第66話: ピプの空
◆ピプ視点
ボク、空が好き。
飛ぶのが好き。羽根をぱたぱたして、ぐーんって高く飛ぶの。風がびゅーって来て、髪がぐちゃぐちゃになるけど、もともとぼさぼさだからへーき。
——でも。
一人で飛ぶのは、もう飽きた。
朝。
食堂でレオンとガルくんとシオンがごはんを食べてた。よしこの作った目玉焼き。ガルくんが焼いたパン。シオンが並べたお皿。
ボクはもう食べ終わったから、テーブルの端に座って足をぶらぶらさせてた。
「ねぇ」
三人に声をかけた。
「なに」
レオンがパンをかじりながら言った。
「今日、ヒマ?」
「……ヒマってことはねぇけど」
「ヒマでしょ。レオン、午前中やることないでしょ」
「……なんでわかんだよ」
「ヴェルザが言ってた。『レオンは最近午前中に廊下をうろうろしている。何かさせた方がいい』って」
「うるっせぇ! うろうろしてねぇ!」
「してるでしょ」
「して——……多少は」
ガルくんが笑った。シオンは黙ってスープを飲んでいた。
「ガルくんは?」
「え、えっと……午前はパンの仕込みが終わったから……」
「ヒマだね!」
「あ、あの、ヒマというか……」
「シオンは?」
「……自分は、午前の鍛錬が終わりました」
「ヒマだ!」
「……否定はしません」
三人ともヒマ。
——よし。
「ボクと一緒に来て!」
「どこだよ」
「空!」
中庭に出た。
四人で立ってる。ボクが一番ちっちゃい。レオンが170で、ガルくんが190で、シオンが160で、ボクが130。
——並ぶとボクだけ子どもみたい。子どもだけど。80歳だけど。
「ピプ、空って——お前が飛ぶのはわかるけど、俺たちは飛べねぇだろ」
「飛ばないよ。乗るの」
手を広げた。
空間魔法。ボクが一番得意なやつ。
足元に——光の円が広がった。
魔法陣が回る。空気がぶわって押し上げられて、ガルくんのマントがめくれた。
「ひゃっ」
「落ち着けよガルド」
「お、落ちないよね……?」
「落ちないよ。ボク、空間魔法の天才だもん」
「……根拠が主観的です」
「天才は天才だもん!」
足場が固まった。透明な床。四人が乗れる広さ。周りに結界の壁。薄く光ってる。
「これに乗って上がるの。大丈夫、結界あるから落ちないし、風も来ないし、寒くもないよ」
「……マジか」
「マジだよ! 行くよ!」
羽根をぱたぱたした。嬉しい。
だって——一人じゃないから。
上がった。
ぐんぐん上がった。
魔王城の屋根が下になって、塔の先端が横になって、雲が近くなった。
「うおっ……!」
「す、すごい……!」
「…………」
レオンが端に寄って下を見た。ガルくんは真ん中でしゃがんでた。シオンは直立して、いつもの姿勢で立ってた。——でも目は大きく開いてた。
「ねぇ、見て見て!」
ボクは結界の壁に張りつくように指を差した。
真下に——魔王城。
黒い石造りの城。でっかい。ヴェルザが300年守ってきた城。ドルガが門番をして、メルが図書室を整えて、ボクが結界を張ってる城。
——でも、前と違う。
「ね、見える? 煙突!」
「……煙が出てるな」
「出てる出てる! いっぱい出てるの!」
煙突から白い煙が上がっていた。台所の煙。よしこがごはんを作ってる煙。
「あと——あれ!」
中庭に——洗濯物が干してあった。
白いシーツ。ガルくんのエプロン。リーゼのローブ。ティアの侍女服。ミーナの白衣。
風にぱたぱた揺れてる。ボクの羽根みたいに。
「ボク、前はここから見てもさみしかった」
言った。
三人が——ボクを見た。
「煙も出てなかったし。洗濯物もなかったし。城は黒くて、でっかくて、しーんとしてたの」
レオンが黙って聞いてた。ガルくんが立ち上がった。シオンの灰色の目が——ボクに向いた。
「ヴェルザはずっと城にいたけど、ヴェルザは怖い顔で書類を見てたし。ドルガは門の前に立ってたし。メルは図書室にこもってたし」
「ボクだけ——空を飛んでたの。ずっと」
◆レオン視点
ピプが——笑ってなかった。
いつもぱたぱた飛び回って、おやつおやつってうるせぇ小さいのが。今は羽根を畳んで、結界の壁にもたれて、遠い目をしてた。
