第52話: 裏山の遠足
◆レオン視点
朝。よしこが玄関に立っていた。
背中に巨大な風呂敷包み。両手に水筒。頭にはどこから持ってきたのか、麦わら帽子みたいな何か。
「今日はみんなで裏山に行くで(^^) 薬草採りや!」
……遠足。
魔王城に来てから、色々なことがあった。でも「全員で山に行く」は初めてだ。
「魔王様。恐れながら、裏山には小型の魔獣が棲息しておりまして……」
「大丈夫やて(^^) みんなおるし。なぁ?」
みんな、というのは——この場にいる11人のことだ。
勇者が3人。元勇者が3人。四天王が4人。侍女が1人。魔王が1人。
……どう考えても過剰戦力だろ。
「レオンくん、はいこれ(^^)」
よしこが籠を渡してきた。薬草を入れるための、編んだ籠。
手作り。底に「れおん」とひらがなで書いてある。
「……なんで名前書いてあんだよ」
「遠足の持ち物には名前を書くんやで(^^)」
「意味わかんねぇ……」
でも——捨てなかった。
◆シオン視点
裏山。
魔王城の裏にある深い森を、よしこ殿は「裏山」と呼ぶ。
教会の報告書には「魔族の森——濃密な魔力が充満する危険地帯。人間の侵入は困難」と記載されていた。
足元に苔が光っている。枝の間から朝日が差している。空気が——甘い。
土と、草と、知らない花の匂い。
「この辺にヨモギが生えてんねん(^^) トゲトゲの葉っぱのやつ。見つけたら籠に入れてな」
よしこ殿が先頭を歩いている。裸足だ。城の中だけでなく、山も裸足で歩くらしい。
ヴェルザ殿が横について歩いている。表情は硬いが、よしこ殿が転びそうになるたびにさりげなく腕を出している。
「シオン隊長。あの植物は、薬草ですか」
ミーナが指さしたのは——赤い実をつけた低木だった。
「……わからない。自分の知識にない」
「わたしもです」
教会で学んだのは聖典と戦術と回復魔法だ。植物の種類なんて教わっていない。
「それはな、アカミノキやで(^^) 食べたらあかんやつ。お腹壊すんよ」
よしこ殿が振り返った。
「でもリーゼちゃんに聞いたら詳しく教えてくれるわ。——リーゼちゃーん!」
「……何」
「この実、シオンくんに教えたって」
リーゼ殿が歩いてきた。赤い実を見た。
「……毒ではないけど、生で食べると下痢する。煮詰めると染料になる。匂いで判別できる。——嗅いでみて」
リーゼ殿がシオンの前に枝を差し出した。嗅いだ。酸っぱい匂いがした。
「この酸味が強いのは食べちゃだめ。覚えて」
「……了解しました」
命令ではない。忠告だ。
——リーゼ殿の口調は淡々としているが、冷たくない。教会の教官とは違う。
「レオンも昔これ食って腹壊した」
「おい! それ言うなよ!」
「……事実」
レオン殿が顔を赤くした。ミーナが——ほんの一瞬、口元が動いた。笑った、のだと思う。
◆レオン視点
山道を登っていく。
先頭をよしことヴェルザ。その後ろにリーゼとミーナ。ガルドとトールが並んで、重い荷物を持っている。ドルガが腕を組んで不機嫌そうに歩いている。ピプがドルガの頭の上に乗っている。
「おりろ」
「やだー。見晴らしいいもん」
「俺の頭は展望台じゃねぇ」
シオンが——俺の斜め後ろを歩いていた。
灰色の目が周囲を見回している。木の上。茂みの中。足元。
……警戒している。教会仕込みだ。索敵は体に染み付いているらしい。
視線の動かし方は、正直——俺より上手い。
「シオン。そんなキョロキョロしなくていいぞ。ここはよしこの庭みたいなもんだ」
「……しかし、魔獣が——」
「出ても小さいやつだ。犬くらいの」
そう言った瞬間だった。
茂みが——揺れた。
低い唸り声。
ガサガサと枝が鳴って——飛び出してきた。
犬……ではない。角が1本ある。体は犬くらいだが、尾が2本ある。
小型の魔獣だ。ムジカラスと呼ばれている——はず。ヴェルザに聞いた。人は襲わない。臆病な生き物だ。
ただし——驚くと噛む。
「——!」
ガルドが声を上げた。リーゼの前にいたガルドが一歩下がった。反射的に。
リーゼは動かない。でも杖を構える前に——
「下がってください!」
トールが飛び出した。
大盾を構えて、リーゼとガルドの前に立った。
「ト、トール……!」
「大丈夫です! 盾は俺の仕事です!」
トールの声が——いつもと違った。おどおどしていない。はっきりしている。
ミーナが動いた。よしこの前に走って、両手を広げた。
「よしこ様、後ろに!」
「え、わて?(^^)」
よしこがきょとんとしている。
そして——シオン。
シオンが、剣に手をかけた。
抜いてはいない。ただ——構えの姿勢を取った。教会仕込みの、正確な構え。
ムジカラスを見ている。灰色の目が——揺れていない。
「レオン殿、下がってください」
——は?
