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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第58話: 魔王のお茶会

◆よしこ視点




 朝。


 カインくんを客間に泊めて、一晩明けた。




(外交会談って何すんねやろ)




 正直——わからん。前世で保育園の保護者会はやったことがある。PTA会長と揉めた時は、お茶出して、菓子出して、「まぁまぁ座ってお話ししましょ」と言ったら大体収まった。


 外交も——そんな感じでええんちゃうかな。




「魔王様。準備が整いましたわ」




 メルちゃんが来た。——いつの間にか、応接間のテーブルにお茶のセットが並んでいる。わてが用意した茶菓子の横に、メルちゃんが書類を何枚か置いている。




「メルちゃん、それ何?」


「外交文書の草案でございます。昨夜のうちに——和平の条件、こちら側の要求、妥協点を整理しておきましたわ」


「……仕事早いなぁ(^^)」


「当然ですわ。わたくし、こういうことが得意ですもの」




 メルちゃんが微笑んだ。この子のこの笑い方——策士の顔や。頼もしいけど。




「ヴェルちゃんは?」


「ヴェルザ殿は……」




 メルちゃんが少し言い淀んだ。




「……昨日の件が——まだ尾を引いているようですわ。ですが、会談には出席されます」


「そう。ヴェルちゃん、大丈夫かなぁ」


「……大丈夫ではないでしょう。ですが——あの方は責任感でお立ちになります」


「そうやなぁ(^^)」




 わかっている。ヴェルちゃんの目が赤かったこと。お茶を一緒に飲んだこと。先代のことを——聞いた。


 ヴェルちゃんは泣いていた。泣いてへんと言いながら。




「ほな、カインくん呼んでこよか(^^)」






◆カイン視点




 応接間に通された。


 ——お茶会だった。


 窓の外には黒い城壁が見える。魔王城の石造りの重厚な壁。廊下には甲冑が飾られ、天井は暗い。——だが、この部屋だけは違った。テーブルクロスがかけられ、花が一輪、コップに挿してある。


 テーブルの上に、茶器が並んでいる。よしこ特製の焼き菓子。蜂蜜の香りがする小さな焼き菓子と、ナッツを砕いて練り込んだ丸い菓子。甘い匂いが——城の冷たい石の空気を塗り替えている。


 向かいに——よしこが座っている。横にヴェルザ。少し離れた位置にメル。




 私は——密書の内容に基づく報告書を持ってきた。国王陛下の意向。和平の条件。聖教会の反対。交渉の枠組み。


 すべて整理してある。軍人らしく、簡潔に。




「では——報告いたします。国王陛下の密書の内容を——」


「カインくん」


「はい」


「まず茶飲み(^^)」


「…………」


「冷めるから。ほら」




 茶が——差し出された。湯気が立っている。よい香りだ。何かの花の香りが混ざっている。




「……いただきます」




 一口飲んだ。——美味い。


 焼き菓子に手が伸びた。——いや。外交会談の席で菓子を食べるのは——




「食べてや(^^) 朝から焼いたんやで」


「……一つだけ」




 焼き菓子をかじった。


 蜂蜜の甘さ。表面がカリッとして、中がしっとりしている。




「……美味い」


「せやろ(^^)」




 ——二つ目に手が伸びていた。止められなかった。








「——では、改めて報告いたします」




 茶を飲んだ。焼き菓子を三つ食べた。——三つも食べてしまった。軍人としてどうかと思うが、よしこは「よう食べるなぁ(^^)」と嬉しそうだった。




「国王陛下は、魔族との長年の対立を終結させることを望んでおられます。しかし、公には動けない。聖教会——大神官グレイヴスが反対しています」


「グレイヴスさん……あの鎧の人やな」


「……ご存知で?」


「シオンくんの上司やろ。シオンくんから聞いたわ(^^)」




 上司。——聖教会の大神官を「上司」と呼ぶ人を初めて見た。




「国王陛下の提案は、非公式の協議から始めたいということです。魔族側の代表と、王側の代表が、互いの要求を確認する場を設ける。聖教会を介さず」


「ほうほう」


「場所と時期は——魔王側のご意向を伺いたいと」




 ヴェルザが——口を開いた。




「我々としては——」


「あ、ヴェルちゃん。わてから言うてええ?」


「……かしこまりました」




 ヴェルザが口を閉じた。メルがわずかに眉を上げた。




「カインくん」


「はい」


「場所はここでええよ(^^)」


「……ここ、とは。魔王城ですか」


「せやで。ごはん作れるし(^^)」




 ——外交協議の場を「ごはんが作れるから」で決めた。




「……王側の代表が、魔王城まで来ることに——安全上の懸念がありますが」


「ごはん食べるだけやのに、何が危ないん(^^)」


「…………」




 メルが——小さく咳払いした。




「カイン殿。わたくしから補足させていただきますわ。安全保障については、こちらで文書をご用意しております。滞在中の身柄保護、武装解除の免除、退去の自由——必要な条件は全て盛り込んでおります」




