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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第78話: パン屋とお弁当屋

◆ガルド視点




 朝。厨房。かまどに火を入れた。




 いつもと同じだ。毎朝やっていること。薪を組んで、マッチを擦って、火を起こす。もう手が震えない。最初の頃は——よしこさんに教わった頃は、火が怖かった。


 今は怖くない。かまどの火は、パンを焼くための火だ。




 小麦粉を量る。水を混ぜる。塩を加える。酵母を入れる。


 生地を捏ねる。




 僕の手は——大きい。


 剣を振るために大きいんだと、教会の人は言った。戦士の手だと言った。


 違う。


 この手は——パンを捏ねるのに、ちょうどいい。






◆ガルド視点




 生地が膨らんでいる。一次発酵、完了。


 指で押した。ゆっくり戻ってくる。いい状態だ。




 今日は——いつもより多く仕込んだ。いつもの倍。みんなの分だけじゃない。余分に。たくさん。


 理由は——今日、言う。今日言わなかったら、たぶん一生言えない。




 両手で生地を持ち上げた。ずしりと重い。


 成形する。丸く。大きく。




「……でかいな」




 声がした。


 振り返った。




 トールが——厨房の入口に立っていた。






◆トール視点




 朝の巡回の帰り。厨房からいい匂いがした。ガルドのパンの匂いだ。匂いでわかるようになった。




 厨房を覗いた。ガルドが——大きなパンを成形している。いつもの倍はある。丸い生地が、まるで盾みたいだ。




「……でかいな」




「あ、トール。おはよう」




「何人分だ」




「えっと……みんなの分。あと、もうちょっと多めに」




 ガルドの目が泳いでいる。「決めたけど怖い」の顔だ。




「……手伝おうか」




「え」




「生地、多いだろう。一人じゃ追いつかない」




「あ、あの——いいの?」




「暇だ」




 エプロンを取った。ガルドのエプロンの隣にかかっている、もう一枚。——いつの間にか、俺のぶんが用意されていた。紐が長い。俺の体に合わせて作ってある。


 手を洗った。ガルドの隣に立った。


 肩が同じ高さだ。190cmと185cm。でかい二人が並んでパンを捏ねている。




 シオン隊長が見たら笑うだろうな。元新勇者パーティの前衛二人が、剣じゃなくてパン生地を握っている。


 ——でも。パン生地は剣より温かい。






◆ガルド視点




 二人で焼いた。大きな丸パンが四つ。普通の丸パンが十二個。


 かまどの前で、焼き上がりを待つ。




「……トール。ありがとう」




「暇だっただけだ」




 嘘だ。朝の巡回は二時間かかる。疲れているはずだ。


 でもトールは、いつもそう言う。——この人は、僕と同じだ。体が大きくて、戦士にされて、戦うのが怖くて。僕はよしこさんに「無理せんでええ」と言ってもらえた。だから僕は、トールに同じ言葉を言った。トールはその日から、厨房に来るようになった。






