第57話: 使者
◆カイン視点
魔族の森を抜けた。
3日間の行程。部下はいない。今回は——一人だ。
前回この道を通った時は、部下10名と共だった。勇者パーティの安否確認。軍の任務として。鎧を着て、剣を帯びて、最悪の事態を覚悟して来た。
あの時見たものは——魔王が勇者に朝食を出している光景だった。報告書に何と書けばいいのか、未だにわからない。
今回は——密書を携えている。国王陛下の直筆。封蝋には王家の紋章。
非公式の使者。公にはできない。聖教会に知られれば——面倒なことになる。
森を抜けると——城が見えた。
前回と同じ。黒い石造りの巨大な城。威圧的な外観。
だが——前回と違うものがある。
中庭に——花が咲いている。
前は——なかったはずだ。灰色の城に色が付いている。赤と白と青。花壇だ。誰かが手入れしている。
「…………」
城門に近づいた。
門前に——人がいた。
白い鎧。教会の紋章。短い黒髪。灰色の目。
——若い。15歳か、16歳か。剣を帯びている。姿勢が完璧だ。教会仕込みの立ち方。
「……止まれ」
少年が——こちらに剣の柄に手をかけた。表情がない。
「名乗れ。身分と、目的を」
軍人口調。だが——声が若すぎる。
白い鎧が新品同様に手入れされている。教会の正規装備。勇者パーティの——
「私は王国騎士団副長カイン。国王陛下の名代として参った。——お前は」
「……第48期勇者、シオンです」
「48期……」
聞いていた。教会がレオンの失敗を受けて、新たな勇者を送り込んだと。
——この少年が。
「……お前は、勇者として——ここにいるのか」
「自分は……」
シオンが——一瞬だけ、灰色の目を揺らした。すぐに戻った。
「……自分は、ここで生活しています」
「生活」
「はい」
短い返答。それ以上は語らない。
だが——「任務で」とは言わなかった。「生活しています」と言った。
生活。——教会が送り込んだ勇者が、魔王城で「生活」している。その一語の重さを、この少年は理解しているのだろうか。それとも——理解した上で、選んだのか。
「……通してもらいたい。国王陛下の密書を携えている」
「……了解しました。レオン殿に連絡します」
シオンが城の中に向かって走り去った。足音が——軽い。鎧の音がしない。
一人で——門前に立った。
花壇の花が風に揺れている。
「——カインか」
声が聞こえた。
城門の奥から——赤茶色のくせ毛。緑の目。左頬の傷跡。
レオン。
「……久しぶりだな、勇者殿」
「勇者じゃねぇよ。もう」
レオンが——近づいてきた。前回見た時より、背が少し伸びている。頬のこけが減っている。飯を食べている顔だ。
鎧は着ていない。私服。継ぎ接ぎだらけではあるが——清潔だ。
「……元気そうだな」
「まぁな」
短い。ぎこちない。
前回ここに来た時——レオンは「勝手に帰れ」と言った。私が「王都に戻れ」と命じた時、こいつは——「ここにいる」と言った。
あの時の緑の目を、まだ覚えている。
「中に入れよ。——よしこが飯作ってる」
「……飯?」
「あんた、また夕方に来ただろ。飯の時間だ」
レオンが背を向けて、城の中に入っていった。
私は——ついていった。
◆レオン視点
食堂に連れて行った。
カインが——入口で止まった。
俺もこの光景に慣れるまで、少しかかった。だから——気持ちはわかる。
食堂に11人分の椅子がある。テーブルの真ん中にコップに入った花。テーブルクロス。フォークとスプーン。
ガルドがパンを運んでいる。リーゼがサラダを並べている。ドルガが壁際で腕を組んでいる。ティアが皿を配っている。ピプが飛び回っている。メルがデザートを冷やしている。シオンが水のコップを並べている。ミーナがトールに配膳の手順を教えている。
ヴェルザが——いつもの席に座っている。目がわずかに赤い。さっき書庫で何かあったらしいが、聞かない。
「……これは」
「飯だよ。——座れ」
「……いや。私は任務で——」
「いいから座れっつーの」
カインを——空いている椅子に座らせた。今日は12脚出ている。ドルガが朝のうちに一つ追加していた。「客用だ」とだけ言っていた。
よしこが厨房から出てきた。鍋を持っている。
見た瞬間——わかった。シチューだ。あの、いつもの。
「あら、カインくん(^^) いらっしゃい。ごはんあるで」
カインが——固まっている。
「……また、あなたが」
「座ってや。冷めるから(^^)」
よしこがシチューをよそった。12人分。
カインの前に——大きめの一杯が置かれた。パンが添えてある。ガルドの焼いたやつだ。
「…………」
カインが——スプーンを手に取った。シチューをすくった。口に運んだ。
「……また、このシチューですか」
