く者。その温もりで——周りの者を包み込む者」




 テーブルを見回した。




「先代魔王の真名は——ナハトレーゲン。夜を背負う者。一人で、暗闇を背負った魔王」


「よしこ様の真名は——ヴォルグラーナ。炉を抱く者。温かさを胸に抱いて、皆を包み込む魔王」




「同じ玉座が——同じ仕組みで授けた名前が」




 ヴェルザ殿を見た。金色の目が——光っている。




「——正反対ですわ」








 沈黙。




 長い沈黙。




 ヴェルザ殿が——目を閉じた。唇が微かに動いた。何か呟いた。聞こえなかった。聞こえなくていい。300年の重みは——わたくしには計れない。




 ドルガ殿が——腕を組んだまま、天井を見上げた。目を見せない。




 ティアの尻尾が——ぱたぱた震えていた。感情が溢れている。目が潤んでいる。




 ガルド殿が——泣いていた。声を出さずに。大きな肩が揺れている。




 レオン殿が——拳を握っていた。テーブルの下で。視線はよしこ様を見ている。




 シオン殿が——微動だにしない。だが、灰色の目が——初めて見る色をしていた。




 ミーナ殿が——泣いていた。でも笑っていた。泣きながら笑う、本物の表情。




 トール殿が——ガルド殿の隣で、同じように目を赤くしていた。




 カイン殿が——直立不動。だが、唇を噛んでいた。




 ピプが——よしこ様の膝の上に飛び乗っていた。いつの間に。




 リーゼ殿が——隣で、静かにうつむいていた。前髪で目を隠していた。




 わたくしは——




 わたくしの目は——赤くなんかなっておりませんわ。






◆よしこ視点




 炉を抱く者。




 ——ほーん。




 メルちゃんが発表してくれた。リーゼちゃんと一緒に。17日間、書庫にこもって。手記を読んで、古い石の文字を解読して。


 わての名前の意味を、調べてくれた。




 炉を抱く者。温かい場所を胸に抱いて、みんなを包む者。




 みんなが——黙っとる。泣いとる子もおる。ガルくんとミーナちゃんは泣いとる。ヴェルちゃんは泣いてへん——たぶん。目を閉じとるだけ。たぶん。




 ピプが膝の上におる。重い。




 古代の魔法が——わてのことを見抜いとったんか。


 会ったこともないのに。何千年も前の仕組みが。




 ——いやまぁ、魔法やしなぁ。




「よしこ様」




 メルちゃんが——わてを見ている。紫の目。いつもは余裕のある目が、今日は少し潤んどる。




「ヴォルグラーナ——炉を抱く者。温かい場所を胸に抱き、皆を包み込む者。……それが、よしこ様の真名ですわ」




 丁寧に。一語ずつ。メルちゃんの声が——少し震えとった。




 みんなが——わてを見とる。




「…………」




 ——なんて言うたらええんやろ。




 感動的なこと言うべき? 魔王として、威厳のある言葉を?




 ——無理やな。




「炉を抱く者……」




 繰り返してみた。口に出すと——不思議な響き。




「ほーん。ええ名前やん(^^)」




 メルちゃんの目が——丸くなった。




「まぁ、よしこでええけど」








 食堂が——爆笑した。




 レオンくんが噴き出した。ドルガが「フン」と鼻で笑った。ガルくんが泣きながら笑った。ヴェルちゃんが——額に手を当てていた。「魔王様……」って声が聞こえた。




 ティアちゃんの尻尾がパタパタパタパタ——全力で振れとった。




 ピプが膝の上で跳ねた。「ヴォルグラーナよりよしこの方が言いやすい!」


 ——それはそう。




「メルちゃん」


「は、はい」


「リーゼちゃんも」


「……うん」




「ありがとうな。17日間も。——よう頑張ったなぁ、二人とも(^^)」




 メルちゃんの目から——一滴だけ、落ちた。本人は気づいていない。気づいてへんことにしておこう。




 リーゼちゃんが——前髪の奥で、唇を噛んでいた。泣いてへん。この子は泣かへん。——もう泣ける子になったけど、今日は泣かへんと決めとるんやろ。




「ほな——」




 立ち上がった。ピプが膝から滑り落ちた。「わ!」




「今日は——お祝いやな(^^)」






◆メル視点




 昼食。




 テーブルの上に——料理が並んだ。


 よしこ様が腕を振るった。特別な日の、特別な食事。




 ガルド殿のパン。トール殿が焼いた付け合わせの鶏肉。ティアが並べた皿の上に、色とりどりの料理。


 よしこ様のシチュー。いつもより具が多い。ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、鶏肉——全部、大きく切ってある。不格好に。わざと、ではない。この方はいつも大きく切る。「噛み応えがあるほうが美味しいやろ(^^)」。




