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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第70話: 花壇

◆よしこ視点




 朝。中庭に立った。


 手には、種の袋。ティアちゃんが城下の魔族の村から取り寄せてくれたやつ。赤い花と、白い花と、青い花。名前はわからない。この世界の花やから、前世の図鑑には載ってへん。




 ——でも、きれいな花なのは間違いない。ティアちゃんが「とても丈夫な花です。冬を越しても枯れません」と言っていた。




 中庭の隅に、前に作った小さな花壇がある。よしこが来てすぐに、なんとなく作ったやつ。土を掘って、石を並べて、花を数本植えた。我ながら適当や。




 ——でも今日は、ちゃんとやろうと思う。




 机の引き出しに入れてある紙を——今朝もう一度読んだ。


 先代の遺書。メルちゃんとリーゼちゃんが解読してくれた、最後のページ。




 「城に花を植えたかった」




 種を買いに行く場所がわからなかったから、やめた。


 ——この一文が、ずっと引っかかてた。




 買いに行く場所がわからない。


 聞ける相手がいない。


 「花がほしい」と言えない。




 300年。この城の主やったのに。「花がほしい」って一言が言えへんかった人。




(……しんどかったやろなぁ)




 種の袋をぎゅっと握った。




「ほな——植えよか(^^)」




 声に出して言った。誰に言うでもなく。






◆ヴェルザ視点




 中庭に出ると——魔王様が、土を掘っていた。


 エプロン。軍手。膝に泥。魔王のローブは脱いで、柵にかけてある。




「魔王様。……何を、されておいでですか」


「花壇(^^)」


「花壇」


「うん。もうちょっと広げよう思て(^^) ヴェルちゃんも手伝って」




 ——ヴェルザでございます。


 と言おうとして、やめた。もう70回目だ。訂正が効いた試しがない。




「何をすればよろしいでしょうか」


「土、掘って(^^)」




 魔王様が小さなスコップを差し出した。




 受け取った。軍服の袖をまくった。




 ——先代の時代に、土を掘ったことがあっただろうか。


 ない。300年間、一度もない。




 膝をついた。土を掘った。硬い。中庭の土は長年踏み固められている。城が建てられてから数百年——花を植える者がいなかったから当然だ。




「先代は花を植えたかったんやて」




 魔王様が——隣で土を掘りながら言った。




「遺書に書いてあったやろ。『城に花を植えたかった』って(^^)」


「……はい」


「ほな、わてが植えたるわ。300年遅れたけど、間に合うやろ(^^)」




 ——間に合う。


 先代はもういない。花を見ることはできない。


 それでも——間に合うのか。




「……間に合います」




 声が出た。自分でも驚くほど——まっすぐな声が。




「先代も——喜んでいるでしょう」




 土を掘った。深く。硬い土が、スコップで砕ける。


 先代の城では——土を掘る理由は、墓を掘るか、防壁を築くか。どちらも戦のためだった。


 花のために土を掘るのは——300年で、初めてだ。






◆よしこ視点




 ヴェルちゃんと二人で土を掘っていたら——足音がした。重い足音。




「……何をしている」




 ドルガさん。腕を組んで、中庭の入口に立っている。赤い目が——こちらを見ている。




「花壇(^^) ドルガさんも手伝って」


「花壇だと。……フン。俺に土仕事をさせるのか」


「石、運んでほしいねん(^^) あそこのでっかい石、花壇の縁にしたいんやけど、重くて」




 指差した先に——中庭の端に転がっている石がある。城壁の補修用に置いてあった石材。大人二人でも動かせないくらいの石が何個か。




「……チッ」




 ドルガさんが——鎧の上着を脱いだ。上半身の筋肉がむき出しになった。




 石に近づいた。片手で掴んだ。




 ——持ち上がった。人間なら三人がかりの石を、片手で。




「どこだ」


「あそこ(^^) 並べてくれる?」




 ドルガさんが石を運んだ。ずん、と地面に置く。土が揺れた。