前回も——同じシチューを食べた。あの時、カインは「なぜ魔王が勇者にシチューを」と困惑していた。部下全員で食卓についたあの日。報告書に書けない夕食。
「せやで(^^) カインくん、前も美味しそうに食べてたから。同じの作ったった」
「覚えて——いるのですか」
「お客さんに出した料理は全部覚えとるよ(^^) カインくん、ニンジン好きやったやろ。多めに入れとるで」
カインが——スプーンを持ったまま、止まった。
「…………」
黙って——食べ始めた。
二口。三口。パンをちぎって、シチューに浸して食べた。
顔が——変わらない。軍人の無表情。でも——スプーンの速度が、少しだけ上がっている。
俺は——自分のシチューを食べた。
いつもの味だ。変わらない。ニンジンが甘い。
◆カイン視点
食事が終わった。
12人が食卓を囲んでいた。魔王と四天王と、勇者と——何人かの子どもたち。前回は7人だった。増えている。
あの時もそうだった。理解できなかった。今も——理解しきれない。
だが——シチューは美味かった。前回と同じ味。ニンジンが多めだった。覚えていた、この人は。
食後。よしこが茶を出した。12杯。
「ほな、カインくん。ゆっくり話聞くで(^^)」
よしこが——向かいに座った。横にヴェルザ。左にメル。
レオンは——壁際に立っている。聞くつもりらしい。
懐から——密書を取り出した。封蝋を確認した。無事だ。
「私は国王陛下の名代として参りました」
よしこが——茶を飲んでいる。
「……和平の打診です」
食堂が——静まった。ガルドがパンを持つ手を止めた。ドルガの赤い目が鋭くなった。
「国王陛下は——魔族との共存を望んでおられます。非公式ですが——交渉の席を設けたいとの意向です」
密書をテーブルに置いた。
ヴェルザの金色の目が——密書を見た。メルの紫の目が——わたくしを見た。
「ただし——条件があります」
「条件?」
「聖教会が——反対しています。国王陛下は和平を望まれていますが、教会勢力が強く、公にはできない。この交渉は——あくまで非公式です」
よしこが——茶のカップを置いた。
「ええ」
「国王陛下の密書をお読みいただき——ご検討いただきたい」
よしこが——密書を手に取った。封蝋を見た。裏返した。表に戻した。
——読んでいない。
「……あの。カインくん」
「はい」
「わて、この世界の字あんまり読めへんのよ(^^)」
……。
「ヴェルちゃん、読んでくれる?」
「……ヴェルザでございます。——かしこまりました」
ヴェルザが密書を受け取り、封蝋を開けた。
中身を読み始めた。
メルが横から覗いている。
「……カインくん」
よしこが——茶を持ち上げた。
「難しいことはヴェルちゃんとメルちゃんに任せるわ(^^) わてに聞きたいことあったら——なんでも聞いてや」
なんでも。
魔王が「なんでも聞いてや」と言っている。和平の交渉の席で。
「……一つだけ、聞いてもよろしいですか」
「どうぞ(^^)」
「なぜ——勇者を保護しているのですか。前回も聞きましたが。今も——答えが変わっていないか、確認したい」
よしこが——首を傾げた。
「そりゃ——ごはん食べてへんかったからやん(^^)」
変わっていなかった。
「……了解しました」
シチューの味を——まだ覚えている。ニンジンの甘さを。
この人は——変わらない。前回も、今回も。同じシチューを出して、同じ理由を言う。
報告書に——何と書けばいいのか。今回も、わからない。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第57話「使者」。カインが帰ってきました。
Arc3で初めて魔王城に来た時、カインは「常識人の目」でした。魔王が勇者にシチューを出す光景を見て、「報告書に何と書けばいいのかわからない」と困惑した人。今回は——和平の使者として来ました。立場が変わっている。でも、シチューは同じ味です。
よしこが「カインくん、ニンジン好きやったやろ」と覚えていたこと。これがよしこの「武器」です。剣でも魔法でもない。「あの人、ニンジン好きやったな」と覚えていること。それだけで——人は、もう一度来たくなる。
和平の打診。物語が大きく動き始めます。でもよしこは「難しいことはヴェルちゃんに任せるわ」と茶を飲んでいる。——魔王としてはどうなんだ、という話ですが、よしこは最初からそうです。「目の前の子にごはんを食べさせる」。それ以上もそれ以下もない。
次回、第58話「魔王のお茶会」。よしこ流の外交会談が始まります。
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