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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第52話: 裏山の遠足

◆レオン視点




 朝。よしこが玄関に立っていた。


 背中に巨大な風呂敷包み。両手に水筒。頭にはどこから持ってきたのか、麦わら帽子みたいな何か。




「今日はみんなで裏山に行くで(^^) 薬草採りや!」




 ……遠足。


 魔王城に来てから、色々なことがあった。でも「全員で山に行く」は初めてだ。




「魔王様。恐れながら、裏山には小型の魔獣が棲息しておりまして……」


「大丈夫やて(^^) みんなおるし。なぁ?」




 みんな、というのは——この場にいる11人のことだ。


 勇者が3人。元勇者が3人。四天王が4人。侍女が1人。魔王が1人。


 ……どう考えても過剰戦力だろ。




「レオンくん、はいこれ(^^)」




 よしこが籠を渡してきた。薬草を入れるための、編んだ籠。


 手作り。底に「れおん」とひらがなで書いてある。




「……なんで名前書いてあんだよ」


「遠足の持ち物には名前を書くんやで(^^)」


「意味わかんねぇ……」




 でも——捨てなかった。






◆シオン視点




 裏山。


 魔王城の裏にある深い森を、よしこ殿は「裏山」と呼ぶ。


 教会の報告書には「魔族の森——濃密な魔力が充満する危険地帯。人間の侵入は困難」と記載されていた。




 足元に苔が光っている。枝の間から朝日が差している。空気が——甘い。


 土と、草と、知らない花の匂い。




「この辺にヨモギが生えてんねん(^^) トゲトゲの葉っぱのやつ。見つけたら籠に入れてな」




 よしこ殿が先頭を歩いている。裸足だ。城の中だけでなく、山も裸足で歩くらしい。


 ヴェルザ殿が横について歩いている。表情は硬いが、よしこ殿が転びそうになるたびにさりげなく腕を出している。




「シオン隊長。あの植物は、薬草ですか」




 ミーナが指さしたのは——赤い実をつけた低木だった。




「……わからない。自分の知識にない」


「わたしもです」




 教会で学んだのは聖典と戦術と回復魔法だ。植物の種類なんて教わっていない。




「それはな、アカミノキやで(^^) 食べたらあかんやつ。お腹壊すんよ」




 よしこ殿が振り返った。




「でもリーゼちゃんに聞いたら詳しく教えてくれるわ。——リーゼちゃーん!」


「……何」


「この実、シオンくんに教えたって」




 リーゼ殿が歩いてきた。赤い実を見た。




「……毒ではないけど、生で食べると下痢する。煮詰めると染料になる。匂いで判別できる。——嗅いでみて」




 リーゼ殿がシオンの前に枝を差し出した。嗅いだ。酸っぱい匂いがした。




「この酸味が強いのは食べちゃだめ。覚えて」


「……了解しました」




 命令ではない。忠告だ。


 ——リーゼ殿の口調は淡々としているが、冷たくない。教会の教官とは違う。




「レオンも昔これ食って腹壊した」


「おい! それ言うなよ!」


「……事実」




 レオン殿が顔を赤くした。ミーナが——ほんの一瞬、口元が動いた。笑った、のだと思う。






◆レオン視点




 山道を登っていく。


 先頭をよしことヴェルザ。その後ろにリーゼとミーナ。ガルドとトールが並んで、重い荷物を持っている。ドルガが腕を組んで不機嫌そうに歩いている。ピプがドルガの頭の上に乗っている。