 もう一個。もう一個。ずん。ずん。




「ドルガさん、丁寧に置いてな(^^) 花壇やから」


「フン。花壇に重機は不要か」


「重機ちゃうやん。ドルガさんやん(^^)」


「同じだ」




 ヴェルちゃんが軽くため息をついた。




 石が並んだ。四角い枠ができた。前の花壇の三倍の大きさ。立派な花壇の縁取り。




「ドルガ。揃っている」


「当然だ。石の配置くらい——フン」




 ドルガさんの石の並べ方——きれいに等間隔だった。戦場で防壁を築いてきた人の、正確な目。








 もう一人——来た。




「……何やってんだ」




 レオンくん。廊下から中庭を覗いている。




「花壇(^^) レオンくんも手伝い」


「……別に暇じゃねぇ」


「暇やろ(^^)」


「……」




 ヴェルちゃんが「午前中に廊下をうろうろしていただろう」と言いかけて、レオンくんに睨まれてやめた。




 レオンくんが——渋々、中庭に降りてきた。




「種、撒いてくれる?」


「……種?」




 種の袋を渡した。赤い花と白い花と青い花。




「適当に撒いたらええよ(^^) 均等にね」


「適当なのか均等なのかどっちだよ」


「気持ちは適当に、配置は均等に(^^)」


「わけわかんねぇ……」




 レオンくんが——種を手に取った。小さな種。指先でつまんで、掘り返した土の上に撒く。




 一粒、一粒。丁寧に。




 ——レオンくん、不器用やけど丁寧やな。パンの食べ方は雑やのに。こういうとこは丁寧。




「レオンくん、上手やん(^^)」


「……別に」






◆ヴェルザ視点




 種が撒かれた。


 赤と白と青の種が——まだ土の中で眠っている。何も見えない。ただの茶色い土。




 だが——数週間後には芽が出る。数ヶ月後には花が咲く。




 先代の命日は——あと二ヶ月と少し。


 間に合うだろう。この世界の花は、強い。魔力を含んだ土で育つ花は、早く芽吹き、長く咲く。




 魔王様が——じょうろで水をやっている。


 ティアが厨房から持ってきた水。大きなじょうろ。中庭にぽたぽたと水の音がする。




「ヴェルちゃん、先代の命日っていつやったっけ」


「……聖歴427年、蒼月の第三週でございます。あと七十日ほどです」


「七十日。……咲くかな」


「咲きます。この品種であれば——五十日ほどで開花いたします」


「ほんま? よかった(^^)」




 魔王様が笑った。泥だらけの手で。額にも泥がついている。


 ——魔王の威厳など、今日はどこにもない。ただの、花に水をやるおばさん——いや、魔王様だ。




 ドルガが腕を組んで花壇を見ている。レオンが手についた土を払っている。




 四人で——花壇を作った。


 魔王と、四天王と、勇者が。


 花壇を。




 先代の時代では——ありえなかった。


 先代の時代には花壇がなかった。花もなかった。土を掘るのは戦のためだけだった。




 300年前。先代がこの中庭に立ったとする。


 周りには誰もいない。灰色の石壁。風の音。自分の足音だけが響く城。


 ——花を植えたかった。


 だが種の買い方を知らなかった。「花がほしい」と言えなかった。




 今——四人がここにいる。


 石を運んだ者がいる。土を掘った者がいる。種を撒いた者がいる。水をやる者がいる。




 先代には——いなかった。


 それだけの違いだ。やったことは同じ——花を植えたい。ただそれだけ。


 違ったのは、言えたかどうか。そして——「手伝おうか」と言ってくれる者がいたかどうか。






◆よしこ視点




 花壇が——できた。


 前より三倍大きくて、石の縁取りがきれいで、種がまんべんなく撒かれて、水がたっぷりかかった花壇。




 四人とも——泥だらけ。


 ヴェルちゃんの銀髪に泥が飛んでる。ドルガさんの腕が土まみれ。レオンくんの頬に泥がついてる。わても——まぁ、全身やろな。




「お疲れさま(^^) お茶にしよか」




 ティアちゃんが——見計らったように、お盆を持って出てきた。


 カップが五つ。温かい茶。それと、ガルくんが焼いたビスケット。




「ティアちゃん、ありがとう(^^)」


「は、はい……! 皆さま、お疲れさまです」




