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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第67話: 第三師団の使者

◆ドルガ視点




 城門に——伝令が来た。


 朝飯を食っている時だった。ティアが「ご報告です」と食堂に入ってきて、尻尾をぱたぱたさせながら言った。




「第三師団より使者が参りました。——副官グラン殿です」




 パンを持つ手が止まった。


 ——グラン。


 俺の副官。200年以上、俺の隣で戦った男。真面目で、堅物で、命令にはどこまでも忠実。


 手紙を——読んだのか。




「……通せ」




 立ち上がった。椅子が鳴った。




「ドルガさん、パン冷めるで(^^)」




 よしこが言った。皿にはガルドの焼いたパンが山盛りになっている。


 ——今はそれどころではない。




「……後で食う」


「ほな、温め直しとくな(^^)」




 食堂を出た。






◆レオン視点




 城門の前に——魔族が一人、ひざまずいていた。


 身長は190cmほど。ドルガよりは小さいが、人間基準なら十分にでかい。短い灰色の髪。額に一本角。全身に魔王軍の軍装。背筋がまっすぐ伸びている。


 ——ガチガチに緊張している。




 ドルガが城門から出た。


 俺はその後ろから——覗いた。




「——四天王殿!」




 魔族が——額を地面に打ちつけるように頭を下げた。




「第三師団副官グラン、参上いたしました! お手紙を拝読し——ご報告に参りました!」




 声が大きい。城壁に反響した。




「……立て、グラン。地面に頭をつけるな」




 ドルガが——腕を組んで言った。いつもの威圧的な声。だが怒っている感じではない。




「は、はっ!」




 グランが立ち上がった。——赤い目が、ドルガを見ている。


 それから——ドルガの後ろにいる俺を見た。




「…………」




 固まった。




「……人、間……?」


「ああ。小僧だ。気にするな」


「小僧じゃねぇっつーの」




 グランの目が——限界まで見開かれた。


 四天王の城に、人間がいる。しかも四天王に向かって口答えしている。——そりゃ驚くだろう。






◆ドルガ視点




 グランを城の中に入れた。


 廊下を歩く。グランは俺の3歩後ろをついてくる。200年変わらない距離感だ。




「……四天王殿。お手紙を拝読いたしました」


「……ああ」


「……その……四天王殿が『パンが美味い』と……何かあったのかと」




 立ち止まった。


 振り返った。




「……何があったと思ったんだ」


「い、いえ——四天王殿が食事について言及されたことは200年間で一度もなく——お手紙の文面から、何か尋常ではない事態が発生したのではないかと——第三師団一同、大変心配いたしまして——」




 ——あの一文で心配して飛んできたのか。




「フン。……心配は無用だ」


「は、はっ……しかし——」




 グランの鼻が——ぴくりと動いた。




「……この匂いは……」


「パンだ」


「……ぱ……パン、でございますか」


「ああ。朝、焼いた」




 グランが——また固まった。


 パンの匂いが廊下に漂っている。ガルドが朝早くから焼いたやつだ。小麦の甘い匂い。バターの匂い。——先代の時代、この廊下にこんな匂いはなかった。




 歩いた。


 食堂に向かった。








 食堂の前で——グランがまた止まった。


 中から——声が聞こえたからだ。




「ガルドくん、お皿こっちー」


「は、はい! 今持っていきます!」


「トールくんもおかわりいる?」


「……3杯目、いいですか」


「いくらでもあるで(^^)」




 人間の子どもの声。——と、よしこの声。




 グランが俺を見た。目が「説明を求めています」と言っている。




「……入れ」




 食堂の扉を開けた。






◆レオン視点




 グランが——食堂に入った瞬間の顔を、俺は一生忘れないと思う。


 目が見開かれ、口が半開きになり、一本角がびくりと揺れた。




 テーブルの上——パン。スープ。サラダ。果物。ガルドが焼いたパンが山盛り。


 テーブルの周り——ガルドとトールが並んで座っている。体格がほぼ同じ。二人とも皿にパンを山積みにしている。ティアが飲み物を注いでいる。よしこがスープの鍋を持って「おかわりどうぞ(^^)」と言っている。