「おりろ」


「やだー。見晴らしいいもん」


「俺の頭は展望台じゃねぇ」




 シオンが——俺の斜め後ろを歩いていた。


 灰色の目が周囲を見回している。木の上。茂みの中。足元。




 ……警戒している。教会仕込みだ。索敵は体に染み付いているらしい。


 視線の動かし方は、正直——俺より上手い。




「シオン。そんなキョロキョロしなくていいぞ。ここはよしこの庭みたいなもんだ」


「……しかし、魔獣が——」


「出ても小さいやつだ。犬くらいの」




 そう言った瞬間だった。




 茂みが——揺れた。




 低い唸り声。


 ガサガサと枝が鳴って——飛び出してきた。




 犬……ではない。角が1本ある。体は犬くらいだが、尾が2本ある。


 小型の魔獣だ。ムジカラスと呼ばれている——はず。ヴェルザに聞いた。人は襲わない。臆病な生き物だ。


 ただし——驚くと噛む。




「——!」




 ガルドが声を上げた。リーゼの前にいたガルドが一歩下がった。反射的に。


 リーゼは動かない。でも杖を構える前に——




「下がってください!」




 トールが飛び出した。


 大盾を構えて、リーゼとガルドの前に立った。




「ト、トール……!」


「大丈夫です! 盾は俺の仕事です!」




 トールの声が——いつもと違った。おどおどしていない。はっきりしている。




 ミーナが動いた。よしこの前に走って、両手を広げた。




「よしこ様、後ろに!」


「え、わて?(^^)」




 よしこがきょとんとしている。




 そして——シオン。




 シオンが、剣に手をかけた。


 抜いてはいない。ただ——構えの姿勢を取った。教会仕込みの、正確な構え。




 ムジカラスを見ている。灰色の目が——揺れていない。




「レオン殿、下がってください」




 ——は?




「——自分が、前に出ます」




 シオンが一歩、前に出た。


 俺の——前に。




 ムジカラスが唸っている。角を向けている。威嚇だ。攻撃じゃない。怖がっているだけ。


 シオンもそれに気づいている。剣は抜かない。ただ——前に立っている。




「…………」




 俺は——笑った。




 自分でも驚いた。怒ると思った。「生意気だ」と思うかと思った。後輩に庇われるなんて。


 でも——嬉しかった。


 なんだろ、これ。変な感じだ。




 ヴェルザが無言でムジカラスの前に立った。金色の目が一瞬光って——ムジカラスが小さく鳴いて、森の中に消えた。


 終わり。一瞬だった。




「……ふむ。問題ありませんでしたな」




 ヴェルザが何事もなかったかのように歩き出した。




 シオンが——振り返った。




「……すみません。出すぎました」


「いや」




 俺は——シオンの肩を叩いた。




「……生意気言うようになったな」




 笑った。ちゃんと笑えた。




 シオンの灰色の目が——一瞬だけ、広くなった。




「レオン殿——」


「殿はいらねぇっつーの」




 歩き出した。シオンが隣に並んだ。




 さっきまで斜め後ろにいたのに——今は、横にいる。






◆ミーナ視点




 山の上に着いた。


 木が途切れて、空が広い。風が吹いている。




「ここや(^^) ここでお昼にしよ!」




 よしこ様が風呂敷を広げた。


 中から出てきたのは——おにぎり。大量のおにぎり。




「いくつ作ったんですか……」


「数えてへん(^^) 足りひんかったらあかんと思って」




 ティアが敷物を広げた。大きな布を地面に敷いて——全員分の場所を作った。




 わたしは——座った。


 隣にリーゼ殿が座った。反対側にシオン隊長。その隣にトール。




「……ミーナ殿。おにぎり、どれがいいですか」




 トールが籠を差し出してきた。中に——丸いの、三角のの、たわらのが混ざっている。




「……わたしは、どれでも。任務に支障は——」




 言いかけて——止めた。


 任務じゃない。遠足だ。




「……三角のを、ください」


「はい!」




 トールが三角のおにぎりを渡してくれた。大きい手に、おにぎりが小さい。




 一口食べた。




 塩味。ごはんが温かい。中に——何か入っている。よしこ様が漬けた梅干し。酸っぱくて、しょっぱくて——美味しい。




「…………」




 空が、青い。


 風が、気持ちいい。


 おにぎりが、美味しい。




 ——こういうのを、なんと言うのだろう。


 教会では教わらなかった。任務にない感情。報告書に書けない気持ち。




「ミーナちゃん、ほっぺにごはん粒ついてるで(^^)」




 よしこ様が笑った。


 恥ずかしい。——でも、悪い気持ちじゃない。




「ミーナ。もう一個食べる?」




 リーゼ殿が、おにぎりを差し出した。




「……はい。いただきます」




 二つ目。自分から手を伸ばした。




 ——教会では、「食事は燃料補給です」と教えられた。味は関係ない。必要な量を摂取すること。それが正しいと。




 でも、三角のおにぎりは——燃料じゃない。




「ボクもう5個目ー!」


「食いすぎだろ!」


「ピプ小さいのに!?」


「小さいけどたくさん入るの! 四天王だもん!」




 ピプが羽根をぱたぱたさせている。ガルドが笑っている。レオンが呆れている。ドルガが黙って7個目を食べている。よしこ様がティアと並んでお茶を飲んでいる。メル——は今日は城でお留守番だ。「わたくし、虫が苦手ですの」と言っていた。