 尻尾がパタパタ揺れている。




 中庭のベンチに座った。四人——いや、ティアちゃんも入れて五人。泥だらけのまま。ベンチが汚れる。まぁええわ。後で拭いたらええ。




 お茶を飲んだ。温かい。作業の後のお茶は——格別やな。保育園でも、運動会の準備のあとにみんなでお茶飲んだっけ。あの時も泥だらけやった。




「ドルガ。ビスケットを取るな」


「フン。一つだけだ」


「すでに四つ目であろう」


「……数えるな」




 レオンくんが黙ってお茶を飲んでいる。種を撒いた手を見ている。土が爪の間に入っている。




「レオンくん、手ぇ洗っておいで」


「……後でいい」


「後でな(^^)」




 先代の命日に——花が咲く。


 赤と白と青。どんな花やろう。どんな形をしてるんやろう。楽しみやな。




 カップを——一つ余らせた。五人で五つ。全部使った。




 ——あかん。もう一杯、淹れよう。




「ティアちゃん、もう一杯もらえる?」


「は、はい! すぐお持ちします!」


「ティアちゃんのぶんちゃうよ。——先代のぶん(^^)」




 ティアちゃんが——止まった。


 ヴェルちゃんが——こちらを見た。




「先代も一杯(^^) 花壇の前に置いとこ。お茶、好きやったかわからんけど——まぁ、温かいもんは誰でも嬉しいやろ」




 ティアちゃんが——うなずいた。尻尾がゆっくり揺れた。




 もう一杯のお茶が来た。湯気が立っている。




 花壇の隅に——置いた。土の上。まだ芽は出ていない。何もない茶色の土の上に、温かいお茶が一杯。




「先代。——お茶、どうぞ(^^)」




 声に出して言った。




「花、もうちょっと待ってな。ちゃんと咲くから(^^)」




 風が——吹いた。中庭の風。春の手前の、まだ冷たい風。


 お茶の湯気が——揺れた。






◆ヴェルザ視点




 お茶の湯気が——花壇の上で揺れている。




 先代の分。


 300年間——先代にお茶を淹れた者はいなかった。食事を運ぶ者はいた。だがお茶を——先代のために、先代が飲みたいかもわからないのに、「どうぞ」と言って淹れた者は——いなかった。




「ヴェルちゃん」


「……はい」


「先代のこと——ずっと覚えとってな(^^) わても覚えとくから。ヴェルちゃんから聞いた先代のこと、全部」


「…………」




 花壇を見た。


 何もない。まだ何も咲いていない。土と石と種だけの、ただの花壇。




 だが——ここに花が咲く。


 先代が植えたかった花が。


 先代が言えなかった言葉の代わりに。




「……いただきましょう」




 お茶のカップを持ち上げた。自分の分。温かい。




「先代の分も——いただきましょう」




 隣で魔王様が「うん(^^)」と笑った。泥だらけの顔で。


 ドルガが「フン」と鼻を鳴らして六つ目のビスケットを取った。レオンが黙ってお茶を飲んだ。ティアが全員のカップにお茶を足して回った。




 花壇の上のお茶が——冷めていく。




 だが——先代。


 この城は、もう冷めません。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第70話「花壇」。第60話で明かされた先代魔王の遺書——「城に花を植えたかった」。よしこの答えは「ほな、植えよか」でした。


先代は300年間、花を植えたかったのに、種の買い方がわからなかった。「花がほしい」と言えなかった。それは能力の問題ではなく、「頼める相手がいなかった」ということです。よしこは「植えよか」と言っただけ。でも隣にヴェルザがいて、ドルガが石を運んでくれて、レオンが種を撒いてくれた。先代との違いは、たったそれだけ。


ドルガが石を等間隔に並べるシーンが好きです。戦場で防壁を築いてきた正確さが、花壇の縁取りに活きている。剣のためではなく花のために、同じ技術が使われる。それがこの城の「今」です。


先代の分のお茶を花壇に置くシーン。飲む人はいません。冷めるだけです。でも——「温かいもんは誰でも嬉しいやろ」。よしこのこの一言に、この物語の全部が詰まっている気がします。


次回、第71話「グレイヴスの夜」。初めての敵側視点です。


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