「——自分が、前に出ます」
シオンが一歩、前に出た。
俺の——前に。
ムジカラスが唸っている。角を向けている。威嚇だ。攻撃じゃない。怖がっているだけ。
シオンもそれに気づいている。剣は抜かない。ただ——前に立っている。
「…………」
俺は——笑った。
自分でも驚いた。怒ると思った。「生意気だ」と思うかと思った。後輩に庇われるなんて。
でも——嬉しかった。
なんだろ、これ。変な感じだ。
ヴェルザが無言でムジカラスの前に立った。金色の目が一瞬光って——ムジカラスが小さく鳴いて、森の中に消えた。
終わり。一瞬だった。
「……ふむ。問題ありませんでしたな」
ヴェルザが何事もなかったかのように歩き出した。
シオンが——振り返った。
「……すみません。出すぎました」
「いや」
俺は——シオンの肩を叩いた。
「……生意気言うようになったな」
笑った。ちゃんと笑えた。
シオンの灰色の目が——一瞬だけ、広くなった。
「レオン殿——」
「殿はいらねぇっつーの」
歩き出した。シオンが隣に並んだ。
さっきまで斜め後ろにいたのに——今は、横にいる。
◆ミーナ視点
山の上に着いた。
木が途切れて、空が広い。風が吹いている。
「ここや(^^) ここでお昼にしよ!」
よしこ様が風呂敷を広げた。
中から出てきたのは——おにぎり。大量のおにぎり。
「いくつ作ったんですか……」
「数えてへん(^^) 足りひんかったらあかんと思って」
ティアが敷物を広げた。大きな布を地面に敷いて——全員分の場所を作った。
わたしは——座った。
隣にリーゼ殿が座った。反対側にシオン隊長。その隣にトール。
「……ミーナ殿。おにぎり、どれがいいですか」
トールが籠を差し出してきた。中に——丸いの、三角のの、たわらのが混ざっている。
「……わたしは、どれでも。任務に支障は——」
言いかけて——止めた。
任務じゃない。遠足だ。
「……三角のを、ください」
「はい!」
トールが三角のおにぎりを渡してくれた。大きい手に、おにぎりが小さい。
一口食べた。
塩味。ごはんが温かい。中に——何か入っている。よしこ様が漬けた梅干し。酸っぱくて、しょっぱくて——美味しい。
「…………」
空が、青い。
風が、気持ちいい。
おにぎりが、美味しい。
——こういうのを、なんと言うのだろう。
教会では教わらなかった。任務にない感情。報告書に書けない気持ち。
「ミーナちゃん、ほっぺにごはん粒ついてるで(^^)」
よしこ様が笑った。
恥ずかしい。——でも、悪い気持ちじゃない。
「ミーナ。もう一個食べる?」
リーゼ殿が、おにぎりを差し出した。
「……はい。いただきます」
二つ目。自分から手を伸ばした。
——教会では、「食事は燃料補給です」と教えられた。味は関係ない。必要な量を摂取すること。それが正しいと。
でも、三角のおにぎりは——燃料じゃない。
「ボクもう5個目ー!」
「食いすぎだろ!」
「ピプ小さいのに!?」
「小さいけどたくさん入るの! 四天王だもん!」
ピプが羽根をぱたぱたさせている。ガルドが笑っている。レオンが呆れている。ドルガが黙って7個目を食べている。よしこ様がティアと並んでお茶を飲んでいる。メル——は今日は城でお留守番だ。「わたくし、虫が苦手ですの」と言っていた。
ヴェルザ殿がおにぎりを——一口ずつ、丁寧に食べている。「おにぎり……とは」と初日に困惑していた人が、今は当たり前のように食べている。
シオン隊長が——おにぎりを見つめていた。
「……シオン隊長?」
「……ミーナ。これは——遠足、というものですか」
「……たぶん、そうだと思います」
「……そうですか」
シオン隊長が——おにぎりを一口食べた。
「……美味しいです」
声が、小さかった。でも——硬くなかった。
いつもの報告口調じゃない。ただ——思ったことを、言っただけ。
風が吹いた。
全員の髪が揺れた。ピプの羽根が舞い上がりそうになって、ドルガが頭を押さえた。
円くなって座っている。11人で——ちょっといびつな円。
よしこ様が——空を見上げた。