 全員が——席についた。




 13人。食堂の長テーブルに全員。




 よしこ様が上座。ヴェルザ殿がその右。わたくしが左。


 レオン殿、リーゼ殿、ガルド殿が一列。


 シオン殿、ミーナ殿、トール殿が対面。


 ドルガ殿が端。カイン殿がその隣。


 ティアがよしこ様の後ろに立とうとして——「座り(^^)」と言われて座った。


 ピプはよしこ様の膝の上から動かない。




 杯が配られた。葡萄酒と——子どもたちにはリンゴジュース。




 わたくしが——杯を掲げた。




「魔王様の真名に——乾杯しましょう」




 よしこ様が——笑った。




「よしこの名前に、やで(^^)」




「ヴォルグラーナの名前に——乾杯」




「「「乾杯!」」」




 13人の声が——食堂に響いた。


 杯がぶつかった。葡萄酒が揺れた。リンゴジュースが跳ねた。ピプの分がこぼれた。ティアが慌てて拭いた。


 レオン殿が一気に飲んだ。ドルガ殿も一気に飲んだ。二人で「もう一杯」と言って、ヴェルザ殿に止められた。


 ガルド殿がパンを千切って全員に配った。トール殿が鶏肉を追加で持ってきた。シオン殿が——「いただきます」と、小さく言った。ミーナ殿が隣で頷いた。


 カイン殿が——シチューを一口飲んで、「美味い」と、短く言った。




 笑い声。食器の音。「おかわり!」「パンもう一個!」「ボクのリンゴジュースこぼれた!」「ピプ殿、落ち着いてください」「ヴェルザ怖い顔ー」「……怖い顔ではない」








 わたくしは——杯を傾けながら、この食堂を見ていた。




 炉を抱く者。




 あの方は「よしこでええ」と言った。


 そうだろう。この方に——大仰な名前は似合わない。




 でも——古代の玉座は、正しかった。


 数千年前の魔法が——この方の魂を読んで、この名を授けた。


 何も知らないはずの仕組みが——この方の本質を見抜いていた。




 炉を抱く者。


 温かい場所を胸に抱いて、みんなを包む者。




 先代は——夜を背負った。一人で。300年。


 この方は——炉を抱いている。みんなで。




 隣を見た。リーゼ殿がスープを飲んでいた。——二杯目。


 向かいでガルド殿がパンを焼き足しに行った。トール殿がついていった。


 レオン殿がドルガ殿と何か言い合っていた。杯の持ち方で揉めている。くだらない。




 よしこ様が——ピプにシチューを食べさせていた。「ふうふうしてからやで(^^)」。ピプが口を開けている。




 ——ああ。




 これが。




 これが、「炉を抱く者」の食卓ですわ。






◆よしこ視点




 みんなが食べとる。




 ええ景色やなぁ。




 炉を抱く者——か。


 ナハトレーゲンは「夜を背負う者」で、わては「炉を抱く者」。正反対やって。




 先代の魔王さんは——300年、一人で夜を背負っとったんやな。


 花を植えたかったのに、植えられへんかった人。




 わては——たまたま、みんながおった。


 それだけや。たまたま、レオンくんたちが来て。ヴェルちゃんがおって。ガルくんがパンを焼いて。リーゼちゃんがスープを作って。




 一人で背負ったんやない。みんなが、勝手に集まってきた。


 わてはただ——ごはん作っただけやで(^^)




「よしこー、おかわりー」


「はいはい(^^) ピプ、自分でよそいなさい」


「えー」


「練習や(^^)」




 ピプがぶーぶー言いながら、おたまを持った。重たそう。ティアちゃんが手を添えた。「ピプ様、こうですよ」




 シチューが器に入った。半分こぼれた。




「……こぼれた」


「拭いたらええんよ(^^)」




 ——先代の魔王さん。


 あんたの名前の意味は「夜を背負う者」やったんやな。


 わての名前は「炉を抱く者」やて。




 あんたが背負った夜の分まで——わてが、この炉の火を守るわ。




 まぁ——難しいこと考えんでも、みんなにごはん食べさせとったらそれでええんやけどな(^^)





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第80話「炉を抱く者」。第11話で初めて登場し、第63話で推測にたどり着き、ここで確定しました。ヴォルグラーナ=炉を抱く者。


鳥肌ポイントは——古代の玉座が、最初からよしこの本質を見抜いていたこと。何千年前の魔法が、転生した62歳のおばちゃんの魂を読んで「炉を抱く者」と名づけた。保育士として40年間、子どもたちの温かい場所であり続けた人に、ぴったりの名前でした。


そしてナハトレーゲン「夜を背負う者」との対比。同じ玉座が、同じ仕組みで授けた名前が正反対。先代は一人で夜を背負った。よしこは炉を抱いて、みんなを包んだ。——よしこが「みんなでいる」ことの意味が、ここで完成します。


でもよしこの反応は「ほーん。ええ名前やん(^^) まぁ、よしこでええけど」。それがよしこです。大仰な名前より、62年間使ってきた自分の名前のほうがしっくりくる。——全員が笑った。泣いた後に笑える食卓。それが魔王城です。


次回、第81話「和平の食卓」。国王が魔王城を訪問します。よしこの外交は「まず食べ(^^)」。


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