「ヴェルザとドルガとメルは大人でしょ」
「ボク、80歳だけどちっちゃいでしょ」
——80歳。こいつ、80歳なんだよな。
俺の四倍以上生きてる。それでも——見た目は子どもで、中身も子どもで。
「……ずっと、仲間に入れてもらえなかったの」
声が小さかった。
いつもの「ボク四天王だよ! 強いんだよ!」じゃない。ただの——さみしい声。
「ヴェルザは300歳でしょ。ドルガは250歳。メルは180歳。みんな大人。会議するでしょ、お茶飲むでしょ、難しい話するでしょ。ボクは——『ピプは遊んでいろ』って」
「遊んでていいよ、って——やさしく言うの。でもそれって、仲間に入れてもらえないってことでしょ?」
——。
俺は、何も言えなかった。
ガルドが——口を開いた。
「……俺たちも、最初はそうだったよ」
「え?」
ピプがガルドを見上げた。130cmから190cmを。
「俺は——体がでかいだけで、こわくて、戦えなくて。レオンとリーゼに『足手まとい』だと——いや、二人はそんなこと言わなかったけど。自分でそう思ってた」
「ガルくん……」
「魔王城に来て、よしこさんに『あんたはあんたでええ』って言われて——やっと、ここにいていいんだって思えた」
ガルドの声が震えてた。こいつ、こういう話になるとすぐ泣きそうになる。
「……シオンは?」
ピプが今度はシオンを見た。
「……自分は」
シオンが——少し間を置いた。
「教会では、仲間という概念がありませんでした。——同期はいましたが、それは仲間ではなく、同じ任務を遂行する単位です」
「それ、さみしくないの?」
「……わかりません。さみしいという感情を——自分は、ここに来るまで知りませんでした」
「知らなかったの?」
「知りませんでした。——ここに来て、皆と食事をして、初めて『一人で食べていた食事は寂しかったのだ』と気づきました」
シオンの灰色の目が——空を映してた。
◆ピプ視点
——みんな、おんなじだった。
ガルくんも、シオンも。レオンも——たぶん。
「レオンは?」
聞いた。
「……俺?」
「レオンも、さみしかった?」
レオンが——そっぽを向いた。
「別に」
「うそ」
「うそじゃねぇ」
「うそだよ。レオン、よしこのシチュー食べた時、黙ったでしょ。あれ、さみしかったからでしょ?」
レオンが——黙った。
「……うるせぇ」
「やっぱりそうだ!」
「うるせぇっつーの……」
——レオンの声が、少しだけ柔らかかった。
おなかが空いた。
ボクは——鞄から包みを出した。
「じゃーん! おにぎり!」
「……お前、用意してたのかよ」
「よしこに頼んだの! 『空に行くからおべんと作って!』って!」
「……そのまんまだな」
包みを開けた。おにぎりが六個。のりが巻いてあるやつ。よしこが朝に作ってくれたやつ。
中身は——梅干しと、おかかと、味噌。ボクは味噌が好き。
「よしこの作ったやつー!」
おにぎりを持ち上げた。空に掲げた。太陽の光でのりがてかてかしてる。
「落とすなよ」
「結界あるから大丈夫ー!」
わざとおにぎりを結界の壁に投げた。ぽいんって跳ね返ってきた。
「ほらー! 落ちないー!」
「食いもんで遊ぶな!」
「遊んでないもん! 実験だもん!」
ガルくんが笑った。シオンが——少しだけ、口の端が上がった。
「はい、ガルくん梅干し。レオンはおかか。シオンは——」
「自分は何でも」
「じゃあ味噌! ボクと一緒!」
四人で——空の上で、おにぎりを食べた。
風がない。結界の中だから。でも、空が広い。雲が白い。太陽がぽかぽかしてる。
レオンがおにぎりをかじった。——黙った。
いつもの。美味しいものを食べると黙るやつ。
「レオン、美味しい?」
「……別に」
「美味しいくせに」
「うるせぇ」
ガルくんがもぐもぐ食べてた。目がきらきらしてた。
「これ……よしこさんの味噌、美味しいなぁ……」
「でしょー! ボクが一番先に味噌選ぶの!」
シオンが——おにぎりを両手で持って、じっと見てた。
「シオン? 食べないの?」
「……いえ。——形が、不揃いだと思いまして」