 ヴェルザ殿がおにぎりを——一口ずつ、丁寧に食べている。「おにぎり……とは」と初日に困惑していた人が、今は当たり前のように食べている。




 シオン隊長が——おにぎりを見つめていた。




「……シオン隊長?」


「……ミーナ。これは——遠足、というものですか」


「……たぶん、そうだと思います」


「……そうですか」




 シオン隊長が——おにぎりを一口食べた。




「……美味しいです」




 声が、小さかった。でも——硬くなかった。


 いつもの報告口調じゃない。ただ——思ったことを、言っただけ。




 風が吹いた。


 全員の髪が揺れた。ピプの羽根が舞い上がりそうになって、ドルガが頭を押さえた。




 円くなって座っている。11人で——ちょっといびつな円。




 よしこ様が——空を見上げた。




「ええ天気やなぁ(^^)」




 それだけだった。


 それだけで——なんだか、胸がいっぱいになった。




 レオンがシオン隊長の隣に座っていた。さっきまでは離れていたのに、いつの間にか隣に来ている。


 二人とも何も喋っていない。おにぎりを食べている。それだけ。




 でも——距離が近い。




「……リーゼ殿」


「ん」


「わたし、遠足が好きかもしれません」




 リーゼ殿が——わたしを見た。薄い青の目が、ほんの少しだけ細くなった。




「……うん。私も」




 短い言葉。でも——温かかった。




 帰り道、よしこ様が歌を歌い出した。知らない歌だ。「前の世界の遠足の歌やねん(^^)」と言っていた。


 誰もメロディを知らない。でもよしこ様が楽しそうに歌っているので——誰も止めなかった。




 ピプが適当なメロディで一緒に歌い出した。全然合っていない。ガルドが小声で鼻歌を足した。トールが足踏みでリズムを取った。ドルガが「うるせぇ」と言いながら歩調を合わせた。ティアの尻尾がリズムに合わせて揺れていた。


 ヴェルザが無言で歩いているが——足音だけが、全員と同じリズムだった。




 レオンが「ったく、恥ずかしいからやめろよ」と文句を言った。


 シオン隊長が——口元だけ、動いていた。声は出していない。でも——唇が、よしこ様のメロディを追いかけていた。




 リーゼ殿が、ぽつりと言った。




「……また来たい」




 よしこ様の目が——きらりと光った。




「ほな来週も来よか(^^)」


「毎週は体力が……」


「遠足は毎日でもええんやで(^^)」


「それはさすがに……」




 ヴェルザ殿が「魔王様、週に一度が適切かと……」と困った顔をした。




 魔王城の門が見えてきた。




 門の前に——メルが立っていた。




「おかえりなさいませ(^^) お茶のご用意ができておりますわ」




 よしこ様が足を速めた。




「ただいまー(^^) メルちゃん、聞いてや! 今日な、シオンくんがな——」




 後ろを振り返って、シオン隊長を見た。




「かっこよかったんやで(^^)」




 シオン隊長が——固まった。


 耳が——赤い。




「か、かっこ……自分は、任務として——」


「任務ちゃうやろ(^^) 自分で動いたんやろ?」


「…………」




 シオン隊長が——目をそらした。でも否定しなかった。




 門をくぐった。




 全員の籠に薬草が入っている。いっぱいではない。遠足の本当の目的は、薬草じゃなかった。


 たぶん——よしこ様は最初からわかっていた。




 籠の底に書かれた名前。「しおん」「みーな」「とーる」。


 ひらがなで。全員分。




 わたしの籠にも——「みーな」と書いてある。


 よしこ様の丸い字。




 ——持って帰ろう。捨てない。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第52話「裏山の遠足」。外に出ました。


保育園の遠足って、目的地に着くことが目的じゃないんです。道中で虫を見つけたり、転んだり、お弁当を食べたり——「いつもと違う場所で、いつもの仲間と過ごす」ことそのものが目的。よしこにとって薬草採取は口実で、本当は全員を外に連れ出したかっただけだと思います。


シオンが「レオン殿、下がってください」と言った瞬間——これはEP049の「自分の剣」からつながる変化です。教会では「命令がないと動けない」と言っていた子が、自分の判断で前に出た。相手が小さな魔獣だったからこそ、シオン自身の「意志」が見えた。大きな敵だったら「任務として対処」になっていたかもしれません。


レオンの「生意気言うようになったな」は、先輩が後輩を認めた瞬間です。怒らなかった。笑った。ここが大事なんです。レオンも成長している。庇われて怒る子は——もう、いない。


ミーナの「遠足が好きかもしれません」。「かもしれません」が切ない。まだ断言できない。でも「好き」という言葉が出てきたこと自体が、大きな一歩です。


次回、第53話「それぞれの居場所」。ミーナとリーゼの、静かな会話。


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