 かまどの蓋を開けた。


 パンが膨らんでいる。きつね色。表面がぱりっとしている。




「いい色だ」


 トールが頷いた。


「うん……いい色」




 ——今日。今日、言う。






◆よしこ視点




 食堂に行ったら、テーブルの上がパンだらけやった。




「ガルくん……これ、だいぶ多くない?」




「あ、あの……今日は、その……」




 ガルくんが——おどおどしとる。いつものおどおどや。でも、いつもとちょっと違う。目が泳いでるんやなくて、泳ぎながらも——こっちを見ようとしとる。




 トールくんが隣に立っとる。エプロン姿。腕を組んでいる。——この子、何でか知らんけどガルくんのことになると急に落ち着くんよな。




「まぁ座り(^^) 朝ごはんにしよ」




「あ、あの、よしこさん。その前に——」




「ん?」




 ガルくんが——立ったまま、動かない。


 大きな体が、小さく震えている。


 手を握っている。ぎゅっと。指が白い。




「……よしこさん」




「うん(^^)」




「僕——」




 声が震えた。




「僕——ここで。パン屋、やりたいです」




 ——。




「旅人にも。近くの村の人にも。魔王城のパンを——届けたいんです」




 声が裏返った。最後のほうは、ほとんど泣き声やった。








 覚えとる。




 第一話目——いや、最初の日。


 あの子が泣いた日。厨房で。芋をむきながら。




「僕は——戦えないんです」




 そう言うて泣いた。大きな体を丸めて。剣も振れない、盾も持てない、体が大きいだけで戦士にされた子。怖い怖いって泣いた。




 あの時、わては言うた。


 「無理せんでええんやで」って。


 「あんたはあんたでええ」って。




 あれから——何話分やろ。いや、何ヶ月やろ。


 この子は厨房に立った。パンを焼いた。スープを作った。みんなに「美味しい」って言われた。


 リーゼちゃんに料理を教えた。ドルガに保存パンを持たせた。トールくんと一緒に厨房に立つようになった。




 「戦えない」と泣いた子が。


 「パン屋やりたい」と——言うた。




 夢を、言えた。




「ガルくん」




「は、はい……っ」




 目が真っ赤や。鼻も赤い。でかい体で、でかい涙がぼろぼろ落ちてる。




「ええやん(^^)」




「……っ」




「ガルくん、立派やなぁ」




「……うぅ……」




「……ありがとう、ございます……っ」




 号泣しとる。声も出てへん。肩がびくびく震えて、涙がテーブルの上にぽたぽた落ちとる。


 ——泣きなさい。いっぱい泣きなさい。あんたは「戦えない」から逃げたんやない。「自分にできること」を見つけたんや。






◆トール視点




 ガルドが泣いている。


 この男は泣く。いつも泣く。パンが焦げても泣くし、褒められても泣く。——でも今日の泣き方は違う。夢を口にした。震えながら。でも最後まで言い切った。


 よしこ殿が(^^)の顔で笑っている。


 食堂に、みんなが集まってきた。パンの匂いに誘われて。




「……何だ、でかぶつ。朝から泣いてやがるのか」


 ドルガが入ってきた。


「うるせぇ、俺にもパンを寄越せ」




「ガルくんがパン屋さんやるんやて(^^)」


「……フン。物好きな」


 ドルガが丸パンを齧った。——二個目に手を伸ばした。




「ボクのぶん大きくしてー!」


 ピプが飛んできた。大きな丸パンの上に座った。


「ピプ、パンの上に座らないで!」


 ガルドが涙声で叫んだ。


「食べ物に座ったらあかんで(^^)」


 よしこ殿がピプを持ち上げた。羽根がぱたぱた動いている。




 レオンがパンを齧った。「……うまい」。それだけ。


 リーゼがガルドの赤い目を見て、「……おめでとう」。短い。——でもガルドがまた泣いた。


 ティアが「す、素敵です……!」と言いながら尻尾をぱたぱたさせている。


 メルが「あら、開業届はわたくしが書いて差し上げましょうか」と微笑んだ。




 ヴェルザが——食堂の入口に立っていた。


 いつから居たのかわからない。




 テーブルに歩み寄った。


 パンを一つ、取った。




 齧った。




「…………」




 咀嚼した。ゆっくりと。




「……美味いな」




 それだけ言って、自分の席に座った。