 メルが——書類を差し出した。


 目を通した。——完璧だ。外交文書としての体裁が整っている。国際法の知識がなければ書けない内容。いや——国際法という概念が、この世界にあるのかすらわからないが。




「……これは」


「わたくし、こういうことが得意でございますの」


「……見事な文書だ」


「あら。ありがとうございますわ」




 メルが微笑んだ。慇懃な、油断のない微笑み。——この人が、本当の交渉相手だ。






◆メル視点




 カイン殿は——堅い人ですわ。


 軍人。職業的な誠実さ。命令と正義の間で悩むタイプ。——扱いやすい、とは言いませんが。理解できる。




 外交文書を渡した。わたくしが一晩で仕上げたもの。ヴェルザ殿には目を通してもらった——目が赤いまま、一字一句確認して、二箇所の修正を入れた。あの方は——どんな状態でも仕事をする。




 カイン殿が文書を読んでいる間——よしこ様は茶を飲んでいた。


 何もしていない。


 何もしていないのに——この場の空気を作っているのは、よしこ様だ。




 カイン殿が報告書を読み上げようとする度に、「まず茶飲み」で遮られた。本人は外交技術だと思っていない。ただ「冷めるから」。だが——結果として、カイン殿の緊張は解けている。焼き菓子を三つ食べた時点で、もう軍人の構えは崩れていた。




 これが——よしこ様のやり方ですわ。計算ではない。天然。だから——対処のしようがない。




「カインくん」


「はい」


「一つだけ聞いてええ?」


「……どうぞ」


「王様って、ええ人?」




 カイン殿が——止まった。


 「ええ人」。外交の場で聞く質問ではない。




「……国王陛下は——良き君主であられます。民を思い、平和を願われている方です」


「そう(^^) ほな、ええ人やな」


「…………」


「王様も来たらええのに。ごはんあるで(^^)」




 カイン殿が——茶のカップを、テーブルに置いた。音がした。




「……本気でおっしゃっているのですか」


「当たり前やん(^^)」




 当たり前。


 魔王が、敵国の国王に「ごはんあるで」と言っている。当たり前やん、と。




「……王様がここに来たら、何を出すんですか」


「うーん。シチューかなぁ。カインくんにはもう出したから、王様にも出したろ(^^)」


「シチューで——外交を」


「外交って言うから難しいんやて。ごはん食べるだけやん(^^)」




 カイン殿が——私を見た。


 わたくしは——肩をすくめて見せた。




「わたくしも最初は戸惑いましたわ。——でも、この方のやり方は、いつもこうですの」


「…………」


「そして——不思議と、うまくいきますわ」




 カイン殿が——焼き菓子に手を伸ばした。四つ目。もう数えるのをやめたらしい。




「……密書の返答は」


「ヴェルちゃんとメルちゃんに任せるわ(^^) わてが書いたら字ぃ汚いし」


「……了解しました」




 ヴェルザ殿が——小さく頷いた。目はまだ赤いが、声は安定している。




「返答は明日までにご用意いたします。カイン殿、もう一泊していただけますか」


「……了解した」




 カイン殿が——最後の焼き菓子に手を伸ばした。五つ目。


 皿が空になった。




「あら、なくなった(^^) もう一皿焼こか」


「い、いえ——結構です。十分いただきました」


「遠慮せんでええのに(^^)」




 カイン殿の耳が——わずかに赤い。




 ふふ。——ごちそうさまですわ。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第58話「魔王のお茶会」。よしこ流の外交会談です。


「まず茶飲み」「ごはんあるで」「当たり前やん」——よしこの外交スタイルは、何も変わりません。保護者会のPTA会長との交渉も、敵国との和平交渉も、やることは同じ。お茶を出して、お菓子を出して、座って話す。それだけ。


でもメルはわかっています。「計算ではない。天然。だから対処のしようがない」。よしこの「武器」は善意の無防備さです。カインが焼き菓子を5つ食べた時点で、もう外交的な駆け引きは機能していない。——それが、よしこの勝ち方です。勝とうとしていないからこそ、勝つ。


裏で外交文書を完璧に仕上げたメル。目が赤いまま二箇所の修正を入れたヴェルザ。よしこの「なんとかなるやろ」は——この二人がいるから成り立っています。


次回、第59話「真名の秘密」。古文書の解読が進みます。


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