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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第54話: 大家族

◆ティア視点




 シオンくんたちが来て、もう二十日近くになる。


 夕方の魔王城に——いい匂いが漂っている。




 厨房からパンの香り。煮込みの湯気。誰かが野菜を刻む音。


 わたしは食堂のテーブルを拭いていた。




 椅子を数えた。


 1、2、3——11。




 全部ある。11脚。ピプちゃんは飛び回っているか、誰かの肩に乗っているから、椅子は要らない。


 ドルガ様が朝のうちに並べてくださっていた。「フン、椅子くらい並べてやる」と言って、210cmの巨体で一脚ずつ運んでいた。


 全部の椅子が——まっすぐ揃っている。ドルガ様は、こういうところが丁寧だ。




 テーブルクロスを敷いた。皺を伸ばした。


 フォークとスプーンを並べた。11人分。




 ——先代魔王様の時代、この食堂に椅子は一つもなかった。




 尻尾が揺れた。嬉しいのか、少し泣きそうなのか、自分でもわからない。






◆ピプ視点




「できたー!」




 テーブルの真ん中に——花を置いた。


 裏山で摘んできた。青い花と白い花。名前は知らない。でもきれい。




「ピプ、その花なに?」


「知らない! でもきれい!」




 ガルくんが厨房から顔を出した。エプロンに粉がついている。




「いい色だね。テーブルが華やかになった」


「でしょー? ボクのセンスだよー!」




 えへん、と胸を張った。羽根がぱたぱた動いた。




 ——花瓶がなかったから、コップに入れた。ちょっと傾いてるけど——まぁ、いいや。






◆ガルド視点




 パンを焼いている。


 五つ——じゃなくて、今日は十一個。全員分。




 前より上手くなった。——と思う。


 形はまだ歪い。まんまるのは一つもない。でも、大きさはだいたい揃うようになった。




 かまどから出した。湯気が立つ。いい匂い。




「ガルド。焼けたか」




 トールくんが鍋をかき混ぜながら振り向いた。




「うん! 焼けたよ!」


「……いい匂いだ」


「えへへ」




 トールくんのスープも、いい匂いがする。


 最初は野菜の形がめちゃくちゃだった。全部つぶれていた。今は——まだガタガタだけど、ちゃんと四角い形が残っている。三角のもあるけど。




「トールくん、そのニンジン三角だよ」


「……四角く切ったつもりだった」


「…………」


「…………」




 二人で鍋を見た。三角のニンジンが浮いている。




「まぁ——味は同じだよね」


「……そうだな」






◆リーゼ視点




 サラダを作っている。


 ——初めて。




 葉物を洗った。水気を切った。トマトを切った。


 包丁は……まぁ、使えた。メルに借りた料理本を三回読んだ。手順は頭に入っている。




 問題は——盛り付け。




 皿の上に葉物を置いた。トマトを並べた。


 ……均等に配置した。端から端まで、等間隔に。




「……リーゼ殿。それは、サラダというより……地図ですね」




 ミーナが隣で見ていた。




「……地図?」


「トマトの配置が、正確すぎます。まるで測量したみたいに……」




 見た。確かに——トマトが一直線に並んでいる。等間隔に。分析魔法の癖だ。




「……問題ある?」


「い、いえ。綺麗です。すごく……整然としています」




 ミーナが小さく笑った。——笑顔が、前と違う。目が笑っている。作り笑いじゃない。




「ミーナも手伝って。この葉物、ここに——」


「はい。……あの、少しだけ、崩してもいいですか?」


「……崩す?」


「その……自然な感じに。料理は、少し不揃いなほうが美味しそうに見えると、メル様が」




 ミーナの手が、わたしのトマトを少しずらした。


 均等じゃなくなった。でも——確かに、美味しそうに見える。




「……なるほど」






◆メル視点




 デザートは——完璧でございます。




 蜂蜜のプリン。11個。一つの揺らぎもなく、すべて同じ高さ、同じ色、同じ艶。


 よしこ様に教わった蜂蜜の配合に、わたくしの独自の改良を加えました。火加減は魔法で精密に制御。温度誤差は0.3度以内。




「メル。プリン?」




 リーゼ殿が厨房を覗いた。