 ——魔王城の食堂。




「し……四天王殿……これは……」


「飯だ」


「め、飯……で、ございますか」


「ああ。——座れ。お前の分もある」


「わ、わたしの……分……?」




 ドルガがグランの肩を掴んで、椅子に座らせた。有無を言わさず。


 よしこがすぐに皿とスプーンを持ってきた。




「あら、お客さん? ドルガさんのお友達?(^^)」




 グランが——硬直した。


 魔王に「お友達」と呼ばれた。いや正確には「ドルガのお友達」と。


 ドルガの赤い目がぎろりとよしこを見たが、何も言わなかった。




「部下だ。……副官のグラン」


「グランさん? ようこそ(^^) お腹すいてない?」




 グランが——俺を見た。助けを求める目だ。


 知らん。俺もこの城に来た初日は同じ顔をしていた。




「は……初めまして。第三師団副官グラン……で、ございます……」


「グランさん、遠くから来たんやろ? まず食べ(^^)」




 よしこがスープをよそった。ニンジンの甘い匂い。


 グランの目の前に——湯気が立つ皿が置かれた。




「…………」




 グランが——スプーンを持った。手が震えている。




「……こ、これは毒では……」




 俺とドルガが同時にグランを見た。


 ——まぁ、そう思うわな。敵地で出された飯だ。先代の時代なら考えられない。




「毒じゃねぇよ」




 俺が言った。ガルドも首を振った。トールも首を振った。




「ドルガさんも毎日食べてるで(^^)」




 よしこが笑った。グランがドルガを見た。ドルガが——目を逸らした。




「……食え、グラン。命令だ」


「は、はっ!」




 グランがスープを口に運んだ。一口。


 ——止まった。




「…………美味い……」




 声が小さかった。


 それからもう一口。もう一口。スプーンの速度が上がっていく。




 ——この城に来たやつは、みんなこうなる。






◆ドルガ視点




 グランが——食った。


 スープを3杯。パンを5つ。サラダも平らげた。


 ガルドが「えへへ、僕が焼いたんです」と言うたびに、グランの目が丸くなった。人間の少年が、魔王城でパンを焼いている。——200年の常識が、音を立てて崩れている。


 トールが隣で黙々と4杯目のスープを飲んでいる。グランはその巨体を何度もちらちら見ていた。人間の戦士が、魔族と同じテーブルで飯を食っている。




「……四天王殿」


「なんだ」


「……城が……変わり、ましたな……」


「フン。……そうだ」




 テーブルの向こうで、よしこがガルドとトールのパンの食べ比べをさせている。「ガルくんのは塩気が効いとる。トールくんのはバター多めやな(^^)」。二人が「えへへ」と笑っている。