 ——ヴェルザがガルドの料理に「美味いな」と言ったのは、これが二度目だ。一度目はずっと前、ガルドがおどおどしながらスープを作っていた頃。


 同じ言葉。同じ声。でも意味が違う。前は「認めてやる」。今日は——「知っていた」。






◆よしこ視点




 みんなでパンを食べとる。


 ガルくんの大きなパン。トールくんと二人で焼いたパン。




 ガルくんはまだ目が赤い。鼻をぐずぐず言わせながら、自分もパンを食べている。自分で焼いたパンを。美味しそうに。




「よしこさん」




 トールくんが——立ち上がった。




「はい(^^)」




「お弁当は——俺が作ります」




「え?」




「ガルドがパンを焼く。俺は——おかずを作る。弁当を」




 トールくんが——真っ直ぐこっちを見た。




 この子は最初、命令がないと動けへんかった。「俺は盾です」としか言わなかった。


 今——自分から、「作る」と言うた。命令やない。自分の意志で。




「ガルドのパンに合うおかずを考えた。卵焼きと、漬物と、スープ。弁当にして、旅人に出す」


「トール……」


 ガルドが涙目で見上げた。


「パン屋は一人じゃ大変だ。——でかい厨房だ。二人でちょうどいい」


「……うん……! ありがとう、トール……!」


 また泣いとる。ほんまに泣く子やなぁ。




「パン屋とお弁当屋か(^^) ええコンビやなぁ」




 ——この子らは。元「新勇者パーティ」の前衛二人。体が大きいだけで戦わされた子ら。


 剣の代わりにパン生地を握って、盾の代わりにかまどの火の前に立って。「守る」を——自分で選んだ。




 いつの間にか——食堂がパンの匂いと、笑い声と、ガルくんの鼻をすする音で、いっぱいになっとった。






◆ガルド視点




 みんなが食べている。


 僕が焼いたパン。トールと一緒に焼いたパン。




 レオンが二個目を齧っている。ドルガが三個目に手を伸ばしている。ピプが「おかわりー!」と叫んでいる。リーゼさんが小さくちぎって食べている。メルさんが紅茶と一緒に上品に食べている。ティアさんが「美味しいです」と言いながら尻尾をぱたぱたさせている。


 ヴェルザさんが——黙って、二個目のパンを手に取った。




 よしこさんが笑っている。


 (^^)の顔。いつもの顔。




 泣いた。いっぱい泣いた。目が腫れてる。鼻がぐずぐずする。パンの味が——塩辛い。涙のせいだ。




 でも——言えた。




 「パン屋、やりたいです」って。




 あの日——よしこさんの前で「僕は戦えない」と泣いた日。あの日から、ずっとずっと、ここまで来た。


 剣は握れない。盾も持てない。


 でも——パンは焼ける。


 スープも作れる。


 みんなの「美味しい」を、聞ける。




「……えへへ」




 パンを齧った。自分で焼いたパン。涙で塩辛い。でも——美味しい。




 トールが隣で、同じパンを食べている。


 190cmと185cm。並んで。同じテーブルで。同じパンを。




 パン屋とお弁当屋。


 僕たちの、お店だ。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第78話「パン屋とお弁当屋」。第8話で「僕は戦えない」と泣いたガルドが、70話の時間を経て「パン屋やりたいです」と宣言しました。


「戦えない」は弱さの告白でした。「パン屋やりたい」は夢の宣言です。同じ涙でも、意味が全く違う。でもどちらも、よしこの前だから言えた言葉です。「無理せんでええ」と言ってもらった場所だから、「やりたい」と言えた。


トールとの並列が、この話のもう一つの核です。体格が同じ、経歴が同じ、「体が大きいだけで戦わされた」という痛みが同じ。その二人が並んで厨房に立っている。剣の代わりにパン生地を握って、盾の代わりにかまどの火の前に立っている。「元新勇者パーティの前衛二人がパン屋とお弁当屋」——これが、よしこの城の答えです。


ヴェルザの「美味いな」は二度目です。一度目はガルドがまだおどおどしながらスープを作っていた頃。同じ言葉、同じ声。でも今日の「美味いな」は「知っていた」という意味を含んでいます。三百年生きた四天王筆頭が、十八歳の少年のパンに二度同じ言葉をかけた。それだけで、ガルドがどれだけ成長したかがわかります。


次回、第79話「ヴェルちゃん」。三百年で初めて笑う人の話です。


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