「よしこの握るおにぎり、ちょっとゆるいの。でもそれがいいんだよ!」
「……そうですか」
シオンが——一口食べた。
咀嚼した。飲み込んだ。
「……美味しいです」
言った。小さい声で。でも——ちゃんと言った。
食べ終わった。
四人で空の上に座ってた。足を投げ出して。
ボクは結界の壁に背中をつけて、下を見た。
魔王城の煙突から——まだ煙が出てた。お昼ごはんの準備。よしこが作ってるんだろうな。
中庭の洗濯物が揺れてる。ティアが干したやつ。
門の前にドルガが立ってる。ちっちゃく見える。ドルガがちっちゃく見えるの、面白い。
「ねぇ」
言った。
「今は——煙がいっぱい出てるの」
レオンが——隣に座ってた。空を見上げてた。
「よしこが来る前は、煙なんか出てなかった。台所、使ってなかったから。みんなバラバラにごはん食べてたの。ヴェルザは書類の間に干し肉かじって、ドルガは門番しながらパンかじって、メルは図書室でお茶飲んで。ボクは——飛びながらお菓子食べてた」
「……バラバラだな」
「バラバラだったの。——同じ城にいたのに」
ガルくんが——静かに聞いてた。
「でも今は、みんなで食べるでしょ。『いただきます』するでしょ。よしこが『おかわりある?』って聞くでしょ。ドルガが『フン』って言いながらおかわりするでしょ」
「するな」
「でしょ!」
羽根がぱたぱたした。嬉しくなると勝手に動くの。止められないの。
「だからボク、空から見てわかるの。煙が出てるって——みんながいるってことなの」
しばらく黙ってた。四人で。
空が青くて、雲が流れてて、下に魔王城があって。
「……ピプ」
レオンが——言った。
「なに?」
「……お前が空に連れてきてくれなかったら、この景色は見れなかった」
「当たり前でしょ! ボクしか飛べないもん!」
「……そういうことじゃねぇ」
レオンがボクの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。もともとぼさぼさだからへーきだけど——。
「っ——なに!」
「別に」
レオンの手が——あったかかった。
「……えへへ」
ガルくんが笑った。シオンが——黙って空を見てた。
でも——シオンの口の端が、さっきよりもう少し上がってた。
「——帰ろっか」
ボクが言った。
「お昼ごはんの時間だし。よしこが呼ぶ前に帰らないと怒られるよ」
「怒られるっつーか——あの人の『廊下は走らない!』級の圧が来るのは勘弁だな」
「ですです! 前にボク、おやつの時間に遅れたら魔力がぶわーって——」
「……おやつで遅れるなよ」
「だっておやつだもん!」
足場がゆっくり下がり始めた。
空が遠くなる。城が近くなる。煙突の煙が——ちゃんと、まだ出てた。
——よしこ、お昼なに作ってるかな。
羽根がぱたぱたした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第66話「ピプの空」。
ピプは四天王の中で80歳——だけど他の三人は180歳以上の「大人」で、ピプだけがずっと子どもでした。「遊んでいろ」と優しく言われることは、見方を変えれば「お前はまだ入れない」ということでもあります。大人たちの輪に入れない子どもの孤独。
面白いのは、レオンもガルドもシオンも、形は違えど同じ経験をしていたこと。体が大きいだけで戦えなかったガルド。教会で「仲間」を知らなかったシオン。孤児院で一人だったレオン。——「仲間に入れてもらえなかった」は、ピプだけの話ではなかった。
空の上から見た魔王城に煙が出ていること。洗濯物が干してあること。それは「誰かがそこで暮らしている」証拠です。以前のピプには見えなかった景色——煙も洗濯物もなかった城が、今は生活の匂いがする場所になっている。
よしこは直接出てきませんが、おにぎりを通じてちゃんといます。いつもそう。よしこの手が届かない場所にも、よしこの作ったごはんが届いている。
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