「ええ。わたくしですもの。デザートを任されたからには——完璧にいたしますわ」




 ふふ。




 リーゼ殿が——プリンをじっと見た。




「……全部同じ形。すごい」


「当然ですわ。——あら、リーゼ殿。そのサラダ」


「……ミーナに崩された」


「よろしいではありませんか。お料理は——少しの不揃いが愛嬌ですわ」




 わたくしのプリンには不揃いなど一切ありませんが。




 ——自分の唇が緩んでいることに気づいた。




 ……ッ。






◆レオン視点




「おい、何すりゃいいんだ」




 厨房に立ったはいいけど——やることがない。


 パンはガルド。スープはトール。サラダはリーゼとミーナ。デザートはメル。テーブルはティアとドルガ。花はピプ。




 俺は——何をすればいいんだ。




「レオン殿」




 シオンが隣に立っていた。白い鎧ではなく、私服。灰色の目が——少しだけ困っている。




「……自分も、何をすればいいかわかりません」


「お前もか」


「はい」




 二人で厨房の隅に立った。


 ガルドとトールが忙しく動いている。鍋の湯気。パンの匂い。




「……水でも汲んでくるか」


「了解しました」


「命令じゃねぇよ」


「……はい」




 井戸まで二人で歩いた。桶を担いで戻ってきた。


 11人分の水をコップに注いだ。——これくらいは、俺にもできる。




 シオンが、コップを一つずつテーブルに置いていく。丁寧に。真っ直ぐに。




「……シオン。お前、几帳面だな」


「教会の訓練です」


「訓練かよ」


「……いえ。たぶん——自分の性格です」




 シオンが——少しだけ、口元を緩めた。






◆ドルガ視点




 椅子は朝のうちに並べた。


 テーブルの準備はティアがやっている。花はピプが飾った。




 ——俺がやることは、もうない。




 食堂の隅で腕を組んで立っていた。210cmの体が壁に影を落としている。




 ガルドのパンの匂いがする。毎日焼くようになった。あのでかぶつ——いや。あの坊主は、パンを焼く度に腕を上げている。




 トールの鍋が煮えている。野菜の形はまだ三角だが——味はそこそこだ。認めてやってもいい。




 リーゼの嬢ちゃんがサラダを作っている。初めてのはずだが、あの分析力で盛り付けやがった。几帳面な皿だ。




 メルのプリンは——まぁ、あいつは何でも完璧にやる。腹が立つほど完璧だ。




 小僧とシオンが水を運んでいる。不器用な二人がコップを並べている。




「ドルガー!」




 ピプが飛んできた。




「なに」


「ドルガも何かやってよー! ボクは花飾ったよー!」


「……椅子は並べた」


「もう終わってるじゃん! 今やることないの?」


「……フン」




 腕を組み直した。


 ——やることがないのは、全員がやっているからだ。




 ……悪くない。






◆よしこ視点




 食堂に入った。




(……なんやこれ)




 テーブルにクロスが敷いてある。11脚の椅子がまっすぐ並んでいる。真ん中にコップに入った花。フォークとスプーンが全員分。水が注がれたコップが11個。




 厨房から——パンの匂い。スープの匂い。甘い匂い。




「よしこさん! 座ってて!」




 ガルドがエプロン姿で食堂に出てきた。手に籠を持っている。中にパンが——11個。




「え、わても何か——」


「いいから座ってて! 今日は僕たちがやるから!」




 ガルドに押されて、椅子に座らされた。




 トールがスープの鍋を運んできた。湯気が立っている。


「……よしこ殿。スープです。ニンジンが三角ですが……味は問題ないです」




 リーゼがサラダを持ってきた。


「……初めて作った。盛り付けはミーナに直された」


「リーゼ殿が並べて、わたしが崩しました」


 ミーナが横で小さく頷いた。




 メルがプリンを並べた。


「デザートはわたくしが。——完璧でございますわ」


 一点の曇りもない自信。




 レオンとシオンが水を注いだコップを配っている。


「……俺は水しか汲めなかった」


「水は大事だ。……自分も同意見です」


「お前に同意されてもな……」




 ピプがテーブルの花を指さした。


「ボクが飾ったの! 裏山で摘んできたの!」




 ティアが最後のスプーンの位置を直していた。


 尻尾がパタパタしている。




 ドルガが——壁に寄りかかっている。


「椅子は俺が並べた。——座れ」




「…………」




(あかん)