 ——先代の城では、こんな光景は一度もなかった。








 食後。


 グランを城内に案内した。レオンも後ろからついてきた。




「ここが食堂。毎日3食出る」


「……3食……」


「ここが厨房。ガルドとトールが交代で焼いている」


「に、人間が……厨房に……」


「ここが中庭。最近花壇を作った」


「……花壇……」




 グランが——何を見ても絶句している。


 城の廊下に洗濯物が干してある。窓辺に花が飾ってある。食堂のテーブルには布がかけてある。


 200年前の魔王城は——黒い石と冷たい空気しかなかった。




「……四天王殿」


「なんだ」


「……手紙に書かれていた『にんげんのこどもがいる』……は、これでございますか」


「ああ。レオン、リーゼ、ガルド。ティア、シオン、トール、ミーナもいる」


「……7人も……」




 レオンが後ろで「子どもじゃねぇ」とぼそっと言った。








 部屋に戻った。俺の部屋。


 グランに椅子を出した。




「グラン。報告をしろ。第三師団の状況は」




 グランが——姿勢を正した。副官の顔に戻った。




「はっ。第三師団、千名。待機命令を遵守しております。死傷者なし。食料は備蓄で賄っておりますが——」




 一瞬、言い淀んだ。




「——士気が、やや低下しております。四天王殿が長く不在のため」


「…………」


「部下一同、四天王殿のご帰還を——お待ちしております」




 グランの赤い目が——まっすぐ俺を見ている。




「……そうか」




 立ち上がった。机の引き出しを開けた。


 中から——紙を取り出した。


 手紙。俺が書いた返事。字で書いた返事。




「……これを持っていけ」




 グランに渡した。




 グランが——紙を開いた。




「…………」




 大きな字。ひらがな。一文字一文字が丁寧で、少し歪んでいて、力が入りすぎてところどころ紙が凹んでいる。




「……これは……四天王殿の……字……?」


「……悪いか」


「い、いえ……四天王殿が、字を……」




 グランの手が——震えた。


 200年仕えてきた。ドルガが字を書けないことは、グランが一番知っている。報告書は全てグランが代筆した。命令書もグランが書いた。ドルガは印を押すだけだった。




 それが——字を書いている。




「……読んでみろ」




 グランが——読んだ。声に出して。




「……『ぐらんへ。おれはげんきだ。しんぱいするな。まおうじょうはへいわだ。めしがうまい。ぱんもやいた。おまえたちもげんきでいろ。もうすこしまて。ドルガ』」




 声が——途中から震えた。




「……四天王殿……」


「フン。——下手くそな字だ。笑うなよ」


「笑いません。——笑い……ません……」




 グランが——目頭を押さえた。






◆レオン視点




 ドルガの部屋の外で——壁にもたれていた。


 中の声が、少し聞こえた。


 グランの声が震えていた。——泣いてるのかもしれない。




 ……あのひらがなの手紙。「ぱんもやいた」。


 ドルガが一文字ずつ書いた、あの字。


 部下に届いた。




 少し——笑った。声は出さなかった。






◆ドルガ視点




 夕方。




 ガルドとトールが——腕を振るった。


 歓迎の食事。グランのために。




 テーブルの上に——パンが3種類。ガルドの定番の丸パン。トールが挑戦した平たいパン。そして——俺が焼いたパン。不格好で、左右非対称で、こげが少しある。




「……ドルガさんのも出すの?」




 ガルドが心配そうに聞いた。




「出す。俺が焼いた」


「……あ、あの、こげてるところは——」


「食える。問題ない」




 グランが席についた。目の前に——料理が並ぶ。


 パン。シチュー。焼いた肉。サラダ。果物。蜂蜜のかかったビスケット。


 先代の時代の配給とは——比べものにならない。




「い……いただきます」




 グランが——手を合わせた。よしこに教わったのか。いや、食堂で周りを見て真似たのだろう。




 食べた。


 パンをちぎった。口に入れた。


 ——止まった。




「……美味うございます」


「フン。ガルドのパンだ。当然だ」


「い、いえ——こちらの……少し焦げた……」




 ——俺のパンを指さしている。




「……これは、四天王殿が?」


「ああ」


「四天王殿が……パンを焼いておられるとは……」




 グランの声が——また震えた。




「フン。悪いか」


「い、いえ! ……美味うございます」




 食べた。もう一口。もう一口。




 ——グラン。お前、200年俺の副官をやって、一度も「美味い」と言ったことがなかったな。配給の干し肉を黙って食っていた。




「グラン。報告はここまでだ。——もう一杯食え」


「は……はい。しかし四天王殿、まさかパンを焼いておられるとは……」


「二度言うな。——フン」




 ガルドが「えへへ、ドルガさん上手になりましたよね」と笑った。


 トールが「……俺もまだ焦がします」と小さく言った。


 レオンが向かいで黙ってパンを食っている。




 グランが——周りを見た。


 四天王と人間の子どもたちが、同じテーブルで飯を食っている。笑っている。パンの焼き加減を論じている。


 200年前では——ありえなかった光景。




「……四天王殿」


「なんだ」


「……お手紙の通りでございました。魔王城は——変わりましたな」


「…………ああ」




 パンをもう一つ取った。ガルドのやつ。うまい。——悔しいが、俺のより上手い。




「……変わった。——悪くない」






◆レオン視点




 食後。


 グランが食堂を出る時、ドルガに深く頭を下げた。




「四天王殿。明朝、帰陣いたします。——第三師団一同に、報告いたします」


「ああ。——伝えろ。『ドルガは元気だ。パンが美味い』」


「はっ……お伝えいたします」




 グランが——また目を押さえた。


 200年仕えた上官が「パンが美味い」と言っている。——そりゃ泣くわな。




 グランが廊下を歩いていった。ティアが客室に案内している。「お布団、ふかふかのを用意しましたので(^^)」。グランが「は、はい……ふ、ふかふか……」と困惑している。




 ドルガが——腕を組んで、その背中を見ていた。




「……ドルガ」


「なんだ、小僧」


「……よかったな」


「何がだ」


「手紙。届いたじゃねぇか」




 ドルガが——フン、と鼻を鳴らした。


 だが——口の端が、少しだけ上がっていた。




「……当然だ」




 ——また「当然だ」だ。


 ドルガの照れ隠し。もう慣れた。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第67話「第三師団の使者」。ドルガの副官グランが魔王城にやってきました。


第62話でドルガが書いた手紙——「ぱんがうまい」。あの手紙を読んだ部下たちは、200年間一度も食事について言及しなかった上官が「パンが美味い」と書いてきたことに大変心配したわけです。何かとんでもないことが起きたのではないかと。


実際にとんでもないことは起きています。魔王城に人間の子どもがいて、四天王がパンを焼いていて、全員で「いただきます」を言っている。——グランにとっては異世界転生レベルの衝撃です。


「これは毒では……いえ、美味い」のくだりは、かつてのレオンやカインと同じ反応ですね。この城に来た人は全員、最初は警戒して、食べたら黙る。よしこの飯にはそういう力がある。


ドルガが字で書いた返事をグランに渡すシーン。200年間、ドルガの代筆をしてきたグランだからこそ、あの不格好なひらがなの重みがわかる。グランの涙は、読者の涙でもあると信じています。


次回、第68話「ミーナが泣く日」。静かな回です。お茶の時間に、ただ泣く。


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