「ええ天気やなぁ(^^)」
それだけだった。
それだけで——なんだか、胸がいっぱいになった。
レオンがシオン隊長の隣に座っていた。さっきまでは離れていたのに、いつの間にか隣に来ている。
二人とも何も喋っていない。おにぎりを食べている。それだけ。
でも——距離が近い。
「……リーゼ殿」
「ん」
「わたし、遠足が好きかもしれません」
リーゼ殿が——わたしを見た。薄い青の目が、ほんの少しだけ細くなった。
「……うん。私も」
短い言葉。でも——温かかった。
帰り道、よしこ様が歌を歌い出した。知らない歌だ。「前の世界の遠足の歌やねん(^^)」と言っていた。
誰もメロディを知らない。でもよしこ様が楽しそうに歌っているので——誰も止めなかった。
ピプが適当なメロディで一緒に歌い出した。全然合っていない。ガルドが小声で鼻歌を足した。トールが足踏みでリズムを取った。ドルガが「うるせぇ」と言いながら歩調を合わせた。ティアの尻尾がリズムに合わせて揺れていた。
ヴェルザが無言で歩いているが——足音だけが、全員と同じリズムだった。
レオンが「ったく、恥ずかしいからやめろよ」と文句を言った。
シオン隊長が——口元だけ、動いていた。声は出していない。でも——唇が、よしこ様のメロディを追いかけていた。
リーゼ殿が、ぽつりと言った。
「……また来たい」
よしこ様の目が——きらりと光った。
「ほな来週も来よか(^^)」
「毎週は体力が……」
「遠足は毎日でもええんやで(^^)」
「それはさすがに……」
ヴェルザ殿が「魔王様、週に一度が適切かと……」と困った顔をした。
魔王城の門が見えてきた。
門の前に——メルが立っていた。
「おかえりなさいませ(^^) お茶のご用意ができておりますわ」
よしこ様が足を速めた。
「ただいまー(^^) メルちゃん、聞いてや! 今日な、シオンくんがな——」
後ろを振り返って、シオン隊長を見た。
「かっこよかったんやで(^^)」
シオン隊長が——固まった。
耳が——赤い。
「か、かっこ……自分は、任務として——」
「任務ちゃうやろ(^^) 自分で動いたんやろ?」
「…………」
シオン隊長が——目をそらした。でも否定しなかった。
門をくぐった。
全員の籠に薬草が入っている。いっぱいではない。遠足の本当の目的は、薬草じゃなかった。
たぶん——よしこ様は最初からわかっていた。
籠の底に書かれた名前。「しおん」「みーな」「とーる」。
ひらがなで。全員分。
わたしの籠にも——「みーな」と書いてある。
よしこ様の丸い字。
——持って帰ろう。捨てない。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第52話「裏山の遠足」。外に出ました。
保育園の遠足って、目的地に着くことが目的じゃないんです。道中で虫を見つけたり、転んだり、お弁当を食べたり——「いつもと違う場所で、いつもの仲間と過ごす」ことそのものが目的。よしこにとって薬草採取は口実で、本当は全員を外に連れ出したかっただけだと思います。
シオンが「レオン殿、下がってください」と言った瞬間——これはEP049の「自分の剣」からつながる変化です。教会では「命令がないと動けない」と言っていた子が、自分の判断で前に出た。相手が小さな魔獣だったからこそ、シオン自身の「意志」が見えた。大きな敵だったら「任務として対処」になっていたかもしれません。
レオンの「生意気言うようになったな」は、先輩が後輩を認めた瞬間です。怒らなかった。笑った。ここが大事なんです。レオンも成長している。庇われて怒る子は——もう、いない。
ミーナの「遠足が好きかもしれません」。「かもしれません」が切ない。まだ断言できない。でも「好き」という言葉が出てきたこと自体が、大きな一歩です。
次回、第53話「それぞれの居場所」。ミーナとリーゼの、静かな会話。
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