 テーブルを見た。


 パン。スープ。サラダ。デザート。花。水。椅子。テーブルクロス。フォークとスプーン。




 全部——この子たちが用意した。




 わては——何もしてへん。




 座ってるだけ。


 椅子に座って——出されたごはんを待ってるだけ。




「よしこさん、食べてください!」




 ガルドがパンを差し出した。焼き色が均一に近づいている。形はまだ歪い。でも——前より、ずっと上手い。




「いただきます(^^)」




 パンをちぎった。口に入れた。


 香ばしい。塩味がちょうどいい。外はカリッとして、中はふわっとしている。




 スープを一口。


 野菜の甘みが溶けている。ニンジンが三角だ。でも——美味しい。




 サラダを一口。


 シャキシャキしている。トマトの酸味が効いている。盛り付けが——少しだけ崩れているのが、逆にいい。




「…………」




 みんなが——食べている。


 11人で。テーブルを囲んで。




 ガルドがパンのおかわりを配っている。トールがスープをよそっている。リーゼがサラダを取り分けている。ミーナが「美味しいです」と言っている。目が笑っている。




 レオンが黙ってパンを食べている。3つ目に手を伸ばしている。


 シオンがスープを飲んでいる。「……美味しいです」と小さく言った。自分から。


 ドルガがパンを——4つ目に手を伸ばした。「腹が減っているだけだ」


 メルがプリンを食べている。自分の作ったプリンなのに——無防備な顔をしている。


 ピプが椅子の上に立って、トールの肩に手を伸ばしている。「ガルくんの肩より高い!」


 ティアがみんなの皿を見ている。足りなくなったらすぐに動けるように。尻尾がパタパタしている。




 ヴェルザが——静かにスープを飲んでいる。金色の目が、テーブルの全員を見渡している。




「…………」




「わて……何もしとらんのに、こんなご馳走が出てくるわ(^^)」




 声が——震えた。




 あかん。またこれや。泣くのは。パンの時もそうやった。




 でも——止まらへん。




 この子らが。全員が。自分で考えて、自分で作って、自分で運んできた。


 誰にも命令されてへん。誰にもやれって言われてへん。


 自分で——やったんや。




(保育園でもそうやった)




 子どもが自分でお弁当箱を開けられるようになった日。自分で靴を履けるようになった日。自分で「おはよう」を言えるようになった日。




 先生は何もしてへん。見てただけ。




 見守ってただけで——子どもは、勝手に育つ。




「よしこさん、泣いてますよ」




 ガルドの声が聞こえた。




「泣いてへん(^^) ……泣いてへん……ちょっとだけや……」




「魔王が泣いてんじゃねぇよ」




 レオンが——ぼそっと言った。でもパンを差し出してきた。




「ほら。食えよ。お前が食うために焼いたんだろ、ガルド」




「う、うん! よしこさん、もう一つどうぞ!」




「ボクのお花も見てー! ボクが摘んできたんだよー!」




「……コップの花、少し傾いている。直しますか?」




「いいのよミーナちゃん。傾いとるのがええの(^^)」




 鼻をすすった。エプロンで目を拭いた。——あ、エプロンしてへん。今日は座ってるだけやから。




 ティアがそっとハンカチを差し出してくれた。


 尻尾がパタパタしている。




「ありがとな、ティアちゃん(^^)」






◆ヴェルザ視点




 全員が食べ終わった。




 テーブルの上に——空の皿が並んでいる。パンの欠片。スープの残り。サラダのトマトの汁。プリンの皿は全員がきれいに食べ終えていた。メルが満足そうに微笑んでいる。




 11人の夕食。




 何も起きなかった。


 敵も来ない。事件も起きない。誰も傷つかない。




 ただ——全員でごはんを食べた。それだけの夕食。




「……魔王様」




 声をかけた。




「ん? なに、ヴェルちゃん」




「……ヴェルザでございます。——魔王様。今日は、魔王様は何もなさいませんでしたね」




「せやなぁ(^^) 座ってただけやわ」




 魔王様が——笑った。涙の跡が頬に残っている。




「……魔王様がここにいるから、皆が集まるのです」




 言った。


 言えた。




 魔王様の深紅の目が——少しだけ、また潤んだ。




「ヴェルちゃん……」


「ヴェルザでございます」




 厨房ではガルドとトールが皿を洗っている。レオンとシオンが水を運んでいる。リーゼとミーナがテーブルを拭いている。メルが残り物を片付けている。ティアが食器棚に皿を戻している。ピプが飛び回りながら「ボクも手伝うー!」と叫んでいる。ドルガが——椅子を壁際に戻している。一脚ずつ。丁寧に。




 11人。




 300年前にはいなかった。先代魔王の城には——こんな音はなかった。皿が鳴る音。水が跳ねる音。笑い声。誰かを呼ぶ声。




 先代は——一人だった。




「……魔王様」




「ん?」




「この城は——賑やかになりましたね」




「せやなぁ(^^) 大家族やわ」




 大家族。


 魔王城が——大家族。




 300年仕えた忠臣として——これ以上の光景はないと、思った。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第54話「大家族」。Arc5「魔王城の新入園児」のフィナーレです。


何も起きない話を書きました。敵も来ない。事件もない。ただ11人が夕ごはんを食べただけ。でも——「何も起きない」が書けるのは、ここまでの53話があるからです。


よしこが「何もしていない」のは、子どもたちが「全部できるようになった」からです。保育の最終目標は「先生がいなくても大丈夫」になること。よしこは座っていただけ。でもそれは——40年間の保育士人生で学んだ「手を離す勇気」の集大成です。


ガルドのパンが上手くなっている。トールのニンジンはまだ三角。リーゼは盛り付けが几帳面すぎて、ミーナに崩された。メルのプリンは完璧。ドルガは椅子を並べた。ピプは花を飾った。レオンとシオンは水を汲んだ——料理はできないけど、できることをやった。ティアはテーブルを整えた。それぞれの「今」が、一つの食卓に集まった。


次回からArc6「先代魔王の遺言」が始まります。ナハトレーゲン——300年の孤独を生きた先代魔王の物語。ヴェルザが見つめていた「もう一人の主」の真実が、ゆっくりと明かされていきます。


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